2017/10/21 - 2017/10/21
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名古屋のmisakoさん
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白山開山1300年泰澄大師スタンプラリー帳の天徳寺に出かけたら、22日から17年ぶりの本尊馬頭観世音菩薩の御開帳でした
前日なので残念に思っていたところ、観音の御慈悲か馬頭観世音菩薩様を拝むことが出来ました
22日日曜日は稚児行列も出て子供たちも楽しみにしていると準備をしているおば様方は話していましたが、台風21号で難しそうですね・・・
宝篋山天徳寺 P無料 福井県若狭町天徳寺38-3
拝観時間8:00~17:00
拝観料無料
馬頭観世音菩薩特別公開拝観400円2017.10/21-11/26の土日祝日のみ(10/21,22ライトアップ)
若狭瓜割名水公園 P無料 福井県若狭町天徳寺
見学時間入園自由(売店名水の里は9:00~17:00)
料金無料 瓜割の水を持ち帰る際は清掃協力費300円
道の駅若狭熊川宿 若狭町熊川11-1-1
開館(利用)時間10:00~18:30
休館日毎週木曜日
熊川の町並みは自由に見学できます、若狭鯖街道熊川宿資料館宿場館は9:00-17:00(冬期は16:00)の開館で入館料、大人200円中学生以下無料、毎週月曜日(祝日の場合は翌日)と年末年始が休みです。旧逸見勘兵衛家住宅は月・木・土・日・祝日の開館で入館料は大人200円中学生以下無料となっています。(若狭かんたんナビHPより)
道の駅若狭おばま 小浜市和久里24-45-2
開館(利用)時間9:00~18:00 *季節により異なる
営 業 日: 年中無休(年末年始を除く)
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自家用車
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賤ヶ岳SA下り線
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若狭瓜割名水公園
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駐車場脇には名水瓜割の水が持ち帰れるスタンドがあります、有料
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ツワブキがきれいに咲いていますね
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水門をしめているようです
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環境庁おいしい名水百選第2位の若狭瓜割の滝の水
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宝篋山天徳寺
高野山真言宗のお寺で、泰澄大師の開基と伝えられています。
平安時代に村上天皇の勅願寺となり、その時の年号である「天徳」が名付けの由来と言われています。
馬頭観世音は、1300年前の養老年間に泰澄大師が宝篋ケ山で彫ったと伝えられています。その後、天徳年間に現在の場所へ移されました。17年ごとに中御開帳を行っています。
その他、弘法大師が佐渡の石工に刻ませたとされ四国八十八ケ所めぐりと同じご利益があるといわれる「石仏四国八十八ケ所」や、大師堂があります。
(若狭路かんたんナビHPより) -
名水湯豆腐300円
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名水の里の月見うどん大盛600円
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きつねうどん480円
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名水コーヒー200円
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夏は涼しそう渓涼床風のテーブル席、3テーブルしかないですが・・・
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馬頭観世音菩薩観音堂
17年ぶりに御開帳の町指定本尊馬頭観世音菩薩坐像は、泰澄大師作と伝わる -
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岩上神社
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大師堂
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石仏・四国八十八ケ所
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瓜割の滝
