2018/01/12 - 2018/01/12
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ペコちゃんさん
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毎年1月に仲間と出かける都内の七福神めぐり・・・今年は「下谷七福神めぐり」を選びました。
「下谷七福神」は三ノ輪から鶯谷にかけての一社六寺に祀られており、約3kmを1時間半ほどで巡るコース。
今回の参加者は15名で、午前中に七福神を回り、上野で昼食をとって上野公園を散策した後は「国立科学博物館」でジックリ「恐竜」とご対面。
仲間と共に過ごした長閑な新春の一日でした。
写真は、上野公園の寛永寺・清水観音堂に飾られた ” 幸せ守り ” の狛犬「清心朗丸(きよしろうまる)」。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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東京メトロ・日比谷線でスタートの三ノ輪駅に向かいます。
新型車両の荷棚は、ガラス板に「江戸切子」をデザインした美しい模様・・・棚の奥にあるLED光源によって模様が光り、補助照明にもなっています。 -
昭和52年から始まった下谷七福神めぐり・・・鶯谷駅からも回れますが、今回は三ノ輪駅から。
下谷七福神巡りのご開帳期間は1月1日から7日まで、御朱印の受付は15日までです。 -
①寿永寺(布袋尊)
地下鉄・三ノ輪駅より5分ほどの所にあります。 -
浄土宗の寿永寺は、徳川二代将軍・秀忠の側室であった寿永法尼が秀忠公の菩提を葬うため、寛永7年(1630)に建てた寺です。
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山門を入ってすぐ本堂の前の右手に祀られている布袋様。
下谷七福神めぐの中で唯一、建物の外(境内)に置かれた石造りの大きな像です。 -
池には美しい錦鯉が・・・
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2番目の飛不動に向かう途中、「一葉記念館」へ立ち寄り。
この辺りは、樋口一葉の代表作「たけくらべ」の舞台となった竜泉寺町。 -
一葉記念館は地元の有志が用地を取得し、台東区が昭和36年に建設した記念館で、女流作家の単独資料館としては日本で初めてのものです。
その後、館の老朽化が進んだことや樋口一葉が新五千円札の肖像に採用されたことを機に、平成18年にリニューアルされました。 -
館内に飾られた樋口一葉(明治5年~明治29年)の肖像画。
本名は奈津で「一葉」はペンネーム。
17歳で父を亡くし、母と妹を養うために小説家を志す傍ら、竜泉寺町で荒物・雑貨と駄菓子を売る店を始めますが上手くいかず、店を畳んで本郷に転居して執筆活動に専念し、「たけくらべ」「にごりえ」「十三夜」などの秀作を発表しました。
昨年、文京区「文学浪漫コース」の散策で訪れた旧伊勢屋質店が思い出されます。
https://4travel.jp/travelogue/11242873 -
館内は二階・三階が展示室で、一葉の愛用品や原稿・手紙などが展示されています。
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「たけくらべ」は、一葉の小説の中でも最も長い小説で、タイトルの「たけ」の言葉には、「身の丈(身長)」や「思いの丈」という意味が込められています。
物語の舞台は龍泉寺町界隈と吉原遊廓で、いずれは吉原の遊女となる美登利と僧侶となる信如の思いのすれ違いをはじめとして、大人へと成長していく若者の様子が、季節ごとの行事を織り交ぜながら見事に描かれています。 -
一葉記念館の向かいにある一葉記念公園には、菊池寛が一葉を称えた文学碑「一葉記念碑」と「一葉女史たけくらべ記念碑」があります。
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②飛不動尊(恵比寿神)
享禄3年(1530)に創建された天台宗の飛不動尊の正式名称は、龍光山三高寺正宝院。 -
本尊は不動明王で、昔、当寺の住職が大和国・大峰山に本像を持って修行に行ったところ、一夜にして当地へ飛びかえり、人々に御利益を授けたことから、「飛不動」の通称で知られるようになりました。
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本堂の祭壇に祀られた不動明王。
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境内の御堂に祀られた恵比寿様。
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「飛」不動なので、最近は航空安全の守護神として有名になり、絵馬には「飛」に関するお願いが・・・
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飛不動から国際通りを歩き、次の弁天院へ行く途中に「鷲神社」があります。
