2018/03/03 - 2018/03/03
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zenkyou01さん
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里歩き 大和三城ハイクと雛祭り 奈良県大和郡山市 全工程5時間26分
「日時」2017年3月3日 晴れ
「アクセス」JR大和路線郡山駅
「参考案内書」大阪ウオーキング連合発行のマップ
JR郡山駅→(徒歩12分)郡山八幡神社(6分)→(徒歩15分)郡山金魚資料館(13分)→(徒歩41分)筒井城跡(2分)→(徒歩50分)小泉城跡(3分)→(徒歩1時間4分)永慶寺(0分)→(徒歩3分)大和郡山城跡(23分)→(徒歩12分)箱本館紺屋(5分)→(徒歩5分)町家物語館(0分)→(徒歩2分)源九郎稲荷神社(5分)→(徒歩5分)薬園神社(3分)→(徒歩5分)郡山駅
(1) 郡山八幡神社
聖武天皇の勅願として、守護神を勧請したのが始まりです。祭神は応神天皇、比売命等。境内に多く
の摂社があります。ご利益は家内安全、学業成就等です。多くのお雛様がところ狭しと並んでおり、圧
巻でした。境内にある枝垂れ梅が満開で見事でした。また本殿の屋根の勾配が他で見るより急な感じ
がして今まであまり見た経験がありませんでした
(2) 郡山金魚資料館
柳沢吉里(吉保の子)が郡山藩主になった際、金魚を持ってきて下級武士の内職として飼育されました。島田氏が郡山金魚資料館を創設し、金魚の原種、高級金魚等を展示しています。金魚が浮世絵や俳句、陶器に登場してくる資料が展示されています。池の中では稚魚が多く、大きな金魚は見られませんでした。金魚の価値は私にはわかりませんでした
(3) 筒井城跡
途中紆余曲折はあったが15~16世紀にかけて筒井氏の居城であり、大和国の政治の中心であっ
た。16世紀末期に信長の「大和一国破城命令」により廃城となる。現在は看板と説明版がたっている
のみで宅地、畑地、水田になっています。宅地や水田を見ても何の想像もできません。発掘調査した
ときに出てきた遺跡・遺構の一部でも、埋め戻さないでそのまま市の負担で残せないものでしょうか
(4) 小泉城跡(片桐城跡)
筒井氏と敵対関係にある小泉氏の居城です。17世紀前半には片桐氏の居城となる。明治維新の廃城令で廃城になりました。ここも石碑と説明版のみでした。石碑の傍に咲いていた白い梅と赤い枝垂れ梅が満開で最高でした
(5) 永慶寺
黄檗宗の一寺で、柳沢家の菩提寺です。市指定で郡山城遺構の山門の左手には朱色が鮮やかな弁
天門が建っています
(6) 大和郡山城跡
10世紀郡山衆が築城したのが始まりで、その後筒井氏、豊臣秀長、本多氏、松平氏、柳沢吉里、吉
里以降は柳沢氏の居城となる。明治維新の廃城令で廃城になる。建造物は明治時代に売却され、遺
構は堀と石垣を残すのみです。天守台からは石垣と掘り、追手門、追手向櫓等が見下ろせます。天守
台近くに柳沢神社が建っており、本殿の銅板葺きの屋根の色と曲がりはきれいでした。本日のハイク
目的が大和三城巡りであったが、前半二城は看板のみでがっかりしていました。さすが本城は、名だ
たる武将達の居城だけあって見事な城だと感嘆しました
(7) 箱本館紺屋
豊臣秀長時代に成立した自冶組織箱本13町の1つ紺屋町で藍染を盛業としてきた町屋です。町屋を改修して公開されています。ここでも立派な雛飾りと吊るし雛を見ることができました。特に吊るし雛は見事でした。藍染めの資料、商品、金魚の関する装飾品が展示されています。藍染体験コーナーがありました。小学校時代の藍染の実験をなつかしく思い出しました。家の前には往時を偲ぶ染料を洗う用水路がありますが、コンクリートで固めるのではなく、一工夫すれば更に風情が増すのではないでしょうか
(8) 町家物語館
旧川本邸で登録有形文化財です。木造三階建ての目立った遊郭建築です。意匠を凝らした欄間や数寄屋造りの小部屋等の建築技法、客と女性が並んで登った大階段にお雛様が飾られているのを見たかったのですが、2,3日前に毎日放送のテレビ番組「ちちんぷいぷい」で紹介されたせいか40~50人が外に並んでいましたので、見るのをあきらめ次に進みました
(9) 源九郎稲荷神社
源義経が兄頼朝と戦いで幾度もこの稲荷に助けられ、この稲荷に源九朗の名を贈ったというのがこの名の由来です。ここにも3組以上のひな壇飾り、吊るし雛、さらに150年前の雛人形が飾られていました。歌舞伎四代目市川猿之助の回復御礼参拝の紙が貼ってありました。六代目中村勘九郎植樹のシダレザクラが満開できれいでした。地味な神社に枝垂れ梅、ひな飾りが花を添え、大いに満足できる神社でした
(10) 薬園八幡神社
薬園村の鎮守様として創建されたのが始まりです。ここにも雛飾りはありました。本殿の檜皮葺き屋根はみるべきものがあります
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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電話ボックスの金魚鉢 さすが金魚の町です
