2017/04/12 - 2017/04/16
489位(同エリア1810件中)
風待ちさん
5日間で、モスクワとサンクトペテルブルグを訪れるお手軽なツアーに夫婦で参加。ロシア最後の王朝、ロマノフ王朝(1613~1917年)。ピョートル大帝とエカテリーナ二世によって、西洋化・近代化が急速に進められ、その時代の絢爛豪華な遺産がモスクワとサンクトペテルブルグに残されている。そのあまりにもすごい富の集中に圧倒される旅となった。一方の農奴たちのくらしはどのようであったのだろうかと思いやらざるを得ない。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- 同行者
- 家族旅行
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 観光バス 飛行機
- 航空会社
- アエロフロート・ロシア航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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1日目 アエロフロート航空 12:00発 モスクワへ(約10時間)
モスクワで乗り継ぎ サンクトペテルブルグへ。着後 バスでホテルに。
一日目はこれにて終了。
2日目 世界遺産 サンクトペテルブルグ観光。
1703年、ピョートル大帝がロシア近代化の要として、バルト海に開かれた港と要塞を築いた事に始まる町。ネヴァ川の沼沢地のため、使役された捕虜のスウェーデン兵や農奴の4万人以上が疫病や飢えなどで命を落としたという。
「聖ペテロの町」・サンクトペテルブルグという町の名はその後、ペトログラード、レニングラードと変わり、再びサンクトペテルブルグへと変わった。
写真は血の上の救世主教会。農奴解放令などの改革を進めたアレクサンドル二世はその後暗殺された。その地の上に建てられた。 -
デカブリスト広場。左は聖イサク寺院。右は青銅の騎士像。
青銅の騎士は、ピョートル大帝の像。1782年、大帝の後継者を自認するエカテリーナ2世によって建てられた。
この像がある「デカブリスト広場」はもともと正式には「元老院広場」という名。1825年12月の「デカブリストの乱」にちなんで革命後デカブリスト広場と呼ばれるようになった。ロシア語で12月はデカブーリ、12月に蜂起した貴族将校たちをデカブリスト(12月党員)と呼んだことから来た名前。当時、ヨーロッパ啓蒙主義の影響で自由主義的思潮に傾斜していった将校たちが起こした反乱だった。この像の前で、プーシキンはピョートル大帝を讃え、サンクトペテルブルグの歴史を長編の叙事詩に書いた。
その一部を紹介します。この詩を、この像の前で読み、当時に思いをめぐらせました。
「ひっそりとさびしげに波立つ岸辺に 彼はひとり立っていた。
広大な思いを胸に はるかかなたを見やっていた
目の前には広々と脈々と 川は流れゆく
流れに沿ってみすぼらしい丸木舟 ただ一艘のみが足早に進んでいた
・・・・・略・・・・・
彼は考えた
ここから愕かそう スウェーデンの民を ここに都を建てよう
・・・略・・・
時はうつろい、百年が過ぎた
若き都は 極北の国々の生まれ変わり
美しく まるで奇跡のよう
暗闇、深い森並みから、じめじめした沼地から
きらびやかに、厳かに現れ出でた。
・・・略・・・」 -
○エルミタージュ美術館
今回の旅のメイン。エルミタージュはフランス語で(隠遁所、隠れ家)という意味。絢爛豪華な屋敷で、今は所蔵する美術品300万点という巨大な美術館。全室回ると20kmになると言うから驚き。ここを、午前中一時間半で別館の鑑賞。午後は三時間半かけて本館を回る計画。この日の歩数は10812歩、5.8kmなので、全体の3分の一も見ていないと言うことか・・・・。
元は「冬の宮殿」と呼ばれた皇室一家の宮殿。ロマノフ王朝の歴代帝王が改修を重ね、豪華そのもの。エカテリーナ二世がドイツから買い求めた美術品コレクションが元になっている。ロシア革命後は押収した美術品の格納庫となっていた。また、レンブラントの絵画が充実している事でも有名。 -
この日は、メーデーが近いと言うことで、その式典のための練習が行われていた。
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ルノワール、ゴッホ、マティス、ピカソ、レンブラント・・・名作、名品が間近に鑑賞できる。
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ミケランジェロ作。他に、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ラファエロ、ルーベンスなど。なにしろ私にはとても紹介しきれない。
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白夜の夏を楽しむサンクトペテルブルグの夏の宮殿は、シャンデリアがないけど、冬の宮殿にはきらびやかなシャンデリアがたくさんみられる。豪華な調度品や、嗜好をこらした各部屋も次々。
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私が特に興味を引かれたのは、石。青やピンク、白さまざまな大理石、クジャク石、ラピスラズリなど。どれも、きれいで大きくて見事。どこにこんな石があったのか?、なぜここにこんなにたくさん集まったのか?と驚き、感激し、堪能の連続。
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孔雀石
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箱根の寄せ木細工のような木の床。素晴らしい職人の技。各部屋ごとに趣の違う模様が施されている。名も残ってはいない職人たちだけれど、思う存分に技を発揮できる仕事が出来て、しあわせだったかもしれない。
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3日目 今日は、サンクトペテルブルグの郊外の二つの町を訪れる。
○ツアールスコエ・セロー
「皇帝の村」の意味。2世紀の間、皇族の夏の住まいとして使われてきた。プーシキン没後100年を記念して1937年「プーシキン」と改名されたが、現在の町名はツアールスコエ・セロー。
☆エカテリーナ宮殿
白とロイヤルブルーの壁が青空に映えて、一気に帝政ロシアの時代にタイムスリップした気分に。
ピョートル大帝の妃エカテリーナ一世のために1724年建設。その後女帝エリザヴェータが一部バロック様式に改修。さらに、エカテリーナ二世が一部クラシック様式
に変えたという。 -
壁面はいたるところ金で覆われ、きらびやかな部屋が次々現れる。金は8年くらいで黒ずんでくるので、張り替える事が必要だという。誰かサンではないが、「どんだけ~。」と言いたくなる。
