2018/01/05 - 2018/01/05
271位(同エリア788件中)
まやさん
正月も開け 友達3人で三河七福神を回って来ました。
七福神めぐりは、七難即滅・七福即生「七つの災難から逃れ、七つの福徳を授かる」のご利益があるそうです。
法蔵寺(岡崎市) - 恵比須
宝福寺(岡崎市) - 福禄寿
三明寺(豊川市)- 弁才天
安楽寺(蒲郡市) - 大黒天
宝珠院(西尾市) - 寿老人
長圓寺(西尾市) - 布袋
妙福寺(碧南市) - 毘沙門天
岡崎を9時30分に出て 帰ってきたのが18時でした。
走行距離120キロ 良く走りました。
来年は知多七福神に行こうかな~。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 自家用車
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宝福寺(ほうふくじ)
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「三河三十三観音霊場」第1番目の寺
福禄寿 -
宝福寺
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本堂内
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土塀
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土塀 かなり崩れていました
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法蔵寺(ほうぞうじ)山門
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賀勝水
三河法蔵寺境内の賀勝水のいわれ「伝承」. このとき、日本武尊はこの二村山に登り たまいて天照大神をはじめ天地の神々たちにを拝して、 東征の武運を祈願し奉り給う。「 われもし 祈ること むなしからずんば、効を見届け給え」といいて、ほこ「鉾」で岩を突き給 えば、 清水たちまちに湧き出るなり。 武尊は このとき大いに喜ば給いて「賀勝」・「賀勝」 ・「賀勝」と、三度唱え給う。 この由によりて、この清水を「 賀勝水 」といい、今に至るも こんこんと湧き出るなり。 枯れることなし だそうです。 -
徳川家の始祖・松平親氏が伽藍を建立して、松平家の菩提寺
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徳川家康(幼名・竹千代)が、時の住持・教翁上人に就いて、読書きを習ったという(硯箱・硯石・手本・机などが残っているそうです
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本堂
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本堂
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うさぎ
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本堂屋根
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東照宮案内図
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東照宮
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東照宮
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東照宮
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東照宮からの眺め
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六角堂
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松平広忠墓(徳川家康の父)
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松平家霊廟
亀姫墓(徳川家康の長女)もあります -
伝近藤勇の首塚 - 三条大橋に晒されていた首を斎藤一が奪取し、三条大橋側の誓願寺にいた孫空義天に供養を依頼し、義天の異動に伴って当寺に埋葬されたとされる。当初は世間の目もあったので、石碑は土で埋められ、無縁仏の様にしていたそうです。
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近藤 勇(こんどう いさみ)は、江戸時代末期の武士。新選組局長。後に幕臣に取り立てられ、甲陽鎮撫隊隊長。
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三明寺境内
太鼓橋 -
三重塔
1531年(享禄4年)建立。 -
三重塔
1531年(享禄4年)建立。高さ14.5m。1・2層を和様、3層を禅宗様とする点が特徴 -
三明寺本堂(さんみょうじほんどう)
寺伝によれば、大宝2年(702)の創建であり、室町時代に禅宗として再興されたそうです。 -
屋根はまだからぶきだそうです。
甘酒の接待を受け 体が温まりました。 -
安楽寺(あんらくじ)山門
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応永15年(1408年)昭邦上人が堂宇を建立し、本宿の法蔵寺から龍芸上人を招いて創建されたが平成27年の火事で全焼してしまい これだけは出せたれたそうです。
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宝珠院(ほうしゅいん)
三河七福神寿老尊
三河三十三観音第24番札所 -
六角鐘楼門2001年(平成13年)開創550年、21世紀の始まりを記念し建立。六角は六波羅蜜を意味し、「慈悲の鐘」・「智慧の鐘」二口の梵鐘を備えています。
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)豊臣秀吉は、長久手へ出陣の途上海路より当山に陣営したことから、寺領36石と旅茶碗1個を拝領し、徳川家も朱印を附し、以来豊臣・徳川の庇護を受けた。そして両家の位牌を祀り、寺紋に「三ツ葉葵」を用いているそうです。
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三原の松
富士山を形どる笠松が蒼然としている。樹齢200年以上と推定されている
。豪商三原屋より移植したところから「三原の松」と称し、寿老尊にちなんだ不老の松といわれ、三河随一の名松です。 -
長円寺
山門は薬医門。 -
長圓寺(ちょうえんじ)は初代の京都所司代として活躍した板倉勝重とその一族である大名・旗本板倉家の菩提寺です
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本堂内
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妙福寺(みょうふくじ)
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風雲
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徳川家康が武運祈願したといわれ、勝運の神・毘沙門さんとしても親しまれて
います。
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