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郡山八幡神社 多くのお雛様がところ狭しと並んでおり、圧巻でし
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郡山八幡神社境内にある枝垂れ梅が満開で見事でした
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郡山八幡神社拝殿 聖武天皇の勅願として、守護神を勧請したのが始まりの神社で
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金魚の価値は私にはわかりませんでした
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柳沢吉里(吉保の子)が郡山藩主になった際、金魚を持ってきて下級武士の内職とし飼育されました。島田氏が郡山金魚資料館を創設し、金魚の原種、高級金魚等を展示しています。金魚が浮世絵や俳句、陶器に登場してくる資料も展示されています
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途中紆余曲折はあったが15~16世紀にかけて筒井氏の居城であり、大和国の政治の中心であった。現在は看板と説明版がたっているのみで宅地、畑地、水田になっています
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小泉城跡(片桐城跡) 筒井氏と敵対関係にある小泉氏の居城です。17世紀前半には片桐氏の居城となる。ここも石碑と説明版のみでした
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小泉城跡石碑の傍に咲いていた白い梅と赤い枝垂れ梅が満開で最高でした
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黄檗宗の一寺で、柳沢家の菩提寺です。市指定で郡山城遺構の山門の左手には朱色が鮮やかな弁天門が建っています
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大和郡山城跡の石垣と堀 10世紀郡山衆が築城したのが始まりで、その後筒井氏、豊臣秀長、本多氏、松平氏、柳沢吉里、吉里以降は柳沢氏の居城となる。遺構は堀と石垣を残すのみです
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大和郡山城跡天守台 天守台からは石垣と掘り、追手門、追手向櫓等が見下ろせます
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追手門、追手向櫓
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豊臣秀長時代に成立した自冶組織箱本13町の1つ紺屋町で藍染を盛業としてきた町屋です。ここでも立派な雛飾りと吊るし雛を見ることができました。藍染めの資料、商品、金魚の関する装飾品が展示されています
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立派な雛飾りと吊るし雛を見ることができました。特に吊るし雛は見事でした
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立派な雛飾りを見ることができました
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町家物語館 旧川本邸で登録有形文化財です。木造三階建ての目立った遊郭建築です
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源九郎稲荷神社鳥居 源義経が兄頼朝と戦いで幾度もこの稲荷に助けられ、この稲荷に源九朗の名を贈ったというのがこの名の由来です
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六代目中村勘九郎植樹のシダレザクラが満開できれいでした
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源九郎稲荷神社 3組以上のひな壇飾り、吊るし雛、さらに150年前の雛人形が飾られていました
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薬園神社 薬園村の鎮守様として創建されたのが始まりです。ここにも雛飾りはありました
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薬園神社本殿の檜皮葺き屋根はみるべきものがあります
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