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4ケ月振りにポート・ロイヤル(Port Royal)を訪れた。前回はチャールズ砦(Fort Charles)を見て、セント・ピーター教会(St. Peter&#39;s Church)の前を通り、グローリア(Gloria&#39;s)レストランでシーフードを食べただけだったので、今回は他の所を意識して回った。<br /><br />まずは、町の2.5㎞ほど手前にあるロッキー砦(Fort Rocky)跡。ここはチャールズ砦(Fort Charles)などのポート・ロイヤルの6つの砦とは違ってぐっと新しく、1888年頃から建設が始まったようだが、1907年の大地震によってチャールズ砦のヴィクトリア砲台(Victoria Battery)が使えなくなったため、本格的に使われるようになったのは第一次世界大戦直前のようだ。この時代には、まだパリサデスには車が通れる道はなく、プラム・ポイント(Plumb Point)とポート・ロイヤルの間の道路も整備されていなかったため、この建設にはポート・ロイヤルとここを結ぶ鉄道が使われた。1887年から第一次世界大戦の中頃まで存在したらしい。痕跡はほとんど残っていないが、町の入口に鉄道橋の跡が残っている。壁に囲まれたエリアには定期的に80名の兵隊が駐留し、キングストン港へ向かう潜水艦や武装艦を阻止するために5門の6インチ砲が設置されていた。第二次世界大戦の終結に伴ったイギリス軍の撤退まで利用されていたが、今は廃墟となっている。17年にはここをジャマイカ発のエンターテインメント・ゾーンとすることが発表された。このゾーンは市街地地域から離れているため、昼夜問わず各種イベントが開催できる。確かにその案内の立て札も立てられていた。ただ、現状では使えない状態だった。整備には金が掛かりそう。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.2240797462656932&amp;type=1&amp;l=8395f270b8<br /><br />次はポート・ロイヤル旧海軍墓地(Port Royal Old Naval Cemetry)。ロッキー砦とポート・ロイヤルの町のちょうど半分くらいのところにある。レンガの壁で囲まれた墓地の右半分にはたくさんの壊れかけた十字架や墓がある。左半分には何も立っていない。この墓地は1800年代後半から1900年代始めに使われていたようで、多くは黄熱病の犠牲者で、イギリス海軍の関係者。今や参る人もなく傷むのみ。ポート・ロイヤルの墓地には有名な元海賊のヘンリー・モルガン(Henry Morgan)も葬られていたが、その墓地は1692年の大地震で海に沈んだので、この墓地ではない。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.2240812859322059&amp;type=1&amp;l=4f026fab6e<br /><br />そして、ポート・ロイヤルの町に入る。前に1655年のイングランドのジャマイカ侵攻(Invasion of Jamaica)以降、1692年の大地震までの状況を書いたが、今回はそれをもう少し補足する。ポート・ロイヤルは1655年以前は単なる小さな漁村だった。1494年にコロンブス(Cristoforo Colombo)がこの島に上陸して以降、1509年にジャマイカはスペイン植民地となったのだが、ほとんど力を入れてなかった。と云うのも、彼らの目的は金や銀などの財宝で、この島には何もなかったからだ。地下資源に関して言えば、現在はボーキサイトの世界有数の産出国になっているが、もちろんその頃はそんなものに全く興味はなく、結果ジャマイカではサトウキビプランテーションが現在のスパニッシュ・タウン(Spanish Town:当時の名はSantiago de la Vega)辺りで行われていただけで、入植者は女性、子供併せて1500人程度しかいなかった。当然島の防衛にも力を入れておらず、7000人の部隊のイングランド軍は簡単に彼らを追い出すことが出来た。この島を海賊(バッカニア)の本拠地にし、中南米でスペインが略奪した財宝を横取りしようとしたイングランドとモチベーションが全く違ったと云うこと。でも、これもある意味偶然で、彼らは現在ハイチとドミニカ共和国があるイスパニョーラ島を奪おうとしたのだが、失敗して、クロムウェルの元に失敗報告を持って帰るのが嫌で急遽この島に来襲したようだ。<br /><br />さて、そんな経緯を経て、一気に発展したポート・ロイヤルだが、前に書いたように1692年の大地震で壊滅する。地震の後にも1703年には火災、1712年と22年のハリケーンと続き、いったんはさびれたポート・ロイヤルだが、1735年から再び海軍基地としての発展がはじまる。ふ頭が整備され、倉庫が建てられ、その後も様々な設備が整備された。1750年に再び火災、1774年にハリケーンで被害を受けるが、19世紀に入るとドックヤードも作られ、どんどん拡張されていった。しかし、1850年にはコレラで多くの人が倒れ、さらに20世紀に入ると状況は一変。ヨーロッパに主力を移したイギリスは、1905年にドックヤードを閉鎖した。そして再び止めを刺したのが1907年に再び発生した大地震。さらには51年のハリケーン・チャーリー(Hurricane Charlie)でも大きな被害を受け、現在は人口2000人に満たない漁村となっている。今回回ったところはこの時期に建てられたものが多い。<br /><br />まずは、前回行ったチャールズ砦(Fort Charles)の前にあるHMJSカグウェイ(HMJS CAGWAY)。ジャマイカ国防軍沿岸警備隊(Jamica Defence Force Coast Guard)の本部。