2017/05/02 - 2017/05/07
456位(同エリア8911件中)
gyachung kangさん
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シェムリアップにやって来た観光客がすることと言えば?
アンコール遺跡巡り!
ですよね。
今さら説明も不要、質量とも世界屈指の大遺跡を素通りする大胆不敵な観光客なんて、まあ、ほぼおりませぬ。
しかあし。私が無沙汰をしたこの14年の間にシェムリアップは目覚ましい大変貌を遂げていた。現在の姿を見たらきっとあのポルポトも仰天。私も驚いたよ。
再びのシェムリアップで遺跡巡りとは一味違うアクティビティに挑んだ今回の滞在をレポート致します。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 船 徒歩 バイク 飛行機
- 航空会社
- キャセイパシフィック航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
【アクティビティその① プノン・クーレン】
シェムリアップ市内からは北東方向50キロにあるのがプノン・クーレンことクーレン山。
ガイドブックなどではアンコール遺跡群の中の郊外遺跡のような位置付けで紹介されているが実態はちょいと違う。
クーレン山はアンコール朝の発祥由来がある聖なる地であり、言わばクメール人にとっては敬うべきスポットだが、と同時に休日を楽しむための地元民の貴重な憩いの場になっている、そんな場所だ。だから遺跡観光を目当てに訪れると思惑違いになる。 -
クーレン山は誰でも楽しめる気軽な自然散策サイトになっている。
アンコールワットやアンコールトムのような寺院は今は残っていないがサイト内を流れる川底には当時の遺構跡がところどころに顔を覗かせる。 -
こんな具合。乾季終盤のこの季節、水量は少ないので川底に潜むリンガ痕を見つけるのは割と簡単かも。でもねえ、これは説明がなければ20年前の河川工事か何かと区別がつかない。ちょっと取り扱いが微妙である。
-
ね?
というわけで川沿いハイクを延々続ける人はおそらくいない。 -
プノン・クーレンはジャヤバルマン2世が802年にこの地で即位したという言ってみれば大アンコール王朝の発祥の原点にあたる。だからクメール人にとってはここを参拝するのは至極当然。まあ日本人にとっての伊勢神宮か明治神宮みたいなもんだろう。勝手な想像が過ぎていたらお詫びする。
-
そんなわけで参拝道にはそれなりの落ち着いた雰囲気もあるのだが、みやげ物屋の品揃えが逸品揃いだ。
これはゴートヘッド。
スープの具にでもするのだろうか?
生々し過ぎてそのままの写真ではお見せできない。 -
乾物屋では正体不明のドライミートに混ざって渦巻き状のジャーキーが。
金鳥の蚊取り線香ではない。
蛇ジャーキーだな、これ。
蛇もこうなりゃ手も足も出ない。
あ、元々ないか。 -
私は蛇ジャーキー、ではなくお供え用の花を買った。US1ドル、綺麗だなあ。
そう言えばカンボジアではまだまだお値段ワンダラー経済は健在なようだった。このあたりは少しホッとする。 -
これは仏足石。
ええ? ヒンディーの聖山ではないの?
とお気づきかの方もいるかと思う。私も困惑した。
カンボジアは今現在は押しも押されもせぬ仏教国。ご存知のようにアンコールワットの敷地内にも僧侶が闊歩している。
うん、宗教とは時代が折り重なるうちに混在していくものなのね~という事例であります。 -
てわけで、ここにはスリーピングブッダが祀られている。
この地で発掘されたという涅槃仏、名前はプリアアントン。 -
プリアアントンのご尊顔アップ。
寝姿の仏陀はタイのアユタヤやスリランカのポロンナルワで見た経験がある。このプリアアントンはまだメジャーデビューしていないスリーピングブッダと言えるかも。
でもなかなかいい表情してますよ。
仏像の顔の造作はその国の民族に似るのが普通。だがプリアアントンの鼻筋はどう見てもクメール人的ではないような、ねえ。 -
仏陀にお供えをしている最中、ドッカーンと雷の音が鳴り響いて突然のスコールが始まった。
スコールに見舞われると全ての人の動きがピタリと止まる。んで大雨が降り終わるのをじっと待つわけだが、私は実はこのスコールが上がるのを待つ時間が超がつく程好きである。
理由?
