2017/05/23 - 2017/05/28
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hayaojisanさん
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イタリアの主要な都市は大体行ったが、マイナーな都市にも実は見どころは沢山ある。今回の旅行ではマルタ島に行くのが主な目的だが、その前に6日間でウンブリア地方の中世的な街を回ろうと企てた。ローマ発でローマに戻ってくるので距離的には大したことがないものの、この辺りの町はみな丘の上にあり、鉄道も不便なので、レンタカーを使用することにした。目的地はオルヴィエート(大聖堂がある)、ペルージャ、アッシジ(聖フランシスコの修道院)、スポレートである。アッシジは私は以前訪れたことがあり、その後地震で壊れ、復旧した。私の妻は以前、パドヴァを訪れた折に、スクロヴェーニ礼拝堂にある一連のジョットの絵を見て痛く感銘を受けた様子、それならばアッシジにある巨大なジョットの連作を是非見せてやらなければ、と思い立った次第である。
写真はアッシジの聖フランチェスコ修道院遠望
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- レンタカー
- 航空会社
- カタール航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
- 利用旅行会社
- ブッキングドットコム
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羽田発深夜0:01発、実際は遅れて0:30になった。今までで1番遅い出発。ドーハ経由でローマは12時40分着。レンタカーはシシリー・バイ・カーという初めて聞く会社(ネットで予約済)。フルプロテクション込みで5日間21082円とメチャクチャ安いのだ。プジョーを予約したが、貸してくれたのはVWゴルフ、昨年まで乗っていたので安心感はある。150km走り、何とかオルヴィエトに着く。ホテルはドウオーモという名なのでドゥオーモ前の広場に行けばいいのだろうと狭い道を上がっていくと、いきなり広大なドゥオーモ前の広場に出た。
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イタリアでもトップクラスの立派な聖堂。まだ内部には入っていないが、ファサードだけでも無類の価値がある。金色に輝くモザイク画、正面の4本の塔、そして全体のたたずまいにしばし見とれる。
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横から見ると要塞のようだ。
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周囲は田園地帯で丘の上にある。さて、ホテルは広場のすぐ下だが、階段で接続しているので、車は通れない。フロントに行きその旨を伝えると、男が出てきて代わって運転、広場を横切り大回りしてホテルの前に着けてくれた。これは2ユーロのチップに値した。
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怪鳥が門を守る。
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以前、破壊行為があったそうで、下部は強化プラスティックで守られている。地獄の責め苦を表す浮彫。よく見ると蛇が人々に絡んでいる。
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聖母子
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この教会の最大の見ものはシニョレリの最後の審判の壁画だ。ミケランジェロにも大きな影響を与えたという一連の壁画は見ごたえがある。「罪されし者たち」これは青い尻の悪魔どもが人々の耳を食いちぎったり、踏みつけ、翼ある悪魔は若い娘を連れ去る。光の具合がよくないのは残念だ。
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最後の審判の前の「死者の復活」
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アンティ・クリストと題される。この絵の中にラファエロ、コロンブス、ダンテそれに自分自身も描きこまれているという。
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見るものが多く首が伸びてしまいそうだ。
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土産物屋
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オルヴィエート焼き?
