2016/04/05 - 2016/04/05
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junemayさん
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広島県には足を踏み入れたことがありますが、広島市と宮島のある廿日市には長年行きたい願望があったものの、チャンスはなかなか訪れませんでした。暫くの間LCCに浮気していたら、ある日JALさまからお便りが。あらあら!「マイルの有効期限が2月末で切れます」ですって。チャンス到来かしら? ディスカウントマイルなら、なんとか国内往復できる程度のわずかばかりのマイルしかないのだけれど。
2月中に席を押さえて、3月にすわ広島!と思ったのですが、3月は航空会社にとって稼ぎ時らしくて、まさかのディスカウントマイルの対象外。だったら4月は? 無理よね? と見てみたら、ばっちり対象月になっているじゃあないですか。
ラッキー!! 3月より4月が狙い目とは知りませんでした。こりゃあ行くっきゃないねと、その場で羽田⇔広島便をポチッとクリックして押さえました。いつものように、メインの行き先だけ決めて、宿を押さえて、心ウキウキ、まことにアバウトな旅の始まりです。
4月3日 羽田空港→広島空港→広島市
4月4日 広島市→岩国→広島市
4月5日★ 広島市→宮島→広島市
4月6日 広島市→竹原→広島市
4月7日 広島市→西条(東広島市)→広島空港→羽田空港
3日目は定番の宮島へ。広島出身の友人からは、アナゴ飯を食べてこいと勧められたけれど、希望通りいくかしら? 毎日食べ物のことばっかと言われそう。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- JALグループ
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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昨日より1本早いだけの山陽本線。今日も出遅れました。車内はラッシュの時間を過ぎたのに、ご覧の通り結構混んでいます。外国人観光客の姿が目立ちました。
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宮島口の駅を降りて海に向かって歩くと、教えてもらった通りフェリー乗り場が二つ。向かって右にJR、左に松大汽船があります。どちらも同じ料金で所要時間も変わらないとのことなのですが、あるブログで、JRの方が大鳥居の傍を通過してくれるという記事を読んだので、迷わずJRを選択。
あっという間に船は岸を離れました。 -
松大汽船の船と途中ですれ違いました。船はひっきりなしに出航しているので、時刻表を調べる必要はありません。
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これから向かう宮島です。想像していたより大きな島でした。1枚の写真に入るかと思ったら、とんでもありませんでした。長さ約10.5km、幅約3.5kmもあり、全島が花崗岩から成っています。平らな土地が少なく、昨日の岩国同様、ここでも急峻な山が海岸すぐそばまで迫っていました。
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こんなに遠くから狙わなくとも、後で近づいてくれると分かっていても、ついつい望遠にしてしまいます。万年初心者のやることですね。
おおー 見えた見えた。宮島も春爛漫、ピンク色はちらほらでしょうか? -
波穏やかな瀬戸内海には、筏も沢山浮かんでいます。そこここに見えるのが有名な「かき筏」。
Rが付く月が牡蠣のシーズン。もう4月だから牡蠣の養殖はお終いかな と思って調べてみたら、今は1年中やっているみたいです。 -
宮島口のある廿日市の町がもうこんなに小さくなりました。本土からほんの目と鼻の先と勝手に思い込んでいたのですが、またもや外れてしまいました。宮島口と宮島のフェリー乗り場間の距離は1800mもあるそうです。
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お約束通り、JRフェリーは大鳥居にぐっと近づいてくれて・・・
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そこから海岸に沿って港に向かいます。
見えてきた大きな屋根は別名千畳閣と呼ばれる豊国神社です。宮島に厳島神社以外の神社があったとは初耳でしたが、明治の神仏分離令で無理やり神社にされたもので、当初はお寺の経堂もしくは絵馬堂として建てられたことを後から知りました。 -
素人なんで、例によって例の如く、大鳥居を撮りたがります。きちんとこちらを向いていないけれど、ピンクのカーテンを背景に海中にスクっと立つ姿はやはりここでしか見れない唯一無二のもの。
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よせばいいのにどんどん望遠で近づいて行って、
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最後はこんな写真を撮って満足します。
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千畳閣の横には、朱色が美しい五重塔が見えています。これも現在は豊国神社の五重塔だそうですが、元は亀居山方光院大願寺の塔でした。13世紀初頭に建てられた真言宗の古刹で、明治初頭の神仏分離令までは嚴島神社の普請奉行として一切の修理・造営を司ってきました。無理やり神仏を分けたので、塔の中にあった仏像は大願寺に移されたと聞きましたよ。
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調子に乗ってこちらもアップしてますよ。
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船のたびも無事に終了。フェリー乗り場のちょいと先からは大概の人は両側にお店の並んだ参道を行きますが、へその曲がった私は海岸沿いの道を選びました。山の連なりが結構変化に富んでいるのでビックリ!