天が与えてくれた小休止。それまで全く違う行動を取っていた人たちが、一斉にひたすら雨が止むのを待ちわびる、あの間に生まれる不思議な一体感がいいんですよねえ。 -
40分降り続いてスコールは上がった。
みやげ物屋が立ち並ぶこの道の奥に次なる名物スポットがある。 -
森の中のこの階段を下っていくと
-
滝が現れた。
結構な落差があり遊びにきた地元民の恰好の水遊び場になっている。 -
こんな感じ。小さな子ども連れのお母さんも。
特別水着など用意していなくても水浴びしたくなったら入っちゃえばいいじゃん的な気楽な天然プールの体。
実は私も水遊びする気まんまんでここに来た。ところが先ほど降り注いだ激しいスコールのおかげで水はすっかりカフェオレ状態。
さあ、どうしようかなあ~と滝を見つめながら迷っていたその時。
ある事が起こった。 -
私の直ぐ後ろにいた女性3人組が着ていた服をおもむろに脱いで歓声をあげながら水の中に跳びこんだのである。
ハア?
一瞬、呆気にとられる周囲の人たち。
大勢いた男性は言わずもがなである。もちろんその中には私もしっかり含まれていた。 -
困ったことに女性は堂々の美女トリオであった。しかもどう見てもクメールガールではなく明らかにインド系美女。
観光客だとしてもカンボジアのこの山の中、はなはだしく場違いな存在である。
岩場にいる人たちの視線を一身に集める彼女たちはまるっきりお構いなしに天然プールで弾けている。
そんな空気下では不粋な日本人男性がひと泳ぎに挑む余地などもはや無く、やむなく水遊びは断念。
私の狙いは計画倒れに終わった。 -
プノンクーレンからの帰り、ツアーメンバーでレストランに立ち寄り遅い昼食。日本人は私のみ、シェムリアップで英語を教える白人女性教師やデリーから観光で来た老夫婦、格闘家風情のいかついアメリカ人男性など多国籍混成グループで和やかなランチタイムになった。
コタキナバルから休暇で訪れていた世界的ブランドのクレジットカード会社勤務の男性が私と隣り合わせになったが、例外なくマレーシア人は英語が上手い。というか常に分かり易い英語を話すのでこの日も感心。
日本の英語教育はマレーシアに学ぶべきであるよ。私はそう進言したい。 -
トリはプノンクーレンの子どもたち。
私がカメラを向けても、ワンダラ~とか不謹慎を言わない素直な良い子たちであった。
思うに総じてクメール人は慎ましやかである。東南アジア諸国の中で慎ましやかランキングは1にラオス、次いで僅差カンボジア、これが私の印象。もちろんこれは良い意味である。
君たちも今のまま曲がらないで健やかに成長しておくれ。 -
【アクティビティその②コンポン・プルックのボートクルーズ】
シェムリアップの中心街から東に10キロ程トゥクトゥクを走らせると面白い場所がある。トンレサップ湖の入り江に繋がる高床式水上住居の集落コンポン・プルックだ。
私はどうしてもここが見たくなった。朝一番から行動開始、気が弱いけど責任感は強そうな若い男性トゥクトゥクをキャッチしコンポン・プルックへと向かう。
全く水の気配もしない赤土の未舗装路沿いにチケットオフィスがあった。
船代はUS30ドル。何かの間違いだろ?と言いたくなる料金設定だが間違いじゃなかった。
カンボジア、奥ゆかしい顔して意外に大胆なところもあったりして。 -
普通、チケットオフィスがあれば船着場はすぐそこにある。よね?
ところがトゥクトゥク男性は再び私を座席に乗せ走り出す。
おいおい、一向に水が見えてこない。
こりゃいったいどうしちまったの?
不安にかられ始める私。 -
そっかあ。状況が掴めた。
5月のこの季節は乾季の終わり。
トンレサップ湖の水位が引きまくって雨季ならば本来船乗り場である場所がずっと沖合に後退しているのである。 -
水位が下がって置いてけぼりになっているボートがゴロゴロ。
水たまりがようやく川の姿になってきたぞ。 -
そしてトゥクトゥクは止まった。
路上に机を出して待ち構えていた若い男性が1人。ドライバーは彼に私を紹介しまるで売り渡された奴隷のように私は路上机の男性に引き渡されて二人で土手を下りた。
あの船に乗ってくれ、路上机の男は私に指示を出した。 -
私が船の前方に腰を下ろすと船頭の男性がエンジンをかけた。
手漕ぎではなくモーターボートである。
ところでこのボートは私の貸切のハズなんだが、前にいる君は誰なの?
