2018/09/14 - 2018/09/14
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mas98765さん
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ツアーでクレムリンを見ました。クレムリンとは城塞の意味で、中世ロシアでは多くの都市にクレムリンがあり、宗教と政治の中心となっていました。モスクワのクレムリンは特に有名で、ロシア政府の代名詞ともなっています。正直なところ、今回の旅行までロシアといえばクレムリンくらいしか知りませんでした(他にはサンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館という名前をほのかに知っていたくらいです)。そんな楽しみにしていたクレムリンですが、ガイドさんがどんどん歩いていってしまうし、同じツアーのみなさんの顔を避けたので、じっくり写真を撮ることはできませんでした。現地でガイドブックを買う余裕もなかったので情報も乏しく「こんな建物がありました」というくらいな旅行記です。
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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[1]
前の旅行記から続きます。
https://4travel.jp/travelogue/11422413
昼食を終えて14時14分、再びクレムリン入口の前に戻ってきました。左手に見える丸みを帯びたのが手前にある「クタフィア塔」で、右の高い塔が奥にある「トロイツカヤ塔」です。なお、案内図付の公式サイトが見つからないので、Googleマップで場所を示していきます。他の人の案内図を盗むわけにはいかないので旅行記にのせませんが「クレムリン案内図」というキーワードでGoogleなどで検索して画像に切り替えるといくつか案内図がでてきます。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/fXK8jjpKtkK2
(手前のクタフィア・バシュニアがクタフィア塔です) -
[2]
クレムリンに入るには、クタフィア塔とトロイツカヤ塔を通っていくのですが、道路側から入るのではなくて、右側面からクタフィア塔への階段を上っていきます。道路側から見ると、奥の方に人がたくさん並んでいるのが見えます。 -
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クタフィア塔を横目に眺めながら右の方に歩いて行って、 -
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14時18分、手前のこのようなところから下に降りていきました。 -
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クタフィア塔の側面の階段に人がたくさん並んでいるのが見えます。「こんなに待つのか」とうんざりです。 -
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すると、並んでいる人たちを横目に奥の方に進みました。「ひょっとしてツアーだから特別の入口があるのかな」と期待していると、ガイドさんがチケットを買う(あるいは手続きをする)ため、奥のトロイツカヤ塔を眺めながらしばらく待ちました。 -
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14時22分、ガイドさんが戻ってきました。すると引き返して列の方に向かいました。「なんだ、結局長いこと待つのか」と思っていると、なんとガイドさんは「では行きましょう」と言って、柵の右手の芝生の上をずかずかと歩いて行ってしまいました。「え、いいの?」と思いながら芝生の上をついて行くと、列の思い切り前の方で割り込みました。 -
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後で写真を見返してみると、どうやらスタッフのような人とやりとりしていたので、ツアー専用レーンがあるようです。 -
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14時24分、人がたくさん並んでいましたが、ガイドさんは更に前の方に割り込みました。「え、いいの?」と思いながら後について割り込みました。 -
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どうやら入ってすぐにセキュリティチェックがあるようで、それで列になっているのです。それから、事前に知らされていましたが、サンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館やエカテリーナ宮殿と同様、クレムリンではA4サイズまでのかばんしか持ちこんではいけません(首にさげているカメラはカウントされないので大丈夫です)。 -
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入口は左右に2つあり、わたしは右手の先頭付近に並んでいました。14時27分、いよいよあと少しで中に入れると思っていたその時、「こちらの方が速いからこちらに来てください」と左側入口で添乗員さんが呼びかけたので「え?」と思いながらそちらの方に進みました。セキュリティチェックは空港と同様です。わたしは首から2台もカメラをさげている上、上着のポケットに携帯電話やオーディオガイドが入っていて、ズボンのポケットには財布もあり、空港並みということでベルトも外したりしたので、かなり時間がかかってしまい、結局同じツアーの最後になってしまいました。 -