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天井を高く見せるため、周囲には2階のバルコニーが描かれている。
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きらびやかな衣装。でもこれは、映画のためにロマノフ王朝時代を再現し作られた衣装。
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窓の外、裏庭に見えるのは厩舎。宮殿からの眺めを損じないように立派なつくりになっている。
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「琥珀の間」が有名だが、ここだけは撮影禁止。隣の部屋からカメラを向けてみた。
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巨大なルビーと無数のダイヤモンドをちりばめた王冠。
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エカテリーナ二世の像。
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全体に贅の限りを尽くしたつくりには圧倒されるばかり。なにもここまでしなくて とか、ロシアの農奴たちは何を食べていたのだろうか とか考えてしまう。こんなに金づくしではかえって落ち着かないだろうと思う。
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庭はまだ雪に覆われていた。
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どこから見ても美しい。
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☆ペテルゴフ(ピョートル大帝 夏の宮殿)
フィンランド湾に面した美しい噴水と庭と宮殿。海からだんだんとテラス状に高くなる地形を利用し、水を生かした宮殿。北方戦争で勝利したロシアの偉大さを誇示すべく1723年完成。 -
宮殿前から伸びる水路の先は、フィンランド湾。
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水路に沿った道を歩き、
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ふりかえって、宮殿を正面から見る。
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サンクトペテルブルグのホテルの名は「ドストエフスキー」。地下にはスーパーがあり、水やおみやげはここでゲット。4階までがショッピングモールになっていて、5階からがホテルになっている。ホテルの部屋から吹き抜けで4階までの様子が見えていた.
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ホテルの目の前にはドストエフスキーが通った教会がある。朝、食事前に散歩がてらによってみた。
この日は20:35の国内線でモスクワに戻り、モスクワのホテルに滞在となる。 -
○4日目
ホリデイ インホテルの前庭に、ミニアイリスが咲いていた。オーストラリアで見たモーニング グローリーに似た可憐な花。今日はモスクワ観光で、そのまま夜19;00発の便で帰国の予定。 -
今日はクレムリン観光と赤の広場の見学。それ以外は車窓からの見学となる。近代的なビル群が見えてきた。
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ボリショイ劇場
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近代的なビルの左にあるのは、スターリン時代のスターリン型アパート。
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車窓から
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☆いよいよクレムリンに入る。クレムリンは城塞という意味。だから、ロシアの他の都市にもいくつかクレムリンはあるようだ。
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内部はとても広く、想像とは違っていた。制服の違う軍人たち、イコンとフレスコ画のウスペンスキー大聖堂、なによりも武器庫とダイヤモンド庫の中の宝物群(残念ながらここは撮影禁止)。皇室だけではなく、ロシア大聖教への献品の豪華さたるや言葉を失ってしまう。聖母マリアのイコンを飾る枠の豪華さ・・・聖母マリアは決して喜んではいないだろうと思うのは、私だけではないだろう。
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ウスペンスキー大聖堂(裏手から)
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メーデーのお祭り広場。ここを通って赤の広場まで歩く。
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☆赤の広場
赤というのは「美しい」という意味があるそうだ。広場の周りには、国立歴史博物館、聖ワシリー寺院、国立百貨店の意味を持つグム百貨店がある。
左がグム百貨店。右奥が聖ワシリー寺院。 -
国立歴史博物館
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聖ワシリー寺院はモンゴルへの戦勝を記念してイヴァン雷帝により1560年にたてられた。(ロマノフ王朝の前のモスクワ大公国の時代)雷帝は寺院の美しさに惚れ込み、二度とこのような建物が出来ぬよう設計者のポストニクとバルマの眼をくりぬいたと言われている。
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赤の広場で
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グム百貨店の中。2階バルコニー。
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車窓から
この日は66才の誕生日。レストランの昼食の時、添乗員さんからグム百貨店の紅茶をいただいた。
お土産に買ったコケモモをお砂糖でくるんだお菓子はとてもおいしかった。
さて、大国ロシアの歴史と文化に触れた旅も終わり、空港に向かう。モスクワ発19:00 アエロフロートSU0260にて。
○5日目 成田着 4月16日 10:35 ( 完 )
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