2017/06/05 - 2017/06/10
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ピンクのスマフォさん
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6/7(水)
8:00 高速鉄道「アフロシャブ号」にてサマルカンドへ
10:10 サマルカンド着
世界遺産サマルカンド市内観光(約5時間)
アフラシャブの丘、ウルグベク天文台、グリ・アミール廟、
レギスタン広場、シャーヒズンダ廟群を観光。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 2.5
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- その他
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 航空会社
- 大韓航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
サマルカンドは「青の都」と呼ばれ、シルクロードの中心的な都市として栄えてきました。
2001年にユネスコ世界文化遺産に登録されています。
バスでアフラシャブの丘へ向かいます。 -
経済発展中の国らしく、建築中の建物をよく目にしました。
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市内バスは小型で古い車両です。
タイヤはヒビだらけだったりします。 -
牛やロバが普通に道を歩いていました。
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アフラシャブの丘が見えてきました。
アフラシャブとはこの地を支配していたソグド人の最初の王の名前です。 -
アフラシャブの丘に到着しました。
バスは冷房が効いていで快適でしたが、日本の観光バスのような冷蔵庫は無かったです。 -
先にアフラシャブ考古博物館を見学します。
入口上部の装飾に2750という数字が見えますが、サマルカンド建都2750周年を表しているようです。 -
写真撮影に5000スム必要でした。
後ろ姿は添乗員さん。明るく話しやすい方で良かったです。 -
アフラシャブの丘について説明するガイドのフィールズさん。
おばちゃんたちにはポチャッとしてかわいいと言われていました。 -
色々な展示物が有りましたが、じっくり見ている時間は無くざっと見るだけです。
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丘から発掘されたものが年代別に展示されています。
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博物館の目玉は丘から発見された7世紀後半に描かれた「ソグド人のフレスコ画」。
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上のフレスコ画を書き直した墨絵。
先頭に象に乗った王妃と女官、ラクダに乗った外国人、白鳥等が描かれています。 -
壁画にはソグド人や拝火教の絵等が描かれています。
当時は宗教なども関係なく色々な民族が集まり、平和に住んでいたとされています。 -
上のフレスコ画の墨絵。
フレスコ画には中国や朝鮮の人も描かれており、当時の交流の広さも示しています。 -
アフラシャブの丘に立ちます。
かつて、この丘に築かれていたサマルカンドの都は13世紀にチンギスハン率いるモンゴル軍によって徹底的に破壊され、住民の3/4が殺害されたといいます。 -
遠くに現在のサマルカンドの町が見えます。
左に一部見えているのが博物館。
アフラシャブの丘は、4層になった古代都市跡として現在も発掘調査が続けられているそうです。 -
丘に咲いていた花も何か物悲しい感じです。
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続いて、ウルグベク天文台跡へ。
先に博物館を見学します。 -
博物館入口。
アーチの上の装飾には星がデザインされています。
写真撮影に5000スム。 -
ウルグベクの肖像画。
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廟の模型。
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中世のバザールの様子を描いた絵。
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天文学に功績のあった人々の絵。
左から3番目がウルグベク。 -
天文台の中の六分儀の模型。
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観測の様子を描いた絵。
観測では、恒星時1年間を365日6時間10分8秒と計算。
これは、現在の精密時計で計測した時間と誤差1分未満の精度の高いものでした。 -
ウルグベク天文台跡。
円い天文台の基礎と六分儀の遺構があります。 -
六分儀の地下部分だけが残っています。
当時の六分儀は高さ40m、長さ63mもあったそうです。 -
午前の観光を終え、こちらのレストランで昼食。
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サラダ、サムサ、トマトベースのスープ、デザート。
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メインのマントゥ。中央アジア風肉まんじゅう。
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ウズベキスタン式トイレを見たくて、レストランのトイレを覗いてみました。
和式トイレに似たトイレです。
レストランのトイレなので綺麗に清掃されています。
午前中歩いたせいか、左足親指付け根が少し疼きました。
日本で飲んでいた薬の効果が薄れたのかもしれません。 -
午後はグリ・アミール廟から観光。
グリは「墓」、アミールは「王」即ちアムール・ティムールのことです。 -
青のドームが青空に映えます。
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この廟はトルコ遠征で死亡した孫のムハンマド・スルタンの為にティムールが建設したものでしたが、ティムール自身も中国遠征途中に急死し、この廟に埋葬されました。
ティムール自身は生誕地のシャフリサブスに葬られることを望んでいましたが、その死を後継者たちに秘密にするため、こちらに埋葬されました。 -
グリ・アミール廟の鮮やかな青いタイルが貼られた入口。
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修復したばかりなのか、とても綺麗です。
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門をくぐると再び奥に建つドームが見えてきます。
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中庭から見るグリ・アミール廟。
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「青の都」と言われるサマルカンドを象徴するような青いドーム。
よく見るとタイルが剥がれている部分があります。 -
装飾されたミナレットの先端部分。
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廟に入場します。
警備の警官がいます。
写真撮影に5000スム。 -
ティムールの肖像画。
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中央に置かれた黒い墓石がティムールのもの。
実際の亡骸はこの地下の墓室に同じ配置で葬られています。 -