え途中で下りる?ならまっいっか。
細かいことは気にしないでいざ出発! -
ブルルルルル~と低いエンジン音とともにボートはゆっくり川を進み出した。
早くも高床式の住居が登場する。 -
少しずつ水量が増えて川幅も広がってきた。目の前には高床式の住居が密集して迫ってくる。
-
頭の上には木造の橋が。
な、な、なんという貧弱な橋。
増水に耐えられるとは思えん。ボートがかすっただけでも橋脚がポッキリいきそうである。 -
反対側からもボートがやって来てギリギリすれ違う。
やば、おっちゃんメチャこええ。
この先に進んで大丈夫か?という気分になってくる。 -
知らない人がこの光景を見たらどこの被災地?と思うかもしれない。
なんだか今度は胸が高まってきた。
このドキドキ感はなんだろう。 -
むおお
やっぱり被災地にしか見えん
すごい迫力に負けて見入ってしまう。 -
私が声にならない声をあげながら食い入るように見入った集落ゾーンを抜け出すとボートはマングローブ地帯へと入って行く。
-
川幅はさらに広くなって
-
マングローブは消え海の入り江のような景色に変わり
-
大海原に乗り出した。
いやいや、海じゃ~ないよ、
ここはトンレサップ湖! -
ついに初対面したトンレサップ湖。
イメージ通りのこの水の色。
ボートは遮るものが無い湖面上でスピードを最大値に上げ、爆走する。 -
なんと
こんなところにも水上コテージが。
これって柱があるのかフローティングなのか。
どちらにしてもこんなのは初めて見た。ミャンマーのインレー湖上で見た住居にはもう少し陸地感があったが、水面と建屋の境界が無さすぎるよ。 -
東南アジア最大の面積を誇るトンレサップ湖の威圧感に圧倒された。完敗だ。
-
そしてボートはくるっとUターンし向きを変え再び川を遡上した。
この建物はおそらく荷揚げの船着き場であろう。乾季と雨季でどんだけ水位が違うかが見てとれる。 -
来た道、いや川を逆戻り。
とにかくS字にくねった川なので進行方向が反対になるだけで見える印象もまた違ってくる。
このあたりは比較的整然としたゾーン。コンポン・プルックの芦屋か元麻布か。 -
ご安心。
病院も発見しました。 -
こうしてみると乾季雨季の水位差は推定7、8メートルか。こんな摩訶不思議な光景は乾季にしか見ることはできないだろう。私の旅勘は大当たりであったよ。
-
約1時間半のクルージングが終わり乗船地点にゴールした。
途中、あまりのモーターの轟音ぶりにボートが木っ端微塵に砕け散るんじゃないかと冷や汗をかいたが、トンレサップ湖の藻屑にならず生還。
思い出すとこれまでもクルーズ体験はあった。
ドナウ川ヴァッハウ渓谷での優雅な遊覧航行、インレー湖の足漕ぎボート、ラオスのルアンパバンからメコン川を遡上する地獄の黙示録並みの原始森クルーズ、昨年のニンビン洞窟クルーズ、いずれも味わい満点。
今回のコンポン・プルックには審査員特別賞をあげたい。ああUS30ドル?全く惜しくない。シェムリアップ旅行者の行くべきところ、コンポン・プルック! -
【アクティビティその③サンライズ&サンセットハンティング】
アンコールワット遺跡を観光するのは言うまでもなく昼間の時間帯。そもそも夜中に遺跡内には入れないし無数のテハダーやレリーフも鑑賞することは無理。
しかし、ちょっと頑張って早起きしワットから昇る朝日をこの目で見たい。
旅に出ると自らの野望に素直な私はこの朝アラームをAM4時にセットし起床。前夜ホテルに手配を依頼しておいた早朝トゥクトゥク便でアンコールワットの西塔門へ向かった。
夜明け前のひんやりした風をうけながら走るトゥクトゥクは爽快だった。 -
早朝、唯一開けるのがここ西塔門の前。既に結構な数のサンライズハンター達がトゥクトゥクで乗りつけ集結している。
ドライバーはここで私を落とし待ち合わせを約束して別れた。が、周囲はまだ真暗闇なので自分が降りた場所を理解しないままドライバーと待ち合わせを約束することになり、ほぼ全員が後で半迷子状態になってうろたえる笑 -
アンコールワットを参拝する人の誰もが通る大濠をまず渡る。
-
ワット敷地の中。
真っ暗闇じゃあございませんか。
外燈はただ一ヶ所のみ点灯。 -
一番乗りのつもりで左聖池に行くと既に先乗り組が30人は居た。至るところでやんわりとした陣取り合戦のバトルがあり私は何とか最前列スペースを確保。
そうこうしている間にワットの背景が薄っすらと明るくなっていく。 -
ウンウン、来てる来てるぞ
東の空全体が明るみを増しワットのシルエットが浮かび上がってきている。
頑張れ朝日! あと少し! -
さあ、頑張れ朝日あとすこ~し!
