2017/09/12 - 2017/09/13
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pp235さん
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ハルビンから、長春、瀋陽、丹東を経て、大連まで、鉄道を利用し、旧満州を巡りました。
- 旅行の満足度
- 5.0
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長春到着後、満州料理の夕食をいただきました。高粱の入ったご飯やピーナツジュースなど名物の数々をいただきました。
食卓の話題は、日本は中国に十分に謝ったといえるのか、今後どうすべきか。
以前、ベルリンを訪れた際、様々な場でユダヤ人迫害や戦争への反省の姿勢を感じたのですが、東京で戦争への反省を感じられる場所は、あまり思いつきません。
日本とドイツを単純に比べることはできないし、中国の内政を考えると、いくら謝っても際限がないのかもしれませんが、過去に蓋をせず、真実をとらえようとする努力はしなければならないのでしょう。 -
翌朝は、偽皇宮陳列館へ。
溥儀が満州国の終焉まで過ごした場所です。 -
満州国の紋章が門扉にデザインされています。
5族(大和民族、満族、モンゴル族、朝鮮族、回族)の象徴だそうです。 -
興運門から中に入ります。
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興運門の裏側は、9時10分で止まっている時計がかかっており、これは溥儀が宮殿を逃げ出した、1945年8月11日午後21時10分を示しているものだそうです。
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暢春軒。
溥儀の妹の住居だったそうです。 -
暢春軒内の応接室。
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緝煕楼。
塩の専売公社として使われ、溥儀が住んでいた建物。 -
溥儀の側室、譚玉齢の書斎。
各部屋に当時の様子が残されています。 -
勤民楼。
政務、式典等の公式行事が行われた建物です。 -
溥儀が皇帝即位式を行った広間。
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溥儀の仏間
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宴会場
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溥儀の自動車
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映画「ラストエンペラー」でも使用されたホール。
シャンデリアの重さは1つ1トン。 -
同徳殿外観。
ここまで、回廊を歩き回り、多数の部屋を見ましたが、紫禁城に比べるとほんのちっぽけな宮殿だとのこと。
紫禁城もいつか行ってみたいものです。 -
溥儀のプール。
そばには、地下深くまで掘られた防空壕もあります。 -
昼食は、朝鮮料理でした。
手前は、安倍川もちのような料理でした。
お腹いっぱい食べた後で、1人1鉢ずつピョンヤン冷麺が出てきました。 -
官庁街を散策しつつ、満州時代の建物の外観を見て歩きます。
実際は、道路の真ん中を通る黒松の遊歩道を歩き続けたような印象です。 -
偽満州国国務院の建物。現在は、吉林大学基礎医学部として使われ、白衣の学生が歩いていました。
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偽満州国交通部の建物。こちらも、現在は、吉林大学第三病院として使用。
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旧関東軍司令官官邸で、現在は松苑賓館というホテルとして使われています。
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松苑賓館の入口
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窓から中を撮影してみました。
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裏に回ると、旧関東軍司令部を側面から見ることができました。
旧関東軍司令部は、現在は共産党吉林省委員会として使われており撮影できませんでした。 -
長春駅を出発し、瀋陽に向かいます。
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瀋陽到着後、中華料理の夕食をいただきました。
この食事から、昼食と夕食は、毎回2人がトピックを決めて、食事前にトピックが発表され、2テーブルに分かれてそれぞれディスカッションをすることになりました。
皆、最終回までに、全員にトピックオーナーを担当し、いろいろな意見を聞けてとても面白い経験だったと同時に、自分自身に、ポジションを取って説明する能力が足りないことを痛感しました。
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