2017/11/25 - 2017/11/25
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watersportscancunさん
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皆様、こんにちは!ウォータースポーツカンクンの吉田です。ただ今、店長メキシコシティにて、遺跡や市内の歴史地区のご案内などさせていただいております。
本日は、テオティワカン遺跡のご案内をしてきましたので、そのご報告を。
弊社のテオティワカン遺跡ツアーは現在グループツアーはなく、完全プライベートVIP専門になっております。カンクン本店にて完全プライベートのカンクン発のツアーを開始して以来13年、、、原点回帰にて、メキシコシティ支店ではこの完全プライベート、一日一組様のみというちょっと贅沢なツアーに限定して催行しております。
そもそもプライベートVIPツアーを開始した13年前、店長吉田の中には一つの思いがありました。グループツアーに参加して、自由にならないおのぼりさん的なツアーで感じた不満。。。もちろん、楽しかったのですが、バスの車窓から流れていくお土産屋さんの軒先に並ぶちょっと見てみたいなと思う品や、通りでおいしそうな煙を立ち上らせながら焼きあがっている焼き鳥。。。人だからりのしているタコス屋の屋台。。。
旅の楽しみ、醍醐味の一部は確実にこうしたローカルとのふれあいにある。以来、基本的には店長は自分でレンタカーなどをして自らの手と足で旅先を巡るという事をしてきたのですが、やはり、どうしても初めての土地では勝手が上手く行かず、後になって、あーこんなところもあった、あんな事も出来たといった非効率な部分がどうしても出てきたのも事実でした。
ツアーに参加するよさというのはこうした部分で効率がよいという点です。言葉の壁もある上で、更に初めての土地で効率を求めればツアーに頼るしかない。。でも、自由な自らのフィーリングも大事にしたい。。。
こんな思いを実現する手段が、そう、完全プライベートツアーでした。
他のお客様がいないので自由度が高く、その土地を知り尽くしたガイドが専属で付きながら、自らの思いつきの立ち寄りなども可能になる。。。こんなに効率の良い旅の形はない。。。そう自負して以来13年の年月が流れたわけですが、未だに大変な好評をいただいております。
さて、そんな手前味噌な宣伝はよいとして、本日のツアーですが、もちろん最高の一日に仕上がりました。
メキシコシティは、交通規制が何の脈絡もなく突然入り渋滞を巻き起こします。それはデモ行進だったり、工事による規制だったり、事故だったり。。。でも、裏道を知り尽くしたドライバーだから安心してタイムキープも可能になります。
テオティワカン遺跡には予定通り9:00に到着。本来は朝一8:00で入る予定だったのですが、お客様が遅めの出発を希望されたので一時間遅らせての出発だった為です。こういうところもプライベートの良さですね。
シウダデーラといわれる一番南のエリアからツアースタートをし、ケツァルコアトルの神殿を見学。この16ヘクタールに10万人を収容するといわれる大きな広場には、高さ22mの神殿が建っているわけですが、ここでは2003年に地下トンネルが発見されていて深さ15mの場所からこのピラミッド中央真下でグランドサークルを描くという構図になっている事が分かっています。
合計260体の儀式暦にあわせたケツァルコアトルとトラロックのピラミッドも、しかし後世になって覆い隠すように前面に基台が置かれていることの謎。200体以上発見されている後ろ手に縛られた遺骨の意味するもの。。。3,7,9,13と分けられて安置された秘密。。。
一つ一つの解説がしっかりとした発掘をベースに考察され、立体的にこの遺跡全体を浮かび上がらせていきます。
このあたりが弊社の解説の大きな違いで、ただ見えているものを見えているままに解説をするのではなく、そこにある「何故」という疑問に一つ一つ答えを導き出す事により、大切な歴史へのアプローチから自らの人生にも生かす物事の捉え方というものも学べるようになっています。
