2016/11/27 - 2016/12/06
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Dwind_999さん
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メコン川とビアラオの癒しの恩恵に浴しながらシーパンドンでの休日を楽しむはずが、何の因果でプチ外こもり状態になったのやら。
ラオス南部の空の下、ホコリを避けて生き延びる引きこもり異邦人はいかに無為の時を過ごすか、それが問題だ。
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- 一人旅
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11月27日(日)、シェムリアップの宿をチェックアウトしたあと、朝7時半に迎えにきたトゥクトゥクに乗って「Asia Van Transfer」に来ました。
このワゴン車で、私のほかに欧米人8人を乗せてラオスのドンデット(Don Det)を目指します。 -
シェムリアップを出発して約3時間後の11時頃に10分ほどの休憩を経て13時に[Riverside Guest House]というところでランチタイム。
ここでほとんどの人が食事をとっていたけど、今朝から耳のうしろ辺りがズキンズキンと脈打つような偏頭痛に見舞われ、おまけに咳と痰も出始めるという体調が今一つの私は何も食べず、100ドル紙幣を800,000kip(ラオスキープ)に両替しただけで、その辺をぶらぶらしながら出発を待ちました。 -
40分のランチ休憩と言っていたのに、出発したのは1時間10分後。
そして、なぜか乗るワゴン車が変更になりました。 -
ランチ休憩から1時間後の15時10分頃、国境手前500mくらいの所にある店の前で車を降り、ビザ申請の写真を撮って用紙に記入したり両替したりといった、必要に応じて入国前の準備をする時間がとられました。
日本人は15日間以内はビザフリーなので出入国カードだけもらって記入。 -
再び車に乗って国境まで移動。
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ここの窓口で手数料の$2を渡してカンボジア出国手続き。
人が少なかったので5分ほどで出国スタンプが押されたパスポートを受け取りました。 -
次に各自荷物を持ってワゴン車を降り、ラオス側のイミグレーションに向かいます。
簡素なイミグレの窓口で出入国カードと一緒にパスポートを出すと、「ツーダラー」と$2を要求されました。日本人はビザフリーだとごねると、「今日はホリデーだから」と言い訳がましいことを言います。
仕方ないので$1札2枚渡したけど。 -
一人の欧米人おばさんの入国審査で10数分かかって手間取り、16時半にラオスイミグレを出発して17時頃にシーパンドン(Siphan Don)のナーカサン(Nakasong)船着場前に到着。
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800,000kipでは心もとないので、少し戻った所にあるATMでアマウント選択画面の最高額1,500,000kip(実質\21,781)をデビットカードで引き出しました。(帰国して確認すると1kip=\0.0145のレート)。
真新しい10万kip札が15枚出てきましたが、ラオスでは一番の高額紙幣である10万kip札(\1450)は、大きすぎてお釣りがない所もありちょっと使い勝手が悪い。
そして結局、このあとの体調不良もあってお金を使う機会が少なくなり、10万kip札が10枚も余ってしまいました。
失敗したぁ。 -
シーパンドンの衛星画像。
シーパンドン(Si Phan Don)の、シーは4、パンは1000、ドンは島を表し、メコン川の中州にある大小合わせておよそ4千ある島々を意味するそうです。 -
ナーカサンの船着場からこの細長いボートに乗ってドンデット(デット島:Don Det)へ渡ります。
船賃は15,000kip。ナカサン港 駅
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メコン川を金色に染めてゆくラオスの夕陽。
ドンデットまで10分ちょっと。 -
ドンデットでボートを降りて、外観はまともに見えた[Khonesavath Guesthouse Lebijou]に17時半過ぎチェックインして2階の部屋に入りました。
エアコンはちゃんと効いてお湯も一応出るのでまあ寝る分には問題ないけど、通路側にある木製の3つの開き窓がいずれも閉まらないし、なぜかトイレの便座がないので座れない。
トイレのドアが閉まらない。入口ドアの一部に穴が開いていてトイレットペーパーで塞いである。机もないので物が置けない。