(居合わせた約200人の期待MAX)
頑張れ、がんばれ、がんばあれ、アレ
アレぇ? あれあれえ??
(居合わせた約200人の不安MAX)
まま、まさかぁ そんなばかなぁ泣
(居合わせた約200人の消沈) -
東の空は白んだ。
え?終わり?終わりなの?うっそお~
アンコール教信徒200人の極限に膨らんだ期待は爆発することがないまま急速に萎み、不発が確定。代わりに炸裂したのは深いため息であった。
そう、この日の朝は『曇り』であった。
人間は永遠に自然には敵わない(by私) -
拳を握りしめて待ちわびたアンコーワットご来光ショーは朝露とともにまぼろしと消えた。
でもいいのである。
終わってみれば、そこに居た200人は全員満足顔だ。
アンコールワットの最至近に位置する茶屋が待っておりましたとばかり早朝営業を開始した。私も席を取り、この日一杯目のコーヒーを頼んだ。
こんな爽やかな気候の朝アンコールワットを眺めながらコーヒータイムなんて、どんだけ贅沢なんだろ。
これ断じて負け惜しみではありません笑 -
江戸のカタキは大阪で討て。
東京がだめなら名古屋があるさ。
朝日がだめなら夕日があるじゃん。
てことでご来光リベンジに燃える私はこの日さらにサンセットハンティングに出かけた。場所はシェムリアップ中心から南10キロ、プノンクロームである。
トゥクトゥクを下りて小高いクロームへの登り口を見つけた。
出迎えはなぜか直立不動の黒山羊さん。 -
プノンクロームの坂道を登って行く。
ここは結構シンドイ山で、はあはあ言いながら最初の坂を登り切ると、見覚えのある東屋が現れた。
14年前、間違いなく私はここを訪れている。記憶している理由があった。
これである。↓ -
14年前の写真は残っていた。
かつてこの東屋に高射砲が置かれていたからだ。
あの頃、まだカンボジア政府軍とポルポト反政府軍の完全決着がついてから日が浅かった。とり残された高射砲を見てカンボジアがまだ不安定を抱えていることを知り複雑な気分になった強い記憶である。そして今この負の遺産は撤去されている。
よかったねホントに。 -
ようやくてっぺんに着いた。
てっぺんにはプノンクローム遺跡。
観光客は3組しかいない。
夕日を眺めるならアンコールワットのすぐ西にプノンバケンという超メジャースポットがある。まあ殆どのツアー客はそちらに行くのだが、クロームに拘る理由がちゃんとある。 -
どうですか、この田園ビュー?
前回は夕暮れ時じゃなく真っ昼間にこの場所を訪れていた。このパノラマが忘れられず是非とも夕日はここからという思いがあった。 -
雨季には田園一面を水が覆ってトンレサップ湖とつながり見渡す限りの水面がキラキラに反射するサンセットビューになるらしい。
今大地は乾いているからカンボジアらしい水田を照らすサンセットになる。 -
私の後からここの夕日を見にやってきた白人観光客が2組。ハローと言いながら夕日の方角を指差した。
やっぱり今日は雲が厚い。でも空がオレンジ色に染まり実にいい景色。しばしサンセットを楽しむ。 -
いかがでしょうプノンクロームからのサンセットは。
今朝のリベンジを果たし心のデトックスも完了した私はトゥクトゥクが待つ山の下へ急ぎ足で下山。バイクに跨りオールドマーケットに戻った。この日のミッションはこれにて終了、うん◎! -
【アクティビティその④ホースライディングトレッキング】
ここシェムリアップで乗り物と言えば1にトゥクトゥク2に象である。
トゥクトゥクは毎日何度もお世話になるし象は前回来訪時にプノンバケンで体験している。
で、就寝前宿のベッドの上で永遠のベストセラー黄色い本をパラパラ読みしていたらシェムリアップには乗馬トレッキングがあるというじゃあないか。
のどかなカンボジアの田園を馬に乗りながらノンビリ歩く。
これはいいかもしんな~い!