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14時32分、クタフィア塔の中で上を見上げると、天井がなく、外見と同様に丸くなっていました。 -
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後ろ側は四角です。 -
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その四角い後ろ側の真ん中にアーチ状の出口があって、 -
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トロイツカヤ塔が見えていて -
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橋を通ってトロイツカヤ塔に向かいます。向こうから兵隊さんたちが集団でやってきました。観光客と共用なのですね。 -
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トロイツカヤ塔に近づきました。 -
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塔には、それほど大きくない時計がとりつけられています。 -
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塔の入口の両側には衛兵さんたちが直立不動で立っていました(大写しになってしまうので配慮してイラストにしてあります)。 -
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14時36分、塔の下を通り抜けて -
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いよいよクレムリンの内側にやってきました。塔を出たところの光景はこんな感じです。前方右手にあるのは「国立クレムリン宮殿(旧クレムリン大会宮殿)」です。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/9GRWMEND3dA2
(ガスダールストヴェンニ・クレムリョフスキー・ドヴォレツと書かれているところが国立クレムリン宮殿です) -
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先に進みます。 -
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14時37分、国立クレムリン宮殿にさしかかったところで右を向くとこんな感じで -
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一方左を向くとこんな感じです。Googleマップには名前がありませんが、地球の歩き方の案内図などによると「兵器庫」(この後内部を見学した武器庫ではありません)です。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/85DfXT1n4kr
(名前は書かれていませんが、「スレドニャヤ・アルセナリナヤ・バシュニャ」、「ニコリスカヤ・バシュニャ」、「ガスダールストヴェンニ・クレムリョフスキー・ドヴォレツ」に囲まれた細長い建物です) -
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正面のファサードはこんな感じです。 -
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この建物の周囲には大砲が並んでいます。祖国戦争のときにナポレオン軍から奪ったものらしいです(インターネット情報)。 -
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国立クレムリン宮殿の上の部分を眺めながら -
[28]
前に進みました。 -
[29]
兵器庫の右側面を眺めます。向こうに見えているのは「ニコリスカヤ塔(ニコリスカヤ・バシュニャ)」です。
※ニコリスカヤ塔周辺の地図
https://goo.gl/maps/kP8r3ckaKoy -
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14時41分、国立クレムリン宮殿を過ぎたところで右を眺めるとこんな感じで -
[31]
金色の小さな玉ねぎが並んでいるのが見えます。これは「ヴェルホスパッスキー・サボール」です。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/xfYgDc3hZW22 -
[32]
14時43分、進行方向左手を眺めると、このような建物があります。 -
[33]
よく見て見るとこんな感じで、これは「元老院(Senatskiy Dvorets)」です。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/R24N2g3yWGk -
[34]