普段だったらすぐクレームを出して部屋を変えてもらいますが、もう夜だし荷物も広げたし1泊だけだからまあいいか、とおとなしく諦めてしまいました。
体調不良で弱気になっていた。 -
宿のすぐ近くにあるメコン川沿いの「Jasmin Restarant」というインド料理の店で夕食にしました。
よく冷えたビアラオ(12,000kip)とチキンカレーとバターナンを食べたけど、味の方は今一つ。
体調万全でないのでせっかくのビアラオの喉越しも今一つ。 -
レストランやカフェ・バー、ゲストハウスが並ぶ通りは欧米人を少し見かけるだけであんがい静か。
このあとシャワーを浴びて20時半にはベッドに横になりました。
偏頭痛のほかに咳と痰が出たりして体もだるく、体調は下降気味。 -
11月28日(月)、10時起床。
夜中に咳き込んだりトイレに行ったりで何度か起きたけどよく寝ました。
しかし相変わらず左耳のうしろ辺りの偏頭痛がうっとうしい。
昼前にお粗末な宿をチェックアウト(1階の小さなフロントには誰もいなかったのでキーを置いて出た)して、ドンデット東側のメコン川沿いの道を南へ下り、次の宿があるドンコーン(コーン島:Don Khone)を目指します。 -
ドンデットの船着場のある北端は飲食店やゲストハウスが集まりいく分賑やかですが、それを外れるとまことにのどかなメコン川中洲の島の風景が広がります。
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途中から島の中央を走る道に入りしばらく行くと小学校がありました。
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12時少し過ぎ、昼休みなのだろうか、学生たちが乗ったバイクが土ぼこりを巻き上げながら走ってきて、リュックを担いでふらつきながら歩く私の横を駆け抜けていきます。
もちろんマスクをして歩いているけど、クメールの赤い土ぼこりのあとはラオスの土ぼこりの猛威にさらされて悲鳴を上げる、か弱い気管支。
海外旅行では、洗って何度も使える「京都くろちく」のマスクを愛用していますが、洗濯のし過ぎで防塵効果が落ちていたのかもしれない。 -
ようやく旧鉄道橋のところまでやってきました。
おお~、ビアラオの看板がやけにオイラを挑発してくれるじゃないか。
一汗かいたあとだけに、本来ならここでメコン川の流れでも見ながら冷たいビールをグイッといきたいところですが、体調がすぐれないのでスルーしました。 -
茶色く濁ったメコン川に架かる旧鉄道橋。
これを渡るとドンコーン(コーン島)。
予約した宿までもう少し。 -
旧鉄道橋の上から左側(東側)を見たところ。
泊まる宿はたぶん向こう正面の右手辺りだろう。 -
12時半、ドンデットの宿から約4.5km歩いて4泊する[Pan Guesthouse]の部屋に入りました。
エアコン付きの木製バンガロータイプの簡素な部屋ですがミニバーがあるのは助かる。
このあといきなり停電したけど。 -
一応メコンビューのバンガローですが、すぐ目の前というわけではなく、川までは少し距離がありその間にある植物などが視界を遮っています。
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おまけにすぐ左横にはレストランを併設したゲストハウスがあって、メコン川沿いに張り出したレストランの建物が左側の視界をジャマしていたりして、ちょっと期待ハズレのメコンビュー。
そしてあとでわかったのが、14時過ぎると西日がテラスを直撃してかなり暑くなり、のんびりと椅子に座って読書なんかしてられない、ってことでした。
どうもハズレの部屋に当ってしまったようです。 -
朝ご飯も食べてないので、脱力した力の入らない足取りで昼食に向かいました。
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通り道の左手に学校がありました。
女の子はみな、ラオスの民族衣装であるシンと呼ばれる巻きスカートをはいています。 -
旧鉄道橋のたもとにある、この辺りでは少し大きめのレストラン(団体観光客が利用していた)に入って、なんだかよくわからないスープ料理とスティッキーライス(タイではカオニャオと呼ばれるもち米ごはん)を注文。
ラオスに来たらこの竹編みカゴに入った、ラオスの主食でもあるもち米ご飯を食べたくなります。といってもラオスはまだ2度目ですが。
それに、先ほどはスルーしたビアラオ、やっぱりたのんでしまった。
しかし体調が悪い中では喉越しの快感は今一つどころか今二つ、三つ。
そしてこれ以降の22日間、帰国の日にバンコクの空港ラウンジで缶ビールを口にするまでビールを飲もうという気にはなりませんでした。 -
朝食は宿の真向いにある併設レストランで、4種類のメニューの中から選んでいただきます。
