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パリサデス(Palisadoes)とは、キングストン(Kingston)の東の町、ハーバー・ビュー(Havor View)から空港に繋がる陸繋砂州(トンボロ(Tombolo);陸地と島とを連結する砂州)を指す(繋がれた島しょ部分を含める場合もある)。パリサデスと云う名は、柵や矢来、あるいは川岸や海岸の絶壁を意味するpalisadeと云う英語から来ているようだ。カグウェイ湾(Cagway Bay)に突き出しキングストン港を構成しているが、このカグウェイと云うのはポート・ロイヤルの旧名。コロンブス以前のジャマイカ原住民のタイノ族(Taino)がCaguayとかCaguayaと呼んでたことから来ており、スペイン植民地時代まではこの名で呼ばれていた。意味としてはポート・ロイヤルの向こう岸、セント・キャサリン(St. Catherine)のソルト・パン・ヒル(Salt Pan Hill)に茂っていたリュウゼツランとかアロエの類のことらしい。<br /><br />この砂州の誕生はおよそ4000年前と云われるが、長い間繋がったり切り離されたりが繰り返され、スペイン統治時代にもまだ完全に繋がってなかったと云う説もある。ポート・ロイヤルが栄えた後の1772年にもハリケーンで5ヶ所が決壊したという記録もある。1860年代には2万本のココナツの木が植樹されたが、1本も残らなかったばかりか、元々生えていた植物をすべて駆逐する結果になった。1936年に車が通れるようになる。1951年のハリケーン・チャーリー(Hurricane Charlie)がジャマイカに大被害を与えた後、メイクピース・ウッド(Makepeace Wood)が考案したグローン・フィールド(Groyne Field)とも呼ばれる防波堤が建設された。ジャマイカ・グローン(Jamaica Groynes)とも呼ばれるこのタイプの防波堤はその後世界のあちこちで造られている。近年も04年のハリケーン・アイバン(Hurricane Ivan)、05年のハリケーン・エミリー(Hurricane Emily)、07年のハリケーン・ディーン(Hurricanes Dean)、08年のハリケーン・グスタフ(Hurricane Gustav)などで被害を受けているが、砂州が決壊するほどの大きな被害とはならなかった。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.2240760125993999&amp;type=1&amp;l=83048dd3db<br /><br />陸繋砂州部分を過ぎ、カリブ海事大学(Caribbean Maritime University)の入口を過ぎるとノーマン・マンリー国際空港(Norman Manley International Airport)への分かれ道がある。ここもラウンドアバウト(Roundabout)。右に曲がると空港。キングトンから約20㎞。<br /><br />ジャマイカの表玄関であるこの空港は1930年代にスタートした。キングストン(Kingston)にもポート・ロイヤル(Port Royal)にも近く、道が通じており、当時は多く使われていた水上機も離着陸出来ることからこの場所が選ばれたようだ。第2次世界大戦中の41年から44年まではHMS Buzzardと云う名で英国海軍航空基地として使われた。商業航空路線の発展に応じて47年にジャマイカにも民間航空局(CAD)が設立され、翌年、キングストン航空交通管制センター(KATCC)が設立。同年、パリサデス(Palisadoes)空港として開業した。同じ年、モンテゴ・ベイ(Montego Bay)の空港も開業している。73年、ナショナル・ヒーローのノーマン・マンリーの功績を称え、現名称に改名された。IATA空港コードはKIN。<br /><br />イアン・フレミング(Ian Fleming)の007シリーズでは「死ぬのは奴らだ:Live and Let Die」(1954)、「ドクター・ノオ:Doctor No」(1958)、「007号/黄金の銃をもつ男:The Man with the Golden Gun」(1965)の 3つの作品に登場しており、映画化された最初の作品「007 ドクター・ノオ(初回封切時邦題は「007は殺しの番号」):007 Dr. No」(1962)の舞台にもなっている。「死ぬのは奴らだ」はジャマイカでロケは行われたが、舞台としては架空の国となっており空港は登場しない。「007号/黄金の銃をもつ男」は南シナ海の島に変更された。<br /><br />2700m級滑走路1本。現在約20社が約20都市と結んでいる(貨物含む)。1日の旅客便発着数は約60便。15年の旅客総利用者数は約150万人。04年から20年計画で改修が行われている。第1期工事が10年に完了し、新たな出発ビルが建てられ、到着コンコースと分離された。その他、駐車場も整備され、貨物設備や関連設備も拡充された。現在後半の第2期工事が行われており、種々の改善が行われている。22年に完了予定。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.2240773792659299&amp;type=1&amp;l=2485463c87<br /><br />空港へ分かれるラウンドアバウトを直進するとすぐ左手に白い壁に赤い屋根のプラム・ポイント灯台(Plumb Point Lighthouse)が見えてくる。モラント・ポイント灯台(Morant Point Lighthouse)に次いでジャマイカで2番目に古い灯台で、1853年に建てられた。砂岩の土台の上に鋳鉄の上部が乗っている。高さは約21m。2つのライトがあり、一つは20㎞届く南向きの赤い光で、もう一つは東向きで白。こちらは40㎞先から認識できる。建設以来、1907年の大地震の時以外に消えたことはないと云われている。キングストン港への目印になっている。敷地には入れない。この灯台の外海は波が荒いところで、サーフィンに適しており、いくつかのトーナメントも開催されているが、流れも速く船もよく通っているので、この辺りに精通していない人はサーフィンをしたり泳いだりしないようにと云われている。確かにかなり風が強く、海は荒れていた。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.2240779335992078&amp;type=1&amp;l=1d020f0da2<br /><br />以上

