2017/10/12 - 2017/10/12
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白い雲さん
スミソニアン国立航空宇宙博物館・別館に展示されている航空機の紹介です。
個人的な興味として「晴嵐」をこの目で見たいと思っておりました。
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トラックに停車するアムトラック
ニューヨークのホテルからスティーブン・F・ウドヴァーヘイジー・センターへは、アムトラックで3時間20分かけてワシントンDCのユニオン駅まで行きます。地下鉄レッド・ラインからシルバー・ラインに乗り替えて終点まで行き、バスに乗り換えワシントン・ダレス国際空港まで行きます。空港でスティーブン・F・ウドヴァーヘイジー・センター行きのシャトルバスに乗れば建物の玄関まで運んでくれます。ユニオン駅から約1時間30分ほどかかります。
スティーブン・F・ウドヴァーヘイジー・センターの開館時間は、10:00AM~5:30PMとなっていました。
ニューヨークのペンシルベニア駅を5:30AMに出発したので10:30AM頃に到着しました。 -
ボーイング航空機格納庫全景です
スティーブン・F・ウドヴァーヘイジー・センターには、他に修復用格納庫、宇宙船格納庫があります -
”Ju 52/3m” Junkers
ドイツ、ユンカース社製です 輸送、爆撃、旅客用に使われました
乗員:2名 乗客:17名
全長:18.9m
全幅:29.2m
全髙:5.55m
エンジン:BMW132A-1(650馬力) × 3基
速度:265km
航続距離:870km
1935年から運用が開始されました
離着陸距離が短いので、軍用輸送機としての利点がありました
ルフトハンザ社が第二次世界大戦が始まるまで、主力旅客機としてベルリン→ローマ間を8時間で結びました
戦後もフランス、スペインでライセンス生産が続き1960年までヨーロッパを飛行するなど4,800機生産されました。 -
”Boeing307” Stratoliner Clipper Flying Cloud
ボーイング社製の世界初の与圧キャビンを持つ旅客機です
乗員:3名 乗客:33名
全長:22.66m
全幅:32.61m
全髙:6.34m
エンジン:900馬力 × 4基
航続速度:352km
航続距離:3,846km
B-17の主翼、尾翼、降着装置を流用し、機体の構造も共通点が多いそうです。
1940.3.パンアメリカン航空がアメリカ大陸横断路線や南アメリカ路線に使用しましたが、DC-4との競合やアメリカ合衆国が参戦したので10機しか生産されませんでした
展示機は、2002年スミソニアン博物館に回送中、シアトルで不時着水しました。引き揚げ、修理して2003年から展示されています。 -
”M163” Komet
1940年ドイツ軍が開発した航空史上、唯一の実用ロケット推進戦闘機です
400機生産
1939年初飛行
1943年運用開始
全長:5.75m
全幅:9.30m
全高:2.5m
速力:960km
航続時間:8分 -
"P-61C" Black Widow
ノースロップ社製の重装備の夜間戦闘機(黒色塗装)で、742機生産されました
全長:15.11m
全幅:20.12m
全?:4.47m
エンジン:2,000馬力2基
武装:胴体下部に20mm機銃4門
胴体後部上方に遠隔旋回式機銃12.7mm4門
夜戦に必要なレーダーは機首に装備されています
1942.5.初飛行 1944年運用開始 1952年退役 -
”SB2C-5" Helldiver
カーチス社製の偵察爆撃機です
1940.12.18.に初飛行をしています
”SB2C Helldiver”は7,140機製造しました。そのうち5型は970機でした -
「月光」
中島飛行機が製造した戦闘機です
1941.5.2.初飛行
双発3座
全長:12.13m
全幅:17.00m
全高:4.56m
航続距離:2,408km
