2017/04/01 - 2017/04/01
24位(同エリア34件中)
キラキラホッホさん
- キラキラホッホさんTOP
- 旅行記114冊
- クチコミ11件
- Q&A回答0件
- 75,045アクセス
- フォロワー8人
4/1(土)
アントワープからメッヘレン、リールの二都市をまわります。
早起きしてブリュージュ7:26発でアントワープへ(土日はシニアチケットの時間制限なし)駅前のホテルに荷物を預けてまずメッヘレンに向かいます。
メッヘレンが最も輝いたのは16世紀初頭。神聖ローマ帝国皇帝マクシミリアン1世は1506年、娘マルガレータをネーデルランド総督に任命し、マルガレータが亡くなる1530年までネーデルランド(現在のベルギー・オランダ)の政治、文化の中心として繁栄しました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 航空会社
- フィンランド航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
アントワープ9:36発→メッヘレン9:54着。
駅から真っすぐ北にグローテ・マルクトに向かって歩く。 -
駅とグローテ・マルクトの中間あたりでダイレ川に架かる橋を渡る。
川に沿って遊歩道が設置されている。 -
あいにくポツポツ雨が降り出したが、傘をさすほどでもない。
通りは人通りが多くなってきた。 -
花市場。
-
グローテ・マルクトに到着。
朝市が開かれていて賑わっています。 -
グローテマルクトに建つ市庁舎。
右から繊維取引所、鐘楼、大評議会宮殿を一緒にした建物。
真ん中は鐘楼として14世紀に建てられ始めたが鐘楼としては完成されず、16世紀に二つの塔が設置された。未完成の鐘楼にもかかわらず「ベルギーとフランスの鐘楼群」として世界文化遺産に認められた。
市庁舎の前にずらっと店が並んでいるので正面から上手く撮れません。 -
市庁舎真ん中の入り口を入った中庭の様子。
トイレの矢印があったので入ってきました。 -
左の旧大評議会宮殿は1526年建設されたが、こちらも400年間未完成のままで1911年ネオゴシック様式で装飾され完成した。評議会ホールは市議会に使用されるほか結婚式などに使われるホールもある。
-
朝市のパン屋さん。ワッフルも焼いている。
魚屋さんの前はちょっとしたワインバーになっていてテーブル席で牡蠣やにしんを食べる人で賑わっていました。 -
ゴシック様式の市庁舎のかどを曲がる。
東に延びるベッファー通りをマルガレータの宮殿へ。 -
ベッファー通りを400mほど行くと交差点の角に教会が見えてくる。
-
St.Pieter-en-Paulkerk 聖ピーター&聖ポール教会。1669年建造。
-
教会右隣は劇場、幼いカール5世が暮らしていた宮殿だったそうです。
-
劇場の向かいがマルガレータの宮殿。
1506年~1530年までネーデルランドを治めていたマルガレータの宮殿であった。
1796年から現在まで裁判所として使われている。 -
マルガレータの宮殿中庭。中庭のみ見学可。
-
マルガレータの宮殿からホフ・ヴァン・ビュスレイデン市立博物館にやってきました。
Sint-Jan str.側の門の格子の間から撮っています。 -
Sint Jans 通り。
ホフ・ヴァン・ビュスレイデン博物館と、奥の角の白い建物が王立カリヨン学校。 -
通りの左側にSt.Janskerk 聖ヤン教会。
-
Sint-Jan str.を西へ少し行くと突き当りが旧修道院。
DE BORGHT というインテリアと花の店になっています。
入口からちょっとのぞいてみると、大きな空間を生かしたモダンで高級そうな店。 -
旧修道院からスカウテト通りSchoutet str.に入って次の角が王立タペストリー工房。
-
王立タペストリー工房。
