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2015年夏休みのスリランカ旅行8日目後半。<br /><br />セイロン島中央部の古都キャンディから7時間かけてたどり着いた南西部の港町ゴール(ガレ)は、四方を城壁に囲まれた要塞の街。<br /><br />ポルトガル、オランダ、英国と、16世紀以来、ヨーロッパ列強の支配下に置かれたこの街は、スリランカの中でも特にコロニアルな雰囲気を残す、“異国の中の異国”の街。<br /><br />そんな雰囲気の中、1km四方のこじんまりとした旧市街でのんびりと過ごし、長い旅の疲れを癒すことができたゴール滞在となりました。<br /><br /><旅程表><br /> 2015年<br /> 8月14日(金) 成田→バンコク→コロンボ<br /> 8月15日(土) コロンボ→アヌラーダプラ<br /> 8月16日(日) アヌラーダプラ→ミヒンタレー→アヌラーダプラ<br /> 8月17日(月) アヌラーダプラ→ポロンナルワ<br /> 8月18日(火) ポロンナルワ→ダンブッラ→シーギリヤ→ダンブッラ<br /> 8月19日(水) ダンブッラ→キャンディ<br /> 8月20日(木) キャンディ→ピンナワラ(象の孤児園)→キャンディ(ペラヘラ祭)<br />〇8月21日(金) キャンディ→コロンボ→ゴール<br /> 8月22日(土) ゴール→コロンボ<br /> 8月23日(日) コロンボ→バンコク→成田

灼熱と豪雨、そして笑顔のスリランカ(13) インド洋に突き出た要塞の街 “スリランカの中の異国” ゴール

86いいね!

2015/08/21 - 2015/08/21

10位(同エリア200件中)

2

55

エンリケ

エンリケさん

2015年夏休みのスリランカ旅行8日目後半。

セイロン島中央部の古都キャンディから7時間かけてたどり着いた南西部の港町ゴール(ガレ)は、四方を城壁に囲まれた要塞の街。

ポルトガル、オランダ、英国と、16世紀以来、ヨーロッパ列強の支配下に置かれたこの街は、スリランカの中でも特にコロニアルな雰囲気を残す、“異国の中の異国”の街。

そんな雰囲気の中、1km四方のこじんまりとした旧市街でのんびりと過ごし、長い旅の疲れを癒すことができたゴール滞在となりました。

<旅程表>
 2015年
 8月14日(金) 成田→バンコク→コロンボ
 8月15日(土) コロンボ→アヌラーダプラ
 8月16日(日) アヌラーダプラ→ミヒンタレー→アヌラーダプラ
 8月17日(月) アヌラーダプラ→ポロンナルワ
 8月18日(火) ポロンナルワ→ダンブッラ→シーギリヤ→ダンブッラ
 8月19日(水) ダンブッラ→キャンディ
 8月20日(木) キャンディ→ピンナワラ(象の孤児園)→キャンディ(ペラヘラ祭)
〇8月21日(金) キャンディ→コロンボ→ゴール
 8月22日(土) ゴール→コロンボ
 8月23日(日) コロンボ→バンコク→成田

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
ホテル
3.0
グルメ
3.0
交通
4.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
10万円 - 15万円
交通手段
徒歩
航空会社
タイ国際航空
旅行の手配内容
個別手配

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  • 8月21日(金)<br />13時、コロンボ経由で7時間をかけて、セイロン島中央部の古都キャンディから、南西部に位置する港町ゴール(ガレ)までやってきました。<br /><br />さすが世界遺産に登録されている街だけあって、駅にはスリランカ人のほか、バカンスを楽しんでいそうな欧米人の姿もちらほら。

    8月21日(金)
    13時、コロンボ経由で7時間をかけて、セイロン島中央部の古都キャンディから、南西部に位置する港町ゴール(ガレ)までやってきました。

    さすが世界遺産に登録されている街だけあって、駅にはスリランカ人のほか、バカンスを楽しんでいそうな欧米人の姿もちらほら。

  • 旅路を急ぐ乗客とともに、コロンボから約2時間15分をかけてわれわれを運んできてくれた車両をパチリ。<br /><br />ボックス席では人懐こいスリランカ人との出会いもあり、旅情を誘うレトロな車両でした。

    旅路を急ぐ乗客とともに、コロンボから約2時間15分をかけてわれわれを運んできてくれた車両をパチリ。

    ボックス席では人懐こいスリランカ人との出会いもあり、旅情を誘うレトロな車両でした。

  • さて、インド洋に面した街ゴールはさすがに湿気が多く、これまで旅してきたスリランカのどの都市よりもじめっとした空気が漂って、蒸し暑い感じ。<br /><br />改札口に向かって歩いていると、街の方向にはキリスト教の教会らしき建物も見え、街並みもほかの都市とは異なっていそうな感じです。

    さて、インド洋に面した街ゴールはさすがに湿気が多く、これまで旅してきたスリランカのどの都市よりもじめっとした空気が漂って、蒸し暑い感じ。

    改札口に向かって歩いていると、街の方向にはキリスト教の教会らしき建物も見え、街並みもほかの都市とは異なっていそうな感じです。

  • 13時20分、ゴール駅を出て南へ10分ほど歩いていくと・・・見えてきました。<br /><br />世界遺産となっているゴールの街の城壁。<br /><br />大航海時代初期の支配者ポルトガルから、オランダがこの街を奪った後、1663年に築いたもので、この街の象徴ともなっているもの。<br /><br />この壁の向こうに旧市街が・・・。

