2018/07/04 - 2018/07/04
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ハイペリオンさん
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今の今まで、禁足地というものの存在を知らなかった。
禁足地とは人が足を踏み入れてはならない場所のことを言う。
入ってはならない理由は、昔から伝わる言い伝えや迷信が、
そこに入った者に祟りをもたらすとされているからである。
こうした場所が日本各地にあるらしい。
子供のころ、行ってはいけない場所というものがあった。それ
は在日朝鮮人の居住区や被差別部落だったりするのだが、ぼく
が幼少期を過ごしたところには、そういうものはなく、人づて
に聞いて知るだけだった。
実際にそこへ行った人の話を直接聞く機会もなく、「朝鮮人部
落へいくと、槍で刺される」とか「部落へよそ者が行くとボコ
ボコにされる」とか都市伝説化した話だけが先行していた。
禁足地はだいたい山の中や神社の一角だったりするのだが、街
の中に孤島のように取り残されたものもある。それが千葉県市
川市にある不知八幡森(しらずやわたのもり)、通称八幡の藪
知らずである。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
-
最寄り駅はJR総武線本八幡駅。並行して走る京成線の
京成八幡駅もすぐ近く。 -
駅を出たところにある地図にも八幡不知森が載っていた。
地元の人は誰もが知っている場所のようだ。 -
本八幡駅自体は小さいが開けたところで、とても禁足地の
ようなややこしい場所があるところとは思えなかった。
駅を出てまっすぐ歩くと国道14号、千葉街道に出る。 -
千葉街道を右折し、2~300メートルも歩くと竹藪が見えて
きた。
往来の激しい国道とは不釣り合いな光景だ。 -
八幡の藪知らずは、街の中の一角に人の手が入れられていな
いような状態で、平然とそこにあった。 -
狭い道路を隔てて、住宅が間近に迫り、禁足地とはいえ、
地元の人にとっては不吉な場所というようなものではない
ようだ。 -
歩道とは玉垣で仕切られており、中央部には鳥居があった。
つまりここは神の領域ということだ。 -
こういうところには普通の人はごみを捨てたりしないもの
だが、中には不届き者がいるようだ。 -
18世紀から、この一角にだけこうして竹藪が枯れずに残っ
ているというのもなんとなく不思議だ。 -
鳥居には不知森(しらずのもり)神社とある。
-
不知八幡森(しらずやわたのもり)が正式名称だが、
一般には「八幡の藪知らず」として知られている。 -
鳥居と竹藪の間には小さな木製の祠があった。
-
こうして熱心にお参りする人もいる。
-
内部はうっそうとした竹藪だが、枯れてしまっているのも多い。
-
ここが禁足地になった理由はいくつかあって、どれが真実な
のか、それこそ藪の中である。(竹藪だけにね!)
この不知八幡森が古代から続く禁足地とされているのは、
戦のための陣を布いた説からのようだ。
古くは日本武尊(やまとたけるのみこと)の陣屋があっ
た説。
確かにヤマトタケルは東征した歴史的事実があるから、
この辺りまで来た可能性はある。 -
また、平将門(たいらのまさかど)がらみの説もいく
つかある。
平将門は、平安時代の関東地方の武士だが、この地域
を中心に反乱を起こし京都を震撼させた。
彼とその父親、平良将の墓があったという説。ただ、
平将門の首塚は東京都千代田区にある。
また、将門の墓を守り続けた家臣の墓があったという
説もある。 -
平将門が起こした承平天慶の乱で、将門を討つため
に派遣された平貞盛、藤原秀郷の軍勢がここに八陣
の法の跡だという説。
そして、将門を討ったあと、帰京する際に、ここを
八門遁甲の死門とし、足を踏み入れてはならぬとし
たという説。
古代の日本では、戦は忌み嫌われたものだから、こ
こは不吉な場所としておくべきだと考えたのだろう
か。それとも、将門のような叛逆者が二度と現れな
いよう、封じ込めておきたかったのか。
なお、八門遁甲の死門とは、鬼神が徘徊し、人に害
をなす場所のことを言う。
戦に絡んだ説では以上のようなものがある。 -
鎌倉時代以降は禁足地となった説はあまりないが、江戸時代
に水戸光圀がここに入って迷ってしまい、脱出するのに苦労
したという笑い話のような説がある。だいたい黄門様がなぜ
こんな竹やぶに入ったのか。
また、中央部から毒ガスが出ているという科学的根拠ゼロの
摂から、藪の真ん中が底なし沼になっているというのもある。
これらは、竹藪の中央部が窪んでいるからこのように言われ
ているのだろう。 -
そして、これが最も説得力のある説だと思うのだが、ここは
葛飾八幡宮の跡地で、ここの池において、死んだ動物の供養
をする行事が行われていたが、その行事が行われなくなった
後も入ってはならないとされたからだというものである。
また、ここはかつて行徳村の飛び地で、八幡のものは入るな
と言われていたからだというのもある。
どうやらこの2つが、ここが禁足地となった説としては信ぴ
ょう性が高いと思うのだがどうだろう。
とにかく、さまざまな言い伝えが都市伝説のように生まれ、
ここは誰も足を踏み入れない場所となった。現代の日本の
市街地の中では実に奇妙な現象である。 -
八幡の藪知らずのすぐ近くには葛飾八幡宮がある。
都会にある大きな神社らしく、洗練された造りである。 -
京成線の踏切を渡るとすぐそこから参道が始まる。
-
葛飾八幡宮は9世紀に建てられ、下総(千葉北部)の国の
総鎮守で、武神であることから、関東の武士団から信仰を
集めた。 -
境内は清掃が行き届いており、清潔。
拝殿も実に立派だ。 -
金色の豪華なしめ縄は、ここがたくさんにお金が集まって
いることを示している。 -
神社としてはなかなかに豪勢で、八幡不知森とはあまりに
対照的である。
しかし、どちらも人々の信仰によって存続しているという
ことでは大きな違いがない。
物語が生き続ける限り、葛飾八幡宮には人と金が集まり、
八幡不知森に足を踏み入れる人はいないのだろう。
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