2017/05/30 - 2017/06/02
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旅好き長さんさん
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大連は中国にしてはロシア風の建物があり、日本におなじみの施設が多く残っているのでいつかは遊びに行こうと思っていたところ、格安ツアーがでていたので出かけてきました。
20年前仕事で行った際は、旅順に外国人は入られませんでしたが、今回は司馬遼太郎さんの坂の上の雲で書かれていた二百三高地などの戦跡地巡りができました。
今まで中国ツアーでの食事はあまり口に合わなかったのですが、今回はとてもおいしくいただくことができました。
大連は海のそばですので新鮮な魚介がおいしくいただけました。
今回の旅程は
5月30日:関空より大連に行き、旧ロシア人街、旧日本人街、老虎灘を観光
5月31日:中山広場(大和ホテル)観光後旅順に移動し、東鶏冠山、二百三高地、水師営会見所、旧関東軍司令部、旅順駅を観光。
6月1日:大連港観光後ツアーにつきものの翡翠店、お茶屋さんに立ち寄った後、金州に行き響水寺、正岡子規の句碑で有名な提督府、南山を観光。
6月2日:早朝大連より帰国。
3泊4日のツアーでしたが、料理もおいしく格安な割にとてもお得な旅でした。
今回は、旅行2日目の中山広場と旅順の観光を紹介します。
この日は朝からの濃霧で、肝心の二百三高地から旅順口を見ることができなかったのが残念です。
(本日天気晴朗なれども霧ふかしでした)
これもまた来いよと言われているのかも知れません。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 3.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- 中国南方航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
5月31日(水) 旅行2日目
今日は大連の中山広場観光後、念願の旅順観光。
まずはホテルのレストランで朝食をいただきます。
朝食はビュッフェスタイルで中華がメインです。 -
いただいたのがこの料理。
目玉焼きやオムレツはその場で焼いてくれますし、麺類も数種類作ってもらえます。
中華そば風の麺をいただいたのですが、味付けがいまいち。
後で聞くとスープの味は、いろいろな調味料を入れて自分に合った味にするそうです。 -
これが今回宿泊したメルキュール秦達。
一応4つ星のホテルです。
(中国では-1しますので実態は三つ星クラスのホテルだと思います) -
玄関がこれで、ホテル内には和食の『蟹将軍』レストランが入っています。
-
ホテル前の道路を挟んで正面には小さなコンビニも有ります。
私は利用しませんでしたが、ビールは冷えていません。 -
さらにホテル周辺を散策します。
この建物の中に昨日行ったスーパーマーケットが入っています。
(ホテルから歩いて10分くらいの距離です)
またここから2Kmで老虎灘海洋公園に行けるようです。 -
大連は駐車場が少ないので、多くの車はこのように歩道に駐車しています。
中国人の平均月収は、6~10万円なのにどうして数百万円の車や1億円もするマンションが買えるのか現地ガイドの人に聞くと、ほとんどの人が汚職などで給与以外にリベートをもらっているそうです。
それを聞いて納得です。 -
ここは野菜や果物を売っているお店です。
-
またホテルの周辺には公園がありませんが、健康増進のための遊歩道があります。
大連は中国の他の都市と比較し、公園が少ないようです。 -
これが遊歩道の入り口です。
私も翌日歩いてみましたが結構な坂道でしんどかったです。 -
8時30分にホテルを出発して中山広場に向かいます。
この日は昨日の雨もやみ、朝から濃霧。 -
高層ビルの上部は霧に隠れて見えません。
ここは中山広場の中央から中山路を見た景色です。
左側のしゃれた建物は、遼寧省外貿局、昔の大連民政署、現在で言えば警察署で1908年竣工されたものです。
そして右側の建物が中国人民銀行です。
1920年に完成した昔の朝鮮銀行大連支店です。
また通りの突き当たりの球体は友好広場です。 -
ここ中山広場は、ポーツマス条約でロシアから大連の譲渡を受けた日本が、ロシアが作成した都市計画を踏襲して、この広場の周囲に当時の行政機関や銀行を集め、街の中枢にふさわしい建物を配置したそうです。
この広場の周囲は信号や一時停止がない一方通行の環状道路になっています。
この建物は、中国工商銀行大連支店ビルです。
関東都督府民生部に所属した松室重光の設計によるもので昔の大連市役所です。
1919年に建てられています。 -
そしてこの建物は大連賓館(ヤマトホテル)の対角線上に位置する中国銀行遼寧省支店で、日本統治下においては横浜正金銀行だった建物です。
