2017/12/09 - 2017/12/10
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エフタロウさん
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**ネパール旅行(その4)より続く**
12月9日は、釈迦の生誕地のルンビニにバスで行く。朝8時に大半の荷物をポカラのホテルに預けて「ツーリストバス」ターミナルまでタクシー(=200ルピー)で向かった。ここは各停留所に停まる一般バスとは別のターミナルだ。 出発は朝8時30分で南方へ直線距離で150KM足らずなのに、何と8時間も掛かる。
16時30分頃ルンビニに到着する予定だが、17時半の日没までに釈迦生誕地の周りを歩きたい。宿は、現地飛び込みで決める。翌10日は、朝10時半に空港へ出発する前まで散策できるから、朝8時前から史跡を歩き回る。
バスは道中に昼食時間も含め休憩を3回挟む。ルンビニ近くの都市までは途中で客の乗り降りはなく、また客の半分くらいは外国人らしいと聞いていたのだが、話とは違い、殆どがネパール人で、途中で客を乗せて満席にさせていた。交通インフラが悪いから、余裕があれば乗せるようだ。
それにしても・・きつかった。これまでで最悪のバス旅だった。一応、一部を除いて舗装はされているものの、簡易舗装で凹凸が激しく、飛び跳ねてばかり・・ 道幅が狭く、離合の度に急ブレーキ・・ そして、これがいつ果てるともなく、延々と続くのだ。何しろネパールの東西に連なる山脈をいくつも「横断」する訳だからな!
15時半頃にやっと山地を抜けて都市部に出た。ブトワルという街だ。舗装状態もよくなったと思った途端にすぐガタガタ道に逆戻り。整備しきれてないのだよなあ・・ そして、いきなり渋滞になって人だかりが出来ている。何かと思ったら、人身事故が起こったばかり・・ エフタロウは車窓からまざまざと見ることになってしまったよ。ほどなくネパール警察のパトカーが駆けつけてきた。
16時過ぎにインドとの国境の街、バイラワに到着。満席だったバスからネパール人は全て降り、ルンビニまで乗ったのは外国人5人だけだった。尚、バイラワでは外国人が1人降りて輪タクに乗り換えて数キロ先のインド国境に向かっていった。
日没寸前の17時過ぎにようやくバスはルンビニのターミナルに到着。傍にあったホテル「アーナンダイン」にチェックインした。値段は30ドル(朝食付き)だった。
早速、日が沈む前に、釈迦の生誕地を見ようと、史跡公園に入る。聞くと閉門は19時で、まだ2時間近くあるから、何とか見れそうだ。
10分ほど歩いて、釈迦生誕地の遺跡「聖園」に到着、遺構を覆う「マヤ堂」と紀元前3世紀に建てられた「アショーカ王柱」、そして有名な菩提樹を観光することが出来た。
ただ、菩提樹は、昔からあるものではなく、遺跡復元を記念して、1956年に当時のネパール国王が植樹したものだ。でも、立派な菩提樹だったよ・・
日没が迫って、今日は無理かもしれないと思っていた釈迦生誕地の遺跡「巡礼?」を果たすことが出来た。そして、ここがエフタロウの生涯「最西端」の地となるのは確実だ。「西方浄土?」にふさわしい場所だな!