テーブルの向かいの小さな小屋がゲストハウスのレセプションで、WiFiは部屋の中ではほとんど用を足さず、この辺りに来ないと使えない。
次の目的地「チャンパーサック」へのボートとバスのジョイントチケットをここで購入。
料金は50,000kipでチャンパーサックの渡し船の料金は含まれていない。 -
旧鉄道橋から見た夕焼け。
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気管支喘息に似た症状で夜中に咳き込んだりして起きだすこともしばしばで、まとまった睡眠が取れず気力体力とも低下。
とても観光する気分になれず、楽しみにしていたシーパンドンの休日もどこかへ吹っ飛んでしまいました。
午前中はそれほど暑くないのでテラスの椅子に座って本を読んだり、景観が今一つのメコン川をなんとなく眺めていたりうつらうつらしたり。
昼ごろになると30度前後の気温になるので部屋の中に入って、冷えるまでやけに時間のかかるエアコンのお世話になったり。
1冊だけ持ってきていた「失敗の本質」という文庫本を面白く読みながら時間をつぶしましたが、願わくは、旅も人生も失敗だらけのオイラの「失敗の本質」も教えてくださいな。 -
夕方になると、少しふらつく気だるい体を動かしてとぼとぼ歩きながら夕食に向かいます。
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例の旧鉄道橋のたもとのレストランでカレーフライドライスとバナナミルクシェイク。
お腹は壊してないし熱もないので、普通程度の食欲があるのは救い。 -
12月1日(木)。朝食を終えた朝8時半頃のレストラン前の通り。
シーパンドンでもラオス国旗と共に、マルクス・レーニン主義を象徴する鎌と槌(かまとつち)の紋章あしらった旗が掲げてあるのをちょくちょく目にします。
元来、宗教と社会主義は相容れないのに、仏教が深く根付いている不思議な国、社会主義国のラオス。 -
12月2日(金)10時半、宿をチェックアウトして[Pan Guesthouse]のバンガロー前からこのボートに乗ってナーカサンへ向かいます。
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ボートは30分ほどかけてナーカサン(Nakasong)の船着き場に到着。
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12時前にナーカサンを出たバスは国道13号線を北上し13時40分に、13号線からチャンパーサックの船着場に続く道の入口付近で、あとから来るバスに乗り換えてくれとのことでチャンパーサック組数人が降ろされました。
私たちを降ろしたバスはそのままパクセーに向かうようです。
写真は、バスを下車した付近の小さな市場。 -
10分ほどしてやって来たチャンパーサックへ向かうバスに乗って5kmほど走り、なんとか無事に船着場にたどり着きました。
20,000kipの船賃を払ってボートに乗り、メコン川の向こう岸に渡ります。 -
10分ほどでチャンパーサックの中心となるメコン川西岸でボートを降り、宿へと向かいます。
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いくつかのチャンパーサック王朝(1713年 - 1946年)時代の寺院があるメコン川沿いの道を宿の方へ歩いて行きます。
寺院を見学するほどの気力体力もなく、だるい体を引きずりながらトボトボと歩を進めるだけ。
道路沿いにはラオス国旗と鎌と槌の旗を掲げている家が何軒かありました。 -
15時過ぎ、ようやくたどり着いた[Vongpaseud Guesthouse]。
船着場から約3km、あんがい距離があった。
道路からメコン川の方に少し入り込んだ、ゲストハウス併設のほとんど利用者がいないレストランの、向こう真ん中のドアのところが予約したエアコン付きの部屋。ヴォンパセウド ゲストハウス ホテル
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荷を解いたあと、部屋の前のメコン川沿いの誰もいないレストランでバナナシェイクをいただきました。
注文は道路沿いにあるキッチンのところまで行ってしないといけないが、キッチンそばの地面にはカラの1.5Lペットボトルが数十本散乱していたりで、その乱雑さにビックリ。
それでも仕方ないので、この日の夕食はここでフライドライスを食べましたがこれがまた塩辛くて食が進まない。
近寄ってきた猫に加勢してもらおうと投げ与えたところ、少し口にしただけであっちへ行ってしまいました。 -
ホコリと汚れだらけのこの部屋、壁の四隅に蜘蛛の巣が張っていたり、天井から黒いすすが落ちてきたり、補修のビニールテープが半分はがれていたり。