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11月の酉の市に大勢の人で賑わう鷲神社は、「浅草名所七福神」「東京下町八福神」の一つで、寿老人をお祀りしています。
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③朝日辨財天・辨天院(弁財天)
弁天院公園の奥に本堂があります。 -
朝日弁財天は備中松山城主・水谷伊勢守勝隆が寛永元年(1624)に下屋敷の池に弁財天を祀ったのが始まりです。
弁天池は、かつては約8,000平方mもの広さでしたが、大正12年の関東大震災の後、池は付近の焼土の処分場とされ、大部分が埋め立てられてしまい、現在は小さな池が残るのみです。
弁財天を信仰していた勝隆は上野・不忍池にも弁天様を祀り、不忍池の弁天を夕日弁天、自分の屋敷の弁天を朝日弁天と称したとのことです。 -
本堂に祀られた弁財天。
ここの弁財天は八臂(はっぴ)の弁財天で、手が8本あります。 -
本堂の左手に平成元年建立の聖観世音菩薩像が祀られています。
これは昔の広大な池に落ちて亡くなった人や、関東大震災後の埋め立てで生き埋めになった魚など、多くの命を供養するために建立されたものだそうです。 -
④法昌寺(毘沙門天)
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山門の左脇の道路に面した所に「救世観世音」が祀られています。
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山門をくぐると、右手に日蓮上人像があり、台座には「立正安国」の文字が深く刻まれています。
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法華宗本門流寺院の法昌寺は、慶安元年(1648)に創建され、元文2年(1737)に当地へ移転しました。
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毘沙門天を祀る毘沙門堂。
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毘沙門天の石像。
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境内には、元プロボクサーでコメディアンだった「たこ八郎」を祀った地蔵が安置されています。
彼が他界した昭和60年に建てられた「たこ地蔵」は、『めいわくかけて ありがとう。 たこ八郎』と遺筆による座右の銘が刻まれており、発起人である由利徹・赤塚不二夫・山本晋也さんらの名前も刻まれています。 -
境内に咲く寒桜。
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⑤英信寺(大黒天)
浄土宗寺院の英信寺は、慶長年間(1596~1615)の開山。 -
奥に見えるのが本堂で、阿弥陀如来が祀られています。
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本堂には、でっかい数珠のようなものがあり、数珠を引っ張ると回る仕組みになっています。
この「大念珠」を回しながら念仏を唱えると、木の鳴る気持ちのよい音が境内に鳴り響き、「しっかりしよう!」という気持ちが湧いてきます。 -
本堂左の大黒堂に安置されている大黒天は「三面大黒天」という珍しい大黒天様で、右に「弁財天」、左に「毘沙門天」の三つの顔を持っており、弘法大師御作と伝えられています。
絵馬にも三面大黒天が描かれていました。 -
言問通りに出て、スカイツリーを見ながら根岸一丁目交差点を渡り、「朝顔市」で有名な「入谷鬼子母神」へ向かいます。
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⑥眞源寺(福禄寿)
江戸中期の文人、大田 南畝(なんぽ)の狂歌「恐れ入りやの鬼子母神(きしもじん)」で知られる入谷鬼子母神は法華宗本門流の寺院で、正式な名前は「眞源寺」。 -
眞源寺は、万治2年(1659)に創建されました。
境内の正面に本堂があります。
鬼子母神は子どもを奪い取っては食べてしまう悪神だったため、釈迦は鬼子母神の末子を隠し、子を失う悲しみを実感させ改心させます。
そして、安産・子育ての守護神として信仰されるようになりました。 -
境内の右手に、可愛らしい福禄寿が祀られています。
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境内に貼られていた浮世絵のポスターは、安達吟光(1853~1902)作「東京名所 花競 入谷蕣(あさがお)」。
入谷のこの辺りは、江戸後期の頃から朝顔作りが盛んになり、七夕の時期には朝顔市が開かれていました。
昭和23年に復活した朝顔市には、大勢の人が訪れます。 -
鬼子母神から鶯谷駅・北口の方に歩いて行くと、元三島神社があります。
ここは鶯谷のラブホテル街のど真ん中!・・・少々、気が引けます。 -
⑦元三島神社(寿老神)
1281年の蒙古襲来(弘安の役)の際に出陣した河野通有(こうのみちあり)が、四国の大山祇神社で必勝を祈願し、帰陣後に当地に分霊を祀ったことが始まりとされます。