瓜割の滝は、あまりの水の冷たさに瓜が割れてしまったという伝説に由来しています。昭和60年、環境省指定の名水100選に認定され、平成18年1月には「ふくいのおいしい水」に認定されました。清らかな水の流れと木々の緑で夏でも涼しくマイナスイオンいっぱいの癒しポイントです。名水公園内には1万株のアジサイがあり、6月には色とりどりの花を咲かせます。(若狭かんたんナビHPより) -
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夏は涼しそうです
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英霊殿
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若狭瓜割名水公園
「瓜割の滝」は昭和60年環境省の「全国名水百選」の一つとして認定されています。
そして平成8年には国土交通省の「水の郷」にも認定されています。
若狭町の天徳寺境内奥に位置する「瓜割の滝」は、山あいの岩間から湧き出る清泉で、一年を通して水温が変わらず、夏でも水につけておいた瓜が割れるほど冷たい事から、その名前がつけられました。 瓜割の滝から湧き出る瓜割の水は、幾重もの地層が自然のフィルターとなり、長い歳月をかけてろ過した純度の高いミネラル成分が溶け込んだ水となっており、多くの人々に愛飲され親しまれています。 保存可能期間についても、名水百選の中でトップクラスにランクされます。 その水中の赤い石には、この水質水温でのみ生育する、めずらしい紅藻類(ヒルデンブリンチアリブラリス)が繁殖しています。
【名水認定】
昭和60年 環境庁 「名水百選」選定
平成8年 ? 国土交通省「水の郷」認定
平成18年 福井県「ふくいのおいしい水」認定
(若狭町観光情報サイトより) -
英霊殿
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紅葉もきれいそう
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若狭瓜割名水公園
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水車小屋は粉ひき用のようです
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道の駅若狭鯖街道熊川宿
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重要伝統的建造物群保存地区
若狭熊川宿
平成27年4月、文化庁の日本遺産に「海と都をつなぐ若狭の往来文化遺産群―御食国若狭と鯖街道」が認定されました。
熊川の宿は、若狭から京都を結ぶ重要な宿場で、特に天正17年以来発展を続けました。奉行所・番所・お蔵屋敷の跡が残り、情緒あふれる街道沿いには、昔ながらの用水路が流れています。若狭鯖街道熊川宿資料館宿場館となっている旧熊川村役場には豊臣時代から藩政末期におよぶ古文書・御用日記なども保存されています。また、熊川宿は、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定され、往年の繁栄を偲ぶ町並みが保存されています。月・木・土・日・祝日には旧逸見勘兵衛家住宅が一般公開されています。(若狭かんたんナビHPより) -
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若狭ではいつの頃からか小浜を中心に「京は遠ても十八里」と言われており、与謝蕪村(1716~83)が「夏山や 通ひなれたる 若狭人」(安永5年 1776年の句)と詠んでもいるように若狭と京都はきわめて深い関係にありました。
若狭をほぼ東西に走る「丹後街道」は、東は越前敦賀、西は丹後の舞鶴あるいは宮津までの幹線道路でした。
「若狭街道」は、大陸文化の玄関としての小浜から若狭町(旧上中町)の日笠を通り、熊川を経て、滋賀県高島市朽木(旧朽木村)を越え、大原八瀬より京都への道を言います。しかし、より正確に言うならば、小浜から日笠までは「丹後街道」であって、日笠から京への道を「若狭街道」と言うべきかも知れません。
「鯖街道」もいつの頃からかこの呼び方をされていますが、熊川の古い文書には由来となるはずの若狭湾の鯖とわかる記載は見当たりません。
しかし18世紀後半になって若狭湾で多種類の海産物に混じり大量の鯖が水揚げされるようになった事や小浜の『森田宗太郎家文書』によれば宝暦(1751~63)以後、若狭の海で鯖が大量に漁獲され、これを京都の人々が大衆魚として広く庶民が賞味し、また祭礼にも欠く事が出来なかったためだ、とも考えられます。
これらが運ばれた道は幾通りもありましたが、鯖の運ばれた道の総称が「鯖街道」であると言っても良いでしょう。
中世以降は熊川・朽木経由の「若狭街道」こそが輸送量の多い「鯖街道」の名に最も相応しい道であったことは確かです
(若狭熊川宿まちづくり特別委員会、道の駅熊川宿HPより) -
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若狭から京都へ至る多数の街道や峠道には、本来それぞれ固有の呼び名がありますが、近年、運ばれた物資の中で「鯖」が特に注目され有名になったことから、これらの道を総称して「鯖街道」と呼ぶようになりました。