    13時20分、ゴール駅を出て南へ10分ほど歩いていくと・・・見えてきました。

    世界遺産となっているゴールの街の城壁。

    大航海時代初期の支配者ポルトガルから、オランダがこの街を奪った後、1663年に築いたもので、この街の象徴ともなっているもの。

    この壁の向こうに旧市街が・・・。

    ゴール旧市街とその要塞群 旧市街・古い町並み

  • 城壁のすぐ脇からはインド洋を望めます。<br /><br />世界遺産の城壁の隣にこんな広々とした空き地があるなんて・・・ゴールは何だかゆったりした街といった印象ですね。

    城壁のすぐ脇からはインド洋を望めます。

    世界遺産の城壁の隣にこんな広々とした空き地があるなんて・・・ゴールは何だかゆったりした街といった印象ですね。

  • そのままてくてくと城壁に沿って歩いて、城壁にぽっかりと開けられた入口へ。<br /><br />その前にはこんな石碑。<br /><br />近づいてよく見ると、中央部分には“1914-1918”と書かれており、どうやら第一次世界大戦に(当時宗主国であった)英国軍として参加した兵士たちを記念したもののようです。

    そのままてくてくと城壁に沿って歩いて、城壁にぽっかりと開けられた入口へ。

    その前にはこんな石碑。

    近づいてよく見ると、中央部分には“1914-1918”と書かれており、どうやら第一次世界大戦に(当時宗主国であった)英国軍として参加した兵士たちを記念したもののようです。

  • そして城壁の内側へ。<br /><br />内部はこんなふうに石畳で舗装され、これまで見てきたスリランカの街とは違ったヨーロッパ風の落ち着いた街並み。

    そして城壁の内側へ。

    内部はこんなふうに石畳で舗装され、これまで見てきたスリランカの街とは違ったヨーロッパ風の落ち着いた街並み。

  • そんな石畳の道を、まずは予約していたゲストハウスを求めて歩いていきます。<br /><br />・・・城壁の中のゴール旧市街は、見かけるのはトゥクトゥク(オート三輪車)やバイクばかりで、普通の自動車がほとんど通らない歩きやすい道。<br /><br />通りには飲食店や土産物屋などが軒を連ねます。

    そんな石畳の道を、まずは予約していたゲストハウスを求めて歩いていきます。

    ・・・城壁の中のゴール旧市街は、見かけるのはトゥクトゥク(オート三輪車)やバイクばかりで、普通の自動車がほとんど通らない歩きやすい道。

    通りには飲食店や土産物屋などが軒を連ねます。

  • 13時40分、予約していたゲストハウス、“Fort Inn Guest House”を見つけると、本館は既に宿泊客でいっぱいのようで、別館へ案内するとのこと。<br /><br />若い男性にバイクの後部座席に乗せられ、ものの十秒ほどで案内されたのは、狭い路地の奥に佇むこんな宿。

    13時40分、予約していたゲストハウス、“Fort Inn Guest House”を見つけると、本館は既に宿泊客でいっぱいのようで、別館へ案内するとのこと。

    若い男性にバイクの後部座席に乗せられ、ものの十秒ほどで案内されたのは、狭い路地の奥に佇むこんな宿。

  • 宿の入口には二羽の鶏が放し飼い。<br /><br />何だかのどかな雰囲気ですね。

    宿の入口には二羽の鶏が放し飼い。

    何だかのどかな雰囲気ですね。

  • さて、チェックイン後に案内されたのは、正面入口からも見えたベランダ付きの2階のこんな部屋。<br /><br />この“Fort Inn Guest House”、Agodaで予約した1泊42USD(約5,160円)の宿で、今回のスリランカ旅行ではいちばん高い宿。<br /><br />ゴール旧市街はスリランカの他の都市よりも街並みが洗練されているだけあって、宿のお値段も高めのものが多い印象です。

    さて、チェックイン後に案内されたのは、正面入口からも見えたベランダ付きの2階のこんな部屋。

    この“Fort Inn Guest House”、Agodaで予約した1泊42USD(約5,160円)の宿で、今回のスリランカ旅行ではいちばん高い宿。

    ゴール旧市街はスリランカの他の都市よりも街並みが洗練されているだけあって、宿のお値段も高めのものが多い印象です。

  • ベッドにはこんなふうに蚊帳が付いています。<br /><br />この部屋は、今回のスリランカ旅行で初めてのテレビも付いていて快適なのですが、部屋の前後がガラス戸になっていて、カーテンが薄いので外から透けて見えてしまうのが難点かも。<br /><br />平和で大らかなスリランカらしいところなのですが、女性は注意した方がよいかもしれません・・・。

    ベッドにはこんなふうに蚊帳が付いています。

    この部屋は、今回のスリランカ旅行で初めてのテレビも付いていて快適なのですが、部屋の前後がガラス戸になっていて、カーテンが薄いので外から透けて見えてしまうのが難点かも。

