2015/02/09 - 2015/02/09
108位(同エリア417件中)
あおしさん
アスワンから、さらに南をめざしアブシンベルへ。
アスワンダムの建設で水没しそうだったアブシンベルを移転させたことが、世界遺産の始まりとされています。
つまりここは「世界遺産第1号」なのです。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- タクシー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
昨日いけなかったアブシンベル神殿に行くために3時に起床、3時半出発。
なんでこんな早い時間に出発かといえば、アブシンベルまではアスワンから片道300キロ、砂漠の中の道路を突っ走る必要があります。
しかも金持ちの外国人のたくさん乗っている観光バスは、砂漠地域に跋扈する金目当てのテロリストにとってはいわば「鴨がねぎをしょってる」ようなもの。
実際別の場所だけど、去年の2月に韓国人の乗った観光バスがテロリストに襲われて、3人の死者、10数人の負傷者が出ています。
というわけで、観光バスやミニバス(バン)はコンボイを組んで、警察のパトカー数台の護衛のもと4時に出発するというわけです(11時に本来昨日の予定だったもう1回のコンボイが出発する)。 -
ざっと見たところ、大型バス10台、ミニバス30台と言ったところでしょうか。
警察もライフルのような銃を持ってて、服はまるで戦闘服。私の目には軍隊にしか見えません。
ドライバーは2人いないといけないそうなので、ガイドさんに加えて、私1人に3人の「従者」となんとも贅沢な移動になってしまいました(チップが大変だ)。
朝早かったので、ミニバスの座席で横に。
再度目が覚めると、砂漠の真ん中で夜明け。
とってもきれいな朝焼けです。 -
やがてアブシンベルの町へ到着。
砂漠のど真ん中にこんな町があるのがなんとも不思議です。
ちょうど学校に行く時間らしく子供が何人もいました。 -
アブシンベル神殿は古代エジプト第19王朝で「王の中の王」と呼ばれたラムセス2世が作った神殿。
アスワンハイダムができるとこの神殿が水没するとのことで、ユネスコの指揮のもと世界中で協力して、この神殿を60m高台に移動したことが、「世界遺産」の始まりとなったことでも有名です。 -
アブシンベル宮殿を正面から見たところ。
4つのラムセス2世の像が並びます。
1つは紀元前の地震で崩壊したそうですが、その後2000年、そのままの形で残っています。 -
近くに寄れば、実に巨大な像。
ラムセス2世の権力の大きさを実感します。 -
内部は写真撮影禁止。
19世紀まで砂に埋まってたそうで、そのおかげで内部の壁画は色がまだ残っているなど保存状態がよく、写真に取れないのは残念。
というわけで入り口のところで1枚(ここまではオッケー)。 -
隣にあるのがラムセスの第一王妃・ネフェルタリのために作った小神殿。
側室が50人近かったといわれるラムセスだが、ネフェルタリは賢明な女性だったようで、ほかの女性とは別格の扱いがされていたようです。 -
並ぶ石像も24歳で即位し、90歳まで66年間王位にあったラムセスの即位時、青年時、中年時、老年時の4つの像と並んで、同じ背の高さで2つの彼女の像がおかれており、彼女の政治的地位の高さがうかがえます。
観光客はざっとみて500人ほどでしょうか。
欧米人が大半で、中国人も50人ほどいましたが、日本人は私以外は、1人旅の学生と学生のカップルで、私を含めて合計4人だけ。
カップル組はこの1ヶ月間トルコ→ヨルダンからエジプトに入ったそうで、まさにテロ真っ盛りの場所を横断。
よく親が許したものだなあ(特に女の子の親)。
私が親でも許さないかも。 -
目の前に広がるナセル湖。
もうここはスーダン国境に近い。
内戦中のスーダンからはテロリストや難民が多いらしく、アブシンベルの町では警察官の警備もあちこちで厳しい。 -
さて、2時間ほどでまた警察の指導のもと、アスワンに3時間かけてコンボイで戻ります。
途中はひたすら人の住めそうも無い砂漠地帯。
エジプトという国は「砂漠の海」の中に浮かぶ「ナイル島」という島国なんだと実感します。 -
アスワンで車を乗り換えてルクソールへ向かいます。
約200キロだが、今度は町の中の道路を通っていくので5時間もかかります。
砂漠の中を突っ走れる近道もあるそうですが、観光客がいる場合、治安の関係で町の中を通る道路でいかないといけないそうです。
途中の町でサトウキビのジュースを片手に
後ろで大手を広げてポーズをとってる現地の人がいたりして -
まあ、ナイル川とさらにナイル鉄道が平行している道路で、次々にエジプトの列車が走ってくるから、「鉄ちゃん」の私としては楽しい。
駅があり、町があるこういう風景はとてもいいものです。
車の中からとった列車の写真。
エジプトには「鉄道ファン」は存在しないので、列車が来るたびに大はしゃぎして写真を撮ろうとする私は彼らからすると珍しいようです。 -
途中立ち寄ったのが、「コム・オンボ神殿」
エジプトでは紀元前3000年からエジプト人の王朝が30ほど続いたあと、紀元前300年ごろギリシア・マケドニア王のアレクサンダー大王によってエジプトを征服されました(そのときの首都がアレキサンドリア)。
アレキサンダーが27歳の若さでなくなると、その部下であり友人だったプトレマイオスがエジプトの王となり、プトレマイオス朝をはじめましたが、そのとき作られたのがこの神殿。
なので、どこかギリシア風の神殿です。 -
この壁にはプトレマイオス朝の歴代のファラオ(王)が描かれていました。
他にも世界最古のカレンダーや病気の治療法などが描かれていることで有名な神殿でもあります。 -
プトレマイオス朝は最後の女王クレオパトラがローマの初代皇帝となるアウグストゥスに敗北し、ヘビに胸を噛ませて自殺、300年で滅亡しました(これ以降エジプトはローマ帝国の領土に組み入れられる)。
この神殿が最終的に完成するのがその初代ローマ皇帝アウグストゥスのとき。
彼なりの罪滅ぼしだったのかもしれませんね。 -
ここには観光客も少なく、落ち着いてみることができました。
有名な観光地ははずせませんが、こういう観光客の少ないところで落ち着いてみるのもいいものです。
でも、こんな静かな観光地にも警官が多い。
この神殿のある小さな町でも数日前爆弾騒ぎがあったそうです。
ナイル中流の夕日も上流のアスワンとはまた違って美しい。
エジプトに来て、朝日や夕日が美しいなあ、と思う。 -
やがて夜にルクソールに到着。
ここはかつて「テーベ」と呼ばれ、古代エジプトの最盛期、第18、19王朝時代の首都だったところ。
私たちのイメージする「古代エジプト」もピラミッド以外はほぼこの時代といっていいでしょう。
最後はライトアップされているルクソール神殿へ。
これまたラムセス2世によって完成された神殿です。
ライトアップされた巨大な神殿は迫力満点。
これだけのスケールの大きな史跡はローマのコロッセオくらいでしょう。
第1塔門のオベリスクが1本しかないのは、1本はフランスに持っておかれて、パリのコンコルド広場にあるため(エジプト政府はフランス政府に返せ、って言ってるらしいが、コンコルド広場もパリの名所になっているし、まあ、フランスは返さないでしょう)。 -
中に入ると巨大な列柱が並びます。
-
直径3メートル、高さ30メートルくらいの巨大な列柱の並ぶこの宮殿もラムセス2世の権力の大きさを表しているようです。
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