キングストン パリサデス(Palisadoes, Kingston)

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2018/08/11 - 2018/08/11

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ちふゆ

ちふゆさん

パリサデス(Palisadoes)とは、キングストン(Kingston)の東の町、ハーバー・ビュー(Havor View)から空港に繋がる陸繋砂州(トンボロ(Tombolo);陸地と島とを連結する砂州)を指す(繋がれた島しょ部分を含める場合もある)。パリサデスと云う名は、柵や矢来、あるいは川岸や海岸の絶壁を意味するpalisadeと云う英語から来ているようだ。カグウェイ湾(Cagway Bay)に突き出しキングストン港を構成しているが、このカグウェイと云うのはポート・ロイヤルの旧名。コロンブス以前のジャマイカ原住民のタイノ族(Taino)がCaguayとかCaguayaと呼んでたことから来ており、スペイン植民地時代まではこの名で呼ばれていた。意味としてはポート・ロイヤルの向こう岸、セント・キャサリン(St. Catherine)のソルト・パン・ヒル(Salt Pan Hill)に茂っていたリュウゼツランとかアロエの類のことらしい。

この砂州の誕生はおよそ4000年前と云われるが、長い間繋がったり切り離されたりが繰り返され、スペイン統治時代にもまだ完全に繋がってなかったと云う説もある。ポート・ロイヤルが栄えた後の1772年にもハリケーンで5ヶ所が決壊したという記録もある。1860年代には2万本のココナツの木が植樹されたが、1本も残らなかったばかりか、元々生えていた植物をすべて駆逐する結果になった。1936年に車が通れるようになる。1951年のハリケーン・チャーリー(Hurricane Charlie)がジャマイカに大被害を与えた後、メイクピース・ウッド(Makepeace Wood)が考案したグローン・フィールド(Groyne Field)とも呼ばれる防波堤が建設された。ジャマイカ・グローン(Jamaica Groynes)とも呼ばれるこのタイプの防波堤はその後世界のあちこちで造られている。近年も04年のハリケーン・アイバン(Hurricane Ivan)、05年のハリケーン・エミリー(Hurricane Emily)、07年のハリケーン・ディーン(Hurricanes Dean)、08年のハリケーン・グスタフ(Hurricane Gustav)などで被害を受けているが、砂州が決壊するほどの大きな被害とはならなかった。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.2240760125993999&type=1&l=83048dd3db

陸繋砂州部分を過ぎ、カリブ海事大学(Caribbean Maritime University)の入口を過ぎるとノーマン・マンリー国際空港(Norman Manley International Airport)への分かれ道がある。ここもラウンドアバウト(Roundabout)。右に曲がると空港。キングトンから約20㎞。

ジャマイカの表玄関であるこの空港は1930年代にスタートした。キングストン(Kingston)にもポート・ロイヤル(Port Royal)にも近く、道が通じており、当時は多く使われていた水上機も離着陸出来ることからこの場所が選ばれたようだ。第2次世界大戦中の41年から44年まではHMS Buzzardと云う名で英国海軍航空基地として使われた。商業航空路線の発展に応じて47年にジャマイカにも民間航空局(CAD)が設立され、翌年、キングストン航空交通管制センター(KATCC)が設立。同年、パリサデス(Palisadoes)空港として開業した。同じ年、モンテゴ・ベイ(Montego Bay)の空港も開業している。73年、ナショナル・ヒーローのノーマン・マンリーの功績を称え、現名称に改名された。IATA空港コードはKIN。

イアン・フレミング(Ian Fleming)の007シリーズでは「死ぬのは奴らだ:Live and Let Die」(1954)、「ドクター・ノオ:Doctor No」(1958)、「007号/黄金の銃をもつ男:The Man with the Golden Gun」(1965)の 3つの作品に登場しており、映画化された最初の作品「007 ドクター・ノオ(初回封切時邦題は「007は殺しの番号」):007 Dr. No」(1962)の舞台にもなっている。「死ぬのは奴らだ」はジャマイカでロケは行われたが、舞台としては架空の国となっており空港は登場しない。「007号/黄金の銃をもつ男」は南シナ海の島に変更された。

2700m級滑走路1本。現在約20社が約20都市と結んでいる(貨物含む)。1日の旅客便発着数は約60便。15年の旅客総利用者数は約150万人。04年から20年計画で改修が行われている。第1期工事が10年に完了し、新たな出発ビルが建てられ、到着コンコースと分離された。その他、駐車場も整備され、貨物設備や関連設備も拡充された。現在後半の第2期工事が行われており、種々の改善が行われている。22年に完了予定。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.2240773792659299&type=1&l=2485463c87

空港へ分かれるラウンドアバウトを直進するとすぐ左手に白い壁に赤い屋根のプラム・ポイント灯台(Plumb Point Lighthouse)が見えてくる。モラント・ポイント灯台(Morant Point Lighthouse)に次いでジャマイカで2番目に古い灯台で、1853年に建てられた。砂岩の土台の上に鋳鉄の上部が乗っている。高さは約21m。2つのライトがあり、一つは20㎞届く南向きの赤い光で、もう一つは東向きで白。こちらは40㎞先から認識できる。建設以来、1907年の大地震の時以外に消えたことはないと云われている。キングストン港への目印になっている。敷地には入れない。この灯台の外海は波が荒いところで、サーフィンに適しており、いくつかのトーナメントも開催されているが、流れも速く船もよく通っているので、この辺りに精通していない人はサーフィンをしたり泳いだりしないようにと云われている。確かにかなり風が強く、海は荒れていた。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.2240779335992078&type=1&l=1d020f0da2

以上

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