    平和で大らかなスリランカらしいところなのですが、女性は注意した方がよいかもしれません・・・。

  • ちなみに洗面所には、今回の旅で最初で最後の、ぬるくないちゃんとしたお湯が出るホットシャワー。<br /><br />これがあまりにもうれしくて、シャワー機を記念にパチリと撮ってしまいました(笑)。

    ちなみに洗面所には、今回の旅で最初で最後の、ぬるくないちゃんとしたお湯が出るホットシャワー。

    これがあまりにもうれしくて、シャワー機を記念にパチリと撮ってしまいました(笑)。

  • ゲストハウスで少し休んだ後の14時20分、ゴール旧市街の散策開始。<br /><br />城壁の中の旧市街は自動車こそ見かけないのですが、代わりにトゥクトゥクがあちらこちらで走っていて、呼び声やエンジン音がうざい感じも。<br /><br />排気ガスの匂いもそこら中で漂っていて、気になる人は気になるかも。

    ゲストハウスで少し休んだ後の14時20分、ゴール旧市街の散策開始。

    城壁の中の旧市街は自動車こそ見かけないのですが、代わりにトゥクトゥクがあちらこちらで走っていて、呼び声やエンジン音がうざい感じも。

    排気ガスの匂いもそこら中で漂っていて、気になる人は気になるかも。

  • 14時30分、“MUSEUM”という看板を掲げた“ヒストリカル・マンション”(Historical Mansion)を発見。<br /><br />入場無料とのことなので、早速入ってみることにします。

    14時30分、“MUSEUM”という看板を掲げた“ヒストリカル・マンション”(Historical Mansion)を発見。

    入場無料とのことなので、早速入ってみることにします。

  • 中に入ってみると、植民地時代のものらしき、ヨーロッパ製の調度品や食器などが部屋いっぱいに展示されています。

    中に入ってみると、植民地時代のものらしき、ヨーロッパ製の調度品や食器などが部屋いっぱいに展示されています。

  • ナイフや短刀などもこんなふうに展示。<br /><br />なんだかレトロな展示方法の博物館といった印象です。

    ナイフや短刀などもこんなふうに展示。

    なんだかレトロな展示方法の博物館といった印象です。

  • これといった感慨もなくヒストリカル・マンションを後にし、14時50分、少し遅めの昼食をとろうと、“地球の歩き方”にも掲載されている“ママズ・ルーフ・カフェ”(Mama&#39;s Roof Cafe)へ。<br /><br />ここは屋上席からの眺めが良いらしく、早速昇ってみると、見事なゴール旧市街の眺望が。

    これといった感慨もなくヒストリカル・マンションを後にし、14時50分、少し遅めの昼食をとろうと、“地球の歩き方”にも掲載されている“ママズ・ルーフ・カフェ”(Mama's Roof Cafe)へ。

    ここは屋上席からの眺めが良いらしく、早速昇ってみると、見事なゴール旧市街の眺望が。

    ママズ ルーフ カフェ シーフード

    ゴール旧市街とインド洋を眺望できるカフェ ママズ・ルーフ・カフェ by エンリケさん
  • 赤い屋根のゴールの街並みと、その向こうの青い空、青い海。<br /><br />ランチタイムを外しているからか、今この場所にいるのはわたしだけで、この素晴らしい眺望を独占状態。<br /><br />トゥクトゥクの騒音もなく、落ち着いてゆったり過ごせる雰囲気で、我ながらいいお店を選択したものです。

    赤い屋根のゴールの街並みと、その向こうの青い空、青い海。

    ランチタイムを外しているからか、今この場所にいるのはわたしだけで、この素晴らしい眺望を独占状態。

    トゥクトゥクの騒音もなく、落ち着いてゆったり過ごせる雰囲気で、我ながらいいお店を選択したものです。

  • まずは2日ぶりのライオン・ビールを(10%のサービス料込みで440ルピー=約410円)。<br /><br />・・・うーむ、乾いた喉に昼間から飲むビールはたまりませんな。

    まずは2日ぶりのライオン・ビールを(10%のサービス料込みで440ルピー=約410円)。

    ・・・うーむ、乾いた喉に昼間から飲むビールはたまりませんな。

  • メインの食事はベジタブルドライカレー(サービス料込みで550ルピー=約510円)。<br /><br />メニューに普通のカレーがないのは残念でしたが、まあ美味しくいただけました。<br /><br />ちなみにわたしの経験では、地元市民も来店するようなスリランカの飲食店では、メニューにあるのはドライものばかりで、液体状のカレーはほとんど見かけないといった印象ですね。<br /><br />やはりカレーは各家庭ごとの“おふくろの味”だからでしょうか。

    メインの食事はベジタブルドライカレー(サービス料込みで550ルピー=約510円)。

    メニューに普通のカレーがないのは残念でしたが、まあ美味しくいただけました。

    ちなみにわたしの経験では、地元市民も来店するようなスリランカの飲食店では、メニューにあるのはドライものばかりで、液体状のカレーはほとんど見かけないといった印象ですね。

