2017/01/29 - 2017/01/29
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しゅいぐーさん
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昨日は、羽田空港へ行きましたが、最後は蒲田で飲んだくれたので、今日は朝早起きして横浜 三渓園へ行ってきました。三溪園は生糸貿易により財を成した実業家 原 三溪によって、1906年(明治39)5月1日に公開されました庭園です。いろいろな古民家が立ち並び綺麗に整備もされておりのんびりしてきました。
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三渓園南門の公園
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三渓園南門
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海岸門
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連華院
三渓の茶室 -
春草廬
三畳台目の小間は織田信長の弟・有楽の作といわれる茶室 -
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聴秋閣
徳川家光が二条城内に建て、後に春日局が賜ったと伝わる建物。各部の意匠は独創性・変化に富みますが、書院造としての格や茶亭としての機能に応じて緻密に構成されています。L字型の一段下がった杢板敷きの入口は舟で漕ぎ着ける場を想像させ、当初は水辺に面して建てられたのかもしれません。江戸時代はじめの上流武士階級の風流な文化が伝わります。 -
亭樹
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聴秋閣
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月華殿
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天授院
もとは、建長寺の近くにあった心平寺の地蔵堂で、1916年(大正5年)に移築されました。 建築様式は禅宗様(ぜんしゅうよう)を主体としています。 -
月華殿
初代徳川家康により、京都伏見城内に建てられたものといわれています。 1918年(大正7年)に春草廬と共に移築されました。三溪が建てた金毛窟とつながっています。 -
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臨春閣
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桃山時代に豊臣秀吉が建てた聚楽第の遺構と伝えられていましたが、現在では和歌山県岩出市にあった紀州徳川家の別荘 巌出御殿(いわでごてん)ではないかと考えられています。内部は狩野派を中心とする障壁画と繊細・精巧な数寄屋風書院造りの意匠を随所に見ることができます。
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旧天瑞寺寿塔覆堂
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豊臣秀吉が母のために建てた寿塔を覆うための建物で、現在、秀吉が建てたものと確認できる数少ないものです。 迦陵頻迦(かりょうびんが)や蓮の花などの彫りの深い装飾、そりあがった屋根は、荘厳さを感じさせます。
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臨春閣
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臨春閣
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臨春閣
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臨春閣
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大池
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松風閣 展望台からの眺望
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松風閣 展望台からの眺望
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旧燈明寺三重塔
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園内のほぼ全域から、その姿を見ることができる三重塔は三溪園を象徴とする建物です。 三溪園には、1914年(大正3年)に移築されました。
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水仙が可愛く咲いていました。
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旧東慶寺仏殿
鎌倉の東慶寺にあった仏殿で1907年(明治40年)に移築されました。 禅宗様(ぜんしゅうよう)の特色を色濃く残す数少ない建物です。 -
旧矢箆原家住宅
大きな茅葺屋根が印象的な合掌(がっしょう)造という屋根に特徴がある構造の民家です。 岐阜県大野郡荘川村岩瀬(白川郷)にありましたが、ダム建設により三溪園に寄贈されることになり、1960年(昭和35年)に移築されました。 屋根の妻側にある火灯窓や扇が彫られた欄間は注目されます。内部では、古い民具の展示もおこなっています。 -
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二階に上がると、太陽の光で。。。
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非常に美しかった
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