2015/08/18 - 2015/08/18
7位(同エリア249件中)
エンリケさん
2015年夏休みのスリランカ旅行5日目後半。
スリランカ旅行のハイライト、世界遺産のシーギリヤ・ロックに登った後は、ダンブッラに戻ってこれまた世界遺産の石窟寺院へ。
灼熱の気候の中、再び巨大な岩山を登り、その中腹に建てられた寺院で目にしたものは・・・赤や黄色をふんだんに使ったフレスコ画の石窟の中に幾体もの仏像が立ち並ぶ、色鮮やかな信仰の世界でした。
<旅程表>
2015年
8月14日(金) 成田→バンコク→コロンボ
8月15日(土) コロンボ→アヌラーダプラ
8月16日(日) アヌラーダプラ→ミヒンタレー→アヌラーダプラ
8月17日(月) アヌラーダプラ→ポロンナルワ
○8月18日(火) ポロンナルワ→ダンブッラ→シーギリヤ→ダンブッラ
8月19日(水) ダンブッラ→キャンディ
8月20日(木) キャンディ→ピンナワラ(象の孤児園)→キャンディ(ペラヘラ祭)
8月21日(金) キャンディ→コロンボ→ゴール
8月22日(土) ゴール→コロンボ
8月23日(日) コロンボ→バンコク→成田
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 2.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- タクシー ヒッチハイク 徒歩
- 航空会社
- タイ国際航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
8月18日(火)
10時50分、シーギリヤ・ロック頂上の旧王宮の世界を十分に堪能し、下山を開始。
さすがに頂上は日差しが強く、飲食できる場所もないので、そうそう長くいられるものでもないですね。シーギリヤ ロック 自然・景勝地
-
岩に打ち込まれた通路の下では、サルが観光客の落とした食べ物を拾ってむしゃむしゃ。
よくもこんなところで落ち着いて食事ができるものです(笑)。 -
ライオンのテラスまで降りてきました。
かつてはこの巨大な足の上にライオンの顔があったそうですが、一体どんな顔をしていたのでしょうか・・・。 -
ライオンのテラスからは往路とは違う道を通り、11時過ぎ、ようやく土の上に戻ってきました。
木陰もあるし、ここまでくれば熱中症も一安心ですね。 -
それでもまだ喉がカラカラの状態・・・。
ミラーウォールを上方に眺めながら帰路を急ぎます。 -
帰り道もこんな岩の間の道を通っていきます。
-
この岩の下には長方形をした部屋の跡が。
これまで見てきたものと同じように、ここも僧の住居だったのでしょうか。 -
こちらの少し広めの平らな空間は“会議堂”(Council Hall)とされているところ。
シーギリヤ・ロックを王都に定めた“狂王”カッサパ1世が、奥に見える椅子に座って会議を行ったとか・・・。会議堂 史跡・遺跡
-
岩と岩とが重なるこんな道を通り・・・。
-
有名な“コブラの岩”(Cobra Hood Rock)を最後に見て、出口に到達。
時刻は11時30分、帰りは30分ちょっとで頂上から降りてこられました。
出口を過ぎるとようやく売店が。
ここですぐさまジンジャービーヤを買い求め(100ルピー=約95円)、ゴクゴクと飲み干します。
ふう・・・。
脱水症状でどうにかなってしまうかと思われましたが、これで助かりました。 -
これでシーギリヤ・ロックの遺跡自体の見学は終了なのですが、入口近くに博物館があったことを思い出し、せっかくだから見ておこうと、シーギリヤ・ロックの周囲に築かれた堀の道に沿って再び入口方面へ。
うーむ、博物館は遺跡をひととおり見た後で、感慨にふけりながらゆっくりと見学したかったのですが、どうやらそういう導線にはなっていないようですね・・・。蓮の水路 滝・河川・湖
-
遺跡出口から入口までは案外と遠く、11時50分、10分超かかってようやく博物館に到着。
灼熱の気候の中を歩いたので再び汗だくになってしまいました・・・。シーギリヤ博物館 博物館・美術館・ギャラリー
-
早速館内に入ると(入場料は遺跡入場料に込み)、冷房がガンガンに効いており、火照った体がクールダウンされて生き返るよう・・・。
肝心の展示内容の方は、このあたりで発掘された土器やシーギリヤ・ロック頂上の王宮の再現VTRなど興味深いものでしたが、残念ながら撮影禁止。
手を動かしていないと頭の働きも鈍ってくるもので、旅も中盤で疲労がたまっていたのと、冷房が効いて気持ちが良かったのとで思わずうたたねしてしまい、展示内容はあまり記憶に残らないものになってしまいました・・・。
ちなみにこのシーギリヤ博物館、2009年に日本のJICAの援助を受けて建てられたもの。
