2017/03/19 - 2017/03/19
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Wind99さん
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神保町~御茶ノ水周辺
- 旅行の満足度
- 3.5
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
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東京メトロ神保町駅から歩き始める。
出版社が集まるエリアだ。まずは集英社の本社ビル。 -
そして靖国通り古書店街メインストリートを見て歩く。
10代の頃に、司馬遼太郎の影響で、戦国時代に関心を持ち、それら関連の古本を探しによく来た思い出がある。 -
絶版漫画を出している店で、しばし懐かしさに見とれてしまった。
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小学館本社ビル。その大きさにびっくりした。
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日本野球発祥の地
東京大学発祥の地を探していたが、それは見つからず、代わりに野球発祥の地を見付けた!
学士会館の敷地内にあった。 -
東京堂書店
神田すずらん通りをぶらぶらする。 -
三省堂本社ビル
神田すずらん通り側。 -
神田すずらん通りを振り返る。
靖国通りを渡り、御茶ノ水方面に坂を上がる。 -
坂の途中、カリーライス専門店エチオピア 本店にランチの行列多数を発見した。
そして、さらに左側に山の上ホテルを望む。 -
明治大学アカデミーコモンの大きな建物に入る。
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その地下に行き、2つの展示を見る。1つ名阿久悠記念館だ。
日本を代表する作詞家で、その作品数の多さは群を抜いていたが、展示を見ると、小説も書いていたことが解り、新鮮だった。
出身は淡路島で、そしてこの大学の出身者であった。 -
さらに明治大学博物館
ここはしばらくぶりで、じっくり見学した。 -
西洋の拷問器具の、「鉄の処女と恥辱罪」を読むと、その本物はローテンブルグにあるという。
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この「鉄の処女」は、今では拷問の道具ではなく、恥辱刑の道具だったと考えられるという。ローテンブルグは、ドイツの古城街道にある中世の面影を最も残す有名な街で、5月に行く予定なので、最も興味を引いた。
確かローテンブルクでは、中世犯罪博物館というのがあったため、そこだろうと思い、是非行ってみようと思った。 -
さらに気になる展示があった。
法堂遺跡と土器製塩だ。
縄文時代、製塩は海藻を焼いた灰を土器に入れ、海水を注いで煮沸したという。
個人的に昔から海水からの製塩に興味があるため、このテーマは興味深い。 -
明大を出ると向かいには、その昔、ギターやバンジョー、ウクレレを買いに来た下倉楽器店がある。懐かしい。
この界隈は楽器店が密集している。 -
明大の向かいの杏雲堂病院内にあった大久保彦左衛門屋敷跡。
彼は、家康直臣の旗本で、「三河物語」の著者としても知られる。 -
JR御茶ノ水駅
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ビルの隙間から、目指すニコライ堂の立派な姿が垣間見えた。
異国風情が何ともいい。日本有数のビザンチン様式の建築と言う。
1884年から7年の掛りで建てられた。 -
中の見学は13時からなので、丁度時間を合わせて、ランチ後に訪れた。
グーグルマップでは、正式名称の東京復活大聖堂となっている。 -
中は撮影禁止であり、見学料300円が必要。
入り口付近しか立ち入れないが、入るのは初めてであり、高い天井とステンドグラスが印象的だった。
日本で最大の正教会の大聖堂。 -
神田川に掛る聖橋を渡る。
橋からはJR総武線、中央本線、東京メトロ丸の内線の3つが同時に見えるが、珍しくどの車体も見えないタイミングを捕えた。 -
聖橋の先の湯島聖堂側。
湯島聖堂と東京復活大聖堂の2つの聖を結ぶため、聖橋という。 -
入徳門
この湯島聖堂は、徳川五代将軍綱吉が儒学の振興を図るため、元禄3年(1690)この地に聖堂を創建したという。 -
杏壇門(きょうだんもん)
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大成殿(孔子廟)
その後、およそ100年を経た寛政9年(1797)幕府直轄学校として、世に名高い「昌平坂学問所を開設した。 -
土塀と杏の花
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世界で一番高い孔子像
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仰高門
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神田明神に来た。
神田神社の鳥居。 -
徳川の江戸入府に際し、江戸総鎮守として尊崇されてきた神社。
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隨神門と御神燈
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拝殿
境内には、お約束の記念写真用パネル(銭形平次)があった。 -
絵馬の絵はアニメ風で、そういった神社絵馬が増えていると実感する。
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神田明神を出て、湯島を目指し宮本公園内に、江戸風の建物がった。
遠藤家旧店舗
湯島天神、旧岩崎邸庭園へ行く予定を飛ばし、最後に予定していた東大本郷へ向かう。 -
東大赤門に到着。
ここは、加賀前田家の大名屋敷であり、その時の門である。 -
三四郎池
加賀前田藩邸内の庭園で心字池と呼ばれていたもの。 -
東京ドーム個分の広大な敷地を進む。
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安田講堂
会社の先輩曰く、昭和43年の東大紛争で、機動隊が突入する前日まで、ここにこもっていたという。 -
近くでみるとコンクリはぼろぼろであった。
これは安田財閥の創始者・安田善次郎が、匿名を条件で寄付し建設されたが、その死後、それが分かり、安田を偲び、安田講堂と呼ぶという。 -
壊徳門近くの総合研究博物館に来た。
今週から赤門の特別展示をやっているので、その為に東大にきた。 -
通常展は、色々な動物や、世界で採取したあらゆる標本の展示が多かった。
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加賀藩の赤門は、幕末に徳川将軍の娘、溶姫を迎え入れるために溶姫御殿及び、赤門を建てたという。
そのため赤門は現在から190年前に建てられた比較的新しい門と分かった。
溶姫輿入れの行列絵巻。
今回はここまで
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