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フェリー乗り場からすぐのところに、毛利元就ゆかりの「厳島合戦跡」の看板がありました。歴史好きの方なら、突然謀反を起こし、主君の大内義孝を滅ぼした大内氏家臣陶晴賢を打ち破った毛利元就の話をご存知でしょうね。
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やがて、道はフェリー乗り場から続く参道と合体して、海岸沿いの1本道となります。参道の賑わいは後でじっくりと観察することにしましょう。
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緩やかに弧を描く海岸線の向こうに、先ほどフェリーから見た豊国神社の千畳閣と五重塔が姿を現しました。
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海を挟んで対岸の廿日市の町並みです。こちらも背景の山並みが素晴らしい。
おっ 山の中になんだか目立つ大きな建物がこちらを向いて建っていますよ。 -
後で聞いた話では、「海の見える杜美術館」だそうです。宗教法人「平等大慧会」教祖のコレクションを集めた美術館だそうです。
よーく目を凝らして見ると、屋根の上に黄金色の仏像が三体、光り輝いています。対岸の厳島神社を眺めるのなら最高のロケーションかもしれないと思いながら、しばらく見ていました。 -
おはよう!
小鹿がお出迎えです。そうそう、ここは鹿の島でもありました。島全体で現在500頭余りが生息し、そのうち街中で寝起きしているストリート鹿が200頭ほどいるそうです。神社と関係あるのかなと思っていましたが、飼っているわけではなく、のら鹿です。ルーツは分かっていないそうです。 -
やはりこう来ますか・・・
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商店の立ち並ぶ参道が途切れたところに大きな一対の石灯籠。・・・
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続いて狛犬と石鳥居がありました。石鳥居は1905年(明治38年)に建てられたもので、山口県周防大島産の御影石を使用しています。
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片側が海という参道は初めてかもしれません。ところどころにある海を向いたベンチに是非とも座りたくなって、順番待ちをしてしまいました。この絶景を独り占めできるんですから、少しくらい待っても苦にはなりません。
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どうですか! こんな景色の中に座る喜び!
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足元には少々毛並みが悪いバンビちゃん。
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またやってしまった!
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豊国神社の千畳閣がある小さな半島をぐるりと回ると、厳島神社拝殿が見えてきます。今は引き潮で、猛烈な勢いで潮が引いていることに気が付きました。
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神社の全景が目に前に現れましたよ。満潮の状態での神社を見たかったので、ちょっと残念ですが仕方ありません。神社のある場所は小さな入り江で、計算され尽くしたような完璧なロケーション。
その神社の一番海に突き出している場所が、人気の写真スポットになっているようです。 -
引き潮の強さに見とれている間にどんどん潮が引いて、見る見るうちに地面が、いや海面が現れてきました。もう辺りは、雨が降った後の水たまり状態!?と化しています。はっきり言って、あまり美しくありません。
潮の流れを見ていたら、モンサンミッシェルを思い出していました。写真だけ見ていると潮の存在は希薄ですが、現地に赴くと、一番印象深かったのが潮の流れ。厳島神社でも同じことを経験した気がしました。 -
行列に並んで神社に入場します。外国人観光客の多さをここでも実感しました。
創建は推古天皇の時代の593年。聖徳太子が活躍した頃と言われています。宮島のメインの山 弥山(みせん)の頂上付近には巨石がごろごろしていて、古くから島自体が信仰の対象となっていたようです。所謂巨石信仰ですな。 -
平安末期の1146年、当時の神社神主と安芸守だった平清盛との交流が契機となって、平家一門の氏神となり、1168年頃に今の形状 寝殿造りの社殿となったとみられています。二度の火災を経験しているので、現在の社殿は1240年以降に再建されたものだそうです。
おっと、ここは入ってすぐある「国宝」客神社の拝殿です。客と書いて「まろうど」と読むんですって。本殿で祀られている厳島の神様の客人(まろうど)をもてなす神様だそうですよ。知らなかったなあ。 -
客神社を過ぎると回廊部分になります。ふと外を見ると、辺り一面海面が姿を見せていましたが、一部だけまあるい水たまりがあることに気が付きました。何か書いてありますよ。
「鏡の池」宮島八景の一ですって!