HMJSは&quot;Her Majesty&#39;s Jamaica Ship&quot;の略。68年からこの地にある。1655年から1820年までここは王立海軍基地(Royal Navy station)で、この辺りには弾薬庫があった。また上に書いた鉄道の起点でもあった。その横にある広場はパレード・グランド(Parade Ground)。連隊や警察隊のパレードに使われたのでそう呼ばれているが、地震の前まではチョコレート・ホール(Chocolate Hole)と云う入江で小型船が停泊していた。地震で沈泥に埋まり、その後埋め立てられたが、地盤が低く、今でも満潮時には水没するらしい。確かに水溜まってけど、本当? ちなみにチョコレート・ホールの由来はポート・ロイヤルから運び出された主製品のひとつがココアだったことからだそうだ。グランドの正面には1692年の地震の記念碑(Monument)がある。古い船のマストで、地震の時に停泊していた帆船の中で唯一残ったものだそうだ。グランドの入口にあるのはロイヤル・エンジニア門(Royal Engineer&#39;s Arch)。1853年に基地の入口として建てられたもの。古代ローマの凱旋門をイメージしている。1911年に改築とある。入る方向で見て門の左手、グランドの反対方向にあるのは郵便局(Post Office)。 18世紀には、イギリス海軍の役人の兵舎だった建物。<br /><br />何か分からないが、研究所跡だと云う建物の骨組みの横を通り町に戻り、セント・ピーター教会を過ぎたところで、ポート・ロイヤルの市街地に入るとギャオール通り(Gaol Alley)にあるのがオールド・ギャオール(Old Gaol)。女性用の牢屋として使われていた石組みの建物で、1692年の大地震以前の状態に復元された唯一の建物。14のハリケーンと2つの大火災を含む数多くの災害を生き延びてきた建物である。さらに奥に進むと大きな建物。ポート・ロイヤル海軍病院跡(Old Naval Hospital)で、観光プロジェクトの一環としてリノベーションされ博物館として公開される予定とのことだが、その気配はない。1818年にイギリスのブラッドフォード(Bradford)から移設されたもの。初期の鋳鉄建築の一つ。1743年に建立され、1812年に火災で破壊された建物の跡地に建てられた。<br /><br />病院跡を柵越しに見ながら、海の方に向かい、引き揚げられたボートが並ぶ海岸通りを歩くと、グロリア・レストラン(Gloria&#39;s)の前を通る。ここはポート・ロイヤルのみならずキングストン全体でも評判の高いシーフードレストラン。70年代初期にグロリア・プロール(Gloria Prowl)が始め、彼女亡き後子供たちに引き継がれている。前回の時に私はエビを食べたが、美味しかった。この店はボトム・ショップ(bottom shop)と呼ばれるアウトドア(2階も吹き通し)レストランだが、町の反対側(南側)にはトップ・ショップ(top shop)と呼ばれる屋内レストランもある。その先の広場は元は裁判所(Port Royal Courthouse)があったところで、アングラーズ・クラブ(Angler&#39;s Club)と云うポート・ロイヤルで最も古いバーがあり、51年のハリケーン・チャーリーにも耐えていたのだが、14年に火事があり、1階の壁しか残っていない。広場のすぐ南に消防署があるのに、皮肉なものだ。<br /><br />消防署を南に過ぎると右手にカグウェイ・アパート(Cagway Apartments)。詳しい歴史は分からないがちょっとしゃれた感じ。元来た通りに戻ると右手には聖パウロメソジスト教会(St. Paul&#39;s Methodist Church)がある。この教会も詳しいことは不明。反対側、キングストン側に進むとすぐ右手に学校(Port Royal Primary and Infant School)があるが、この辺りにルパート砦(Fort Rupert)があった。町の東口を守る要塞で22門の大砲が備えられていたが、1692年の地震で海に沈んだ。学校の先、反対側のホテルの先を内海側に曲がるとY-Knotと呼ばれる船着き場。ここでロッキー砦から見えた無人島、ライム・キー(Lime Cay)に渡るボートをチャーターすることが出来る。また桟橋にはバーがあり、軽食や飲物を提供している。また、船着き場の先にはかつては海軍の倉庫と海兵隊舎であった19世紀の建物が続いている。<br />https://www.facebook.com/chifuyu.kuribayashi/media_set?set=a.2240827595987252&amp;type=1&amp;l=746b56871d<br /><br />最後、学校の向かいにあるグランド・ポート・ロイヤル・ホテル(The Grand Port Royal Hotel)でひと休み。ここはかつてのモーガンズ・ハーバー・ホテル(Morgan&#39;s Harbour Hotel)。50年代にキングハウス(Kings House)と海軍造船所(Naval Dockyard)跡に建てられた。海に向かって右手には造船所のレンガ造りの建物が残る。カグウェイ湾に面する波止場にはヨットが停泊しており、優雅な雰囲気。ただし、プラボトルがたくさん浮いているのは興覚め。この波止場からもライム・キーへ渡ることが出来る。私は、波止場前のバーでひと休み。シーフードを頼もうかと思ったら、グロリアと比べてものにならないくらい高かったので、断念してBBQウィングスを食べた。キングストン港と港越しのキングストンの街を眺めながら優雅な気分には浸れた。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.2240849622651716&amp;type=1&amp;l=b8ab164279<br /><br />以上