かなり狭いトイレ・シャワー室にはヤモリが何匹か這い回り、アリの行列がいくつか見られ、何やら知らない虫が壁に張り付いているといった有り様で、この部屋にいるだけで具合が悪くなるような、とんでもない部屋に何の因果か知らないけど泊まる羽目になりました。
翌朝には小さな黒い虫の死骸のようなものがベッドの上や洗面所にも落ちているというオマケつき。 -
そのまま寝る気になれず、旅行にいつも持参しているマミー型のシルクシーツにくるまって寝ました。
といっても、ベッドに横になると咳き込んでとれも眠れず、起きて枕を背にして座り、咳でお腹や脇腹の筋肉を引きつらせたりしながらも、うつらうつらするような状態で、惨憺たる長い夜を過ごすことになりました。
以前の旅行でも何度かホコリによる咳と痰に悩まされていたので、旅行にはいつも咳と痰の飲み薬とシムビコートを持参していますが、それが今回はどうしたことかぜんぜん効かない。
まだ封を切っていなかった吸入ステロイド薬のシムビコート、表示を見ると1年半前に使用期限が切れていました。
頼みの綱の喘息治療薬が効き目なしとは・・・。
新しく投薬してもらうのをケチったばかりに悪夢の東南アジア旅行となってしまいました。 -
12月3日(土)。
宿の近くに割と小ぎれいなカフェ・レストランがあったので、朝食はここでアメリカン・ブレックファストをいただきました。
昨日の夕食もここですればよかったな。 -
ゲストハウスで手配してもらったソンテオの小型版のような車に乗って宿から約15分、世界遺産のワット・プーに来ました。
ゲストハウスのオヤジさんは気さくで愛想もいいけど、チャーターの車は往復80,000kipも取られた。(後日乗ったパクセーからタイのウボンまでの国際バスと同じ料金)
宿から約10kmの所にあるワット・プー、予定では自転車を借りて行くつもりだったが今の体調ではとても無理。
観光への意欲も失せていたけど、あの汚い部屋にいても仕方ないので一応遺跡見学にやってきたしだいです。 -
50,000kipのチケットを買って入場し、電気で走る園内バスで聖池(バライ)をぐるっと回って遺跡入口まで移動。
クメール族が11~13世紀頃に山麓に建立した壮大なヒンドゥー教寺院。
リンガを模した石塔が両脇に並ぶ250mの参道を、今一つ体に力が入らないふらつく足取りで歩いて行く。
今は水がなくなっている聖池(バライ)が参道の両左右に配されています。
聖プーカオ山の麓から中腹に位置している、ワットは"寺"、プーは"山"という意味の「山寺」のワット・プー。 -
リンガの並ぶ参道を抜け、門のように立つ2本の椰子の木の間を通ると、右手には大回廊の「北の宮殿」、左手には「南の宮殿」があり、現在修復作業が行われていました。
写真は、回廊に連子窓が施された北の宮殿。
その向こうにそびえるのは聖山のリンガの山プーカオ(Phou Kao)。 -
大回廊の宮殿のあとは、リンガの石塔が並ぶ歩廊へと続いて少しずつ勾配を上げていき、それとともに私の息も上がってきます。
歩廊の突き当りにある十字型テラスへ上がる石段は崩れていて通行禁止なので、両サイドに設置された木製階段と散乱した大きな石の上に乗っかりながら登っていくことになります。 -
大きな石ころに乗っかりながら息を切らして十字型テラスへと上がり、さらにその上の石段から入口の東方向を見たところ。
左手の青い袈裟をまとった守門像(ドヴァラパーラ)にお参りする人たち。 -
十字型テラスから少し進むと、プルメリアの木のアーチと変形した石段が待ち構えています。
たったこれだけの階段でも上に着くと息切れがして呼吸が苦しくなり、6kmのスロージョギングを日課としている私がこの有り様ではまことに情けない。
ちなみにラオスの国花はチャンパー(プルメリアの花)で、2月頃から7月頃までの間に、白、ピンク、赤、黄色の可憐な花を咲かせるそうです。 -
最後の難関、77段の急傾斜の石段を何度も休憩しながら、這う這うの体で上がりきった先に本殿が姿を現しました。
ふう。 -
本殿中央入口上のまぐさ石(リンテル:lintel)には、3頭象のアイラーヴァタに乗るインドラ神のレリーフが施されています。
クメール民族により建設された壮大なヒンドゥー寺院のワット・プー、しかし現在は現地の仏教徒たちの信仰の場となっているとのこと。
ヒンドゥー教のリンガが本尊として祀られていたが、16世紀頃のラーンサーン王国の時代に仏教寺院となり、仏像が据えられたそうです。 -
アンコール遺跡でよく見られるデヴァター像と同じようなレリーフの髪を洗っている(絞る)ように見える女神像は、仏陀の悟りを邪魔しようとした魔物をその長い髪を使って退治したといわれるヒンドゥー教の大地の女神「ナーントラニー」の像で、ヒンドゥー教と仏教の習合が見られるそうです。
右上のまぐさ石のレリーフは、インド神話に登場するガルーダに乗るヴィシュヌ神。 -
ワット・プーの写真。
-
本殿からワット・プー遺跡公園を展望する。