丸い池の中は海水ではなくて、真水で満ちているんですって。なんとこの池、引き潮でも干上がることのない湧水だったんです。正に今はやりのパワースポットですね。神社の入口とは反対側に山から流れ落ちる御手洗川が流れているので、岩盤を伝ってこの地に湧水が湧いても不思議でないとのことですが、古の神社の施工者は意識的にこの場所を選んで社殿を建てたのだろうと言われています。
鏡池秋月 この池に映し出される中秋の満月はそれはそれは美しいのだそうですよ。 -
東回廊から眺めた五重塔です。海水に満ちた姿も見たかったなあ・・・ないものねだりなんです。
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右側にちらっと見えている建物が「朝座屋」。神職や僧侶の集会所・休憩所として使われていた場所で、江戸時代の再建ですが、平安時代の建築様式を伝えている部分なのだそうです。こちらは「重要文化財」に指定されていて、入室は不可でした。
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東回廊から眺めた景色です。左側が本殿、右側が客神社の祓殿です。大鳥居が真正面に見える、特等席ですよ。
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そしてこちらが、本殿側から客神社部分をみた1枚。
客神社の御祭神は五柱の男性の神様で、厳島神社の主祭神である「宗像三女神」との関係はというと、須佐之男命が姉の天照大御神から受け取った勾玉を使って「産んだ」のがこの五兄弟。天照大御神が弟の須佐之男命が持っていた十拳剣(とつかのつるぎ)を使って産んだのが「宗像三女神」なのだそうです。神様は男も女も「産む」のですねえ。
知らないことばかり・・・ -
本殿の一番海に突き出した平舞台にやって参りましたよ。まだ大鳥居の辺りには水が満ちています。
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平舞台の先端を「火焼前」(ひたさき)と呼んでいました。青銅製の灯篭がある場所から大鳥居までの距離は、縁起の良い八八間(約159.3m)だそうです。
厳島神社に来たからにはここで撮らなくちゃ 位な勢いで、長い列が出来ていました。先ほど、入場する前の写真でも並んでいましたけれど、列はもっと長くなっていました。 -
はい、ポーズ!