    やはりカレーは各家庭ごとの“おふくろの味”だからでしょうか。

  • 素晴らしい眺望と昼間から飲むビールに気持ち良くなってきて、わたしには似つかわしくないこんなもの(*)も頼んでみちゃったりして。<br /><br />*ミックスフルーツジュース:サービス料込みで270ルピー=約250円<br /><br />案の定、衛生状態の良くない国では腹痛の原因となる氷のかけらが入っていましたが、スリランカ滞在もあと一日なので、気にせず完飲。<br /><br />運が良かったのか、それともちゃんとミネラルウォーターの氷を使っていたのか、帰国後も腹痛にならずに済みました。

    素晴らしい眺望と昼間から飲むビールに気持ち良くなってきて、わたしには似つかわしくないこんなもの(*)も頼んでみちゃったりして。

    *ミックスフルーツジュース:サービス料込みで270ルピー=約250円

    案の定、衛生状態の良くない国では腹痛の原因となる氷のかけらが入っていましたが、スリランカ滞在もあと一日なので、気にせず完飲。

    運が良かったのか、それともちゃんとミネラルウォーターの氷を使っていたのか、帰国後も腹痛にならずに済みました。

  • それにしても気持ちのよい青い空、青い海の眺めです。<br /><br />このままここに沈没してみたくもなりましたが、15時30分、気を取り直して再び街歩きに出発。<br /><br />ママズ・ルーフ・カフェを後にします。

    それにしても気持ちのよい青い空、青い海の眺めです。

    このままここに沈没してみたくもなりましたが、15時30分、気を取り直して再び街歩きに出発。

    ママズ・ルーフ・カフェを後にします。

  • 15時50分、旧市街の北東部にある“オールド・ゲート”へ。<br /><br />先ほど鉄道駅から旧市街に入る際、石造りの城壁に開いた門をくぐりましたが、17~18世紀のオランダ統治時代はこちらがメインの門となっていました。<br /><br />その証拠に、門の上の壁面には、“オランダ東インド会社”を示す“VOC”(Vereenigde Oostindische Compagnie)の文字が刻まれた紋章のようなレリーフが。<br /><br />そこには“ANNO:MDCLXIX”(西暦1669年)というラテン数字も見え、この門が造られてから350年という、遥かなる時の流れを感じることができます。

    15時50分、旧市街の北東部にある“オールド・ゲート”へ。

    先ほど鉄道駅から旧市街に入る際、石造りの城壁に開いた門をくぐりましたが、17~18世紀のオランダ統治時代はこちらがメインの門となっていました。

    その証拠に、門の上の壁面には、“オランダ東インド会社”を示す“VOC”(Vereenigde Oostindische Compagnie)の文字が刻まれた紋章のようなレリーフが。

    そこには“ANNO:MDCLXIX”(西暦1669年)というラテン数字も見え、この門が造られてから350年という、遥かなる時の流れを感じることができます。

  • そして反対側(城壁の外側)にも紋章のようなレリーフが。<br /><br />こちらはオランダのものではなく、フランス革命戦争中の1796年に、当時フランス支配下だったオランダからセイロン島を奪って自らの植民地とした英国のもの。<br /><br />北側で陰になっているせいか、門の周囲が少し苔むしていて、内側よりも雰囲気があっていい感じです。

    そして反対側(城壁の外側)にも紋章のようなレリーフが。

    こちらはオランダのものではなく、フランス革命戦争中の1796年に、当時フランス支配下だったオランダからセイロン島を奪って自らの植民地とした英国のもの。

    北側で陰になっているせいか、門の周囲が少し苔むしていて、内側よりも雰囲気があっていい感じです。

  • 門の上に掲げられた紋章をズームアップ。<br /><br />イングランドを表すライオンとスコットランドを表すユニコーンが描かれた、現在も続く連合王国(United Kingdom)の国章です。<br /><br />こうしてみると、城壁の内側のオランダ東インド会社の紋章は、英国統治期間中取り外されていたのを、最近になって観光用に取り付けたということなのでしょうか。

    門の上に掲げられた紋章をズームアップ。

    イングランドを表すライオンとスコットランドを表すユニコーンが描かれた、現在も続く連合王国(United Kingdom)の国章です。

    こうしてみると、城壁の内側のオランダ東インド会社の紋章は、英国統治期間中取り外されていたのを、最近になって観光用に取り付けたということなのでしょうか。

  • 16時、城壁内に戻って、オールド・ゲートのすぐ脇にある、城壁と一体化した建物の“海洋考古学博物館”(Maritime Archaeology Museum)へ。<br /><br />入場料は300ルピーで、撮影料が別に250ルピーかかり、合計550ルピー(約510円)。

    16時、城壁内に戻って、オールド・ゲートのすぐ脇にある、城壁と一体化した建物の“海洋考古学博物館”(Maritime Archaeology Museum)へ。

    入場料は300ルピーで、撮影料が別に250ルピーかかり、合計550ルピー(約510円)。

  • 順路に従って展示内容を見ていくと、最初はこんな、漁労民の生活の様子を現すジオラマが。

    順路に従って展示内容を見ていくと、最初はこんな、漁労民の生活の様子を現すジオラマが。

  • 別の部屋に行くと、帆船の模型があったり、このようにクジラの骨格標本が吊り下げられていたりしますが、全体的に展示物は少なく、他の国でも見たことがあるようなものばかりで、“考古学博物館”と言う割には中身がすっからかんな印象・・・。<br /><br />これで510円とは高いよなあ・・・。