横浜正金銀行は東京銀行(現在の三菱東京UFJ銀行)の前身です。
この建物は、太田毅の設計で1909年に完成しました。 -
そしてこちらの建物は、遼寧省外貿局(日本統治下では大連警察署)です。
1908年に竣工されました。 -
こちらの建物は新しく、2000年に建てられた大連金融ビルです。
この建物は、中山広場の景観を考慮して6階建ての低層階になっています。
その後2001年からこの周辺の建物は、中国の文化遺産(全国重点文物保護単位)に指定されたので、こうした立て替えはもうないそうです。 -
こちらの建物は中信実業銀行です。
1910年に竣工した、かっての中国銀行大連支店です。
この建物は中国人の設計で煉瓦とセメントで作られています。 -
この中山広場は、直径213mの円形広場になっています。
大連は、中国の他の都市より公園が少ないので、これらの広場が市民の憩いの場になっているようです。 -
そしてこちらが皆さんご存じの大連賓館(旧大連ヤマトホテル)です。
この建物は、日本統治下において満鉄が経営する高級ホテルでしたが、今では老朽化がかなり進んで、宿泊はできますが、2つ星ホテルになっているそうです。
何せ1914年に立てられたホテルですので100年以上も経過しています。
20年前このホテルに宿泊したときは、とてもきれいだったのを懐かしく思いだします。
当時出張で宿泊した部屋は、ベッドルームとリビングルームの2部屋がある、とても立派な客室でした。 -
今回のツアーでは大連賓館内(旧大連ヤマトホテル)を見学します。
-
ここが大連賓館のエントランスホールです。
床も壁も大理石で仕上げられ、とても豪華です。
これだけを見ると老朽化を感じさせません。 -
そしてこちらが迎賓室です。
昔日中国交正常化の際、田中角栄首相と周恩来首相が会談した場所です。 -
この迎賓室は写真撮影禁止でしたが、この田中角栄首相が周恩来首相に贈った九谷焼の壺は撮影できました。
-
大連賓館の喫茶室から眺めた中山広場です。
向こう側正面には中国銀行(旧横浜正金銀行)が見えます。 -
左側を見ると遼寧省外貿局(旧大連警察署)の建物が望めます。
-
また右側には中国工商銀行大連支店の建物が見えます。
この大連賓館も老朽化が進んでいるので改修されるそうです。
その改修資金を得るため、大連賓館に保存されている備品などの販売もされていました。
買ってもいいかなと思ったのですが、本物かどうかわからないのでやめました。 -
大連賓館見学後、楽しみにしていた旅順に向かいます。
ただ霧がいっこうに晴れそうもないので心配です。 -
まず訪れたのが旅順の激戦地のひとつ、東鶏冠山。
大連市内から旅順までは約45Km離れていて、バスで約1時間30分かかります。 -
ここが日露戦争の激戦地の東鶏冠山堡塁です。
-
今ではこのようにきれいな公園に整備されています。
昔は樹木もなく、はげ山だったそうです。 -
これがロシア軍の半永久的なコンクリート製の堡塁(要塞)です。
堡塁は不規則な5角形をしていて、周囲496m、面積9900平方メートルもあります。
内部の構造は複雑で、司令部・兵舎・弾薬庫・治療室や台所といった施設があり、堡塁の周囲には濠があります。
そして、堀の外の斜面には高圧電流が流れる鉄条網を架設されていました。 -
この東鶏冠山の標高は海抜119mあり、鶏のトサカに似た形状だったため東鶏冠山と名付けられたそうです。
-
これはゴミ箱で、砲弾型をしています。
何とリスが出てきてゴミをあさっていました。 -
ここは要塞の外側の壕に当たるところです。
日本兵は右側から攻め入り、左側の要塞中央部に向かっていました。
ところがこの壕に降りたとたん、右側のトーチカと左側の山側からマキシム機関銃を浴びせられ、多くの日本人がここで亡くなりました。
機関銃と普通のライフル銃では勝負になりません。 -
そのトーチカの壁には日本軍が浴びせた銃弾の跡がたくさん残っています。
司馬遼太郎さんの『坂の上の雲』を思い出します。
それにしても戦争は悲惨です。 -
これはそのトーチカの内部です。
思ったより高さが低く、背の高い私は腰をかがめないと通れません。
このロシア軍の要塞はこの連絡通路でつながっていました。 -
結局、このトーチカ(コンクリート製の防御用陣地)を含めた東鶏冠山の堡塁を陥落させたのは爆薬でした。
堡塁に向かって掘り進めた坑道から爆薬を仕込み爆破させたり、203高地陥落以降は、203高地の砲弾観測所の指示のもと、高崎山に設置していた28サンチ砲で砲撃したりしてこれらトーチカを破壊しこの要塞を占拠したそうです。
ここは日本軍がダイナマイトで破壊した場所です。 -
これは要塞側の機関銃座です。
-
この東鶏冠山の堡塁を陥落させるために命を落とした日本軍の兵士は約8千人もいました。
その兵士たちの霊を弔う慰霊碑がこれです。
話しや本では知っていましたが、いざ現地に来ると胸を締め上げられます。
現在の日本の平和と安全はここで亡くなった多くの方々の尊い命の上に成り立っているのだと痛感します。