歴史探訪というのは、ただそこで起こった事実を見学しにいくのとは違います。そこに神殿が建てられた意味、理由、そして、発掘品から見えてくる真相。。。そこに歴史のロマンが存在しており、そのロマンに触れることが店長の考える「探訪」なのです。
これはカンクン本店からご案内しているチチェンイッツァ遺跡などでも同様で、弊社の遺跡案内は目に見えているものだけではない、更に一歩踏み込んだ「何故」を大切にしています。
この為のアプローチとして、ここテオティワカンの遺跡ツアーでも、店長吉田が作成した「テオティワカン遺跡を10倍楽しむ方法」というガイドブックを事前にお渡しして予習をしていただいております。せっかく、遠く訪れるのだから、目一杯この遺跡から学んで頂きたいという店長吉田のこだわりなのです。
シウダデーラを過ぎ、死者の道を太陽の神殿へ向けて歩きます。この神殿軍を神々の墓だと見立てたアステカの王が神々の住む場所という意味を持つ「テオティワカン」という名をつけたのも頷けるほど神秘的な空気に包まれた空間です。
アステカ時代、ここでは鷲の戦士が13のステージにも及ぶ訓練という名の修行が行われたといわれています。神のご加護を受けながら、軍事国家としてのアステカを担う戦士を育成していたわけですね。
高さ65mの太陽の神殿は、基台に乗っているので実際の高さは71.17m、周囲は893.91mあります。面白いことに、71.17に4πを掛けると893.8952mと近似値になる。。。つまり、円周率、、、地球の縮図になっていたりします。
ちょっとだけ、他では解説をしない話をここで紹介します。
この太陽の神殿は、春分の日と秋分の日の年に二回、ピラミッドパワーを得ようと大変な数の観光客が訪れます。これはチチェンイッツアにあるククルカンの神殿と同じで太陽の運行の中で、太陽が正確に西の空に沈む特別な日を地下世界シバルバへと降りる神聖な太陽への祈りを捧げる重要な日と考えたからでしょう。
ですが、ククルカンの神殿と違い、テオティワカンの太陽の神殿は、この春分の日と秋分の日の太陽は実はまるっきり関係のない作りになっています。なので、このピラミッドに関しては、春分の日も秋分の日にピラミッドに登ったところで、パワーは得られないのです。
ん?!一体どういう事なのか?!?!
そもそも、このピラミッドは何の為に建てられたのか。。。これまでも様々なアプローチがされてきたわけですが、基本的には農耕儀礼など古代社会の中で重要であった祭祀に関わっていたのは間違いありません。太陽の運行というものが重要であったのは、それが暦に関係するからで、カレンダーラウンドが太陽暦であることからも分かります。
そして、この15度30分東にずれて建設されている都市が見つめているもの。。。それは、当然農耕儀礼に関係していたはずです。
こういったところから、導き出された日程が4/29と8/12なんですね。このピラミッドは正確にこの日に太陽がピラミッド頂点にある中央の石の真上に来ます。もちろん、現代ではなく、このピラミッドが建設された年にです。
その年とは、西暦150年。。。
そして、この4/29と8/12というのは、一体何の日かといえば、雨季と乾季の境目の日になっている。更に、この両日は、太陽が東の空から上がってくる前に、プレアデス星が太陽に先じて、将に太陽を引き連れてくるかのように上がってくる。
いかがですか?
物事をしっかりと理解するというのはこういう事。そして、古代文明から学ぶというのはこういう事なのです。高さが65mで作られた時代は西暦150年で、、、階段の数は240段で。。。そんな見れば誰でも分かることなど何も重要ではない。
重要なのは、何故65mで、何故西暦150年に建設されたのか。。。という部分なのです。
さて、その後、月の神殿やケツァルパパトルの神殿など、同じように解説は続きますが、こういう解説こそが、お客様の気持ちをぐっと掴んで離さないガイディングにつながっていくのです。
