2017/03/11 - 2017/03/11
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nomadic dreamさん
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和歌山県の生石(おいし)高原へ。
そこはススキが一面に広がる高台。
地元の方曰く「明日は山焼きや」と。
実は事前の調査が甘かったようで、翌日に来れば大々的な野焼きが目前で見られたのです。しかし、イベントが全てではないと思い、360度のパノラマを静かに楽しみました。
高原から見渡す瀬戸内海、和歌山の街並みは春の陽気の中で青く霞がかっていました。
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登山口。
ここは生石高原へ向かう登山口です。 -
登山口から橋を渡り、眼下を見下ろすと貴志川の流れは透き通っていました。
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車で登山口から20分くらい走ると紀美野町と有田川町の境目に辿りつきました。
ここから右折して生石高原を目指します。 -
生石高原はここから更に登ること3kmです。
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ようやく生石高原の駐車場に着きました。
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青空のもと、一面ススキ野原が広がっていました。
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尾根伝いのススキ。秋に来るともっと楽しめるのでしょう。
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展望台はススキの小径を辿って。
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遠く和歌山の街並みを見渡すことができます。
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頂上では断層、地層がむき出しになっていました。
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南海トラフに押し出された地層がこの高原でうねっています。
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パノラマ、西方面には海南の海が見渡せました。高原を楽しんでから山を下りました。
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その名は野上電気鉄道。
高原の入り口には20世紀を走った「証」が眠っていました。
JR海南駅から、生石高原の登山口まで11kmを結んでいた鉄道です。 -
1994年に廃線となり、登山口駅の少し手前にある公園で余生を送っていました。
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近づくと油の匂いが鼻をつきました。機械が未だ生きているような、今でもレールが繋がって走り出しそうな、そんな気がしました。
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だんだんと色褪せてきたのでしょう。
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昭和の初めからバブルが弾けるまでの日本の高度成長を見続けてきた生き証人がここに眠っていました。
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最近インターネットによって世界が身近になった反面、感動が薄れてしまった気がします。でも、ここには直接的な出会いがあったような気がしています。
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街中に向かって歩くともう1両の電車が。
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長閑な風景がそこにありました。
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昭和を生き抜いてきたアナログ、隠居生活を日々楽しんでいるかのように見えました。
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昭和の生き様が窺えました。手作り感が伝わってきます。
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野上電気鉄道の終着駅であった登山口駅には列車はもう到着しません。今はバスの車庫になっていました。
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人影の無いかつての駅前の小径を子どもたちが自転車で過ぎ去っていきました。
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