    別の部屋に行くと、帆船の模型があったり、このようにクジラの骨格標本が吊り下げられていたりしますが、全体的に展示物は少なく、他の国でも見たことがあるようなものばかりで、“考古学博物館”と言う割には中身がすっからかんな印象・・・。

    これで510円とは高いよなあ・・・。

  • そんなこんなで海洋考古学博物館の見学をあっさり終え、16時30分、今度はこれまたすぐ近くにある“国立博物館”(National Museum)へ。<br /><br />入場料はこちらも300ルピー+撮影料250ルピーで合計550ルピー(約510円)。<br /><br />うーむ、先ほどの海洋考古学博物館の展示内容があまりにも貧弱だったので、共通チケットとして入れないものか・・・。

    そんなこんなで海洋考古学博物館の見学をあっさり終え、16時30分、今度はこれまたすぐ近くにある“国立博物館”(National Museum)へ。

    入場料はこちらも300ルピー+撮影料250ルピーで合計550ルピー(約510円)。

    うーむ、先ほどの海洋考古学博物館の展示内容があまりにも貧弱だったので、共通チケットとして入れないものか・・・。

    ゴール国立博物館 博物館・美術館・ギャラリー

  • こちらの博物館は大きく2部屋しかなかったですが、植民地時代の旧宗主国の調度品や、スリランカ独自の仏像、民俗的な芸術作品など、先ほどの海洋考古学博物館に比べれば、見るべきものは多い感じ。<br /><br />それでも510円は高い気がしましたが・・・。

    こちらの博物館は大きく2部屋しかなかったですが、植民地時代の旧宗主国の調度品や、スリランカ独自の仏像、民俗的な芸術作品など、先ほどの海洋考古学博物館に比べれば、見るべきものは多い感じ。

    それでも510円は高い気がしましたが・・・。

  • こちらはお祭りの際に使われるお面でしょうか。<br /><br />南インド・ケーララ州のカタカリ・ダンスの影響を受けているようでもあり、バリ島やポリネシアのお面につながる系譜のようでもあり、何だか好奇心がそそられます。<br /><br />そういえばこれらの地域は自身の旅の空白地帯・・・まだまだ世界は知らないところの方が多いですね。

    こちらはお祭りの際に使われるお面でしょうか。

    南インド・ケーララ州のカタカリ・ダンスの影響を受けているようでもあり、バリ島やポリネシアのお面につながる系譜のようでもあり、何だか好奇心がそそられます。

    そういえばこれらの地域は自身の旅の空白地帯・・・まだまだ世界は知らないところの方が多いですね。

  • こちらのヒンドゥー美術ぽいものは“Bali Art”と呼ばれるもので、解説版を見ると、“スリランカ土着の呪術信仰がアート化されたもの”とのこと。<br /><br />確かにヒンドゥー教の神々とはどこか違うようだし、むしろバリ島のイメージに近い感じ。<br /><br />だから“Bali Art”と呼ばれているのか・・・??<br /><br />いずれにしても、仏教やヒンドゥー教以外に、スリランカにこんなものを作り上げるほどの土俗信仰が残っていたことに驚き。

    こちらのヒンドゥー美術ぽいものは“Bali Art”と呼ばれるもので、解説版を見ると、“スリランカ土着の呪術信仰がアート化されたもの”とのこと。

    確かにヒンドゥー教の神々とはどこか違うようだし、むしろバリ島のイメージに近い感じ。

    だから“Bali Art”と呼ばれているのか・・・??

    いずれにしても、仏教やヒンドゥー教以外に、スリランカにこんなものを作り上げるほどの土俗信仰が残っていたことに驚き。

  • もうひとつの部屋は、中国の経済援助でつくられたような、やたら中国チックな展示が目を引きます。<br /><br />こちらの中国式の門の中央に立っている金ピカの人物は、中国・明の時代の宦官で艦隊司令官にも任ぜられた“鄭和”(1371-1434年)。<br /><br />彼は3代皇帝の永楽帝に命ぜられて何度もセイロン島を訪れたようで(目的は永楽帝に帝位を簒奪されて行方不明となった2代皇帝の建文帝を探すためだったという説も)、“一帯一路構想”のもとに海洋進出を目論む現代中国にとっては、絶好の広告塔となり得る存在。<br /><br />スリランカでは仏像にさえほとんど使われていない金色を贅沢に使っているし、やはりこの展示をつくったのは中国??

    もうひとつの部屋は、中国の経済援助でつくられたような、やたら中国チックな展示が目を引きます。

    こちらの中国式の門の中央に立っている金ピカの人物は、中国・明の時代の宦官で艦隊司令官にも任ぜられた“鄭和”(1371-1434年)。

    彼は3代皇帝の永楽帝に命ぜられて何度もセイロン島を訪れたようで(目的は永楽帝に帝位を簒奪されて行方不明となった2代皇帝の建文帝を探すためだったという説も)、“一帯一路構想”のもとに海洋進出を目論む現代中国にとっては、絶好の広告塔となり得る存在。

    スリランカでは仏像にさえほとんど使われていない金色を贅沢に使っているし、やはりこの展示をつくったのは中国??

