2017/05/05 - 2017/05/05
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ミズ旅撮る人さん
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2017年のGWは、九州縦断の旅をしました。関門海峡を渡って福岡県に入り、長崎のハウステンボスに寄り、佐賀・熊本・鹿児島と南下して来ました。
このシリーズ最後の回になります。鹿児島市から桜島に渡り、大隅半島に初めて来ました。
鹿児島県の東半分にはいくつかSLがあるのですが、今夜宮崎港を出港するフェリーに乗るため、時間がありません。志布志のSLを訪ねた後、宮崎県に入り、都城市のSLを訪ねて、今回の西九州縦断の旅を完了します。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
この駅は、鹿児島県志布志市志布志町志布志にあります。誤植ではなく、本当に似たような文字が連なる住所なのです。
JR九州の日南線の終着駅・志布志駅です。
かつて志布志駅からは3つの路線が運行していました。
東に寄ってから北上する日南線は南宮崎へ、
西に寄って北上する志布志線は西都城へ、
西に向かって錦江湾を北上する大隅線は国分へ。
既に廃止となった後の2路線は、それぞれの終着駅で日豊本線に接続していました。
今、大隅半島には90kmしかない日南線の先端2駅分しか鉄路がありません。
その志布志駅は、2015年度の1日平均乗車人員は7人だそうで、いつまでこの路線が維持されるのか定かではありません。
志布志と言えば、商船三井の大阪航路があります。フェリー利用者の大半は車なので、鉄道には影響がないのでしょう。志布志駅 駅
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志布志駅の前の通りを真っすぐ行くと、志布志鉄道記念公園があります。
南国らしい雰囲気の中、キハ52と車掌車、C58が保存されています。志布志鉄道記念公園 公園・植物園
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ここでは明るい光を通す屋根が掛けられていました。
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プラットフォームも設けられています。
現在の志布志駅は貨物の引き込み線を転用したものですが、かつての駅の場所はここではありません。少し西寄りにあったそうです。 -
青空が広がり、太陽が照って来ると気温が一気に上がって暑くなりました。
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C58112。昭和14年2月16日汽車製造。
稲沢(名古屋)・多治見(愛知)・大分・志布志機関区所属で、
昭和50年1月20日廃車。走行距離2,115,042km。 -
なかなか小ぎれいな機関車です。
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屋根のお陰か、外観の痛みも少なく、保存状態は良さそうです。
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でも、運転席には入れません。目の前にあるのに、手の届かない存在。
高い金網で囲っていないだけマシなのでしょうが、開放感バッチリなだけに、恨めしいです。 -
綺麗にべったり塗られた足回り。
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これは、全部だめだろうと思ったら、ここにだけ、真っ白に塗られながらも個体番号がはっきり出ているのです。
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「L C58112」ああ、良かった。わかっている人がいたんだ。ありがとう。
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昭和62年に大隅線と志布志線の廃止。
昭和50年にはSLの定期運行は終わっていましたが、廃線までSLの姿は見られたようです。 -
「志布志・大隅・日南線のあゆみ」
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「ヨ 8951」懐かしい車掌車。
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キハ52-130。
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イチオシ
なんだかキハに乗って旅行に出掛けるような写真になりました。
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腕木信号が、青空にすっくと立っていました。
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志布志から北上して、曽於市役所のそばにある「末吉鉄道記念館」に来ました。
末吉鉄道記念館 (末吉駅跡) 美術館・博物館
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ここは、かつて志布志から西都城まで通っていた志布志線の末吉駅がありました。
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1日10往復。それも全線を走るのではなく、途中止まりも多かったようです。
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かつての駅で使われていた備品を展示しています。
制服を着ているマネキンがちょっと不気味だけど・・・ -
料金表。鹿児島まで1,220円なのに、宮崎までは1,060円。大隅半島の付け根にある曽於市でさえ、宮崎の方が近いんですね。
東京都区内まで15,100円。安いと思ってはいけないんだけど・・・今、いくらなんだろう?
試しに調べてみると、都城から日豊本線で鹿児島中央駅へ、新幹線を乗り継いで30,000円でした。
新幹線を使わないと40時間かかって16,740円でした。(出発時間や順路で変わります)
意外でしたが、新幹線を使わなければ、そんなに違わないんですね。昭和62年3月28日の料金表でした。 -
国道269号線を北上して、宮崎県に入ります。曽於市と隣り合う都城市今町に鉄道記念公園があります。
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「ここは昔、志布志線と呼ばれる鉄道が通っていました。
大正14年12月30日には、西都城・志布志間の延長38.6kmが全線開通し、生活・物資輸送の中心交通として重要な役割を果たして来ました。
(中略)昭和62年3月27日、その長い歴史に幕を下ろしました。そして、平成2年から跡地整備を開始し、この「志布志線ウエルネスロード」や「鉄道記念公園」として生まれ変わりました。延長6,100m。(甲斐元町~末吉町境まで)」 -
多くの廃線跡はサイクリングロードになっていますが、ここもそのようです。
ただ、それらのサイクリングロードで実際に自転車に乗っている人を見ることは稀です。 -
C1264。昭和9年9月29日、長万部・小樽(北海道)・吉松(鹿児島)機関区で運行。昭和50年3月廃車。
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機関車は、プラットフォームに横づけになり、金網で囲われています。
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金網越しなので見にくいですが、運転席に登るために、何か積まれています。
中に入れる時があるのでしょうか?ちょっと足下が危ない気もします。 -
SLには、まったく近寄れません。ただのモニュメントなんですね。
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ちょっと変わった着色です。
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ところが、ここには「R C1264」の文字がくっきり。ひょっとして志布志のSLと同じ人が塗ったのかな?
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せめて、このサイクリングロードをたくさんの人が活用してくれますように。
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機関車の近くには、小さな綿毛がたくさんありました。
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宮崎港で、フェリーに乗ります。乗船時間までの間に、近くにある「お菓子の日高 工場直売店」に行きました。
具が大量で「なんじゃこら大福」などという菓子で有名らしいので寄ったのですが、あまりにひどい店でびっくりしました。
菓子の種類などはかなりあって、楽しく見て回っていましたが、そのうちおかしなことに気が付きました。
客はすべて列に並んでいて、店を半周しています。レジは一つだけでまったく進まず、急ぐ様子もなし。
宮崎はのんびりした土地柄なんでしょうか。買えるまでに30分以上待ちました。宮崎の最後の思い出は最悪でした。宮崎カーフェリー グルメ・レストラン
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宮崎港には、たまたま日本丸が寄港していました。長崎帆船まつりに参加した帰りでしょうか。
こんな所で、会えるとは思わなかったので、驚きました。
さようなら、宮崎。お世話になりました、九州。ありがとう!
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