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中世的町並み、ここまでオルヴィエート。
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ペルージャまでは81km、1時間半の道のりだ。ホテルはサンガロ・パレスで交通の要所にあり、すぐに見つかった。
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部屋から見たペルージャの町並み
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荷物を置いて歩きだす。旧市街まではエスカレーターを乗り継いでいく。
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途中、様々なオブジェが置かれ展示施設を兼ねている。
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ゲートを出ると中世へタイムスリップ。
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どこを撮っても絵になりそう。だが今はレストランを探す。
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昼食はラ・タベルナで。食べるなといわれても、ここで食べないわけにはいかない素晴らしいレストラン。
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15ユーロのオードブルが素晴らしい。生ハム、サラミ、ブルスケッタ(焼いたオープンサンド)数種、メロン、クロケット等、2人でシェアしても食べきれないくらい。
パスタもたっぷり、グラスワインもなみなみというわけで我ながらよく食べるな、動きたくなくなる。 -
ドゥオーモ(サン・ロレンツォ教会)
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ちょうど少年少女の合唱が行われていた。
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この教会の見ものは手前の厨子に納められた聖母マリアの結婚指輪である。暗くて分かりにくいが、この聖遺物はペルージャ人が近隣のキウージの町から盗んできたものだそうで、左側の廊下に面したチャペルにまつられており、15の錠前で厳重に保管されている。1年に1回、7月30日に開帳されるそうな。
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11月4日広場の噴水
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噴水の背後にはプリオーリ宮殿が見える。ペルージャの第一の見ものはプリオーリ宮殿4階にあるウンブリア国立美術館と言われる。
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フィオレンツオ・ディ・ロレンツォの「聖カタリーナの神秘の結婚」
ここにはここで生まれたピントゥリッキオやペルジーノほかウンブリアとトスカーナの画家の作品が見られる。ただ30室にわたる作品は数は多いが、特にこれという作品は見当たらなかった。 -
翌日、チェックアウト前に昨日行けなかったコレッジョ・デル・カンビオ(交換所)へ行く。これはプリオーリ宮殿に接続しているが、入口は違い別料金。
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ここにはペルジーノのフレスコ画がある。
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接続する洗礼者ヨハネの礼拝堂には聖ヨハネの斬首の場面も。ただしペルジーノの弟子の作品。
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街角
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城門
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ペルージャを走るバス。このバスの上部に”Io vado a metano", 私はメタンで走りますという表示が見える。
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ペルージャからアッシジまでは30分程度で着く。途中、町の全貌が見えるスポットがあったので停車する。左手に見える巨大な建物が聖フランチェスコ聖堂だ。
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この聖堂は下部のロマネスクの教会の上に、ゴシックの教会が立つという二重構造になっている。
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予約したホテル・イデアーレに到着。本来、別棟にあるスイートのはずが、どの部屋でもいいということで見せてくれた中で、景色に引かれて2階のダブルルームを選んでしまった。後で大いに後悔。というのも料金は同じだというので。
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第一印象が覚めて見ると、全体に狭く座る椅子もなく、バスルームも使いにくい。周囲にはあまり施設はなく買い物も不便、フランシスコ聖堂へも遠く、帰りは登りになるので疲れた。どうもイデアーレ(理想的)とはいえないようだ。
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観光に出ると早速美しい家に出会う。
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中世さながらの町
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以前来た時には、駅から聖堂までバスで行ったので町の中を歩いていなかった。これほど素晴らしい町とは歩いてみなくては分からない。
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土産物も宗教的なものが多い。
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コムーネ広場到着
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コムーネの塔とミネルヴァ神殿。神殿の建設はアウグストゥスの頃で、ローマの知恵の女神にささげられ、今でも完璧なファサードが残るが・・・
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内部は17世紀のバロック様式の教会である。
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猫の人形の土産物
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聖フランチェスコの聖堂にはまだ着かない。
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ようやく聖フランチェスコの聖堂に到着。
ところで、そもそも聖フランチェスコとは何者か。彼は1181年アッシジの裕福な商人の家に生まれ、若いころは放埓に過ごしたようだが、ある時幻視を見、それまでの生活を改めて一切の財産を捨て、家族とも縁を切って隠遁生活に入った。キリストにならい清貧・貞潔・奉仕を旨とし自然の中で黙想する生活を開始すると、弟子たちが集まり、やがて修道会へと発展していった。花や小鳥に至るまですべての小さきものへの愛で知られ、今日でもキリスト教でもっとも人気のある聖人の一人になっている。 -
下の聖堂から見学することにしよう。
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リビアから9人の難民を乗せてイタリアのランペドゥーサ島へ到着したボート。「ボートと希望」と書かれたカードが設置されており、難民への連帯の象徴として設置されている。
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残念ながら内部の撮影はできないのでジョットーの壁画も紹介することはできない。小鳥に説教する聖フランチェスコは特に有名だ。
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アッシジの町並み
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丘の上にはロカ・マジョーレ(大城塞)が町を見下ろしてそびえたつ。
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ここはアッシジのスピリチュアルな部分とは関係ないが、景色がいいというので行ってみる。結構な登りである。
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強者の夢の跡?
