2017/12/01 - 2017/12/01
108位(同エリア493件中)
naoさん
三重県伊賀市島ヶ原にある観菩提寺(正月堂)は、聖武天皇の時代の天平勝宝三年(751年)に奈良東大寺の流れを汲む寺院として、観音堂を建立し創建された由緒ある古刹です。
その後、時を経て荒廃していた寺は、平安時代末期の治承4年(1180年)に、宇治川の戦いで平清盛に敗れた源三位頼政の家臣、渡辺競(きそう)を祖とする島ヶ原党(渡辺党)一族によって再興されました。
しかし、天正9年(1581年)の天正の乱の際、運よく難を逃れた本堂と楼門以外の多くの伽藍は、織田信長の軍勢の焼き討ちにより焼失したとの記録が残されています。
奈良東大寺二月堂のお水取り(修二会)に先駆けて、毎年2月11日から12日にかけて行われる修正会(しゅしょうえ)は、観菩提寺(正月堂)が発祥の地といわれ、火と水を振りかざしながら荒々しく交錯する舞が奉納される、達陀(だったん)と呼ばれる厳粛な儀式と、五穀豊穣や除厄を祈る庶民的な行事が融合した仏教儀式で、先人たちの手により現在までが受け継がれています。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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観菩提寺(正月堂)の森が見えてきました。
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旧島ヶ原村の排水桝の蓋。
村の花「ミヤマツツジ」と村の鳥「キジ」がモチーフになっています。 -
観菩提寺(正月堂)は、天平勝宝三年(751年)に奈良東大寺の流れを汲む寺院として創建された由緒ある古刹です。
奈良東大寺二月堂のお水取り(修二会)に先駆けて、毎年2月11日から12日にかけて修正会(しゅしょうえ)が行われます。 -
楼門の正面左右には阿像と吽像の金剛力士像が安置されています。
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楼門の左手に並ぶ春日燈篭。
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右が楼門、左が本堂で、いずれも室町時代初期に建てられたものだそうです。
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時を経るとともに荒廃していた寺は、平安時代末期の治承4年(1180年)に島ヶ原党(渡辺党)一族によって再興されました。
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白砂の上に敷きモミジが地模様を描いています。
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「正月堂」と彫られた竪樋の水落ちの石鉢では・・・
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水面をモミジの落葉が漂っています。
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観菩提寺(正月堂)は国宝のようです。
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本堂の鰐口。
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境内の森には、まだ紅葉が残っています。
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天正9年(1581年)の織田信長による天正の乱の際にも運よく難を逃れた本堂は・・・
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全ての柱に円柱が使われているそうです。
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境内の紅葉。
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紅葉が散らずに残っている森に向かいます。
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真っ赤に色づいた紅葉が・・・
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青空をバックに広がっています。
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紅葉の中に、お地蔵さまと鐘楼が見えます。
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台座に福壽地蔵尊と彫られたお地蔵様。
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福壽地蔵尊の脇に植えられたドウダンツツジの紅葉。
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鐘楼の前に広がる敷きモミジ。
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鐘楼の横まで竹林が迫っています。
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鐘楼の周囲を・・・
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グルッと取り囲むように・・・
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紅葉が降り注いでいます。
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奥側から見た鐘楼。
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木立の隙間から見えている道路を通ってきたので、訪れた時に見た森はここだったんですね。
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敷きモミジに落ちた木陰が、思いがけない景色を見せています。
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鐘楼の階段に降り積もった敷きモミジ。
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鐘楼の中から見た紅葉。
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紅葉の反射光を浴びて、鐘もほんのり赤み掛かっています。
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撞木に苔が付いているように見えます。
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では、鐘楼の前の敷きモミジを踏みしめて・・・
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境内へ戻ります。
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わずかに残った真っ赤なモミジが・・・
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歴史を感じさせる本堂に色どりを添えています。
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土蔵造りの宝庫。
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では、観菩提寺(正月堂)はこれくらいにして・・・
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次の目的地へ向かいます。
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