中央に置かれたティムールの墓石の向こう側にあるのがティムールの師であるミル・セイド・ベルケとその孫の墓石。
手前にあるのがウルグベクの墓石。
ティムールの右側にムハンマド・スルタン、左側に息子のシャールフや孫のオマル・シェイフ、息子のミランシャーなどティムールの息子や孫の墓石が並んでいます。 -
ドーム内部は3kgの金を使って修復されたそうです。
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アラビア文字や幾何学模様がライトアップされ輝いています。
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ミフラブの所から見上げてみました。
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壁の模様も綺麗です。
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窓からの自然光とライトの光を反射して輝いています。
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天井を見上げます。
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アラビア文字や幾何学模様で覆われた壁。
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白い下地が見えている部分がオリジナルの部分だそうです。
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ティムールの墓石はやはり豪華な造り。
墓石にはアラビア語で「ティムールはチンギス・ハンと同じ系統の祖先である」と刻まれているとガイドブックにありましたが、確認できませんでした。 -
最後にもう一度、輝く天井を見て退出しました。
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男の子がこちらをじっと見ていました。
塀の外に見えるのはアクサライ廟。 -
グリ・アミィール廟から次の観光場所へ。
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続いて、やってきましたレギスタン広場。
14世紀に造られ、レギスタンとは「砂の広場」という意味です。
3つのマドラサ(神学校)が整然と配置され、壮大な眺めとなっています。 -
向かって左側にある「ウルグベク・マドラサ」。
ティムールの孫で天文学者でもあったウルグベク(1394-1449)が1420年に建てたマドラサです。
1階が4つの講堂とモスク、2階が寮で100人以上の学生が寄宿して勉強していました。
ウルグベク自身も教壇に立ったと言われています。
右のミナレットは内側に少し傾いています。 -
高さ35mの巨大なアーチの上部には青い星と細かいモザイク模様が描かれています。
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右側には、1636年に建てられた「シェルドル・マドラサ」。
「シェル」はタジク語でライオン、「ドル」は持つものを意味し、偶像崇拝を禁じたイスラム教としては極めて異例の建物で、信者から強い批判を受けたといいます。 -
入口のアーチに小鹿を追うライオンと人面の日輪が描かれているとのことですが、ライオンというよりトラに見えます。
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200スム札にも同じ図柄が描かれています。
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中央に立つのが「ティラカリ・マドラサ」。
1660年にバハドゥルの寄進によって建てられました。
ここには寮がないので、ウルグベクメドレセに寄宿し、礼拝や勉強時はティラカリメドレセに通い、実際はモスクとして使用されていました。 -
最初にウルグベク・マドラサに入場します。
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ウルグベク・マドラサの中庭。
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かつては100名以上の学生が寄宿舎で生活しながらイスラム神学や天文学、数学、哲学などを学んでいました。
中庭を囲む2階建ての部分が寄宿舎で、四隅はドーム天井の講義室となっていたそうです。 -
タイル工房でモザイクタイルの作成過程を見学しました。
入口に「レギスタンタイル工房」と日本語で書かれたタイルが貼ってありました。 -
土産物を見て回りました。
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ウズベキスタンの陶人形のボボエチャ。
サマルカンド名物のナンなどを抱えています。
いかにも好好爺といった表情です。 -
点描で彩色された陶器。
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鮮やかな色遣いと独特の柄が魅力的な陶器類。
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「見るだけでいいですよ」と言われて入った土産物店。
何も買う気は無かったのですが、人妻の誘惑に負けてポーチを購入(笑)。 -
次にシェルドル・マドラサに入場。
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民族楽器の店がありました。
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演奏を聞かせてくれました。
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こちらのマドラサでも人妻に誘惑されて土産物店へ。
若く見えますが、小学生の子供がいます。
ウズベキスタンの女性は日本と違い結婚が早いそうです。 -
かつて神学校だったものが、今は土産物店が入る観光施設となっています。
石畳の上に古い布が広げられていました。 -
最後にティラカリ・マドラサに入場します。
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ティラカリ・マドラサの入口。
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ティラカリとは「金で覆われた」という意味で、その名の通り何処も金ピカです。
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ミフラブに描かれたアラビア文字や星や幾何学模様等がライトアップされ金色に輝いています。
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天井まで金ピカです。
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細かい遠近法で描かれた天井は奥行きがあるように見えますが、実際は平面です。
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豪華絢爛なマドラサでした。
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建物内に昔の写真が展示されていました。
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修復前のウルグベク・マドラサでしょうか。
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同じくシェルドル・マドラサ。
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同じくティラカリ・マドラサ。