尚、昼食は、13時過ぎに30分間ほど休憩があったが、その間に食堂で食べるには敷居が高く、ポテチで済ませてしまった。夕食は、19時過ぎにホテルのレストランで取った。ネパール料理のダルバートは、豆スープや付け合わせの漬物や野菜炒めなどが全く口に合わないので、インド料理のチキンマサラにしたら、うまかったよ! でも570ルピー(650円)もしたから高かった。
その後、ネットをしながら部屋で寛いで、21時頃就寝した。
翌10日は、朝食後8時前から、昨夕に引き続き、2時間余り釈迦生誕地の史跡巡りをした。遺跡公園を整備、協賛している各国の寺があるのだが、ドイツ寺、フランス寺などを見てきた。 総教日本寺という寺もあったが、建設中らしく入れなかった。 そして、再度、釈迦生誕地の「聖園」の遺跡を見学していたら、時間オーバーして慌てて走ってホテルに戻ってきた。
10時半にホテルが用意した送迎車(1200ルピー)に乗り、20KMほど東にあるバイラワ空港に向かったのだが渋滞に遭う。12月7日の選挙を受けてのデモ隊に遭遇してしまったのだ。(旗から「コングレス(ネパール会議派)=社会民主主義政党」支持者だと後で分かった。平野部ではコングレスの支持者が多く、山間部では毛派や統一共産党の支持者が多い。)
予定よりも30分も遅れて11時半にバイラワ空港に着いた。ポカラ行きの飛行機は12時5分発で、一日たった一便しかない。乗り遅れたら大変なのでちょっと焦った・・
尚、ポカラ到着予定時間は12時23分。昨日バスで往路8時間半行程が僅か「18分」かい! バスが10ドルで飛行機が97ドルというのも頷ける・・飛行機とバスの利便性が違いすぎる。
この後、バイラワ空港からポカラに戻り2泊する。
**ネパール旅行(その6)に続く**
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 2.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 高速・路線バス
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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ポカラのツーリストバスターミナル。一般のバスターミナルとは別の場所にある。奥にアンナプルナ連峰が綺麗に見渡せる。
宿から2KMほどの距離にあり、宿が手配したタクシーで送ってもらった(200ルピー) -
ポカラのツーリストバスターミナルの事務所。尚、乗車券は10ドル(=1000ルピー)で宿で手配してもらい購入している。 直接買えば8ドル(=800ルピー)位になるらしい。
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朝8時半発の本日乗る、ルンビニ行きのツーリストバス
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このような簡易舗装の山道が延々と続く
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東西方向に幾重にも連なる山脈を「横断」していく。 直線距離で150KMに満たない距離なのに8時間以上も掛かる。
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途中にある、山間の集落の景色・・ 当初の話と違い、こういった所から客をどんどん乗せていく。
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ポカラを出発した段階では、かなりの空席があったのだが、いつの間にか満席に・・
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ネパールを東西に流れる、ガンジス川の支流(カリ・ガンダキ川)が見えてきた
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幾つもの山を超えて、13時前に漸くカリ・ガンダキ川を渡るが、更にまた幾つもの山を超えることに・・
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その先で13時過ぎに30分ほどランチ休憩となる。
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ネパール人の乗客はこのレストランでダルバートを食べていたが、エフタロウには敷居が高く(勝手が分からない上に時間も足りない)、近くの売店で買ったポテチで済ませることに・・
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14時過ぎに、なんか山の上に町が見えてきた。タンセンという標高1300Mの高原にある由緒ある町らしい。
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15時頃に、渓谷沿いのパーキングで最後のトイレ休憩となる。
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その休憩所の傍にある寺院の建物
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15時半頃に、全ての山脈を「横断」してやっと平野部に出る。ブトワルという街だ。道幅も広くなり、漸くバスは快調に走り出した。
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しかし、直ぐに舗装は途切れ、ガタガタ道に・・ まだ整備が追い付いていないようだ。
この先でいきなり渋滞となる。人身事故が起こったばかりで、車窓から現場を目の当たりにする・・人だかりが出来ていた。(写真は撮ってません) -
16時過ぎ、インドとの国境の街、バイラワに入る。
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バイラワからルンビニへは西方に約20KM。車窓からインドの広大な平原の景色が広がる
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バスは、もう大半の乗客が降り、ルンビニまで乗車したのは外国人観光客ばかり5人だけだった。もう夕暮れが迫っている。 この後17時に8時間半掛けて、ようやく到着する。
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すぐにバスターミナル傍にあった「アーナンダイン」に飛び込んだ。宿泊料金は30ドル(朝食付き)
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17時過ぎ、日が落ちないうちに、早速、ルンビニの仏教遺跡巡りに出掛ける。 入り口には大勢の地元?の学生たちが列をなしていた。
係員に閉門時間を確認すると19時とのこと・・何とか釈迦生誕地の遺跡は廻れそうだ。 -
ルンビニの遺跡公園の案内図。日本を含む仏教にゆかりのある国々が協力して、釈迦生誕地の遺跡復元と史跡公園造営に取り組んでいる。 この日は、釈迦生誕地の遺跡めぐりをして、翌10日朝に、史跡公園内に建てられている各国の寺院を巡ることにする。