  • こちらの模型は鄭和が乗っていた船(写真左)。<br /><br />コロンブスが大西洋横断時に乗っていたサンタ・マリア号(写真右)と比較して大きく見せているところが何とも中国らしい・・・。<br /><br />これでもうこの展示をつくったのは中国と確信しました。

    こちらの模型は鄭和が乗っていた船(写真左)。

    コロンブスが大西洋横断時に乗っていたサンタ・マリア号(写真右)と比較して大きく見せているところが何とも中国らしい・・・。

    これでもうこの展示をつくったのは中国と確信しました。

  • こちらがその鄭和さんと、全7回にも及んだ東シナ海から南シナ海、そしてインド洋にかけての航海図。<br /><br />さすがに鄭和さんは宦官だけあって“髭なし”ですね。

    こちらがその鄭和さんと、全7回にも及んだ東シナ海から南シナ海、そしてインド洋にかけての航海図。

    さすがに鄭和さんは宦官だけあって“髭なし”ですね。

  • こちらは鄭和よりも1000年以上前の5世紀にセイロン島を訪れた中国南北朝時代の東晋の僧侶法顕(337-422年)。<br /><br />やはり金ピカで中国製のニオイがプンプンしますね(笑)。<br /><br />彼はその著書“仏国記”で、聖地ミヒンタレーでの僧侶の修行の様子を記録するなどしています。<br /><br />【灼熱と豪雨、そして笑顔のスリランカ(4) ミヒンタレーの法顕の記録】<br />http://4travel.jp/travelogue/11183734#photo_link_46088739<br /><br />やはり旅行したら旅行記にまとめて記録をすることが大事!

    こちらは鄭和よりも1000年以上前の5世紀にセイロン島を訪れた中国南北朝時代の東晋の僧侶法顕(337-422年)。

    やはり金ピカで中国製のニオイがプンプンしますね(笑)。

    彼はその著書“仏国記”で、聖地ミヒンタレーでの僧侶の修行の様子を記録するなどしています。

    【灼熱と豪雨、そして笑顔のスリランカ(4) ミヒンタレーの法顕の記録】
    http://4travel.jp/travelogue/11183734#photo_link_46088739

    やはり旅行したら旅行記にまとめて記録をすることが大事!

  • こちらが法顕の巡ったルート。<br /><br />やはりインド洋と南シナ海、東シナ海を通ったことをアピールですか・・・。

    こちらが法顕の巡ったルート。

    やはりインド洋と南シナ海、東シナ海を通ったことをアピールですか・・・。

  • こちらの展示はゴールで発見された中国のお金。<br /><br />北宋(960-1127年)末期の徽宗皇帝の宗寧年間(1102-06年)に発行された“宗寧通宝”など、宋の時代の貨幣が多くを占めます。<br /><br />平安時代末期、平清盛が日宋貿易で宋銭を輸入し、国内の決済手段として宋銭を広めたように、ここスリランカでも、国内の決済手段として中国のお金が使われたのでしょうかね。

    こちらの展示はゴールで発見された中国のお金。

    北宋(960-1127年)末期の徽宗皇帝の宗寧年間(1102-06年)に発行された“宗寧通宝”など、宋の時代の貨幣が多くを占めます。

    平安時代末期、平清盛が日宋貿易で宋銭を輸入し、国内の決済手段として宋銭を広めたように、ここスリランカでも、国内の決済手段として中国のお金が使われたのでしょうかね。

  • ゴールの国立博物館、中国色の強さに何とも言えない気持ちになりましたが、冷静に振り返ると、仏教やヒンドゥー教関係のものばかりだったこれまでのスリランカの博物館とは一風変わった展示で、次の旅行先への展望が膨らむなかなか興味深い内容でした。<br /><br />さて、17時の閉館とともに博物館を追い出され、次はゴールに残るキリスト教関係の建物を見ようと、まずは“オランダ改革派教会”(Dutch Reformed Church)へ。<br /><br />白亜のシンプルな外観が特徴のこの教会は、オランダ統治時代の1755年に建てられた、スリランカで最も古いプロテスタントの教会です。

    ゴールの国立博物館、中国色の強さに何とも言えない気持ちになりましたが、冷静に振り返ると、仏教やヒンドゥー教関係のものばかりだったこれまでのスリランカの博物館とは一風変わった展示で、次の旅行先への展望が膨らむなかなか興味深い内容でした。

    さて、17時の閉館とともに博物館を追い出され、次はゴールに残るキリスト教関係の建物を見ようと、まずは“オランダ改革派教会”(Dutch Reformed Church)へ。

    白亜のシンプルな外観が特徴のこの教会は、オランダ統治時代の1755年に建てられた、スリランカで最も古いプロテスタントの教会です。

    オランダ教会 寺院・教会

  • 扉が開いていたので中にも入ってみました。<br /><br />ちょっと蒸し暑いですが、それさえなければヨーロッパを旅行しているような気分になれる、本格的な造りの教会ですね。

    扉が開いていたので中にも入ってみました。

    ちょっと蒸し暑いですが、それさえなければヨーロッパを旅行しているような気分になれる、本格的な造りの教会ですね。

  • 通りを歩いていて次に現れたのは“諸聖人教会”(All Saints Church)。<br /><br />英国統治時代の1871年に建てられた、“英国国教会”(Anglican Church)の教会です。<br /><br />先ほどのオランダ改革派教会に比べ、見るからにアングロ・サクソン風の外観となっています。<br /><br />こちらはすでに扉が閉ざされていて、内部は見学できず。