14時45分、通りすぎてから振り返るとこんな感じです。向こうにドームが見えます。この建物こそがロシア政府の心臓部です。ソ連時代から連邦政府の中心で、現在もロシア連邦大統領府となっており、プーチン大統領もここにいます。 -
[35]
ドームの部分です。 -
[36]
14時46分、ガイドさんについてこのような場所にやってきました。「大砲の皇帝(ツァリ・プシュカ)」といいます。1586年に鋳造されたブロンズ製の大砲で、当時世界最大の大砲だったそうです。当時世界最大の口径で、スパスカヤ塔(一番最後にここから出ました)を守るために設置されていましたが、一度も使われなかったとのことです(インターネット情報)。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/vJAPFvwFySR2 -
[37]
大砲の皇帝の写真を撮っているうちに、ガイドさんがどんどん先に行ってしまいました。あたりは混雑していて、わたしはガイドさんを見失ってしまい危ういところでしたが、幸い同じツアーのメンバーを見つけて後について行き、事なきを得ました。ちなみにこの写真の正面に見えているのはウスペンスキー大聖堂(生神女就寝大聖堂)です。
※ウスペンスキー大聖堂周辺の地図
https://goo.gl/maps/b3yEyM7edg22 -
[38]
14時47分、右手にウスペンスキー大聖堂を見ながら、「聖堂広場(サボルナヤ・プロシャジ)」へと進みました。この広場は、いくつかの教会に囲まれた広場です。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/i6qeMLp3BfC2 -
[39]
正面に見えるのは「アルハンゲルスキー聖堂(聖天使首大聖堂)」です。大天使アルハンゲル・ミハイルを祀っている教会です。この教会には、イワン1世以降の歴代のモスクワ大公の棺が納められています(ただし、ピョートル大帝以降はピョートル3世を除き、サンクトペテルブルクのペテロパブロフスク聖堂に安置)。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/XNQfYYGW6kM2 -
[40]
聖堂広場を進みました。 -
[41]
右手に四角い窓のある特徴的な建物が見えました。これは「グラノヴィータヤ・パラタ」です。グラノヴィータヤとは多面体という意味で、表面が白い多面体の石で覆われているためにそのような名前がついたそうです。イワン雷帝のカザン占領記念の祝典や、ピョートル大帝のポルタヴァの戦いの勝利祝典など、公式行事やレセプション会場に用いられたそうです(Wikipediaより)。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/MV3LfwfZ2VJ2 -
[42]
聖堂広場から振り返って見たウスペンスキー大聖堂です。漢字名は生神女就寝大聖堂ですが、「生神女就寝」とは「聖母マリアの死去」という意味です。ローマ・カトリックでは一般にマリアが天国にあげられたという「聖母被昇天」の教義がありますが、正教会ではそれがなく、マリアが永眠したことを記念する祭日があるようです。 -
[43]
このような聖母子と天使のフレスコ画が描かれています。 -
[44]
その下の部分です。 -
[45]
ひときわ高い塔があるこの建物は「イワン大帝の鐘楼」です。一番右の高い塔は高さが86mあり、かつてモスクワで一番高かったそうです。鐘楼であるとともに見張りの塔でもあったようです。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/LCRJ7Z9GdXv -
[46]
こちらは「ブラゴヴェシチェンスキー聖堂(生神女福音大聖堂)」です。「生神女福音」とは聖母マリアにキリストが宿ったことを天使から告げられた「受胎告知」を表しますが、正教会では「受胎告知」とは呼ばないのだそうです。ややこしいですね。クレムリンのブラゴヴェシチェンスキー聖堂は、皇帝、皇后の私的な参拝、礼拝所として使用されました(Wikipediaより)。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/RuswbM7ZLhA2 -
[47]
14時51分、「ボロヴィツカヤ・ウーリツァ」という通りに出て西に進みました。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/Y8iSpCMUayq -
[48]
右手に大きな建物を見て進みました。これは「大クレムリン宮殿」です。外国政府要人や国賓を迎える迎賓館になっているようです(地球の歩き方より)。もともとは19世紀中ごろまでに建てられ、ロシア皇帝がモスクワ滞在中に使用していた宮殿のようです(インターネット情報)。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/wjPriRxxH2u
(名前が書かれていませんが、「ボロヴィツカヤ・ウーリツァ」、「ドヴォルツォヴァヤ・ウーリツァ」、「生神女福音大聖堂」で囲まれた大きな四角い建物です) -
[49]
上の部分を眺めると -
[50]
ロシアの国章である双頭の鷲がデザインされています。双頭の鷲は古くからあるシンボルで、東ローマ帝国や神聖ローマ帝国でも使われていましたし、現在もロシアの他、セルビア、アルバニア、ドイツ、ギリシャ正教会などで使われているらしいです。 -
[51]
