2017/11/22 - 2017/11/25
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yumidongさん
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2日目は、大連から旅順へ。
大連の西60㎞に位置する旅順は、日露戦争の激戦地でした。
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インターコンチネンタルホテル大連の朝食ビュッフェ。
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9時出発というゆったりとした行程だったので、朝食を優雅に楽しめました。
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まずは、ホテル近くの中山広場へ。
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今日も空が真っ青。
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中山広場は、大連の街の中心の広場です。
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旧大連ヤマトホテル(大連賓館)。
南満州鉄道株式会社が経営する最も格式が高いホテルだったそうです。 -
旧ヤマトホテルの内部の撮影は、ここまで。
これより奥は写真撮影禁止でした。 -
朝の交通渋滞でしょうか?
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10時近いのに?まだ渋滞?
車は多いけれど、歩いている人が少ないのは何故でしょう?
どこへ行っても、人が少ないのは、寒いから?それとも広いから? -
銀行がたくさんありました。
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さて、大都会の大連から、バスで旅順へ。
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東鶏冠山にある北堡塁です。
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日露戦争のロシア軍の堡塁跡です。
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山頂付近には、多くの堡塁がはりめぐらされていました。
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山の下から攻める日本軍には、堡塁の規模が把握できず、攻めるのに苦労した砦だったようです。
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ロシア軍の宿舎。
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こちらは厨房。
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この大砲は、レプリカだそうです。
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北堡塁は、203高地と並ぶ旅順攻城最大の激戦地で、その跡が生々しく残っていました。
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ここは旅順駅。ロシア風の木造建築です。
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旅順軍港のすぐ近くにあり、旅客列車はほとんど通らないとのこと。
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本日のランチ会場。
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本日のお食事は、東北郷土料理。もちろんツアー代金に含まれています。
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昼食後、旅順の旧ヤマトホテルへ。
ここも南満州鉄道株式会社が経営する高級ホテルでしたが、今ではかなりガタがきていました。 -
次は旅順博物館。
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1917年の建築で、1943年に博物館として、日本によって管理されました。
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大谷探検隊が発掘した陶磁器や玉細工など、約6万点を収蔵しています。
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旅順博物館を出ると、中ソ友誼塔がありました。
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その後ろに、関東軍司令部旧跡。
今は博物館になっているようです。 -
そして、203高地へ。
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石碑は、日露ではなく露日になっていますね。
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旅順軍港を見下ろすことができる標高203mのこの丘は、日露戦争で激しい攻防を繰り返しました。
ここを占領すれば、港の敵艦を攻撃できるからです。 -
旅順軍港は、今でも写真撮影禁止の区域となっています。
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戦後、総司令官の乃木希典が、この丘を「爾霊山」と名付け、頂上にその文字を刻んだ慰霊碑が立っています。
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旅順での観光を終え、大連へ戻る途中、星海湾大橋で夕日が見られました。
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大連へ戻って、本日の夕食会場へ。
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味も大きさも具も色とりどりの餃子料理でした。
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