翌日、私は乗馬オフィスに電話。電話はつながりウェルカム、待ってるよとの返事。予約成功、ウキウキ気分で翌朝いちばん乗馬ファームへとトゥクトゥクを飛ばした。 -
ホテルから3キロ、ファームに到着。
馬が数頭準備されている。建屋内の事務室に入り予約確認をして荷物を預けたあとはトレッキングのインストラクターと挨拶。彼から私の本日のパートナーホースを紹介された。
鞍とあぶみの扱い方、最も大事な手綱の基本さばきをレクチャーされ準備万端。さあ出発~ -
乗馬ファームのサークルを出てインストラクターと私の2騎はホーストレッキングを開始した。
インストラクターは若い男性、名前はコング。彼の馬は芦毛のブリン牡7才。
一方私の相棒を務めるのは鹿毛のバニー牡の13才である。この2人と2頭でポコポコと田舎道を歩いて行く。 -
先導役はコングとブリンのコンビ。
私とバニーは後ろから。 -
民家と民家のあいだ、ごく普通の路地を歩いていくので生活感たっぷりでついジィッと見てしまう。
-
さて相棒バニーのトレッキングぶりだが彼はなかなかの食いしん坊のようだ。道脇に草木が現れるとすぐ喰らいつこうとする。その度にコングからもっと手綱を引けとの指導。
本来は長手綱でいいはずなのだが、歩き出したばかりでまだ私との息が合っていない。 -
家畜の牛とすれ違う。
この後再び牛の群れが近づいてきたが、バニーは激しく動揺、立ち上がりかけて私は危うく振り落とされそうになった。
コング曰く通常、牛の方が馬を警戒するんだけどなあ、とのこと。
バニーちゃんは臆病なのかね。 -
いつの間にやら民家は遠のき視界が開けたあぜ道に出た。上々の雰囲気である。
-
どうですこのトレッキングコース。
前を行くブリンの落ち着きぶりを見習ったのかバニーもキョロキョロすることはなくなり頼もしい。私との息が合ってきた。いいぞバニー。 -
朝から東南アジアの強い日射しだが湿気はなくこの上なく快適。
シルエットもまずまずサマになってるるじゃん。 -
カンボジアの農村風景。
もう完全に景色を楽しむ余裕が生まれているこのあたり。 -
今日初めてブリンが草を喰み始めた。それを見て安心したのかバニーもつまみ食い。まあ誰も急いでいない。ここはフリータイム。
-
トレッキング再開。
この場所を歩いている時、ちょっとしたハプニングが起きた。コングが突然ワオと叫んだかと思うとパッと下馬し草むらを覗きこんで這いつくばった。
彼は私にこう言い放った。
スネークだ、悪いけど3分待ってくれ!
え、まさか。そう、そのまさかである。 -
鞍上で待つ私の存在など忘れたかのように草むらと格闘すること3分いや5分。執念で1匹の蛇を捕獲した。
コングさあ、そ、それどーすんの?
今日のランチだよ。美味いんだなコレ
いっやあカンボジアンウェイやんなあ~
この状況では一緒に喜びを分かち合うしかない私。
それにしてもコングのこの笑顔ね。
アンタ、完全に仕事忘れとるやろ。 -
思いもかけない収穫を手に入れてコングはご機嫌、バニーと私のコンビも歯車が噛み合って足取りは極めて順調。
-
おっと、どうやら折り返し地点までたどり着いたようだ。コングと私は馬を下りて放馬しないように2頭をロープで繋ぎ止めた。
-
折り返し地点はここ。ワットアトビア遺跡。アンコールの無名遺跡を目指してのトレッキングコース、これはなかなか気が効いてる。確実に旅の思い出に刻まれるだろうね。
-
小休止中のブリン。
ここまで安定感のある歩行で確かな先導馬である。 -
一方のバニー。
齢のわりにチャカチャカしていて最初はどうなるかと不安だったが途中から私の手綱に応えるようになった。
もう心配無用。ただ彼はやっぱり少し食いしん坊だな笑 -
ここでさっきからずっと気になっていた獲物を見せてもらう。
体長1.2メートルほど。
ランチねえ。採れたての新鮮素材であることは確かだな。
終始ニコニコ顔のコングはリュックサックの小ポケットに蛇をそのまんま大切にしまいこんだ。ランチのお誘いを受けなかったのが惜しいやら安堵するやら。 -
コングが撮ってくれた本日の乗馬姿。
手綱をガッチリ引いて背筋をピンと伸ばすのがアメリカンスタイルなんだって。
さあ休憩時間も終わり。これからハーフターンである。 -
パームツリーと水田風景。
天気も最高で実にいい気分で馬に揺られているこの辺り。 -
目の前に直線道が現れた。
コングは今から早足でここを駆けるぞ、用意はいいかい?と私に指示。
手綱を短く持ち直し、あぶみの掛かり具合を確認してコングの号令を合図にバニーに気合いの一押しを入れた。
ほんの100メートル走だったが気分は爽快! -
アヒルの一団。
アヒルって癒やし力が高いよね。不思議にホッとしてしまう。 -
んじゃコイツは?