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神聖ローマ皇帝フリードリッヒ2世は幼少期をここで過ごしたとか。
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簡素な展示も見られる。
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ウンブリアの自然に囲まれて気持ちのいい場所ではある。
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12Cの終わりごろ、アッシジの民衆が蜂起して城塞を壊したこともあった。
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射手はあの狭間から射てくるのだろう。
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エレーモ・デレ・カルチェーリ(隔絶した庵とでも訳せようか)を訪れる。アッシジから東に4km、スバシオ山のふもとの深い森の中にフランチェスコは弟子たちとともに最初の修道院を打ち立てた。
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1205年頃のことだが、森のたたずまいと静けさは当時の雰囲気を保っている。
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つい「朝顔につるべ取られてもらい水」という句を思い起こしてしまう。
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聖フランチェスコの寝床
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洞窟への出入り口。清貧を絵に描いたような場所だ。冬の大変さは想像を絶する。
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谷川にかかる橋。
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周囲の環境は森に囲まれ、谷間を見下ろし静けさが支配する。そんな中でベンチにすわり谷間を見やりながら黙想するカップルがいた。これぞ、日本人の思う観光ツアーには全くなじまない部類のものだ。この人たちを見かけたのは今日の収穫といえる。
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ここに横たわるのは聖フランチェスコその人である。出会った人々の中には宗教者らしき服装の人が3人いた。
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この御仁は恐れ多くも聖フランチェスコと腕を組みご満悦。
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道に立つ十字架。
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小さなチャペル。
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ここからはサン・ダミアーノ教会。聖フランチェスコが初めて神の声をきいたところだそうな。ここには駐車場が2カ所あり、私は坂の上に止めてしまったのでひどく遠かった。
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着いてみるとすぐそばにも駐車場があったのでがっくり。帰りの登りがつらかった。歩くにはポルタ・ヌオーヴァを出て1kmくらい。
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小さな聖堂。
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聖キアラもここで長く暮らした。この囲ってある場所で彼女は死んだとある。
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簡素ななかの美
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聖セバスティアンの殉教図。
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これぞ質素を旨とする修道士。麗々しい司教や法王らの服装と比較してみるとよい。
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アッシジを後に、1時間足らずでスポレート到着。早すぎてチェックインできず。荷物を預けてすぐに観光に出る。フロントの女性は親切で行き方と見どころを手短に教えてくれた。ここにもエスカレーターがあり大規模だ。
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登り詰めると山上公園になっていて、景色よく、平なのでジョギングする人もいる。
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ポンテ・デレ・トリ(塔の橋)。14世紀にローマの水道橋の基礎の上に建てられた。スポレートのトップ・モニュメント。
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城塞。今では博物館になっていて、ローマ、ビザンティン、カロリング朝等の記念物が納められる。
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戦いの図、首を切られた人が見える。
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ローマ劇場。中世のころ、スポレートは皇帝派に属し、教皇の支持者400人をここで虐殺して、死体を積み重ねて焼いたそうな。この町の最も血生臭い事件の起こった場所も、今では夏の芸術祭の会場に。
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ここに入るには考古学博物館に入らなければならない。
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ドゥオーモ。そっけないロマネスクのファサードはルネッサンス期に8つのバラ窓が加えられ、人間味が増した。
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ここにはフィリッポ・リッピのフレスコ画の連作がある。これは受胎告知
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「キリストの誕生」
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「聖母マリアの死」
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「聖母マリアの戴冠」以上フィリッポ・リッピのフレスコ画
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