そんなこんなで、3時間半に及ぶテオティワカン遺跡の探訪は充実感いっぱいになって終了。
この地を後にしました。
さて、歩きつかれた後の移動の車でシティに戻っていくと、これが将に大渋滞でした(汗)
昼食の場所が歴史地区のまたちょっと辺鄙な場所にある為、裏道をと入り込んだところがこれまた大渋滞。。。仕方がないので、近くまでたどり着いたところで車を降りて徒歩でレストランへと向かいます。
そのレストランは、サントドミンゴ教会の直ぐ近くにあるとある古びた食堂。
でも、このレストランこそが店長のこだわりでもある(笑)
何がというと、メキシコシティで現在も営業しているレストランの中で最も歴史が歩く最も古いレストランだからです。
創業は1860年。日本ではまだ明治維新が始まる前。メキシコでも、ベニートファレス、先住民で始めての大統領に選出される前年、更に翌年にはフランス介入戦争が起こる騒乱の時代にスタートした歴史ある食堂。
でも、それだけなら別段ただの歴史がある食堂というだけです。が、ここにはもう一つの歴史が生きています。
ここの有名な食事が「CHILES EN NOGADA」というチリの肉詰め料理です。独立記念日と深く関係のあるこの料理は、厳密には9月28日がチレス・エン・ノガダの日となっています。
せっかくなので、少し詳しくこの料理について書いてみましょうか。もっと、詳しくはツアーの際にご説明はいたしておりますが、この料理、生み出された日は1821年9月28日となっています。
1821年9月27日、元々はスペイン側の将軍であったアウグスティン・デ・イトェルビデが、メキシコの独立側に寝返った事でスペインからの独立を果たし、コルドバ条約が締結され、張れてスペインからの独立を果たしたメキシコ軍、メキシコシティへと凱旋をする9月28日に後の皇帝となるアウグスティン1世がプエブラに立ち寄った際に彼らを歓待する為に、修道院の尼僧が考案した料理だと言われているからなんですね。
三色の国旗に見立てたピーナッツクリームとチレにザクロの色鮮やかな料理は彼らに大いに気に入られ以来、この日をチレスエンノガダの日としてプエブラでは伝統料理になっているわけです。
ただ、この料理にはもう一つ哀しい歴史も刻まれています。アウグスティン帝は、在位期間わずか10カ月で共和制勢力との反発から廃位となります。1822年5月20日から1823年3月20日、その後亡命をしますが、思う所があったのでしょう、再びメキシコに舞い戻った1824年7月18日。。。上陸したその場で捕らえられ射殺されてしまいます。
このため、プエブラではアウグスティン帝の功績と訪問を後世に伝えるために、独立記念日ではなく、彼がプエブラを訪れた9月28日をチレスエンノガダの日と定めているというお話です。。。
一つの食事にもいろいろな歴史や物語が込められているわけですね。。。
今では伝統料理という事で9月の独立記念日が近づくと、それこそいろいろなレストランで独自のレシピで提供されています。
料理も食材も含めて進化をしていくわけですが、そもそもアウグスティン1世の為に作られた、彼が口にしたチレスエンノガダとはどういうものだったのか?!?!
その伝統の一番古い元に一番近い味のチレスエンノガダが食べられるのがこのお店というわけなのです(^^)
はー、解説が長くなってしまいましたね(苦笑)
1821年にアウグスティン1世が戴冠した、その39年後にオープンしたこのお店では以来伝統を守った時代の味を引き継いでいるわけですね。
アウグスティン・デ・イトゥルヒデ皇帝が口にしたものと同じ味を食べることで、歴史とまた触れ合える。。。歴史に触れて感動をし、そしてそこから学びや啓蒙を受けながら、自らの生きる人生の糧とする。。。歴史探訪の楽しみがここには間違いなく存在しています。
是非、皆様もシティにいらしたらこのメキシコで生まれた文明の奇跡を辿ってみていただきたいと思います。そして、効率よく学びも含めて感動をしたいなと感じたら、是非店長吉田まで、お気軽にお問い合わせいただきたいと思います(^^)
素敵な一日を!
店長吉田でした!!