感謝です。 -
これは先ほどの慰霊碑のそばにあったロシア軍の大砲です。
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こちらは要塞内にあるロシア軍兵士の宿舎です。
実際には二階建てになっていたようで、写真の中央部が2階の床に相当します。
とても狭いです。 -
ここは台所と治療室(病院)です。
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ここは、ロシア軍の陸軍防御司令官コントラチェンコ少将の死を追悼する碑で、日本軍が建てたものです。
コントラチェンコ少将は、この場所にあった堡塁の会議室で28サンチ砲による砲撃により1904年12月15日に爆死しました。
その死後、ロシア軍の抵抗が弱くなり、その3日後の12月18日に日本軍がこの要塞を占領しました。
コントラチェンコ少将はとても優秀な軍人でした。 -
次に向かったのが日露戦争の大激戦地で旅順での攻防の勝敗を決定づけた203高地。
ここで入場料を払ってさらにバスで進みます。 -
203高地の案内板です。
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ここのバス駐車場で降りて、203高地に徒歩で進みます。
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これは旅順の地図です。
この203高地と旅順の位置関係がよくわかります。
第3軍の乃木隊が早くここを攻め落としていれば、日本・ロシアともに死傷者は少なかったのに残念です。
無能な指揮官を持つと部下はとても不幸です。
最近の日本の会社経営者も同様かな。 -
ここには乃木希典の次男、乃木保典の戦死した碑もあります。
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バス駐車場のある、ここから203高地まで歩いて坂道を登っていきます。
歩くのがきつい人は、有料ですが車で行くこともできるようです。 -
この道の正面に203高地慰霊塔があります。
-
これが203高地慰霊塔です。
慰霊塔には乃木希典が漢詩で詠んだ『爾霊山(ニレイサン)』と書かれています。
その意味は203と語呂合わせした、汝の霊が眠る山のことです。
ここ慰霊塔は、203高地で拾い集められた弾丸と砲弾の薬莢を集めて日本製のライフル弾の形に鋳直したものだそうです。 -
この慰霊塔のそばにもロシア軍の大砲があります。
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今回最も楽しみにしていたのがここから眺める旅順口の景色だったのですが、残念ながら霧の中に沈んでいました。
結局この霧は平地では1日中晴れませんでした。
(203高地は晴れているのに・・・、残念。本日天気晴朗なれども霧深しでした。) -
これはロシア軍の塹壕です。
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ここは先ほどの慰霊塔より少し離れた二百三高地の重砲観測所です。
203高地を確保した日本軍がここの観測所から指揮し、港内のロシア艦隊をこの28センチ砲で攻撃したところです。
203高地の攻略戦は、11月28日から12月6日までの間、戦死者5,052人、負傷者11,884名、合計16,936名もの犠牲者を出したそうです。
合掌です。 -
28センチ榴弾砲の説明板です。
-
そしてこちらは重砲観測所の説明板です。
-
そしてこちらが重砲観測所からの眺めです。
こちらからも残念ながら旅順口は、霧で見えませんでした。
当時203高地ははげ山だったそうで、双方の砲撃で標高が200mになったそうです。 -
お昼を回ったので昼食レストランに向かいます。
ここは食後に観光する旅順水師営会見所の隣にあるレストランです。 -
料理は旅順の郷土料理。
味付けは日本人の口に合って、おいしくいただきました。
ここを観光するのは日本人しかいないので、日本人に合わせて料理しているのかも知れません。 -
そしてこちらが1905年1月5日、ロシア側のステッセル中将と乃木将軍とで旅順攻防戦の停戦条約が交わされた、旅順水師営会見所です。
基礎はそのまま残っていますが、窓から上は1996年に復元されたそうです。
ただ最近は雨漏りもしているようで、その修繕費に当てるためにも多くの観光客に来てほしいとのことでした。
ちなみにこの建物は農家の民家で、日露戦争当時は日本軍の野戦病院に利用されていたそうです。 -
こちらはその碑です。
-
建物の中には当時のこのような写真が展示されていて、専門の中国人のガイドさんが説明してくれます。
右上の写真が水師営での停戦調印の参加者の写真です。
乃木大将、ステッセル中将のほか、伊地知参謀長の姿も見えます。 -