キングストン ポート・ロイヤル再び (Port Royal, Kingston)

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2018/08/11 - 2018/08/11

63位(同エリア75件中)

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ちふゆ

ちふゆさん

4ケ月振りにポート・ロイヤル(Port Royal)を訪れた。前回はチャールズ砦(Fort Charles)を見て、セント・ピーター教会(St. Peter's Church)の前を通り、グローリア(Gloria's)レストランでシーフードを食べただけだったので、今回は他の所を意識して回った。

まずは、町の2.5㎞ほど手前にあるロッキー砦(Fort Rocky)跡。ここはチャールズ砦(Fort Charles)などのポート・ロイヤルの6つの砦とは違ってぐっと新しく、1888年頃から建設が始まったようだが、1907年の大地震によってチャールズ砦のヴィクトリア砲台(Victoria Battery)が使えなくなったため、本格的に使われるようになったのは第一次世界大戦直前のようだ。この時代には、まだパリサデスには車が通れる道はなく、プラム・ポイント(Plumb Point)とポート・ロイヤルの間の道路も整備されていなかったため、この建設にはポート・ロイヤルとここを結ぶ鉄道が使われた。1887年から第一次世界大戦の中頃まで存在したらしい。痕跡はほとんど残っていないが、町の入口に鉄道橋の跡が残っている。壁に囲まれたエリアには定期的に80名の兵隊が駐留し、キングストン港へ向かう潜水艦や武装艦を阻止するために5門の6インチ砲が設置されていた。第二次世界大戦の終結に伴ったイギリス軍の撤退まで利用されていたが、今は廃墟となっている。17年にはここをジャマイカ発のエンターテインメント・ゾーンとすることが発表された。このゾーンは市街地地域から離れているため、昼夜問わず各種イベントが開催できる。確かにその案内の立て札も立てられていた。ただ、現状では使えない状態だった。整備には金が掛かりそう。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.2240797462656932&type=1&l=8395f270b8