通りすぎてから振り返って見た大クレムリン宮殿です。 -
[52]
14時54分、大クレムリン宮殿を通りすぎて先の建物に向かいました。この建物の中に「武器庫」と「ダイヤモンド庫」があります。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/hfbvyPDJZz22
(右側のアルマスニ・フォンド・ラシースカイ・フェデラツィイの方はダイヤモンド庫です) -
[53]
今回のツアーでは、武器庫のみ訪れました。中はあいにく撮影禁止でした。当初は武器庫だったらしいですが、後に博物館になったようです。暗い部屋に骨董品のようなものがたくさん並んでいました。寝不足だし暗いし写真を撮る刺激がないしガイドさんの話が分からないし予習不足でちんぷんかんぷんだしで、立って歩いているのに目がうつろになってしまいました。これから行かれる方は、予習を十分された方がいいと思います。
武器庫から出てきたところの写真の撮影時刻を調べたら現在16時01分で、武器庫でなんと1時間も過ごしていました。ガイドさんは隅から隅まで丁寧に説明してくださいました。 -
[54]
武器庫の脇に見えるのは「ボロヴィツカヤ塔(ボロヴィツカヤ・バシュニャ)」です。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/mMPmm45ohJ32 -
[55]
大クレムリン宮殿の方を眺めます。ここから見ると、緑色の屋根が確認できます。 -
[56]
16時12分、大クレムリン宮殿の前を通って -
[57]
戻りました。 -
[58]
赤い花が咲いていました。 -
[59]
16時15分、聖堂広場に戻ってきました。ここでガイドさんがしばらく説明をしました。 -
[60]
向こうに元老院とそのドームが見えます。 -
[61]
再び「ウスペンスキー大聖堂(生神女就寝大聖堂)」です。右の後ろ側に「パトリアーシェ宮殿」が一部だけ見えていますが、今回は特別注目して回りませんでしたので他の写真はありません。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/t6L8DVkLowC2
(写真はサボルナヤ・プロシャジから見た風景です) -
[62]
再び「イワン大帝の鐘楼」です。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/LCRJ7Z9GdXv -
[63]
最も高い塔の先端です。 -
[64]
再び「アルハンゲルスキー聖堂(聖天使首大聖堂)」です。写真は向かいのブラゴヴェシチェンスキー聖堂の方から眺めた部分です。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/XNQfYYGW6kM2 -
[65]
入口付近のフレスコ画です。 -
[66]
再び「ブラゴヴェシチェンスキー聖堂(生神女福音大聖堂)」です。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/RuswbM7ZLhA2 -
[67]
右下の入口は -
[68]
こんな感じです。 -
[69]
その右手の「グラノヴィタヤ・パラタ」です。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/MV3LfwfZ2VJ2 -
[70]
16時22分、グラノヴィタヤ・パラタとウスペンスキー大聖堂(生神女就寝大聖堂)の間で左を向くとこんな感じです。金色の小さな玉ねぎがたくさん並んでいる正面の建物が「ヴェルホスパッスキー・サボール」です(Googleマップより)。「テレムノイ宮殿付属教会」ともいうようです。皇帝専用の4つの教会が一つになっているらしいです(インターネット情報)。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/cUDf5owZ9dJ2 -
[71]
金色の玉ねぎを眺めます。 -
[72]
2つ前の写真で右側に写っているこの建物はウスペンスキー大聖堂ではなく、その西側にある建物で「ツェルカフィ・リゾポロジェニヤ」といいます(Googleマップより)。「祭服教会」ともいうようです(インターネット情報)。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/vzv3eWFTrDT2 -
[73]
このあたりで列に並んで待ちました。後ろに並んだツアーのガイドさんが「Are you with them?」と尋ねてきたので、そうだと答えました。わたしは写真を撮る都合で一番後ろにいて、しかもわたしだけイヤホンガイドを首に下げず、上着のポケットからイヤホンをのばしていたためか、あるいは顔つきや仕草が中国人に似ているためか、勝手に並んだ個人と間違えられたようです。待っている間暇なので、再びイワン大帝の鐘楼の -
[74]
鐘の部分を眺めました。 -
[75]
先ほどのツェルカフィ・リゾポロジェニヤの側面を眺めながら、ある教会の中に入りました。ガイドさんが色々説明してくださいましたが、ちんぷんかんぷんでした。最後に「何か質問はありますか」というので、「この教会の名前は何ですか」というレベルの低い質問をしてしまいました。「生神女就寝大聖堂です」という返事でしたがよく分からず、ひょっとしてと思って「ウスペンスキー大聖堂ですか」と尋ねたら「そうともいいます」とのことで、ようやく分かりました。今回のガイドさんは日本語に訳した漢字の名前で教会を呼んでいたため、少し予習して頭に入れていた教会の名前と違い、混乱していました。なお、Googleマップでも日本語に訳した漢字の名前が書かれていて、しかもどの教会の名前も似ているので紛らわしいです。 -