バッファローは困ったちゃんだ。
敵対心まんまん、今にも突っかかってきそうなポーズで威嚇する。
以前ヒマラヤの一本道で成体のバッファローと遭遇し一対一でにらみ合ったまま一歩も動けなかった経験がある。
あの時は生涯初めて動物の恐ろしさを味わった。
コングも、バッファローはファニーなんだよねえ、と呟いた。兄貴、同感です。 -
ノンビリしたあぜ道が続く。
そう言えばもう優に2時間以上トレッキングしているがお尻が疲れる感覚はないなあ。実はバニーは乗り心地のよい看板馬だったのか? -
蓮子もビッシリ。
これこそ安らぎ系植物の代表格。 -
おやおや、バニーちゃんも喉が渇いたようで。もう少しだから頑張ってね。
-
このトレッキングもあと僅か。
木々の向こうにファームが見えてきた。 -
朝9時にスタートしたホーストレッキングは正午頃、ファームに着いて無事に終了となった。
一仕事を終えたコングを記念撮影。この後はランチタイムが待っているからこの笑顔。
彼の着ていたTシャツに文字って
No snake No honey?と冗談をとばしたら超苦笑いしとりました。 -
最後はやっぱり相棒で。
トレッキングを終えてシャワーとブラッシングをしてもらい馬体もピカピカ。こうやって見るとなかなかのアメリカンクォーターホースっぷりじゃないか。
食いしん坊が玉に傷だがそれも君の持ち味、丈夫で長生きしておくれ。
今日は本当にありがとうバニー!
乗馬トレッキングの運営はハッピーランチファーム。こちらは事前予約が必ず必要だ。予約時に how much your weight ? と質問されるが体格に見合った馬を選んでおくためである。納得。
んでホントに今気がついたのだが、ファームの名前はこの日のコングにそのまま捧げたい名前であった。
あの蛇のお味はいかがでしたかなあコング? -
【アクティビティその⑤ アプサラダンス観賞】
シェムリアップのツーリスト対応メニューは劇的に幅が広がっている。ホテルや食事も含めてね。
とは言え、観光資源の源泉になっているものはカンボジアのみならず全ての国において結局は二つに集約される。二つとは固有の自然と固有の伝統文化である。
カンボジア固有の伝統文化で誰もが頭に浮かぶのがアプサラダンスだ。アプサラダンスを見なければ私は日本に帰れないってことになっているらしい。
寸分のためらいもなく前回に続いて今回も観賞した。 -
夕方、私が向かったのはココ。オールドマーケットからは歩くと少しかかるものの充分便利なロケーションにある。
いわゆるレストランシアター。レストランシアターは本来、料理を提供するのがメインでショーは食事を楽しむための添え物のハズなんだが、私の最近の印象では世界各地で主客が逆転している傾向を感じている。食事したいなら食事専門店に行けばよく、ショーのウェイトを重視する経営方針の店が多いのでは。
ましてやアプサラダンスの求心力は折り紙つき、この店はその典型に見えた。 -
食事はバイキング形式。
もちろんクメール料理はあるが自分で選んでいるうちにインターナショナルフードになってしまった。
舞台が暗いうちに食事を済ませ演目を待つ。客の動きは大体みな同じだな。
ステージがパッと明るくなって演目が始まる。一幕目は農民風衣装の男女がグループで踊る。彼らには悪いが言ってみれば露払いの役割だ。 -
次の演目。このダンスも農村もの。
舞台MCがいるわけじゃないからストーリーの解説は一切なし。でも農民が天に感謝しながら豊作を祈り仕事に精をだす、そこに男女の交流が生まれてまあどうしましょう?的な世界普遍の物語であることは容易に想像がつく。
日本的には民謡の世界プラスちょっとした恋物語。実は私、この手の素朴なダンスは嫌いでない。てか結構なレベルで好きである。 -
まずもって衣装がかわいい。
腰にびくをつけているあたりからクメールどじょうすくいの舞か。 -
いくつかの演目がありついに待ちわびていたアプサラの踊り手が登場!
