2018/06/21 - 2018/06/30
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タヌキを連れた布袋(ほてい)さん
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「ミャンマー難民キャンプでは、近年、難民帰還についての議論が進んできましたが、この1年で帰還準備が加速しています。難民キャンプの代表や国際機関、NGOによって帰還計画が作られ、さらに昨年からは帰還候補地の視察も始まっており、帰還予定地には、シェルターや社会施設が建設されているところもあります。」
「今年、ミャンマー国内で新政権が発足しましたが、今後新政権と少数民族勢力との話し合いが順調に進めば、難民帰還に向けた動きは一層進むかもしれません。」
「一方で、難民キャンプに住む人々の生活は非常に厳しくなってきています。国際支援の減少が顕著に難民の生活を圧迫しており、食料配給量や非食料品支援の減少、教育や医療分野での社会サービスの縮小がこの1年でかなり進みました。ミャンマー(ビルマ)難民キャンプで支援活動をする国際NGOは約20団体ありますが、どの団体も資金不足に陥っており、つい先日のNGO会議でも、これまで何十年と活動を続けてきた2団体の事業撤退の発表がありました。さらに、どのNGOも事業縮小を余儀なくされており、地方にある難民キャンプへの支援の拠点となる事務所の閉鎖が相次いでいます。どのNGOも何とか支援活動を継続したいと考えていますが、難民の帰還が先か、NGOの体力が尽きるのが先か、厳しい局面を迎えています。」
「このような状況の中で、難民自身は、帰還への希望を持っている人もいるとはいえ、まだ多くの人々が帰還を希望しない、または、将来を決めかねている状況があります。ミャンマー国内で紛争や人権侵害の被害にあい、もうミャンマーには絶対に帰りたくないと思っている人々もいれば、難民キャンプの中で生まれ、祖国を知らない若者たちもいますし、さらにキャンプのリーダーたちの判断を待っている人々もいます。将来を決めかねている間に、難民キャンプでの生活は厳しくなり、さらにこれまで長年難民キャンプの指導者としての役割を担ってきた人々が、第三国定住への最終コールの中で、最後の選択をして難民キャンプを離れる状況がこの1~2年続いています。今月中旬、これまで何十年と難民を指導してきた難民委員会の主要メンバーが第三国定住をすることになり、送別会が開催されました。彼は、『私は、このタイミングでこの地を離れることになる。私は、ある者にとってはヒーローであり、ある者にとっては裏切り者だ。それをすべて引き受けて今後生きていかなければならない。』と話していました。これまで難民キャンプを率いてきた人々は、何十年とその役割を担い、今は多くが50~70代です。自分の民族、難民を守っていきたいと思う一方で、自身の体力に限界や家族の将来のためのよりよい選択が目前に迫り、彼らにとっても非常に難しい決断が迫られている状況があります。」
「見えない将来への不安、食料配給量の減少、社会サービスの削減、長年キャンプを率いてきた指導者の不在など、様々な不安が難民を襲っており、それが難民キャンプでの自殺者の増加、そして若者によるアルコールや麻薬による傷害事件の増加など、難民キャンプ内の社会不安を引き起こしています。このような課題が深刻化しているにもかかわらず、それに対応できるだけのリーダーやNGOの体力が限界に近づいています。」
公益社団法人シャンティ国際ボランティア会HP,2016年6月28日付けシャンティブログ「今、ミャンマー(ビルマ)難民が直面していること」より
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- その他
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 航空会社
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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-
日に1本しかないパーイ始発のロットゥーに乗って,快調に走れば約2時間半でメーホンソンの街に着く。
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到着したメーホンソンのバスターミナルは,がらんとしてとても静かだった。