次はポート・ロイヤル旧海軍墓地(Port Royal Old Naval Cemetry)。ロッキー砦とポート・ロイヤルの町のちょうど半分くらいのところにある。レンガの壁で囲まれた墓地の右半分にはたくさんの壊れかけた十字架や墓がある。左半分には何も立っていない。この墓地は1800年代後半から1900年代始めに使われていたようで、多くは黄熱病の犠牲者で、イギリス海軍の関係者。今や参る人もなく傷むのみ。ポート・ロイヤルの墓地には有名な元海賊のヘンリー・モルガン(Henry Morgan)も葬られていたが、その墓地は1692年の大地震で海に沈んだので、この墓地ではない。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.2240812859322059&type=1&l=4f026fab6e

そして、ポート・ロイヤルの町に入る。前に1655年のイングランドのジャマイカ侵攻(Invasion of Jamaica)以降、1692年の大地震までの状況を書いたが、今回はそれをもう少し補足する。ポート・ロイヤルは1655年以前は単なる小さな漁村だった。1494年にコロンブス(Cristoforo Colombo)がこの島に上陸して以降、1509年にジャマイカはスペイン植民地となったのだが、ほとんど力を入れてなかった。と云うのも、彼らの目的は金や銀などの財宝で、この島には何もなかったからだ。地下資源に関して言えば、現在はボーキサイトの世界有数の産出国になっているが、もちろんその頃はそんなものに全く興味はなく、結果ジャマイカではサトウキビプランテーションが現在のスパニッシュ・タウン(Spanish Town:当時の名はSantiago de la Vega)辺りで行われていただけで、入植者は女性、子供併せて1500人程度しかいなかった。当然島の防衛にも力を入れておらず、7000人の部隊のイングランド軍は簡単に彼らを追い出すことが出来た。この島を海賊(バッカニア)の本拠地にし、中南米でスペインが略奪した財宝を横取りしようとしたイングランドとモチベーションが全く違ったと云うこと。でも、これもある意味偶然で、彼らは現在ハイチとドミニカ共和国があるイスパニョーラ島を奪おうとしたのだが、失敗して、クロムウェルの元に失敗報告を持って帰るのが嫌で急遽この島に来襲したようだ。

さて、そんな経緯を経て、一気に発展したポート・ロイヤルだが、前に書いたように1692年の大地震で壊滅する。地震の後にも1703年には火災、1712年と22年のハリケーンと続き、いったんはさびれたポート・ロイヤルだが、1735年から再び海軍基地としての発展がはじまる。ふ頭が整備され、倉庫が建てられ、その後も様々な設備が整備された。1750年に再び火災、1774年にハリケーンで被害を受けるが、19世紀に入るとドックヤードも作られ、どんどん拡張されていった。しかし、1850年にはコレラで多くの人が倒れ、さらに20世紀に入ると状況は一変。ヨーロッパに主力を移したイギリスは、1905年にドックヤードを閉鎖した。そして再び止めを刺したのが1907年に再び発生した大地震。さらには51年のハリケーン・チャーリー(Hurricane Charlie)でも大きな被害を受け、現在は人口2000人に満たない漁村となっている。今回回ったところはこの時期に建てられたものが多い。

まずは、前回行ったチャールズ砦(Fort Charles)の前にあるHMJSカグウェイ(HMJS CAGWAY)。ジャマイカ国防軍沿岸警備隊(Jamica Defence Force Coast Guard)の本部。HMJSは"Her Majesty's Jamaica Ship"の略。68年からこの地にある。1655年から1820年までここは王立海軍基地(Royal Navy station)で、この辺りには弾薬庫があった。また上に書いた鉄道の起点でもあった。その横にある広場はパレード・グランド(Parade Ground)。連隊や警察隊のパレードに使われたのでそう呼ばれているが、地震の前まではチョコレート・ホール(Chocolate Hole)と云う入江で小型船が停泊していた。地震で沈泥に埋まり、その後埋め立てられたが、地盤が低く、今でも満潮時には水没するらしい。確かに水溜まってけど、本当? ちなみにチョコレート・ホールの由来はポート・ロイヤルから運び出された主製品のひとつがココアだったことからだそうだ。グランドの正面には1692年の地震の記念碑(Monument)がある。古い船のマストで、地震の時に停泊していた帆船の中で唯一残ったものだそうだ。グランドの入口にあるのはロイヤル・エンジニア門(Royal Engineer's Arch)。1853年に基地の入口として建てられたもの。古代ローマの凱旋門をイメージしている。1911年に改築とある。入る方向で見て門の左手、グランドの反対方向にあるのは郵便局(Post Office)。 18世紀には、イギリス海軍の役人の兵舎だった建物。