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続いて、シャーヒズンダ廟群を観光。
アフラシャブの丘の南側の一角にある壮大な霊廟群。
ウルグベクの建てた門をくぐると、休憩所のような所がありました。
礼拝所として使われるのでしょうか。 -
門の先に「天国への階段」と呼ばれる階段があり、行きと帰りの段数を数えて同じだったら天国に行けるのだそうです。
行きは数えて上ったのですが、帰りは痛風の痛さが気になって数えるのを忘れてしまいました。
地獄行き決定? -
コシュ・グンバズ廟。
ウルグベクが建てた2つのドームをを持つ廟。 -
コシュ・グンバズ廟。
ウルグベクの師であるカズィ・ザデ・ルミの廟とされていますが、埋葬されていた骨は女性のもので、ティムールの乳母の廟ではないかとも言われています。 -
廟の周囲には一般人の墓もあります。
遠くにビビハニムモスクが見えます。 -
シャーヒズンダには14の廟が一直線に並び「死者の道」と呼ばれています。
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アミールソダ廟。
ティムールを支えた将軍の息子を祀っています。 -
シャディ・ムリク廟。
シャーヒズンダで最も美しいと言われる廟。
ティムールは24歳の若さで亡くなった姪のシャディ・ムリクの為にその美貌に相応しい美しい廟を建てました。 -
入口横の壁。
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入口の上のアラビア文字は「貴重な真珠が失われ、ここに眠る」と書かれているそうです。
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扉にも美しい装飾がなされています。
中には墓石が置かれています。 -
シャディ・ムリク廟の内部は青いタイルで覆われています。
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天井は天界を模したような美しいブルーの装飾です。
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右に八角形の廟があります。
誰の廟なのかは不明です。 -
振り返って見た八角形の廟です。
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廟群は青を基調にした古いタイルで装飾されていますが、デザインや使われているタイルに個性が感じられます。
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上の写真の左側のウスト・アリ・ネセフィ廟です。
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その右側の廟です。
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一番奥にあるアーチ。
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クサム・イブン・アッバース廟のゲートから眺める「死者の道」。
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色々な幾何学模様やアラビア文字をデザインしたタイルで覆われています。
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通りの突き当りにある3つの廟。
向かって左からトゥマン・アカ廟、フジャ・アフマッド廟、無名の廟。 -
フジャ・アフマッド廟の扉。
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トゥマン・アカ廟の入口。
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別角度から見たトゥマン・アカ廟。
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無名の廟の外壁タイル。
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無名の廟の内部。
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フジャ・アフマッド廟。
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廟が無く、墓石だけが並んでいる場所もありました。
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シャディ・ムリク廟、アミールソダ廟の前を通り「天国への階段」を痛風の疼きに耐えながら下りました。
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再びコシュ・グンバズ廟を見て、バスへと戻ります。
シャーヒズンダ廟群はもう少しじっくりと見たかったです。 -
扉の向こうにお祈りをしている人たちが見えました。
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ホテルにチェックインします。
ARBAホテルです。 -
部屋は広くエアコンもありますが、地味な感じでした。
それでも私の部屋は道路側で明るい雰囲気でしたが、廊下の反対側の部屋は暗い感じでした。
冷蔵庫が無く、ミネラルウォーターを冷やすことが出来ないのが最大の不満でした。 -
カーテンの無いバスタブで使いにくかったです。
普通にシャワーを浴びると周りがびしょ濡れになります。 -
ホテルで少し休憩した後、夕食会場へバスで向かいました。
一般家庭での夕食です。
バスのドライバーさんの実家ということでした。 -
テーブルに美味しそうな料理が並びます。
ただ、屋外なのでハエがたかってきます。 -
ラグマンを頂きます。
肉と野菜を煮込んだスープにツルツルの麺がよく合います。 -
出来上がったウズベキスタンを代表する料理プロフ。
美味しいのですが、いろいろ食べた最後に出てきたので大量に残してしまい申し訳なかったです。 -
食事した家の娘さん達。
私が撮影をお願いしたら、3人揃って出てきてくれました。
この後、他の方たちも集まってきて、撮影会に。
一番下の子が見送りの際に「今日はどうもありがとございました」と日本語で挨拶してくれたのがとっても可愛いかったです。 -
ホテルに戻った後、レギスタン広場のライトアップを見に行きました。
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ウルグベク・マドラサ。
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シェルドル・マドラサ。
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シェルドル・マドラサを近くから。
警官からミナレットに上らないかとしつこく勧誘されました。 -
ティラカリ・マドラサ。
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ティラカリ・マドラサのアップ。
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この後、広場前のスーパーに寄りましたが、あまり商品が豊富ではなく、買いたいようなものは有りませんでした。
アルコール類も売っていませんでした。
ホテルまでのタクシーは乗車前に交渉したのに降りるときに吹っ掛けられました。
もちろん払いませんでしたが、白タクは危ないかもしれません。
黄色の正規のタクシーのほうが安心かなと思いました。
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