[76]
16時47分、イワン大帝の鐘楼の裏側にある大きな鐘のところにやってきました。「鐘の皇帝」といいます。高さ約6m、重さ200トンだそうです。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/JtVKA9GpLdu
(ツァリ・コロコルと書かれたところです) -
[77]
穴が開いています。鋳造中に火事になり、水をかけたため割れてしまったのだそうです(地球の歩き方より)。鋳造後に制作場所に置かれたままになっていたときにモスクワで火事が起きて、鐘を冷やすために水をかけたら割れてしまったという、少しだけニュアンスの違う説明もあります(インターネット情報)。
内部を覗いてみたかったのですが、ツアーのみなさんの記念写真待ちで近づけず、ガイドさんがどんどん先に行ってしまったので断念しました。 -
[78]
欠けて落ちた部分です。 -
[79]
最後は「スパスカヤ塔」から退場します。一般の観光客の出口であるとともに、大統領を含めた重要な人たちの出入口でもあります。
※周辺の地図
https://goo.gl/maps/hjMTP6a9E942 -
[80]
てっぺんに赤い星が輝いています。他の塔でも見かけて写真を撮りましたが写真枚数削減のため割愛します。1937年のロシア革命20周年を記念して、トロイツカヤ塔、ホロヴィツカヤ塔、ヴォドヴズヴォドナヤ塔、スパスカヤ塔、ニコリスカヤ塔の先端には、ウラル山脈から採掘されたルビーで作られた直径3メートルになる赤い星が付けられたようです。「クレムリンの赤い星」と呼びます(Wikipediaより)。 -
[81]
この塔には直径6mの大きな時計があります。 -
[82]
塔の手前から元老院の側面をきれいに見ることができます。ここで記念撮影をしている間にガイドさんに置いていかれてしまいました。 -
[83]
塔を見上げながら -
[84]
16時55分、外に出ました。向こう側は赤の広場です。次の旅行記に続きます。
https://4travel.jp/travelogue/11426942
なお、旅行記の現在の目次はこちらです。
https://www2.hp-ez.com/hp/travelmasa/page23
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この旅行記へのコメント (2)
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- 気まぐれなデジカメ館さん 2018/11/27 11:33:37
- ロシア旅行、予習させていただいています。
- masさん、こんにちは!
同じ時期にギリシャへ行かれていて、どんな人か興味がありましたが、
今度はロシアに行かれていて、ますます目が離せなくなりました。
ロシアはかねて行ってみたい国でありましたが、とにかく2018ワールドカップが終わってからと決めていました。
それで来年春~夏に決行しようと思っています。幸い九州からのツアーもありそうです。(成田出発だと成田に行くまでにかなり消耗します)
そう決めた矢先にmasさんの旅行記を見つけ、さっそく予習させてもらっています。
masさんは語学にも旅行にもとても堪能な方なので、ついていけませんが、見学の仕方など参考にさせてもらおうと思っています。
気まぐれな旅人
- mas98765さん からの返信 2018/11/27 22:03:51
- RE: ロシア旅行、予習させていただいています。
- 気まぐれなデジカメ館さん、こんばんは。
メッセージありがとうございます。そして、いつも投票してくださり、ありがとうございます。わたしがロシアに興味を持ったきっかけは「訪れたことがある国の面積をかせぐ」という変なものでした。フォートラベルの会員としては、面積の大きなロシアに行くと行かないとで、プロフィール画面の世界地図のインパクトが全然違うんですよね。実際に行った感想としては2大都市を歩く限り「ヨーロッパと変わらず安全ないいところ」でした。2018ワールドカップはやはり大きな出来事だったようです。ちょっと前まで、写真撮影が大きく制限されていたようですが、今回はあちこちで普通に写真を撮っていても注意されませんでした。それから夜のライトアップはきれいでした。それから、どんどん発展している印象を受けました。来年行かれるときはまた大きく変わっていることでしょう。
旅行記を参考にしてくださっているということで、励みになりました。旅行記はわたし自身も「細かすぎる」と感じておりまして、何か月も書き続けていると挫折しがちになります。実際、3回目のイタリア旅行の旅行記は挫折してしまい、その後手についていません。また、日本国内の旅行記はハイライトしか書いておらず、旅行記さえ書いていないものもあります。参考にしてくださっている方々のためにも、なんとか今回のロシア旅行記は完成したいと思っております。ただ正直なところ、モスクワの旅行記は予習不足と情報量不足で表面的なことしか書けず、あまり面白くないと思います。おそらくあと5つくらいで今回の一連の旅行記は終わると思います。少しでも参考になることがあれば幸いです。
(mas98765)
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