    通りを歩いていて次に現れたのは“諸聖人教会”(All Saints Church)。

    英国統治時代の1871年に建てられた、“英国国教会”(Anglican Church)の教会です。

    先ほどのオランダ改革派教会に比べ、見るからにアングロ・サクソン風の外観となっています。

    こちらはすでに扉が閉ざされていて、内部は見学できず。

    オール セインツ教会 寺院・教会

  • そのままてくてくと通りを南下し、土手のようになっている要塞の最南端部分までやってきました。<br /><br />陽がだいぶ傾いてきたこの時刻、土手沿いの緑地は、暑さが和らいだ夕暮れのひとときを楽しむ地元の人々や観光客でいっぱいです。<br /><br />ちなみに背後に見える白亜の外壁の建物は“メーラン・モスク”(Fort Meeran Jumma Masjid)。<br /><br />一見、ヨーロッパの大聖堂建築に見えますが、れっきとしたイスラム教の寺院で、こんなふうにコロニアルな建築様式がキリスト教建築以外にも用いられているのが、世界遺産ゴールの街の特徴といえるものでしょう。<br /><br />*ゴールの街におけるかつてのアラブ商人の末裔、“スリランカ・ムーア”(ムスリム)の割合は約25%で、スリランカ人全体に占める割合約9%よりもかなり高い。

    そのままてくてくと通りを南下し、土手のようになっている要塞の最南端部分までやってきました。

    陽がだいぶ傾いてきたこの時刻、土手沿いの緑地は、暑さが和らいだ夕暮れのひとときを楽しむ地元の人々や観光客でいっぱいです。

    ちなみに背後に見える白亜の外壁の建物は“メーラン・モスク”(Fort Meeran Jumma Masjid)。

    一見、ヨーロッパの大聖堂建築に見えますが、れっきとしたイスラム教の寺院で、こんなふうにコロニアルな建築様式がキリスト教建築以外にも用いられているのが、世界遺産ゴールの街の特徴といえるものでしょう。

    *ゴールの街におけるかつてのアラブ商人の末裔、“スリランカ・ムーア”(ムスリム)の割合は約25%で、スリランカ人全体に占める割合約9%よりもかなり高い。

    ゴール灯台 建造物

  • 土手の下の波打ち際でも、穏やかな夕べを楽しむ市民がたくさん。<br /><br />見ていて平和な気持ちになれる光景です。

    土手の下の波打ち際でも、穏やかな夕べを楽しむ市民がたくさん。

    見ていて平和な気持ちになれる光景です。

  • 土手の角の部分を見ると、要塞の先にさらに突き出た砦のようなものが。<br /><br />こちらも多数の若者が集まって、仲間たちとの日暮れ前のひとときを楽しんでいます。

    土手の角の部分を見ると、要塞の先にさらに突き出た砦のようなものが。

    こちらも多数の若者が集まって、仲間たちとの日暮れ前のひとときを楽しんでいます。

  • 砦のある最南端の角を右に曲がって今度は北上。<br /><br />夕日の当たる西側にも、ベンチに腰掛けて読書する人やおしゃべりする人々の姿。<br /><br />・・・こちらも穏やかな時間が流れています。

    砦のある最南端の角を右に曲がって今度は北上。

    夕日の当たる西側にも、ベンチに腰掛けて読書する人やおしゃべりする人々の姿。

    ・・・こちらも穏やかな時間が流れています。

  • てくてくと北上を続けて目についたのがこの“メソジスト教会”(Methodist Church)。<br /><br />英国国教会から分離したプロテスタントの一派の教会で、英国統治時代の1819年の建築とのこと。<br /><br />本当にゴールには様々な宗派の教会やらモスクがあって、外国人観光客も多く、国際性を感じる街ですね。<br /><br />逆にこれまでスリランカのあちこちで目にしてきた仏教寺院や仏像がなく、その意味においてゴールは、“スリランカの中の異国”と呼べる街かもしれません。

    てくてくと北上を続けて目についたのがこの“メソジスト教会”(Methodist Church)。

    英国国教会から分離したプロテスタントの一派の教会で、英国統治時代の1819年の建築とのこと。

    本当にゴールには様々な宗派の教会やらモスクがあって、外国人観光客も多く、国際性を感じる街ですね。

    逆にこれまでスリランカのあちこちで目にしてきた仏教寺院や仏像がなく、その意味においてゴールは、“スリランカの中の異国”と呼べる街かもしれません。

  • 17時50分、城壁に囲まれたゴール旧市街の北の端にある“時計塔”(Clock Tower)までやってきました。<br /><br />城壁の見張り塔のような、ゴールのアイコンとも言える存在の建造物です。