武装:250kg爆弾2発
斜銃(上下30度の仰角をつけた機銃)で後方下方からの攻撃に弱いB-17を
撃ち落とそうとしました -
”F6F-3”Hellcat
グラマン社製の艦上戦闘機です
1942.10.3.初飛行
12,275機生産されました
初期量産型でも2,000馬力のエンジンを搭載していました -
「紫電改」二一型甲
川西航空機(現新明和工業)製造の大日本帝国海軍の戦闘機です。 紫電の二一型以降が紫電改と呼ばれます
1942.12.27.初飛行
1,422機生産
二一型甲は415機造られている
全長:8.885m
全幅:11.99m
全高:4.058m
速力:583km(高度5900m)
エンジン:誉二一型(1,990馬力)
航続距離:2,392km
武装:20mm機銃2基 -
「紫電改」二一型甲
スミソニアン博物館の説明文に次のように書かれています
「太平洋で使われた万能戦闘機の一つである」
「B-29に対する有効な迎撃機としては高高度性能が不十分であった」 -
”ENOLA GAY"
1945年8月6日.広島に原子爆弾・リトルボーイを投下したB-29です
グレン・マーティン社のベルビュー工場で製造されました。
1945年5月18日.陸軍航空隊509混成部隊に配属します
B-29を原子爆弾投下用に改造された15機のうちの1機です
垂直尾翼のRは、特殊作戦隊であることが悟られぬように、通常爆撃戦隊の「第6爆撃隊」の表示にしたのだそうです
8月6日、午前8時15分にポール・ティベッツ大佐率いる11名が投下作戦に加わっています。既にこの当時の搭乗員は全員他界しています。ちなみに”ENOLA GAY"
は、ティベッツ大佐の母の名前ENOLA GAY TIBBETSから付けられたといううことです
8月9日,長崎に原子爆弾を投下されたとき、ENOLA GAYは、第一目標であった小倉市の天候観測機として参戦しています -
”ENOLA GAY"
B-29は、長距離戦略爆撃機として開発され、1943.8.にはケベック会談で対日戦専用とされ、ドイツには使用されていません。1944年4月26日、ビルマ上空での一式陸攻との会戦から日本を脅かす存在となっていくのです
B-29の特徴は、与圧室を備えたことと、ターボチャージャーを備えて、1万メートルの高高度を巡航飛行することでした
全長:30.2m
全幅:43.1m
全高:8.5m
エンジン:ライトR-3350(2,200馬力)× 4基
航続距離:6,600km(爆弾7,250kg搭載時)
実用上昇限度:9,720m
高高度からの精密爆撃が行われ日本の戦闘機や高射砲での迎撃が困難でした
1944年11月24日からサイパン島、テ二アン島、グアム島から日本本土全域の戦略爆撃が開始されたのです -
「晴嵐」B-29
愛知航空機が製造した潜水空母「伊四百型」潜水艦の戦略爆撃用艦載機として開発されました
28機造られた内の1機がこのセンターに残っています -
「晴嵐」
小型軽量の急降下爆撃が可能な潜水艦搭載の水上攻撃機で水平爆撃および急降下爆撃が可能でした
武装:92式改3航空魚雷1発
または 250kg爆弾4発
または 800kg爆弾1発 -
「晴嵐」
双フロート式
フロートは投棄可能で、着装時は474kmの速力ですが、投棄すると560kmの速度が出ました
全長:10.64m
全幅:12.26m
全高:4.58m
エンジン出力:1,400馬力 -
「伊四百型潜水艦」
この潜水艦の目的は、アメリカ合衆国の本土攻撃でした。発案者の聯合艦隊長官・山本五十六は、南アメリカを回ってアメリカ東部海岸に接近、搭載する晴嵐3機を発進させ、ワシントンDCやニューヨークを爆撃して、アメリカ社会を混乱させアメリカ国民を不安に陥れ、頃合いを見計らって和平交渉によって戦争を終結させようとの意図があったと読み取れます
当初は18隻の建造予定でしたが、戦局が思わしくなく、完成は「イ四百」が
1944年12月30日.「イ四百一」は1945年1月8日、「イ四百二」は1945年7月25日と、3隻のみでした。作戦もワシントンDCやニューヨークを爆撃するのがパナマ運河破壊に変わり最後にウルシー環礁攻撃になり、作戦中に終戦を迎えアメリカ軍に拿捕されてしまったのです