この木はナツメの木で、ロシア軍の弾丸の跡が樹に残っているなどという話が有名ですが、そのナツメの木も当時から4代目となっていて、もちろん弾痕などが残っているはずもありません。
それ以外にステッセル将軍の馬をこの木につないだそうです。 -
次に向かったのが旅順旧関東軍司令部。
ここは博物館になっているようですが、中には入らず、外からの見学だけでした。 -
そしてこちらは旅順駅舎。
この駅舎は1898年帝政ロシアが旅順と大連を借り受けた際、軍港を拡張し鉄道を敷設したときに建設されたものです。
そのためこのようなロシア風の建物になっています。
中も自由に見学できるようですが、我々は遠く離れたところからの見学となりました。 -
旅順の観光後、大連に戻ってきました。
もう夕方だというのに、市内はまだ霧が立ちこめています。 -
夕食には少し早いので格安ツアーにつきものの民芸品ショップへ行きました。
民芸品とはいうものの何でも屋で、お茶や翡翠、お菓子などいろいろな土産物がありましたが、結局何も買いませんでした。
値段は、スーパーマーケットには勝てません。 -
その後いったんホテルに戻り1時間程度休憩した後、夕食レストランに向かいました。
通常格安ツアーは朝早くから晩遅くまで観光するのですが、今回のツアーは観光場所が少ないせいか、結構ゆったりとしていました。
そのため疲れることなく楽ちんでした。 -
今晩の食事は餃子料理。
大連は餃子も有名で、いろいろな種類の餃子をおいしくいただきました。
名物にうまいもんなしと言いますがこの餃子は美味しかったです。
写真の餃子は一部です。 -
それと餃子にはやっぱりビール。
もちろんビールもいただきました。
値段は25元(425円)で、味はアルコール度が若干低いので発泡酒のような感覚でグイグイ飲めます。
ところでスーパーマーケットに行くと日本のビール(アサヒのドライやキリンの一番搾りなど)が税金が安いせいか、日本よりかなり安く買えます。 -
夕食後本来はホテルに戻りその日の観光は終わるのですが、せっかく大連に来たのでオプショナルツアー(屋台散策と路面電車体験)に参加しました。
値段は150元(2550円)で、生活用品を売っている屋台と海鮮屋台街の2ヶ所を散策し、路面電車に乗車する2時間足らずのツアーです。 -
ここは生活用品を売っている屋台街です。
前の写真のように屋台街は、歩行者天国になっています。
ここは靴を売っている屋台で、見た目はきれいな革製に見えますが、何と紙製の靴もあるそうです。
値段はもちろん格安です。 -
靴以外にもこのように各種日常雑貨が売られています。
私は台湾や東南アジアを含め、このような賑やかな屋台の雰囲気が好きです。
地元のバイタリティーが感じられます。 -
このようないろいろなフルーツも売っています。
とても美味しそうです。 -
そしてここは海鮮屋台街です。
イカなどの串焼きやカキ焼きなど、とても美味しそうです。
ただ、買って食べる勇気はさすがにありません。
日本のように衛生環境がよいと買って食べるのにとても残念です。 -
特にこのカキ焼きは本当に美味しそう。
加熱しているから大丈夫かも・・・。
ただ明日も観光があるので断念。 -
地元の人たちは美味しそうに食べています。
-
それとここでも、この水槽の魚介類を料理してもらっていただくことができます。
時間と言葉が通じればいただくのに残念です。
私の好きないろんな種類のカニや、貝、エビなどがたくさんいました。 -
魚介以外にもイチゴの専門屋台もありました。
これらのイチゴはすべて種類が違います。
日本であれば試食ができるのにちょっと残念。 -
このように海鮮屋台がズーと続いています。
-
集合場所はこのローソンのお店。
韓国や台湾、上海などでは日本の系列のコンビニを多く見かけますが、大連ではこのローソンしか見かけませんでした。(それも数店舗だけでした) -
イチオシ
次は路面電車に乗車するため大連駅前に向かいます。
この大連駅は、日本の統治下にあった1937年に、当時の鉄道省技師で満鉄に移籍した太田宗太郎氏により設計されました。
大連駅は上野駅に似ているとよく言われていますが、確かによく似ています。
現在の上野駅駅舎が完成したのが1932年ですから、ほぼ同時期に建てられているので何らかの関係があるのかもしれません。 -
乗車したのがこの路面電車。
内装は木目でレトロ感漂う、すてきな車体です。 -
これは運転席です。
その後ホテルにもどり、昨日スーパーマーケットで買った青島ビールを飲んで就寝しました。
今日は念願の旅順に行ったものの、いろいろと考えさせられる1日でした。
この平和な日が一日も長く続くことを願います。
それにしても人間はなんて愚かな動物なんだろう。
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旅行記グループ 近代日本ゆかりの地を巡る大連・旅順・金州の旅(2017年5月)
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