こちとら並んでまで写真撮ろうとは思わない、寂しい一人旅でした・・・退散! -
石灯籠や青銅製の狛犬の土台部分まであらわになると、神秘性は失われますねえ・・・
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こんな人形をモデルに撮影している人発見。
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こちらが厳島神社の拝殿。客社と区別するため、本社と呼ばれていました。
市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)、田心姫命(たごりひめのみこと)、湍津姫命(たぎつひめのみこと)から成る宗像三女神を祭神としています。
ご存知の通り、2017年に世界遺産となった九州の宗像大社が宗像三女神を祀る神社の総本社。神社の格付けであった旧社格では、宗像大社が官幣大社。厳島神社は官幣中社。宗像大社の方が格が上だったんだと初めて知りましたよ。
ここで少々見にくいですが、建物の屋根に注目。天井板がない、化粧屋根裏造りという複雑な様式で建てられているんですよ。写真ではわかりませんが、屋根が二つ連なった面白い構造をしていました。 -
奥に見える本殿の手前に繋ぎ廊下のような幣殿があり、大変複雑な構造になっています。
厳島神社は三度目の再建の後、フェリー乗り場そばにあった毛利元就と陶晴賢の合戦の戦場となり荒廃。戦の後毛利元就が修復を試みましたが、♪時は戦国嵐の時代~♪ 資金不足により、格式を軽んじた工事が行われた模様です。
これは、本社の組物に客神社より格が下の様式が使われていることによる推定だそうです。 -
拝殿より海側にある本社祓殿です。能楽などが上演されるこの美しい床は実は固定されていないんです。床材は木組の上に乗っかっているだけ。台風や高潮の際には、枠から外れて、ぷかぷか海中に漂うことになります。
これって確か厳島神社訪問後大分経ってから放映された「ぶら〇もり」で知ったような記憶。 -
先ほどきちんと取り損ねた狛犬を撮りに、再度平舞台へ。こちらが本殿にむかって左側にいる狛犬で雌。頭のてっぺんに毛が三本・・・じゃあなくて角が一本あります。
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口を開いているこちらが雄なのですが、あるサイトによれば、これは狛犬ではなく、獅子なのだそうですよ。そう言えば雄には角がなく、風貌も多少違っていますね。狛犬も獅子もあまり区別がつかないから、どちらでもよいのだけれど、両方が混ざっているのは気になります。
股間を覗くと、ちゃんと性別が分かるんですって。ご存知でしたか? -
あ~あ~!!
このトラックを見た時に絶望感に襲われました。全てぶち壊し。ちなみに写真は本社本殿に向かって右側にある、右が能楽屋、左が能舞台です。 -
潮干狩りが出来そうな遠浅の海が広がっていました。奥に見える並木のある堤の先を御手洗川が流れています。
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西回廊には奉納された広島の名酒がずらりと並んでいる大国神社です。元は本殿へのお供え物を供進する場所だったそうです。
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その横に鏡の池に似たようなまあるい池がありましたが、こちらにたまっている水は100%海水のはず。
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大国神社をぐるりと回って、流れるような曲線美の本社本殿の屋根を愛でます。
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大国神社からはご覧のような長い橋(長橋)が伸びていました。橋の先にあった調理場で作られたものは、まずこの長橋を通って大国神社に供えられ、次いで本殿に供えられたそうです。毒見役といったところでしょうかねえ。
この大橋、長さが33m、幅3mで、「重要文化財」に指定されています。現在の橋は平成になって架け替えられたもののようですよ。 -
大国神社とその先にある天神社を結ぶ廊下から西回廊を眺めた1枚。一番左隅に太鼓橋である「反橋」の一部が見えています。
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こちらがその全景 といっても一部ちょん切れていますねえ。ご容赦。鎌倉時代に創建されたものですが、その後16世紀中頃の1557年に、毛利元就隆元父子によって再建されています。これも重要文化財。朝廷の勅使のみが通行を許されたことから勅使橋とも呼ばれてきました。
よくある形状ですが、錦帯橋を見慣れた目にも美しく見えました。 -
ああ、なんということでしょう。トラックが移動してきている? それとも2台いたのかな? 残念ながら能舞台はお預けです。どうも修復中の様子。
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いつの間にか、大鳥居の手前まで水が引いていました。大鳥居の先に、例の宗教団体の美術館がバッチリ見えますね。大鳥居より目立つとは許しがたいなあ・・・
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反橋の先を直角に曲がると、もう神社はお終い。
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高潮になるとぷかぷか浮く回廊の床は実は二重に敷いてあって、下の国宝級の板を保護していると後になってから聞きました。
1日にやって来る観光客が半端ない数なので、靴を脱がせて通行させるよりこの方が本来の床板への損傷が少なくて済むと考えたのでしょう。事実土足のままの歩行は入場当初意外に感じました。 -
厳島神社という唯一無二の建築物では、隅々に様々な工夫が施され、その結果として建物の保護を第一にしつつ、観光客の利便も考慮した見学コースが整備されていました。過度な注意書きの羅列もなく、観光客がスムーズに移動できているのを見て、古からの知恵が生かされているのかなと思ってしまいました。
オーディオガイドがあればなお良いのだけれど、渋滞箇所が発生してしまうかなあ -
厳島神社を出て、先ほど見えた堤を越えると、御手洗川の流れの向こうに、寺らしき佇まいが見えました。あれがかつての神社の普請奉行 亀居山方光院大願寺でしょうか?