中学生の頃,日本のローカル線の終着駅に降り立ったときこういう雰囲気だったことをふと思い出す。 -
これはバスターミナルに掲示されていたPrempracha社の時刻表。
メーホンソン-チェンマイのロットゥー(ミニヴァン)は,パーイ経由(時計回り)が一日9本,メーサリアン経由(反時計回り)が一日6本である(メーサリアン経由10:30発の便は金曜日のみ12:30発になる)。
それ以外にメーホンソン-チェンマイ(パーイ経由)の普通バスが一日1本出ているようだ。 -
バスターミナルにはトゥクトゥクが2台だけ待機していた。
運転手は積極的に声をかけてくるわけでもなく,かといって無視するでもなく視線をこちらへ向けている。宿の名前を告げると頷いて,静かに「80 Baht」と答える。 -
メーホンソンでの宿は「ブーンディーハウス(Boondee House)」。中心街から徒歩10分圏内の静かな立地だ(メーホンソンはどこでも静かだが)。
宿の建物はこの地方の特色を活かした木造で,共同の広いテラスと簡易キッチン(電子レンジやオーブントースターあり)がついている。とても居心地がよい。宿のご主人は大変親切で穏やかな人だった。 -
さて,メーホンソンには面白い場所があった。
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「Mae Hong Son Living Museum」である。
「メーホンソン生活博物館」とでも訳そうか。もともと公営の運送機関であった古い木造の建物を保存して作られた,とても小さな「博物館」。
ここの壁面には,メーホンソン中の寺社仏閣はもとより,現存する伝統建築の町家の写真とその場所,伝統料理が食べられる食堂11軒(そのうち7軒は市場内の食堂である)を網羅した情報が掲載されている。 -
「Mae Hong Son Living Museum」の地図入りパンフレット(無料)にはこれらの情報が掲載されていて,これはメーホンソンの街歩きマップとしてどの観光ガイドよりも素晴らしい内容となっている。
そう,つまりこの小さな「博物館」の展示物は,すべてメーホンソンの街の中に「展示」されているというわけである。入館者はこのマップを片手に「展示物」を探して歩き,鑑賞し,時には実際に賞味することもできるという趣向だ。
小ぢんまりとした徒歩圏内にすべてが収まっているメーホンソンならではの秀逸なアイデアだと思う。
「生活」の博物学とは,つまるところ街角の風景そのものである。
街歩きを楽しむ心には,博物学に通ずるものがある。
そんな企画者の哲学が感じられる。 -
朝,生鮮食品市場へやってきた(Mae Hong Son Food Market)。
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この市場の一角にタイヤイ(シャン)料理の露店がいくつかある。
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席に座ると,目の前のトレイには揚げたてのカオフーンがどさっと積まれている。
カオフーンはひよこ豆の粉を煮て液状にしたものを容器に流し込み,冷まし固めたものである。玉子豆腐よりしっかりしているが,麦粉のういろうよりやや柔らかいというほどの食感のものだ。
大きく拍子木に切ってタレをかけて食べたり,ヤム(和えサラダ)にする。代表的なタイヤイの味のひとつである。
写真のものは,このカオフーンを三角に切って揚げたものである。 -
店のおばさんはこちらをよそ者と察してくれ,トレイから二種類の揚げ物をひょいひょいとつまんで鉢に入れ,ナムチム(タレ)と一緒に出してくれた。
国内外問わず観光客がよく来る店のようで,タイ語,英語,タイヤイ語併記の写真入りメニューが備えてある(隣の露店も同じメニューを持っていた)。
それによれば,黄色いカオフーンの揚げ物はタイヤイ語で「トアプー・ルアン・コー」,白っぽい揚げ豆腐は「トアプー・シン・コー」と呼ぶようだ。
おばさんにトアプー・ウン(タイ語でタオフー・ローン)を注文して,作っている間に揚げ物をつまむ。 -
やがてトアプー・ウン(タオフー・ローン)が出てきた。
黄色いスープのようなものは冷まし固める前のカオフーン,つまり熱い豆粉の粥である。粘度が強くドロリとしている。
その下には麺が敷いてある。上に載っているのはトアプー・ルアン・コー,ピーナッツの粉,セリのような香草と香味油。
食べるときは全体をよくかき混ぜる。 -
見苦しくて恐縮だが,かき混ぜた状態がこれ↑。下に隠れている麺が意外と多いことが分かる。