何か分からないが、研究所跡だと云う建物の骨組みの横を通り町に戻り、セント・ピーター教会を過ぎたところで、ポート・ロイヤルの市街地に入るとギャオール通り(Gaol Alley)にあるのがオールド・ギャオール(Old Gaol)。女性用の牢屋として使われていた石組みの建物で、1692年の大地震以前の状態に復元された唯一の建物。14のハリケーンと2つの大火災を含む数多くの災害を生き延びてきた建物である。さらに奥に進むと大きな建物。ポート・ロイヤル海軍病院跡(Old Naval Hospital)で、観光プロジェクトの一環としてリノベーションされ博物館として公開される予定とのことだが、その気配はない。1818年にイギリスのブラッドフォード(Bradford)から移設されたもの。初期の鋳鉄建築の一つ。1743年に建立され、1812年に火災で破壊された建物の跡地に建てられた。

病院跡を柵越しに見ながら、海の方に向かい、引き揚げられたボートが並ぶ海岸通りを歩くと、グロリア・レストラン(Gloria's)の前を通る。ここはポート・ロイヤルのみならずキングストン全体でも評判の高いシーフードレストラン。70年代初期にグロリア・プロール(Gloria Prowl)が始め、彼女亡き後子供たちに引き継がれている。前回の時に私はエビを食べたが、美味しかった。この店はボトム・ショップ(bottom shop)と呼ばれるアウトドア(2階も吹き通し)レストランだが、町の反対側(南側)にはトップ・ショップ(top shop)と呼ばれる屋内レストランもある。その先の広場は元は裁判所(Port Royal Courthouse)があったところで、アングラーズ・クラブ(Angler's Club)と云うポート・ロイヤルで最も古いバーがあり、51年のハリケーン・チャーリーにも耐えていたのだが、14年に火事があり、1階の壁しか残っていない。広場のすぐ南に消防署があるのに、皮肉なものだ。

消防署を南に過ぎると右手にカグウェイ・アパート(Cagway Apartments)。詳しい歴史は分からないがちょっとしゃれた感じ。元来た通りに戻ると右手には聖パウロメソジスト教会(St. Paul's Methodist Church)がある。この教会も詳しいことは不明。反対側、キングストン側に進むとすぐ右手に学校(Port Royal Primary and Infant School)があるが、この辺りにルパート砦(Fort Rupert)があった。町の東口を守る要塞で22門の大砲が備えられていたが、1692年の地震で海に沈んだ。学校の先、反対側のホテルの先を内海側に曲がるとY-Knotと呼ばれる船着き場。ここでロッキー砦から見えた無人島、ライム・キー(Lime Cay)に渡るボートをチャーターすることが出来る。また桟橋にはバーがあり、軽食や飲物を提供している。また、船着き場の先にはかつては海軍の倉庫と海兵隊舎であった19世紀の建物が続いている。
https://www.facebook.com/chifuyu.kuribayashi/media_set?set=a.2240827595987252&type=1&l=746b56871d

最後、学校の向かいにあるグランド・ポート・ロイヤル・ホテル(The Grand Port Royal Hotel)でひと休み。ここはかつてのモーガンズ・ハーバー・ホテル(Morgan's Harbour Hotel)。50年代にキングハウス(Kings House)と海軍造船所(Naval Dockyard)跡に建てられた。海に向かって右手には造船所のレンガ造りの建物が残る。カグウェイ湾に面する波止場にはヨットが停泊しており、優雅な雰囲気。ただし、プラボトルがたくさん浮いているのは興覚め。この波止場からもライム・キーへ渡ることが出来る。私は、波止場前のバーでひと休み。シーフードを頼もうかと思ったら、グロリアと比べてものにならないくらい高かったので、断念してBBQウィングスを食べた。キングストン港と港越しのキングストンの街を眺めながら優雅な気分には浸れた。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.2240849622651716&type=1&l=b8ab164279

以上

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