1710年に三島神社は浅草に移転されましたが、氏子の協議により、当地にあった熊野社と合祀して元三島社となりました。 -
狛犬を見ながら石段を上り、本殿へ。
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明治4年に再建された社殿は戦災で焼失し、戦後復興した社殿も老朽化のため、昭和51年に新社殿が建立されました。
寿老神は社殿の中の奥に祀られています。 -
境内にある正岡子規(1867~1902)の句碑・・・『木槿(むくげ)咲て 繪師の家問ふ 三嶋前』
愛媛県・大三島に元三島神社の総社があることから、子規没後百年記念として松山俳句協会から平成13年に寄贈されたものです。 -
無事に下谷七福神めぐりも終わり、ラブホテル街を抜けて上野へ向かいます。
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鶯谷駅・南口につながる陸橋からの眺め・・・何本、線路が走っているでしょう?
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陸橋の先にある鶯谷駅。
29駅ある山手線の1日の乗降客数を見ると、1位は新宿駅の212万、最下位はわずか4万6千人の鶯谷駅。 -
上野公園を通り、昼食を予約しておいた海鮮料理・薩摩魚鮮へ。
上野駅そばの「UENO3153ビル」の3Fにあります。 -
イチオシの西郷弁当を予約しておきました。
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仲間の皆さん、今年も元気で楽しみましょう!
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昼食後、上野公園を散策・・・久し振りの西郷さんです。
今年の大河ドラマは「西郷どん」、パンダ人気と共に上野の森は、ますます訪れる人が多くなるでしょう。 -
今は1月ですが、美しく咲いているのは「ジュウガツザクラ(十月桜)」。
年2回、春と秋~冬にかけて花を咲かせます。 -
桜の近くにある寛永寺・清水観音堂へ。
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清水観音堂は、天台宗東叡山寛永寺の開山・慈眼大師天海大僧正(1536~1643)によって、寛永8年(1631)に建立されました。
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清水観音堂は京都の清水寺(きよみずでら)を見立てたお堂です。
本尊は、清水寺から遷座された千手観世音菩薩。 -
関東大震災や空襲を逃れた創建当時の建物ですが、平成2~8年に保存修理が行われました。
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安産祈願や人形供養の寺院として知られている清水観音堂。
” 幸せ守り ” の狛犬「清心朗丸(きよしろうまる)」が、何とも可愛い! -
浮世絵師の歌川広重が「名所江戸百景」で描いた松のモデルとなった「月の松」・・・円の中から覗くと、弁天堂へと一直線につながっています。
当時の月の松は、明治初期の台風でなくなっていましたが、浮世絵に描かれた風景を復活させるため、平成24年に復元されました。
足立区の造園業の方に相談し、3年がかりでここまで丸く仕立てたそうです。 -
この浮世絵が、歌川広重の名所江戸百景「上野山内月のまつ」・・・当時、実在したこの松は、月のような円形をしているところから「月の松」と呼ばれました。
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「人形供養碑」・・・清水観音堂にある脇尊の子育観音は、子授け・安産・子育ての観音さまとして多くの信仰を集めており、毎年9月25日に、この観音さまに祈って子宝を授かった両親が、その無事な成長を願って奉納した身代り人形を供え、人形供養を行います。
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寛永寺を出て、国立科学博物館に向かう途中にある正岡子規記念球場の句碑・・・” 春風や まりを投げたき 草の原 ”
子規は、明治時代の初めに日本に紹介されて間もない野球を愛好し、明治19年頃から同23年頃にかけて上野公園内で野球を楽しんでいました。
2006年に開園式典130周年を迎えた上野恩賜公園の記念事業の一環として、この句碑が球場に設置されました。 -
最後に「国立科学博物館」を見学。
1877年に設立された総合科学博物館で、約452万点に及ぶ貴重なコレクションを備え、自然と科学技術に親しむことのできるスポットです。
因みに、高校生までとシルバーの人は入館料が無料。 -
博物館は、「日本館」と「地球館」からなり、最初に日本館の地下1階にある「シアター360」で映像を見た後、地球館 1階へ。
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地球館に一歩入ると、そこはもうジュラシック・ワールド!