このドロドロのアツアツさが病みつきになる。
初めて食べたのはヤンゴンのシャン食堂でだった。それ以来の大好物。
ミャンマーではトアプー・ウン=「トーフヌエ・カオスエ」,トアプー・ルアン・コー=「トーフジョー」となる。 -
この店はカオソーイ・ヌムというタイヤイのカオソーイも出している。
チェンマイなどのカオソーイとはまったく異なる。
甘味が全然しない「山の味」で,スープはクリア。上に肉味噌のようなものが載っていて,これをスープに溶いて食べる。天盛りは砕いたケープムーと香草。
麺は一見カノムジーンのようだが,もっと粘りつく。カオセンというタイヤイの麺だと思われる。 -
市場にはトゥアナオ(納豆)がたくさん売っている。
こういう煎餅状のもの以外に,調味済みのブロック状のものも売っている。 -
これはタイヤイのケーキ。
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供花を売る露店。タイの他の街ではあまり見かけないタイプだ。
花の部分は造花になっている。これなら長持ちしそうだ。 -
こちらはお供え用のタバコ。ちゃんとマッチも入っている。
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それから,歩いて20分ほどのところにあるワット・プラノーン(寝釈迦仏寺)にお参りする。
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ここにはビルマ戦線将兵鎮魂之碑が建立されている。
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お参りを済ませて,チョーンカム湖のほうへ戻る。
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オフシーズンのメーホンソンは,このチョーンカム湖の水面に象徴されるようにとても静かだ。
他のタイの田舎町と同じように,道路にはそこそこ車が走り,日に何度かは街の真ん中にある空港に飛行機が離着陸するのだが,みだりな騒音はいつの間にかメーホンソンの豊かな緑と湖水の中にしみ込んで消え失せていく。 -
湖畔に建つワット・チョーンカムの仏堂。
素人眼にも明らかなビルマ様式である。 -
こちらは生鮮食品市場の近くにあるワット・フアウィアンの仏堂。
こちらも特徴的である。19世紀後期の建築のようだ。 -
この食堂は古い建物を保存して利用している。
食事のメニューはステーキなど洋食中心で,地元の人に人気がある店のようだった。 -
この街では,ツーリスティックなBARでも味のある雰囲気を漂わせていた。
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中心街の一角に,国連難民高等弁務官事務所があった。
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さらに街歩きを続けていたら,学生の街宣パレードに出くわした。
これは日本文化?↓動画
https://youtu.be/S7FDPndpi2w -
☆メーホンソンは独自の文化を持つタイヤイ(シャン)の街である。タイの他の田舎町とは明らかに異なる。メーホンソンの人々はその独自性を街ぐるみで大切に守り,残していこうとしている。古い木造建築が素晴らしい。
☆オフシーズンのメーホンソンはとても静かで落ち着いた街である。ワット・チョーンクラーンなどのライトアップもなければナイトマーケットもない(地元民向けの屋台は若干出る)。
☆何はなくともまずは「Mae Hong Son Living Museum」の無料マップを手に入れるべし。メーホンソンとパーイが表裏になった無料マップも出回っている。
☆街なかでトゥクトゥクやソンテオを拾うのは結構難しい。メーホンソンの街は小さいので,待つくらいなら歩いたほうが早い。
☆郊外を回る場合,メーホンソンにレンタルバイクやレンタカーの店はあるが,数が少ないので宿で聞いたほうがよい。目的地によっては4WD車でないと通行できないような場所もあるようなので注意。
☆チェンマイからパーイへ行くくらいならさっさとメーホンソンまで来たほうがよい。パーイはファランと中国人に任せて,日本人はこの静かな湖畔の街を楽しむべし。チェンマイ=メーホンソンのロットゥー(所要約6時間)は酔い止め薬を服んで眠ってしまえば大したことはない。
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