ステージの空気が変わる。料理を食べる手はほぼ止まり視線が一斉に舞台に注がれる。 -
優雅でしなやか
-
でアプサラの見せ場といえば
この手の動き
両腕の非対称な振付けと指の反り返り
スローモーションを見ているようなゆったりとした踊りのながれ
本当に魅せる。
アプサラダンスが生まれたのは9世紀頃とのことだが、日本では平安時代の初期か。
この分野じゃちょっと負けたかな。
いやかなり負けた。 -
観客を圧倒し続けたまま
-
今夜の天女の舞は幕を閉じた。
14年前の写真を見返すとその時はもっと規模の小さな屋外シアターでアプサラダンスを観賞している。この日のダンスよりも素人劇団感が強かったと記憶。
国の体制が安定すると文化芸能も磨きがかかる。そういうことだね。
アプサラは完全復活を遂げた。大満足。 -
まだあった。
ショーが終わるとサヨウナラではなくアプサラの踊り子はステージに居残り。
そうフォトタイムである。袖下からの撮影に応えるわけだが、観客は舞台上に上がってもいい。アプサラガールとの記念撮影が可能というわけで次から次へと踊り子の横に立つ順番待ちとなっていた。
観光客が増えればサービスはどんどんビジネスライクになっていくのが常だが、基本お人好しの国民性、カンボジアは心配しなくていいだろう。 -
あああ?これは?
実は私アプサラショットを撮っていた。
しかも場所はアンコールワット。
そもそもボンヤリするために旅に出かけるのでたいがいボンヤリしながら観光しているんだが、その割りに抜け目がなかった。
さすが世界有数のミーハー旅行者ぶり。
あんまり欲張りしないようによく言っておかないといかんなあ。
ところでこの指の反り返り具合はいかがでしょう? ダメ? -
以上が今旅の私のアクティビティ報告。
遺跡巡りに非ずとも楽しさは尽きない。
何度も言うがクメール人の民族性なんであろう、観光客が増えても決してギスギスせずに自分たちのリズムをきちんと守っているのがカンボジアの良さ。旅行者が気を張るシーンもさほどなく、これってとても得点になっていると感じる。彼ら自身はおそらくそのことに気がついていないけどね。 -
最後にもう一つ。
今回私はオールドマーケット近くで二つのホテルに宿泊した。そのうちのひとつは外見がクラシック、内装は感心するほどモダンな趣味のいいホテルであった。
飛び込みで空き部屋を尋ねてチェックイン、さあよかった、部屋に入ろうとしたその時。オープンキッチンの中で働いていた1人の女性が『ニホンジンデスカ?』といきなり私に声をかけてきた。 -
えっ?そうですけど。
と答える私におもむろに彼女が見せたのが写真の日本語テキストブック。
見るとテキストはオール日本語のみ。あいうえおを学ぶなんて序の口のものじゃなくはるかに上を行く長文の読解力を養うレベルのものであった。
これには掛け値なしに驚いた。
『コノモンダイノコタエハアッテマスカ?』
彼女の解答は合っていた。 -
彼女がその女性。ホテルのカフェの厨房担当スタッフである。
高難度の問題に正解していることを伝えるとやったあ!のポーズが出た。
そうなんだよね。14年前来た時にやはりこの街の郊外で中学校を覗いてみたらごく普通に日本語の授業をやっていたことをふと思い出した。
彼らにとって日本は学ぶべき対象なのである。現在のカンボジア安定の原点は国連の暫定統治機構が入り復興の基礎を固めたからであるが、その代表を務めたのは日本人だ。私たちはカンボジアと縁が深く、彼らからの眼差しが間違いなくあることをあらためて実感。
まだまだ我らが日本も捨てたもんじゃないよなあってことで嬉しくなった。
以上おしまい。
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