アメリカ軍は「イ四百」「イ四百一」の2隻をハワイへ移動させ徹底的に調査し、6,560tという大きさ目的達成のための機能に驚愕しました。自国で使用することも考えましたが、ソ連から調査の要望があると、秘密保持のためハワイ沖に沈めてしまいました。「イ四百二」は東シナ海に沈められました
残ったのは晴嵐1機だけです -
「伊四百型潜水艦の格納筒」
直径4メートル(晴嵐のプロペラが収まる大きさ)
主翼は、ピン1本で胴体横に折りたためる
垂直尾翼は、右に折れる
フロートは,外して近くに格納
3機の晴嵐を発進させるのに訓練の結果十数分でした
発進はカタパルトを使用しました -
「桜花」
日本海軍が太平洋戦争中に開発した特殊滑空機です。特攻兵器として 開発され、実戦に投入されました。
推進力は、3本のロケットで1本が9秒間燃焼しました。
1,200kgの徹甲爆弾を機首に装着し、操縦士が1人搭乗しました
一式陸攻に取り付けられて、目的近くで切り離されて敵艦に体当たりしたのです
1945年3月17日から兵器として使用されました
合計10度に渡る出撃の結果、桜花パイロット55名が特攻で戦死、その母機の搭乗員365名が戦死しました -
館内説明「桜花」
兵器としての運用が1945年3月17日に始まったのですが、既に制空権はアメリカに握られており、母機の一式陸攻が敵航空母艦や戦艦などの中心兵力に近づくのが困難で、艦隊の外側で桜花を切り離したため戦果は駆逐艦だけでした
アメリカ海軍は、桜花をもっとも危険な兵器で、アメリカ軍の砲手やパイロットらにとってこれまでに遭遇したもっとも手におえない攻撃目標であると考えました。当時のアメリカ軍艦隊では「桜花を『BAKA』と蔑んだが、艦隊全体に広まった恐怖は和らぐことはなかった 」と述べた記録も残っているそうです -
”F100D” Super Saber
ノースアメリカ社製の世界初の実用超音速戦闘爆撃機です
1953.5.25.初飛行
2,294機製造(写真と同型の,”D”,は1,274機生産) -
”1049F(C-121C) ” Super Constellation
ロッキード社製軍事輸送機で、332機生産されました
乗員:3名
全長:34.62m
全幅:37.49m
全?:7.54m
エンジン:R3350 × 4基 3,250馬力
巡航速度:489km
実用上昇限度:7,833m -
館内の説明”1049F(C-121C) ”
L-1049Super Constellationは、1947.3.14.に初飛行。展示機(C-121C9) は1955年に初飛行して1973年に退役しています。
75人の乗客または72人の装備をつけた軍隊、そして42人のストレッチャーを収容する能力がありました
”C-121C"は、アメリカ空軍が付けた名称で33機発注しています -
”A-6" Intruder
グラマン社製造の艦上戦闘機で、712機生産されています
1機 $4,300万
全長:16.64m
全幅:16.15m
全高:4.75m
最高速度:1,040km
航続距離:5,222km
実用上昇限度:12,400m
1963~1997年の間アメリカ合衆国海軍と海兵隊が使用し、ベトナム戦争に
も参戦しています -
”F-14D” Tomcat
グラマン社製の艦上戦闘機で、712機生産されています
初飛行が1970.12.21.で2006.9.22.に退役しています
1機 $3,800万
可変翼を持つ
可変翼が20度のときは、速度マッハ0.4
可変翼が68度のときは、速度マッハ1.0
1990年にはレーダーをデジタル化 -
館内の解説 ”F-14D”
参戦したのは、ベトナム戦争で1975年4月にアメリカ海軍と海兵隊が中心になって行われたアメリカ民間人のサイゴン撤退作戦のための上空支援だけに使用されました
