2017/12/01 - 2017/12/01
217位(同エリア493件中)
naoさん
三重県伊賀市島ヶ原町は、関宿の西の追分で江戸時代の主要街道である東海道から分岐し、加太(かぶと)を越えたあと、伊賀上野の城下を抜けて奈良へ向かい、さらに暗峠をこえて河内松原から大坂の玉造へ至る、大和街道(加太越奈良道)と称される街道筋の宿場町として栄えたところです。
大和街道(加太越奈良道)は、東海道の関宿から伊賀上野、奈良を経由して大坂に至る、いわば京都を通らない脇街道的な意味合いのある街道でした。
島ヶ原宿には本陣や問屋のほか旅籠が10軒ほどあったと言われ、木津川の川湊の笠置と上野城下を結ぶ中継地として、大和国の大名の参勤交代や、伊勢神宮への多くの参詣客に利用されました。
JR関西本線島ヶ原駅の東側を流れる木津川沿いに広がる現在の町並みには、宿場町の面影を残す町家が少なくなっていますが、格式の高い上段の間や諸大名の宿札などが当時のまま保存されている旧本陣や伝統的な商家が散見でき、大和街道(加太越奈良道)の宿場町だったことをしのばせてくれます。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
JR関西本線島ヶ原駅にやって来ました。
-
駅構内に歴史のありそうな駅名表示板が保存されています。
では、駅前にある市営駐車場に車を停めて町歩きに向かいます。 -
赤信号が見えている道路を渡って、その先へ進みます。
-
黒漆喰塗の町家です。
-
屋根に大きな「ムクリ」のある町家です。
-
信号を渡った先の町並みです。
見えている交差点を右に曲がります。 -
緩やかに曲がりながら延びるこの辺りの町並みは、のどかな農村を思わせる佇まいです。
-
瓜型の虫籠窓のある町家です。
-
のどかな佇まいの中に、白漆喰塗の土塀を巡らせたお屋敷が表われました。
-
土塀の屋根では、恵比須様と・・・
-
大黒様が微笑んでいます。
-
ちょっと小ぶりの旧島ヶ原村の排水桝の蓋。
村の花「ミヤマツツジ」と村の鳥「キジ」がモチーフになっています。 -
黒漆喰の壁に、白漆喰塗籠めの虫籠窓がよく目立ちます。
-
曲がりながら下ってきた道と三叉路を作っているのが大和街道(加太越奈良道)です。
-
先ずは、大和街道(加太越奈良道)を右に進みます。
-
大和街道(加太越奈良道)の角には、宿場町の案内標識が立てられています。
-
昔の木造校舎のような外観の公民館。
-
その公民館に火の見櫓が建っているのに、半鐘が見あたりません。
なんでも、以前半鐘泥棒が頻発したので、今は外しているんだそうです。 -
煙出しの越屋根のある町家です。
-
塀で囲まれた座敷前の庭に、以前は扉が付いていたと思われる門が設けられています。
-
槇の生垣は珍しいですね。
-
かつて茅葺屋根だった町家です。
-
棟の真ん中に家紋がはめられています。
-
では、大和街道(加太越奈良道)を三叉路まで戻ります。
-
三叉路まで戻ってきたので先へ進みます。
-
およそ商店らしくないお米屋さん。
この佇まいは商店と言うより、商家ですよね・・・。 -
こちらは島ヶ原宿の旧本陣です。
-
この旧本陣には、大和国の大名が参勤交代の際にお泊りになりました。
-
今も格式の高い上段の間や、諸大名の宿札などが保存されているそうです。
-
真っ赤なナンテンの実が、たわわに実っています。
-
町並みに潤いを与えるナンテンの実。
-
S字を描いて延びる路地。
路地の先に何があるのか、ちょっと気になります。 -
大和街道(加太越奈良道)の町並みです。
-
瓜型の虫籠窓のある酒屋さん。
-
こちらの町家に、細かい手仕事が見られます。
-
雨戸の戸袋なんですが、手間のかかる仕事ぶりが見て取れます。
-
蛇行する大和街道(加太越奈良道)に沿って延びる町並み。
-
この町家を横目に見ながら、道なりに進むと・・・
-
木津川に出ます。
木津川の左岸にも良い町並みが続いているので、車でそちらへ移動します。 -
では、市営駐車場へ車を取りに戻ります。
-
こんな排水桝の蓋がありました。
-
面白そうな脇道がありました。
こちらの方が近道のようなので、大和街道(加太越奈良道)を戻らずに脇道を歩きます。 -
私の好きな良い脇道です。
-
石垣の上にそびえる町家。
-
市営駐車場で車をピックアップして、木津川の左岸へ渡って来ました。
-
先ほどまで歩いていた右岸の町並みです。
-
大和街道(加太越奈良道)は橋を渡って直進しているのですが、左岸の町並みは木津川に沿って続いています。
陽の光を浴びた山並みがきれいです。 -
木津川に沿って進むと・・・
-
のどかな田園風景が広がっています。
-
秋を感じさせてくれる、しみじみとした良い光景です。
-
こちらの町家の角に、「与右衛門坂」と書かれた案内板が立っています。
-
津藩主の藤堂高虎の通称を戴いて名付けられた「与右衛門坂」は、伊賀上野と島ヶ原の間の長く険しい坂道を総称したものだそうです。
-
カーブミラーの立っている角を右に入ると「与右衛門坂」になります。
-
木津川左岸の町並みもこの辺りまでなので、ここから引き返します。
-
島ヶ原は、東海道から分岐した脇街道の宿場町として栄えたところですが・・・
-
宿場町の面影は薄らいでいるとはいえ、旧本陣や伝統的な商家が点在する、落ち着いた良い町並みが続いていました。
-
では、家路につきます。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
伊賀・上野(三重) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
57