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マッコウクジラとアジアゾウ「インディラ」の骨格標本。
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地球館・地下2階にある「マンモスの骨を利用した住居」の復元。
ウクライナを中心に、マンモスの骨を利用した3万~1万年前の住居跡が数多く見つかっています。 -
インドリコテリウム(3600万~2400万年前)・・・史上最大の陸生哺乳類で、長さが約8m、肩の高さは約5.5m、長い首を伸ばせば約7mの高さに達し、体重は約15~20トンもあるサイの仲間。
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左のバシロサウルスは4,000万~3,400万年前のクジラの仲間。
右のティロサウルスは8,500万年前~6,800万年前に生息していた肉食の海生爬虫類で、体長は約15m、体重は約10トン。 -
手前のグロッソテリウムは500万~200万年前に生息した全長2.5mのナマケモノの仲間。
奥のトクソドンは1,100万~100万年前に生息した有蹄動物。 -
11,000年ほど前まで北アメリカ大陸に暮らしていたコロンブス・マンモス(左)は、体長8m,重さは10トン以上あり、その牙は3.6mにも及びました。
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左はデイノテリウム(2,400万~100万年前)・・・下顎から下方に向かって生えた牙が特徴のゾウ。
右は古代ゾウの仲間のメリテリウム(4,000万~3,000万年前)。 -
アーケロン・イスチイロス(7,000万~6,500万年前)・・・全長約4m、体重は2トンにも達したと推定される巨大なカメ。
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エダフォサウルス(3億2,300万~ 2億5,600万年前)・・・全長約3mで、背中が帆状になっています。
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地球館・地下1階へ。
これは、カモノハシ恐竜のヒパクロサウルス(7,500万年前~6,700万年前)の親子。 -
トリケラトプス(7,000万~6,600万年前)の化石。
北アメリカに生息していた3本の大きな角をもつ恐竜で、全長約9m、体重約5~8.5トン。 -
ティラノサウルス(7,000万~6,600万年前)・・・北アメリカに生息していた史上最大級の肉食恐竜で、全長12m、体重は4~7トン。
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ステゴサウルス(1億5,400万~1億4,600万年前)・・・北アメリカに生息していた全長9mにもなる大型の草食角竜。
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国立科学博物館に来たら、日本館の美しいステンドグラスを見ないで帰るわけにはいきません。
当館のステンドグラスは、建築家の伊東忠太(1867~1954年)が図案を描き、工芸家の小川三知(1867~1928年)がステンドグラスのガラスを作り、三知の没後、弟子たちが遺志を継いで完成させたものです。 -
中央ホールの天井と4か所の明かり窓に飾られたステンドグラス。
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左右の階段の天井のステンドグラス。
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左右の階段の2階に飾られた、瑞鳥(鳳凰)をモチーフにしたステンドグラス。
下谷七福神めぐりと上野公園の散策を楽しんだ新春の一日でした。
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