上の方に2つの聖池バライがあり、そして右のバライから手前に延びるリンガの参道と歩廊。
参道と歩廊の間には、右側に大回廊の南宮殿、左側に北宮殿が位置する。
石段を下りるのもまた一苦労だな。 -
ふらつく足取りでの、約2時間のワット・プー遺跡見学を終えてチケットオフィスでジュースを飲んだあと、駐車場に出て車を探すがいない。
仕方ないので近くの露店で焼きバナナを買って食べながら待ちました。
値段は忘れたけど固くなっていてあまり美味しくなかった。
ソンテオの小型版の車はしばらくして一人の欧米人女性を乗せて戻ってきました。
稼ぐなぁ、おじさん。 -
夕食も今朝と同じレストランでとりましたが、イエローカレーのスープの味の濃いこと。
コップ半分ほど水を加えたらちょうどいいかもってくらいの味の濃さで、スティッキーライスをほうばりながら我慢して食べたけど、半分ほど残してしまいました。 -
12月4日(日)。
宿のオヤジから朝の6時半と言われていたパクセー行きのソンテオ、ゲストハウス前にやってきたのは7時近く。
運賃は20,000kip。
地元民を乗せた定期路線のソンテオのようで、途中の何カ所かで人が乗り降りしながら約45分でパクセーの「タラート・ダオファン」という大きな市場の中に到着。ダオファン市場 市場
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行商のおばちゃんがバゲットを売り歩く姿はちょっと妙な光景にも見えますが、19世紀中頃から20世紀半ばまでフランス領インドシナとしてインドシナ半島東部地域(ベトナム・ラオス・カンボジア)を支配下に置いていたフランスの置きみやげ、と言ったところ。
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ダオファン市場から宿まで3km弱の道をスマホのマップを頼りにてくてく歩いて、途中のカフェでパイナップルシェイクとオレンジケーキをいただきながら小休止。
パクセーの町、風がよく通って涼しい。 -
9時過ぎに[Alisa Guesthouse]に到着。
チェックインの時間まで荷物を預け、適当に町をぶらついてカフェに入ったりローカルレストランでフォーのようなものを食べたりして時間をつぶしたあと、12時過ぎにチェックイン。
3階のこの簡素な部屋で3泊しますが、値段は同じでも(1泊\2300くらい)2泊したチャンパーサックの部屋に比べると、まるで地獄の一丁目から生還したかのようです。
しかし、WiFiが部屋の中で使えずロビーだけというのは残念。 -
12月5日(月)の朝食は「Dao Lin」というレストランでバナナ付きのフレンチトーストとコーヒー。
けっこう繁盛している店のようですが味が大ざっぱで何だか物足りない。ダオリン レストラン カフェ アジア料理
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ゲストハウス近くの、パクセーのメインストリートでもある国道13号線。
車の交通量はそれほど多くないが、路肩に積もった私の天敵の砂ぼこりが舞い上がったりします。 -
あるカフェレストランでカオニャオ・マムアンを食べました。
マンゴーは甘くておいしく、まずまずの味でしたがココナッツミルクソースがかなりの甘さで少し胸やけ気味。 -
宿近くのミニマートで買ってきたチョコパイですが、パッケージの画像にだまされました。
日本で食べるチョコパイとはまったく別物。
ところで、相変わらずの咳に悩まされて夜もベッドに横になれる時間は少なく、枕元に座った状態で咳の猛攻をやり過ごしたりでまとまった睡眠がとれないし、つらい夜が明けても観光する気にはなれず、食事や買い出し以外は部屋にこもりっきり。
時どきロビーでネット。(部屋でネットが使えないのはまことに不便) -
少しはテレビをつけたりしたけど訳が分からず、他にすることもないのでスマホのゲームアプリで時間をつぶしました。
スマホでのゲームも普段はまったくしないのですが、昔PCでMystなどのアドベンチャーゲームをやったことがあるのでこれならということでインストール(有料)した、比較的難易度の低いゲーム。 -
夕食にまた「Dao Lin」来ました。
鶏のから揚げとパッタイのような麺料理をたのんだけど、やはり味は大ざっぱでどうも物足りない。
そして、テールブルの上にビールが見られないのはまことに寂しい。 -
12月6日(火)の朝食は、「パクセートラベル」の西隣りにあるカフェ・レストランでアメリカン・ブレックファスト。
あまり愛想のない店だけど、WiFiがけっこう速いのが気に入って何度か利用しました。
ワット・プーだけの観光で終わってしまったラオス南部の10日間。
実りのない苦難の道行きはまだ続きます。
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