その内、最も盛んに利用された道は、小浜から熊川を経由して滋賀県の朽木を通り、京都の出町柳に至る「若狭街道」です。これ以外にも、多くの道がありますが、この中で京都への最短距離をとる峠道として「針畑越え」があり、小浜から熊川を経由し滋賀県の今津に至る「九里半越え」も古代からの歴史があり西近江路につながる重要な道です。
さらに、京都と小浜の間の多数の峠を越えて「鞍馬街道」に至る道や、小浜から名田庄の掘越峠などを越えて京都の高雄につながる「周山街道」、美浜の新庄から滋賀県のマキノへ抜ける「栗柄越え」も重要な街道の一つです。
若狭から運ばれた鯖が京の都に着く頃には、ちょうどよい塩加減になったと言われ、京都の食文化の中に今も若狭の魚が生きています。なお、若狭の鯖は遠く兵庫県の篠山までも運ばれていました。
(若狭熊川宿まちづくり特別委員会、道の駅若狭熊川宿HPより) -
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平成27年4月「御食国(みけつくに)若狭と鯖街道」が日本遺産第1号に認定
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若狭から京都へ至る多数の街道や峠道には、本来それぞれ固有の呼び名がありますが、近年、運ばれた物資の中で「鯖」が特に注目され有名になったことから、これらの道を総称して「鯖街道」と呼ぶようになりました。
その内、最も盛んに利用された道は、小浜から熊川を経由して滋賀県の朽木を通り、京都の出町柳に至る「若狭街道」です。これ以外にも、多くの道がありますが、この中で京都への最短距離をとる峠道として「針畑越え」があり、小浜から熊川を経由し滋賀県の今津に至る「九里半越え」も古代からの歴史があり西近江路につながる重要な道です。
さらに、京都と小浜の間の多数の峠を越えて「鞍馬街道」に至る道や、小浜から名田庄の掘越峠などを越えて京都の高雄につながる「周山街道」、美浜の新庄から滋賀県のマキノへ抜ける「栗柄越え」も重要な街道の一つです。
若狭から運ばれた鯖が京の都に着く頃には、ちょうどよい塩加減になったと言われ、京都の食文化の中に今も若狭の魚が生きています。なお、若狭の鯖は遠く兵庫県の篠山までも運ばれていました。
(若狭熊川宿まちづくり特別委員会、道の駅若狭熊川宿HPより) -
熊川は、もともと戸数40ほどの小さな寒村であったという事です。室町時代に、戦略上の要地として足利将軍直属の武士、沼田氏が山城を構えたところであり、今もその遺構を確認する事が出来ます。
さらに、豊臣秀吉の相婿(実際は再従姉妹の夫)でもあり秀吉に重用された浅野長吉(長政)が、 小浜城主になった時に交通・軍事の要衝として、熊川に対し天象17年(1589)に諸役免除の布告を発し、この地の特別の発展を図ったのです。
以来、若狭代々の領主は、この政策を受け継ぎ熊川は江戸時代を通じて近江国境に接する宿場町として大いに繁栄していきました。 江戸時代初期から中期にかけて、熊川宿の戸数は200戸を越えていたようですが、現在では100戸ほどになっています。
また熊川の東方の集落大杉は、熊川が人馬継ぎたてを主とし資金の賃借、人足・馬方の出入りなど諸般の仕事をした問屋を基盤にしていたのとは異なり、農家からなる集落です。
熊川よりも前に開けたという言い伝えがあり、元弘年間(1331~33)鎌倉時代末には、関所が設けられて往来を監視したと『熊川村誌』に記されています。
(若狭熊川宿まちづくり特別委員会、道の駅若狭熊川宿HPより) -
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道の駅若狭おばま
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北陸自動車道賤ヶ岳SA下り線で買った栗きんとんダックワース5個入り580円、本之木餅154円、道の駅若狭熊川宿四季彩館で買った西村早生柿370円
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西村早生柿は不完全甘柿で、甘柿と渋柿の両方がなります。
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道の駅若狭熊川宿四季彩館で買った若狭かにパイ16個540円
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道の駅若狭おばまで買ったのどぐろ釜めしの素648円、道の駅若狭熊川宿四季彩館で買った福井限定さばとらななちゃん風水5ストラップ540円
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道の駅若狭おばまで買ったさばへしこ380円、道の駅若狭熊川宿四季彩館で買った小鯛ささ漬972円、北陸自動車道賤ヶ岳SA下り線で買ったゆず香京美人540円
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名水の里で買ったわかさ瓜割の水500ml130円
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