    17時50分、城壁に囲まれたゴール旧市街の北の端にある“時計塔”(Clock Tower)までやってきました。

    城壁の見張り塔のような、ゴールのアイコンとも言える存在の建造物です。

    時計塔 建造物

  • この日の観光の締めは、この時計塔の脇から、雄大なインド洋の暮れゆく姿を鑑賞。

    この日の観光の締めは、この時計塔の脇から、雄大なインド洋の暮れゆく姿を鑑賞。

  • 城壁の外の景色をぼーっと見続けて18時30分、遥かインド洋の向こうに陽が沈んで、水平線上にはうっすらと夕焼けが。

    城壁の外の景色をぼーっと見続けて18時30分、遥かインド洋の向こうに陽が沈んで、水平線上にはうっすらと夕焼けが。

  • この日最後の太陽の光が、水平線上を赤く染めていきます。

    この日最後の太陽の光が、水平線上を赤く染めていきます。

  • 城壁の北側の新市街の方を眺めると、ポツリポツリと夜の灯が。

    城壁の北側の新市街の方を眺めると、ポツリポツリと夜の灯が。

  • 陽が落ちて辺りが暗くなるに従い、時計塔の周りからもだんだんと人が少なくなっていきますが、飽きもせずに西の空を眺め続けます・・・。

    陽が落ちて辺りが暗くなるに従い、時計塔の周りからもだんだんと人が少なくなっていきますが、飽きもせずに西の空を眺め続けます・・・。

  • そして18時50分、西の空にも夜の帳が。<br /><br />この日は残念ながら空いっぱいに広がる夕焼けとはなりませんでしたが、それでも、インド洋の雄大な眺めを前に、地元ゴールの人々とともに、一日の終わりの静かなひとときを楽しむことができました。

    そして18時50分、西の空にも夜の帳が。

    この日は残念ながら空いっぱいに広がる夕焼けとはなりませんでしたが、それでも、インド洋の雄大な眺めを前に、地元ゴールの人々とともに、一日の終わりの静かなひとときを楽しむことができました。

  • その後はあっという間に暗くなり、街灯の少ない道を旧市街の中心部まで急ぎます。<br /><br />そしてたどり着いたゲストハウスでは、そのままベッドでぐったり。<br /><br />過酷な気候の中での8日間の旅の疲れがどっと出て、とても夕食を食べに出かける気力は残っていませんでした・・・。<br /><br />体力も限界に近くなってきたところで、翌日はついに帰国日。<br /><br />早朝コロンボに戻って、飛行機の出発までの間、最後の観光を楽しみます!<br /><br />(灼熱と豪雨、そして笑顔のスリランカ旅行9日目~コロンボ観光に続く。)

    その後はあっという間に暗くなり、街灯の少ない道を旧市街の中心部まで急ぎます。

    そしてたどり着いたゲストハウスでは、そのままベッドでぐったり。

    過酷な気候の中での8日間の旅の疲れがどっと出て、とても夕食を食べに出かける気力は残っていませんでした・・・。

    体力も限界に近くなってきたところで、翌日はついに帰国日。

    早朝コロンボに戻って、飛行機の出発までの間、最後の観光を楽しみます!

    (灼熱と豪雨、そして笑顔のスリランカ旅行9日目~コロンボ観光に続く。)

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この旅行記へのコメント (2)

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  • 川岸 町子さん 2017/05/17 22:30:50
    スリランカの中の異国
    エンリケさん、おばんでした☆

     ゴールの駅から街並み、とっても懐かしくて、嬉しくなりました〜(@^▽^@)
     お写真を拝見しながら、同じ道をたどっている気持ちにさせて頂きました。
     大好きな街なので、地図が頭の片隅に残っているのかもしれません。

     駅のホームの左手から見えた教会も、時計台、教会、夕日の沈む海
     やはり絵になりますね。
     ゆったりした解放感があり、それでいて落ち着きも感じます。

     そして、「そうそう」と思ったことが、レストランでは意外とカレーが無いんですよね。
     私が訪れたお店は「カレーは朝と昼だけで、夜はないんだよ」と言われました。
     そして食べた物が、同じくドライカレーでした。
     でも日本のドライカレーほど辛くないかも?
     こういったことも訪れてみなければわかりませんよね。

     ちょうど先週、ゴールのホテル「アマンガッラ」の話題が出て、ゴールを懐かしく感じている時に拝見できて、とてもうれしかったです。
     ありがとうございました!

                                町子

     
     

    エンリケ

    エンリケさん からの返信 2017/05/19 01:23:31
    スリランカのカレー
    川岸 町子さん

    こんばんは。
    ゴール旅行記に早速ご訪問いただきありがとうございます。

    ゴールはこじんまりとして歩きやすい、本当にゆったりできる街でしたね。

    外国人観光客だけでなく、たくさんの地元の方々が、海辺で遊んだり夕日鑑賞したりして、夕暮れのひとときを楽しんでいるのがとても印象的でした。

    > そして、「そうそう」と思ったことが、レストランでは意外とカレーが無いんですよね。

    やはり町子さんもそう思われましたか。

    ガイドブックには、“スリランカと言えばカレー”と紹介されているのに、実際にはカレーを出す店になかなか巡り合えないのが意外でした。

    わたしが今回の旅行中に食べたスリランカらしいカレーといえば、ダンブッラで選挙のため普通のお店が閉まっていることから、お通夜の食事を紹介されて食べたカレーくらいでしたね。

    スリランカ旅行記、あとはコロンボだけになりました。

    かなりの長さになってしまいましたが、あと少し、がんばって作成していこうと思いますので、ぜひまた覗きに来てください!

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