1981年の対リビア作戦で初の戦果をあげています。空母「ニミッツ」のF-14が地中海シドラ湾上空で2機のリビア空軍Su-22Mを、1989年1月にも同じく2機のリビア空軍機MiG-23MLを撃墜しました
1983年のレバノン内戦への介入、また1986年4月のベンガジとトリポリへの侵攻を援護しています
1991年の湾岸戦争では空中戦は行われていないが、Mi-8ヘリコプターを撃墜しています。一方、イラク軍の地対空ミサイルで1機が撃墜さました
1993年、ユーゴスラビア紛争に絡み戦闘空中哨戒や偵察を行い、1995年に初爆撃、コソボ紛争でも爆撃を行っています
2001年のアフガニスタン戦争では作戦の中心となり、誘導爆弾などを投下し、多数の戦果をあげています
2003年のイラク戦争でも、誘導爆弾などを投下し、戦果をあげました -
「コンコルド」
アエロスパシアル社が生産した超音速旅客機です
16機生産(他に2機試作機)
1971年12月17日に就航して2003.11.24.が最終飛行となりました
全長:61.66m
全幅:25.55m
全?:12.19m
速度:マッハ2.04(2,160km/時)
航続距離:7,229km
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「コンコルド」
運行会社は、エールフランスとブリティッシュ・エアウエイの2社だけでした
座席数:100
運行
[エールフランス]
パリ → ニューヨーク
パリ → ダカール → リオデジャネイロ
[ブリティッシュ・エアウエイズ]
ロンドン → ニューヨーク
ロンドン → ワシントンDC
ロンドン → パルバドス
ロンドン → バーレーン → シンガポール
ロンドン → ワシントンDC → ダラス
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スペースシャトル ”Discovery”
1984.8.30.コロンビア、チャレンジャーに次ぐ3機目のオービタ(Orbiter、軌道船)です
以後、アトランティス、エンデバーとと造られました
チャレンジャーは、1986年爆発
コロンビアは、2003年空中分解 -
”Discovery”
ミッション数は、39回を数えます
その間、ミールとドッキング1回
ISSと13回ドッキング
輸送した衛星:31基
(ハップル望遠鏡を含む) -
”Discovery”
胴体後尾に再使用可能な液体ロケットエンジンを3基搭載し、オービタ外部に取りつける固体ロケットブースタの推力を合わせて、ロケットのように打ち上げられます。宇宙空間で活動を行った後、大気圏に再突入し、グライダーのように滑空して地上の滑走路に着陸します
2011.2.24.最終飛行に出発しました -
"Lockheed Martin X-35B STOVL”
ロッキード・マーティン社が開発したステルス試作実験機です
X-35がベースになってが "F-35" が開発されました
乗員:1名
全長:15.37m
翼長:10.65m
全高:5.28m
エンジン:プラット・アンド・ホイットニー F119-PW-611 ターボファンエ
ンジン
最大速度:マッハ1.6(1,930km/h) -
館内の説明”X-35B” Stovl Propulsion System
X-35AがX-35Bへ改造後の初飛行は2001年6月23日で、同年7月20日には短距離離陸から超音速飛行、最後に垂直着陸を行う一連の飛行「ミッションX」を成功させて、飛行試験は同年8月6日にすべて終了しました -
アムトラックのチケット売り場
スティーブン・F・ウドヴァーヘイジー・センターの館内には、レストランやグッズを販売する店もあり休憩を兼ねて昼食を摂ったり買い物もしました。4時間ほど飛行機や宇宙船を見学して、3:50PMにシャトルバス($1.00)に乗りました。ユニオン駅からはアムトラックの188列車(往復$98.00)7:10PMに乗りペンシルベニア駅に10:34PMに着きました。
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