右が北方向で、上が西方向。円形で囲まれた場所が「聖園」とよばれその中央部に釈迦生誕地の遺跡がある。
「聖園」の右側(北方向)に各国の寺院がある。尚、案内図の左下の門から入場した。 この門のすぐ外に、ポカラからのバスのターミナルがあり、その傍のホテルに宿泊した。 -
PANCHA SILAの石碑 サンスクリット語でパンチャは5でシラは徳という意味
仏教徒の守るべき戒めを書いた「五戒文」で不殺生戒,不偸盗戒,不邪淫戒,不妄語戒,不飲酒戒から成るとのこと(←GOO辞書より引用) -
釈迦の生誕地の遺構を保護する為に2003年に建てられた「マヤ堂」と、右横にある「アショーカ王柱」という石柱。これは紀元前3世紀にインドを統一したマウリア朝アショーカ王が巡礼した際に建立されたとのこと。
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マヤ堂の建物と入口。内部には、その遺構が展示されている(写真撮影禁止)
因みにマヤ(摩耶)というのは、釈迦の母親の名前。 -
マヤ堂入口にある説明板
マヤ堂内部の遺構は写真左下のとおり -
釈迦生誕地の遺跡に立つ菩提樹
1956年2月に仏暦2500年(西暦1957 年)を記念して、当時のネパール国王のマヘンドラ国王が植樹した。 -
菩提樹の中に仏像が飾られている
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菩提樹の夜景、ライトアップされて綺麗だ。
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ライトアップされたアショーカ王柱の夜景
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マヤ堂とアショーカ王柱の夜景
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夜19時過ぎにホテルのレストランで夕食、インド料理のチキンマサラを食べた。570ルピー(650円)と高かったが、流石に美味しかった!
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朝6時半過ぎに起きる。ホテルから臨むルンビニの朝の景色
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10日朝7時過ぎ、ホテルで朝食を頂く(宿泊費に含まれる)
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10日朝8時前、ルンビニの史跡公園前の朝の風景
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10日朝8時前、昨夕に続きルンビニの仏教遺跡の門を再度くぐり入場する。
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釈迦生誕地の遺跡「聖園」に向かう通路、西方に徒歩10分程で入口に到る。
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「聖園」は昨夕訪れているので、まずは、反対側(北側)にある各国の寺院のある史跡公園の方に向かう
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その通路の途中にある「仏像」の写真
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史跡公園の北側には、水路が作られている。その脇の道を歩く。
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仏教にゆかりのある国々が協力し合い、ルンビニの釈迦生誕地周辺の史跡公園化に取り組んでいる。各国の仏教寺院が建ち並ぶ
時間の都合でその中の一部(ドイツ寺、総教日本寺など)だけを周って来た。(中国寺、ミャンマー寺などは周れず) -
フランス寺の景色、外から眺めただけで入らず
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ドイツ寺の遠景
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ドイツ寺の近景、ここは靴を脱いで入り、一回りした。
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ドイツ寺内部の写真、巨大なマニ車がある。回してみたが、やたら重かったよ・・
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インド寺の景色、外から眺めただけで入らず。
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「総教日本寺」という日本式の仏教寺院だが、未完成で立ち入ることが出来ず、外から撮影。 尚、史跡公園の北端に日本山妙法寺(ポカラにあるピースパコダと同じ宗教団体)があるが、そちらまでは周らず。
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史跡公園内にある寺院(リンサン僧院)
係員からは、ネパール寺院だと教えてもらったのだが、本物のネパール寺院は別にあるようで、ここは、リンサン僧院という宗教団体の寺らしい。 -
その寺院(リンサン僧院)内部にある仏像
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史跡公園内の水路を行き交う観光船
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朝9時半すぎ、昨夕に続き、再度釈迦生誕地の遺跡に入場する。(釈迦生誕地のマヤ堂、アショーカ王石柱、菩提樹と釈迦生誕当時の遺構がある) ここだけは有料(200ルピー)で靴を脱いで所定の場所に置いて入場となる。
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釈迦生誕地のマヤ堂の外にある当時の遺構
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昨夕に引き続き訪れた菩提樹(1956年に植樹)と釈迦生誕時に産湯に使ったとされている池
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菩提樹を囲む僧侶たち
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最後、もう一度マヤ堂とアショーカ王柱の写真を撮って、ルンビニ史跡公園を後にする。
10時半の出発が迫っており、走ってホテルに戻った。 -
朝10時半にホテルに手配してもらった送迎車(=1200ルピー)で東に20KMにあるバイラワ空港まで送ってもらったが、途中で政治団体支持のデモに遭遇し、大渋滞となり焦る。 予定より30分遅れ、11時半にようやく空港に到着。
尚、無用のトラブルを避けるため、デモは撮影してません。
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