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シウダデーラから太陽の神殿にいたる途中にある神官の居住地域。
美しく当事の姿を残すケツァルコアトルの往時の姿を見ることが出来ます。
因みに、テオティワカンでは各部族の居住区が集合住宅として何箇所も存在しています。マヤの集落も見つかっているんですよ。
人種のモザイクだったんでしょうか。。。 -
因みに表題の写真は1964年に発掘が始まる前の写真。アステカの王が始めて訪れた時も既にこように荒廃をしていました。
向こうに写っているのが月の神殿。
人口20万人、西暦7世紀時点で世界6位の人口を誇った巨大都市。ヨーロッパでは、最大の都市であるコンスタンティノープルで人口2万ですから、いかに巨大な都市だったかが分かります。 -
太陽の神殿
7層になっていますが、衛星解析では5層だったと看破されています(^^;修復というのも難しい問題をはらんでいる証拠です。
なので、階段の数240段は正確な数ではないと言われています。
高さ65mですが、実際には基台に乗っていますので、71.17mです。
これが、地球の縮図へと続く数字になっているとは、、、驚きの事実が隠されていたりします。 -
65mまで続く240段の階段はなかなか体力を使います。
因みに、現在世界で上ることが出来る人口ピラミッドではこの太陽の神殿が最大です。
高さでは、世界第三位です。一日はギザ、二位はチョルーラですね(^^) -
太陽のヒラミッド頂点中央にある石。俗に言うパワーストーンがこれ。でも、ただの安山岩ですが(苦笑)
以前はガラスがはめ込まれていたのですが、盗まれてしまったみたいです。不届きモノがいるものです。。。
因みに、このピラミッドにとって重要な月日は4/29と8/12です。春分秋分はあまり関係がありません。何故については本文をご覧ください(^^) -
太陽のピラミッド頂上からの眺めは雄大です。
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月の神殿から死者の道を眺めます。
この死者の道はアステカ族がつけた名前で正式にはなんと呼ばれていたのかは謎のままです。
ただし、この道は歩く為のものではなく、都市が有していた一大舞台装置の役割を担っていた事が分かっています。農耕儀礼、4/29と8/12が絡んできます。
テオティワカンの支配者が狙ったものは何か?!その真相がここで明かされます。 -
因みに、この月の神殿の地下からも2017年にトンネルとそしてぴらミット真下に存在するクロスサークルが発見されています。
ピラミッドの頂点には重量22tもあるチャリチウトリクエ神が未だ未発掘のまま収まっています。この神とトラロックは夫婦だったりします。
沢山の神が出てきますが一つの流れが見えるとはっきりとその存在の意味が浮かび上がってきます。 -
ジャガーの神殿に残る美しい壁画。
ラッパから渦巻く美しい音色をあらわす渦巻き模様にも法則があります。こういう細かな部分もおろそかにしない事で、他の遺跡での見学にも役立つ知識が得られます。 -
こちらも羽毛のジャガーの美しい壁画。コンク貝の笛から立ち昇る渦巻きがやはり目を引きます(^^)
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鷲の壁画。この壁画の鷲も渦巻きを出していますが、これは音色とは違う意味を持っています。更にマヤ文明圏でも見つかる渦巻きがある重要な意味を有していたりします。
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ケツァルパパトルの神殿。天体観測の場所だったといわれていますが、太陽の運行にあわせて降臨現象が起こることもわかっています。
どこまで行っても、天文知識の豊富な文明であったテオティワカン文明。。。何故西暦650年にこつ然とその文明の火を消してしまったのか。。。
この最大のミステリーにも挑みますよ(^^) -
ツアー終了の後、レストランに向かう途中にドツボにはまってしまった一瞬。
人ごみに囲まれて車の渋滞ならぬ人ごみの渋滞にまってしまいました(汗)
三賢者の日が近いので、その買出しに週末やってきた地元のマーケットに大挙して訪れた買い物客に囲まれます。。。 -
レストランの近くにあるサントドミンゴ教会。直ぐ目の前には悪名高き、異端審問により有罪判決を受けた人たちを収監した宗教刑務所があります。
今も昔も宗教は大変な権力を持っていたことをうかがわせる壮大な建造物です。 -
1860年創業、本年で158年という歴史あるメキシコシティで最も古い歴史を持つレストラン。
目玉は、1822年にコルトバ条約締結によりスペインより独立を果たした際、第一帝政の皇帝となったアウグスティン1世を歓待する為に生み出された伝統的な「CHILES EN NOGADA」です。
現代の味と違って、作られた当事のオリジナルの味を楽しめます。さて、あなたはこの歴史の味にどう反応するでしょうか?! -
店内には、1990年時点で130年の歴史を表彰する認定証や、このレストランを訪れた有名人とオーナーの記念写真などが張り巡らされています。
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これが歴史を語る「Chiles En Nogada」
とっても甘い味つけです。 -
店内では生演奏が続きます。
ピアノとバイオリンの二重奏は、食事に華を添えてくれます。 -
奏者もとても味があり、年季が入っています。
甘いバイオリンの音色に酔いしれながら、更に甘いチレスエンノガダを口に運ぶと、一気に気持ちは1800年代のメキシコにタイムスリップしたような感覚に陥ります。。。 -
皆様のお越しを心よりお待ち申し上げております!!
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