毛織物産業が栄えたフランダースでは中世以来、優れた技術でタペストリーの名品を生み出してきた。伝統技術の保存と継承のため1899年に設立されました。
とても大きな建物なので全体は撮れません。 -
旧修道院まで戻ってGoswin de stassart str.を南に聖ロンバウツ大聖堂に向かう。
旧修道院のすぐ左側、緑の藻で覆われた堀のようなところがあります。
Green water と書かれています -
Green water の説明プレート。
よくわからないが、昔、右の図のような運河があり(青い線)、次第に埋め立てられ取り残された部分らしい。地図で見ると50mほど。もう一カ所ダイレ川近くのメラーン通りに250mほどの同じような運河跡がある。 -
聖ロンバウツ大聖堂にやってきました。
13世紀から3世紀をかけて建設された。
当初の計画では尖塔を造る予定であったらしい。尖塔がないぶん重量感が増します。 -
-
塔の高さは97m、尖塔まで完成していたならアントワープの大聖堂より高くなっていたはず。49個の鐘からなる二組のカリヨンが設置されている。
-
聖ロンバウツ大聖堂前の通りオンデル・デン・トーレンからグローテマルクトに続くステーン通りを望む。
-
グローテマルクトに戻ってきました。
-
広場の市はまだ賑わっています。パエリアの鮮やかな黄色に誘われて。
大きなエビがゴロゴロ入っていておいしかったが手や口のまわりが黄色くなってしまった。 -
グローテマルクトからステーン通りにかけての小広場から見た聖ロンバウツ大聖堂。
教会全体の姿を撮るならここからがベスト。 -
その右側に郵便局、15世紀の市庁舎だった建物。
-
郵便局前、ステーン通りの三差路に立つマルガレータの像。
神聖ローマ皇帝マキシミリアンの長女として生まれ、3歳でフランスに送られる。
10歳で形式的王妃となるも、政略により破談となり帰国。その後スペインのアストゥリアス公ファンと、次のサヴォイア公フィリベルト2世との結婚も夫の死亡で短期間に終わる。これ以降再婚を拒否、父によりネーデルランド総督に任命されるとともに兄フィリップの遺児(カールを含む4人)の養育を任された。そしてここで政治、外交、文化に優れた手腕を発揮したのである。 -
ステーン通りからエイゼレンレーン IJzerenleen へ入っていきます。
-
通りの両側に立派な館が建ち並ぶ。。
-
-
-
ダイレ川の石橋を渡る。
川沿いに遊歩道がめぐらされている。 -
石橋の西側が中世に港として栄えた大麦埠頭 Haverwerf、東側が塩の埠頭 Zoutwerf 。
大麦埠頭は特に興味を引くものはなさそうなので、戻って塩の埠頭側に行く。 -
石橋のすぐ近くにサーモンハウスがある。
-
サーモンハウス。ギルドハウスのファサードは1530年~1536年に初期ルネサンス様式に改造されたようだ。
入口の上に大きなサーモンのレリーフ。 -
サーモンハウス。
彫刻が施されたシックなファサード、窓はステンドグラスになっているようです。
個人的にはメッヘレンで一番印象に残った建物。 -
サーモンハウス。
入口のドアも魚や人魚のデザイン。 -
1500年~1550年の木製切妻と石の側面を持つ、と説明プレートに書かれている計量所はこの建物と思われる。
-
塩の埠頭、由緒ありげな立派な建物が並ぶ。
-
ダイレ川の石橋に戻り左折してコーレンマルクトに入る。
-
コーレンマルクトがホーフ通りと名を変えた突き当りにブリュッセル門。
-
ブリュッセル門、1300年に築かれたの城壁の一部で、1810年にこの門のみを残して城壁は取り壊された(ガイドブックより)
-
市街地を取り囲む環状道路に取り残されたようにたたずむ。
-
ブリュッセル門をくぐり、左に進むとメッヘレン駅に至る。
-
メッヘレン駅。
一旦アントワープ戻り、リールに向かいます。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
50