お寺には後で詣でるとして、潮の引いた海岸の様子をまず見に行こうっと。 -
本日何枚目の大鳥居でしょうねえ・・・
何枚撮っても飽きさせないのは流石です。潮が引いたとはいえ、まだ鳥居には近づけないようで、皆さん遠巻きに眺めていらっしゃいます。鳥居の傍まで行きたくて皆うずうずしているようですよ。 -
こちらは神秘的なベールを脱いだ厳島神社とでも言うべきでしょうか。この角度からの写真は、干潮時以外は船からしか撮れませんね。
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巨大な干潟が出現中。
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ほら見て!
様々な色合いの巻貝があちこちで見られました。 -
先ほど船着場から歩いた、参道からの景色も激変です。
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私は、参道とは反対側の松林のある堤に上がって、少し海岸沿いを歩いてみます。この堤、御手洗川が運ぶ土砂により、徐々に延びていったもので、「西の松原」と呼ばれているそうです。
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イチオシ
でも、どうしても、「これ」が気になるみたい・・・
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堤の先端部分では、小さな鳥居を見つけましたよ。
なんと平清盛公を祀った清盛神社です。清盛の没後770年を期に、その功績を称えて1954年(昭和29年)に創建された神社ですって! -
厳島神社を今の寝殿造りに造営したのは他でもない清盛なので、厳島神社およびその島の人々にとっては確かに「功績」のある人なのでしょうが、その顕彰結果がまた「神社」の創建なのですね。
まことに興味深いなあ。どんな功績があれば神になれるのでしょう? -
この季節余り水量のない御手洗川も、この先に海に出ます。両岸に濡れている所があるのを見ると、この辺りも満潮時には海水で覆われるのでしょうか?
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時刻は11時45分過ぎ。腹の虫が知らせたのか、この後はなぜかこのような写真ばかり。お腹すいたぁって、写真が物語っています。
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うーん。茶色一色でちと寂しい? うな丼なら寂しいと感じないのですが、アナゴ丼だとどうしてそう思うのでしょう?
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こちらは貝の味噌汁、おしんこ付き。
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お重に入ったアナゴ飯もあったけれど、イマイチ気分が乗りません。
結局美味しいものを探して、もう少し歩くことにしました。 -
いつも楽しみにしているマンホールですが、残念ながら宮島では、規格品しか見かけませんでした。
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大願寺の裏の通りは、古い町並みが続きます。
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中でも目を惹いたのがこちらの建物。あらら、何だか変わっていますね。
ええ~! どうしたらこんな建物になるのかしら? 1階と2階の雰囲気がまるで違うんですけれど・・・古い建物に新しい2階を後で建て増ししたような按配です。」 -
案内をみたら、ここは宮島歴史民俗資料館が入っている建物でした。
江戸後期から明治にかけて醤油の醸造を営んでいた旧江上家の母屋と土蔵は19世紀前半の建造で、これが典型的な宮島の豪商の住まいなのだそうですよ。上の写真から角を曲がると、この巨大な蔵に続いて、延々と建物が続きます。 -
こちらの建物、1971年(昭和46年)に当時の宮島町が資料館を開設するまで、一時期旅館としても使用されてきました。見事な出格子が並んでいます。奥に見える異なる高さの庇が三つ連なる様は、よそであまり見かけたことがありません。
それにしてもなんて長いんでしょう! -
上の写真の一番奥の角を曲がると、この景色になります。これは見ない手はありません。
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お腹が空いたことも忘れて? 入場します。
建物の一部は登録有形文化財に指定されていました。 -
ここが入口。早速見えていますよ。醤油の入った大きな甕が!
