2018/10/21 - 2018/10/21
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はくさんちどりさん
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仙台市若林区の太平洋沿いに位置する荒浜地区、かつては白砂青松の海岸が南北に延び、サーフィンを楽しむ若者、海水浴に興じる家族連れ、キノコ穫りに夢中のお年寄り、老若男女それぞれにとって憩える場所でした。
それが、東日本大震災時の大津波で、風景は一変してしまいました。黒松林は壊滅し、人も住めなくなってしまい、復旧・復興事業に関係する人員と車両だけが行き交う場所に変わり果ててしまったのです。
発生後7年半の時を過ぎ、荒浜の現状がどうなっているか気にはなっていたのですが、なかなか気が重く足が向きませんでした。そんな中、珍しく雲1つない晴天に恵まれたので、急遽思い立ってドライブして確認してきました。
以前にキノコ(キンダケ=霜越)穫りをした辺りには、ただ1本の黒松もありませんでした。住居があった処は土台だけで、基礎や玄関の叩きだけが生々しく残る姿を目の当たりにすると、住んでいた方の安否がどうだったか頭を離れません。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
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旧荒浜集落のメインストリートを海岸に向かった突き当たり、右に空地があり、釣り人などの車を駐車してあったので、その一角に車を駐めました。
遠くに震災遺構として保存される荒浜小学校が見えます。 -
付近にあった住居跡はそのままになっています。
タイルを敷き詰めた玄関入口の叩きが、往時を偲ばせるだけ。 -
住居の基礎だけ残っています。
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駐車場の向かいに、「荒浜記憶の鐘」が建てられていました。
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この付近での津波高さは13.7m。想像がつきません。
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鐘からさきほどの標石までが13.7m。
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隣接して荒浜ロッジがあり、被災前と被災後の写真が展示されています。
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被災前の黒松林。
自分が知っているだけで、キンダケ(シモコシ)、イクチ(アミタケ)、赤ハツタケ、青ハツタケ、ムラサキシメジ、カンタケなどが生育し、穫るのが秋の楽しみでした。 -
被災前の荒浜集落。
こんなに民家があったのです。 -
被災後の海岸公園センターハウス。
集落の北にあり、防災倉庫もありました。
地盤沈下により、沼になっています。 -
東日本大震災慰霊之塔。
観音菩薩立像。太平洋に背を向け、旧荒浜集落の方を向いています。 -
荒浜慈聖観音。
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荒浜地区で犠牲になった方々の一覧。
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東日本大震災慰霊之塔から眺めた名取方面(南)の海岸。
疎らな松が、下方の枝をほとんど失ったまま陸側に傾いています。
黒松の幼木が植林されています。 -
松の枝のない部分は間違いなく大津波によるものでしょう。
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荒浜地区仙台湾南部海岸堤防。
南方の名取方面です。 -
荒浜地区仙台湾南部海岸堤防。
北方の仙台港方面です。 -
海に背を向けた荒浜慈聖観音とそのはるか遠くの奥羽山脈。
赤鳥居のほぼ上方に大東岳が見えますが、大震災前は海岸からこのような風景は、松林で見えませんでした。 -
牡鹿半島。
海底地形が変化したのか、急に深くなっているような感じで、離岸堤がいくつも築造されていました。 -
海岸堤防上から眺める舟形連峰と七ツ森の一部。
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荒浜小学校や海岸公園センターハウス。
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蔵王連峰。
こんなにも奥羽の山並みがくっきりと見えていることに、多少の違和感を感じてしまいました。 -
事業の詳細。
復旧事業となっていますが、かつてはコンクリート建造物はなかったはずです。 -
国交省仙台河川国道事務所の事業説明板。
堤防の高さは大津波の6割程度の高さしかなく、避難の時間稼ぎ。 -
震災前、毎年秋のキノコ穫り時に車を駐めた海岸公園の駐車場。道路の反対側にトイレがあるので、妻も安心して同行していました。
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キノコ穫りに夢中になったあたり。
かつて散策にも最適の間隔で立っていた黒松はまったく見られませんでしたが、救いは植林された幼木がすくすく育っている様子だったことです。
『荒浜の なぎ倒されし 松原よ 霜越いつか また育まん』
その頃まで生きていられるかはわかりませんが・・・。
生まれ育った日本海側の黒松林でいいから、元気なうちにもう一度キノコ取りしたいものです! -
復旧された海岸公園センターハウスへの入口。
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これが海岸公園センターハウス。
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この付近で津波警報が発令されたら、どこに逃げるか?
近くに避難の丘(海抜10m)があるので、避難経路に従って避難します。 -
センターハウス内のルームや設備の案内。
サーファーのためのシャワールーム(有料)があるそうです。 -
貞山堀脇の排水施設でしょうか。
右側に荒浜小学校も見えています。 -
センタハウスのデッキから見た荒浜小学校。
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同じく、避難の丘。
四阿があるようですね。 -
車を駐めた駐車場へ戻る道すがらの風景。
左手前に住居跡らしい叩き。 -
荒浜小学校。
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住人はいないのに、白い花を咲かせています。
葉はランのようですが、よくわかりません。 -
荒浜小学校と、その右に泉区のシンボル・泉ヶ岳。
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かつての住居跡。
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同じくかつての住居跡。
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玄関へ向かう通路だけが生々しく残っています。
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車内から荒浜小学校を撮影して、帰途に着きました。
2011年3月11日の午後、岩手県雫石町での会議に出席している最中、2時半過ぎ異常に長く強い揺れにただならぬ地震発生を予感しました。早速家族全員にメールで安否を問い合わせ、会議中止後、仙台への帰途通行止めになった東北道は使えず、営業と技術の若い社員と一緒に一般道を走っている時に、ラジオに流れた「仙台市若林区の荒浜地区に、津波で打ち上げられたと見られる数百人に及ぶ遺体が・・・」というニュースを聞いて、背筋が凍り付いたことを今でも忘れません。
このような場所で、逃げなかった人・逃げ遅れた人、あの高さの津波には抗えません。
亡くなられた方々のご冥福を心からお祈り申し上げます。
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