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80年代モスクワ食糧事情 ストックホルムの腰砕けレタス

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1984/01/01 - 1986/12/31

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JIC旅行センター

JIC旅行センターさん

 とにかく、私(当時8歳)がいた 1984 ? 86年のモスクワにはモノがなかった。とくに生野菜が。あるのはカルトーシカ(ジャガイモ)やマルコーフ(ニンジン)といったお決まりの根菜と、クリーム色した病的なキャベツだけ。それだけの野菜でなんとか日々の食事を乗り切っていた。運が良ければルイノック(市場)でほうれん草やキューバ産のバナナが手に入ることもあったが、そんなことは滅多になかった。

 ある日、同じ建物に住む日本人が西欧諸国を旅行し、キュウイフルーツなる新手の果物を買ってきた。我々が喜んだのはいうまでもない。お母さんが、そのキュウイフルーツを台所で「必殺!!ウスカワムキ」術でもって皮をむくのを、我々三兄弟は固唾をのんで見守っていた。ところが、我々のスルドイ視線に緊張したお母さんは、時々手許を誤り、貴重な果肉の部分まで皮とともにこそげ落としてしまうのである。その度に

「お母さん、もったいない!!」

と、我々は子供らしくないセコイため息をつくのであった。もちろん、その皮もジャンケンで勝利した者がキレイサッパリしゃぶってしまったのだが・・・。

 現在のモスクワしか知らない人が聞いたら驚くかもしれないが、当時はそのくらいモノが無かったのだ。

 85年の秋の中間休み(ロシアは夏休みが短いのでそういう休みがあった)に、食料品や衣料品の買い出しに家族でスウェーデンに行った。買い物が一段落したある日、ストックホルム動物園に行くことになった。園内を一通り見終わった私たちは、深緑色をしたアヒルの池の前で立ち止まり、何の変哲もないアヒルを見ていた。すると、うぐいす色のつなぎを着た飼育係のおじさんが、餌のレタスを池にボチャボチャと撒きはじめた。

 私たちはそのレタスを見て驚いてしまった。青々とシャッキっと新鮮そうで、何よりもウマそうなのである。

「俺らよりもいいモノ食ってるよ」

と家族全員でズッコケたのを今でも思い出す。共産主義はクリーム色の病的なキャベツだけ、資本主義は青々シャキシャキレタスがアヒルでも食える。これが8歳の私が身をもって教えられた世の中の仕組みだった。

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