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中は宮島の歴史と文化を味わえるミラクルワンダーランドでしたが、あまりに膨大な量ゆえ、殆ど立ち止まることなくチラ見で通り過ぎてしまいました。
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船の模型のある部屋はいかにも宮島らしい展示でした。旧暦6月17日に行われる、日本三大船行事の一つ、厳島神社の管絃祭で使われる御座船(管絃船)と漕船です。
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印象深かったのは、ぐるりと四方を建物が取り囲んだ中に、通りからは想像できないほど豊かな緑のある庭でした。
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池の他に水路も引き込まれていて、心地よい水音を聞くことが出来ます。
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資料館はぐるりと四方の建物を巡りながら、角度を変えて庭を眺めることができるのがとても魅力でした。
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肝心の物は撮らないで、何気なく置かれた大八車とか・・・
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年季の入った井戸だとか、どこにでもありそうなものばかり撮っていますねえ。
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旧江上家の母屋部分は、代表的な宮島の民家で、日本各地で見られますが、間口が狭く、奥行きが長いウナギの寝床様式。通りを背にすると、右側に「通り庭」が走り、これに沿って「ミセ」(表の間)、「オウエ」(中の間)、「ザシキ」(奥の間)が続き、その奥に台所、トイレ、浴室が作られています。
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こちらが「ザシキ」だったかな。
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宮島独特の鹿よけ「鹿戸」。これはその後町の方々で見たので、今も立派な現役でした。「鹿戸」は手前に引けば開くのですが、お馬鹿な鹿は突くことしか知らないという習性を利用したものです。
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さて、資料館を出て、その前の何の目印もない小道を奥に入っていったところに、桃源郷がありました。幾分盛りを過ぎてはいたものの、地面も淡いピンクのじゅうたんで敷き詰められていて、大層美しいです。
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この低い石垣で細かく区切られている地面は一体どういう場所なのでしょうか? 説明板も立て札もなかったので、後で地図を見たら、厳島合戦(1555年)の際に陣地として使われた安芸勝山城から下った辺りでした。
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で、ここで見つけちゃいました。やっぱり私が好きなのはこれ! 「お好み焼きまとちゃん」です。
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焼きそばの上にたっぷりのチーズ! おいしそうでしょ!!!
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頂きまーす!
これもどちらかと言えば、茶色一色に近いですけれどね。やはり、私にはこちらの方が合っているようで・・・ -
お腹がくちくなったところで、再び町歩き再開です。
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まずは、先ほど素通りしてしまった大願寺へ。これは大願寺の山門を内側から撮っていますね。普通は外側からまず撮るものなんでですけれど…なんて決まっていない??
左側に厳島神社社殿の出口付近が見えていました。 -
創建当初は厳島神社と一心同体だった大願寺の現在の本堂は、かつての僧房だったところで、昔の参拝客は船で大鳥居をくぐり上陸。大願寺の僧房で休憩、着替えてから厳島神社に参拝に向かったのだそうですよ。今は出口となってところが、昔は入口だったんですね。
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大願寺は厳島神社を始め、筑前の筥崎宮、豊前の宇佐八幡宮等の修理・復旧を担っていたといいますから、寺社専門の建築会社のような存在だったようです。
寺には弘法大師の作とされる薬師如来坐像(重要文化財)、明治の神仏分離により、本堂となる予定だった千畳閣から移された行基作とされる釈迦如来坐像、阿難尊者像、迦葉尊者像(いずれも重要文化財)があります。実は五重塔からも釈迦如来座像、文殊菩薩像、普賢菩薩像、この後訪れる多宝塔からも薬師如来像が移されたそうです。 -
その他、2006年(平成18年)に再建された護摩堂には、総白檀造りで身の丈1丈6尺の不動明王像があって、大きな看板並びに説明板が立っていました。撮影禁止になっていたので写真はありません。
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現本堂の正面左側には、なで仏である賓頭盧尊者がお座りになっていらっしゃいました。
宮島名物のしゃもじが沢山奉納されていたのが、私には物珍しかったです。 -
「観光拝観はいたしておりません」とお寺が観光客をあまり歓迎していないようだったので、中にいらっしゃる仏様たちのお顔を見ることもできませんでした。
見上げると昨日行ったばかりの錦帯橋の模型がこんなところに! なんでも明治時代にパリ万博に出品された錦帯橋の1/25の模型だそうですよ。一体どうしてここに展示されることになったのでしょうねえ? -
もう一つ目を惹いたのは、こちらの見事な黒松の木で、名前を「大願寺の九本松」と言います。廿日市市の天然記念物となっていて、伊藤博文の手植えの松だそう。写真を見る限りでは6本しか見えないのですが、本当に「九本」だったかしら?
