2018/05/22 - 2018/05/22
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yu*uyさん
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豊國神社は、大阪城を築いた豊臣秀吉、豊臣秀頼、豊臣秀長を祀っている神社です。大阪城の桜門の南にあります。大阪城公園を散歩するついでにふらっと立ち寄れます。
ミライザ大阪城から流れる音楽が印象的で、観光客で賑わっている大阪城天守閣周辺に比べると、夕方だったせいもあるのか、人があまりおらず、少し寂しい感じがしました。
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ラーメン、とうもろこし、フランクフルト、お好み焼き、焼きそば、から揚げ、たこ焼き、スノーボール等が売られている売店が鳥居の前にありました。お祭りの屋台のメニューが一か所にまとまっていて、選ぶのに迷ってしまいそうです。
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鳥居も大きく立派です。
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鳥居をくぐり境内を少し歩くと豊臣秀吉の銅像がありました。豊臣秀吉の銅像は、明治36年大阪城内に建立され、後に中之島の当社旧境内地に移されたそうです。しかし戦争中に制定された、金属回収令により、昭和18年に供出されたそうです。その後も、銅像の再建は多くの人々に望まれてきたそうです。そしてついに2007年、彫刻家の中村晋也氏によって再建されたそうです。とても目立つところに建っており、かの有名な秀吉と写真が撮れることもあり、観光客のほとんどが写真を撮っていました。
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豊臣秀吉の銅像の奥に鳥居があり、その奥に本殿がありました。
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出世開運で有名な神社なだけあって、本殿には、出世開運と書かれた大きな絵馬が飾られていました。
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正面から見て、本殿の右奥に秀石庭がありました。この石庭は、昭和を代表する作庭家、重森三玲氏の作品で、一木一草用いない海洋表現をテーマとし、秀吉の旗印である千成瓢箪の形を地割模様としているそうです。秀石庭の名は、豊臣秀吉の「秀」と石山本願寺の「石」からとられたそうです。塀で囲まれており、塀越しに鑑賞することができます。
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豊臣秀吉最晩年の、慶長3年3月15日に京都の醍醐寺三宝院裏の山麓において、息子の豊臣秀頼、正室の北政所ねね、側室の淀殿をはじめ諸大名や、その奥方、女中衆など約1300人を招待し盛大な「醍醐の花見」を行ったそうです。世界文化遺産 京都の醍醐寺、三宝院玄関前の大しだれ桜がバイオ技術により、DNAの継承が可能となったそうです。そこで大坂の陣400年を記念して、豊臣秀吉ゆかりの地である豊國神社に植樹されたそうです。豊臣秀吉が見たしだれ桜は見ることが出来ませんが、その時の桜の子孫が何代かにわたって今につながっていると思うと、感慨深いものがありました。
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