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大願寺からは、馬酔木の群生が見られる遊歩道「あせび歩道」を辿ります。
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良い感じの石段が続いていますよ。どうやらこの上に安芸勝山城があったようです。
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木塀の向こうに、顔を覗かせているのは厳島神社宝物館の屋根です。
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おお~ だいぶ上って参りました。桜木越しに宮島の甍の波がご覧いただけますよ。
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あまり良いアングルではありませんが、千畳閣と五重塔。
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イチオシ
極短い時期にしか味わえない、桜と馬酔木の夢の競演です。
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まだいくらも上っておりませんが、石段の終点近くにあった多宝塔です。通常多宝塔は仏塔ですが、神仏分離によって、厳島神社の管理下に移されました。
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神仏を無理やり分けて早150年。あまり意味がなかったことが良く分かりますね。それもそのはず。神仏習合は1000年以上の歴史があるんですもの。殆ど一心同体であった仏と神をどういう基準で離したのか、興味があります。日本は凄い神様のいる国であることを列強に見せつけ、外国からの宗教である仏教を軽んじるという政策をとったというのが定説ですけれどね。無理がありましたねえ・・・
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神社の多宝塔から神社の五重塔を眺めます。
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多宝塔は室町時代後期1523年、僧の周歓が創建したもので、1901年(明治34年)に重要文化財の指定を受けています。
ちょっと石段を上るだけでこんな素晴らしい景色が待っているなんて!とウキウキすること間違いなしの多宝塔。桜のシーズンにはぜひぜひ。 -
もう少しあせび歩道を歩きましょう。この道どこへ通じているんでしょう?
眼下に見えるお寺は西方院だったかな。 -
しつこいですが、千畳閣と五重塔をもう1枚。本土側の山並みを背景にすると、また異なった味わいがありますね。
とまあ、いつもの通り、散策と言えば聞こえがよろしいが、殆ど「うろつき」に近い町歩きが始まりましたよ。長くなりそうなので、この続きは、サクラ満開 春爛漫の山陽路 その5 宮島(後半)で!
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この旅行記へのコメント (2)
-
- とし坊さん 2018/07/07 06:54:11
- 絶景ですよね
- 大きな大きな自重だけで建っている 鳥居
引潮 満潮 満月 三日月 すべてを受けて止める 鳥居
大好きな場所です
桜の季節が狙い目ですね 来年にチャレンジします
今後ともヨロシクです(^^♪
- junemayさん からの返信 2018/07/08 15:40:37
- RE: 絶景ですよね
- とし坊さま
こんにちは
ご無沙汰しております。大雨の影響ないでしょうか? 大変心配しております。
旅行記遅々として進まず、まだ2016年の春をうろついております。でも楽しみながらの更新なので堪忍堪忍。この後、スペインとポルトガル、秋のロシア、福岡と小倉。2017年に入って、豊岡、宮津と舞鶴、イタリアとクロアチア。今年に入ってドイツと大分再び。その他ちょこちょこ一人旅を楽しんでおります。二人以上の旅をあえて除外しているのにもかかわらず、これだけ貯まっていると、もう開き直るしかありません。
宮島の大鳥居のファンをまた独り見つけて、嬉しい思いでいっぱいです。す上長くお付き合いくださいね。
junemay
> 大きな大きな自重だけで建っている 鳥居
> 引潮 満潮 満月 三日月 すべてを受けて止める 鳥居
> 大好きな場所です
> 桜の季節が狙い目ですね 来年にチャレンジします
> 今後ともヨロシクです(^^♪
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