入口付近には日本の協力を表すこんな掲示板が掲げられていました。
【JICA(独立行政法人国際協力機構)~世界遺産・シーギリヤに観光振興促進のため博物館を開館(2009年7月30日)】
https://www.jica.go.jp/topics/2009/20090730_01.html -
出口付近には子どもたちが描いた“ライオンのテラス”の顔の部分の想像図が。
こんな試みも面白いですね。
【灼熱と豪雨、そして笑顔のスリランカ(7) シーギリヤ・ロックのライオンのテラス】
http://4travel.jp/travelogue/11204382#photo_link_47010504 -
12時20分、30分ほどで博物館の見学を終了。
展示内容はあまり頭に残りませんでしたが、冷房の効いた館内で火照った体を休ませ、午後の観光に備えることができました。 -
さて、ダンブッラへ戻ろうとバス通りまでの道を歩いていると、シーギリヤ・ロックから出てきたプリウスから声をかけられます。
声の主は紳士然とした若い男性で、これからダンブッラに戻るところなんだが、よかったら乗っていかないかとのこと。
身なりや言葉もしっかりした人だったし、車も新しくきれいだったので、まさか危ない人ではないだろうと思い、お言葉に甘えてプリウスに乗せてもらうことにしました。 -
車内では日本の話題などして最初は楽しく過ごしていたのですが、あるところで、“あなたがタクシーに乗っていたら1,000ルピー(約930円)はかかる。半分の500ルピー(約470円)でいかがか?”とお金の話に。
高価そうなプリウスに乗っている人(=お金に困っていない人)だから、純粋に親切心から乗せてくれたものと思っていましたが、そういう話でしたか・・・。
これが日本だったら、旅人からお金を請求することはないよなあ・・・。
やっぱり、スリランカの人々の多くは経済的に進んでいる外国人に対してコンプレックスがあるのかなと、少し残念な気持ちになってしまいました。 -
そんなこんなで会話が弾まなくなってしまいましたが、ダンブッラに近づいたところでシーギリヤ・ロック張りの巨大な岩が視界に飛び込んできました。
このあたりはシーギリヤ・ロックだけでなく、似たような岩がゴロゴロしているのですね。 -
ダンブッラの街なかに入ったところでドライバーの男性からどこで降りるんだと聞かれ、“黄金寺院”(Golden Temple)と答えたところ、“そこは少し遠いな。もう200ルピー(約190円)だ”とのこと。
はあ、もう完全にタクシーと変わらんわ・・・。
そうこういっているうちに、今度は横に長い感じの巨大な岩が前方に見えてきました。
あれが石窟寺院のあるダンブッラ岩(Dambulla Rock)か・・・。 -
12時50分、プリウスは黄金寺院の脇の大きな駐車場に入り、ドライバーの男性に700ルピー(約660円)を支払って降車。
その男性は最後に、“あなたは今気分がいいですか?”とわたしに確認するように聞いてきます。
“All right”とは答えましたが、やっぱりお金をとることに対して少し後ろめたい気持ちがあったのでしょうかね・・・。
まあ、バスを待っていたらこんなに早くは着けなかったし、わたしももうちょっと感謝の気持ちを顔に出せれよかったかもしれませんね。
*海外では頼みもしないのに勝手に声をかけてくる人はこのようにだいたい何らかの下心をもった人ばかりです。下手をすれば誘拐の危険もありますので、特に女性の方は絶対に誘いに乗らないでください。 -
さて、世界遺産の石窟寺院に行く前に、隣にある食堂でまずは腹ごしらえをと思って入ってみると、飲み物ばかりで昼食は売っていないとのこと・・・。
ちょうどお昼の時間なのになぜ・・・朝方スリーウィーラーの運転手から聞いた“election day”(選挙日)のせいなのか??
しかたないので、ぼったくり価格のスプライト(150ルピー=約140円)で我慢し、少し休憩した後、金ピカの大仏が印象的な石窟寺院=黄金寺院の入口へ。
その大仏の前には、金色が大好きな中国人と思われる観光客がたくさん。
やけに中国的なその姿が気になって調べてみると、この大仏自体が中国から寄贈されたものとのこと・・・道理で。 -
石窟寺院の入場券はこの大仏の下の“仏教会館”のような博物館の入口で購入(博物館とセットで1,500ルピー=約1,400円とこれまたぼったくり)。
博物館の見学は後回しにし、まずは黄金の大仏の後ろにそびえる岩山の中の石窟寺院目指して、13時20分、石段の道を登っていきます。 -
午前中シーギリヤ・ロックに登ったばかりなのに、また階段の道・・・。
シーギリヤ、ダンブッラの観光は体力が必要ですね。
・・・相変わらずの灼熱の気候の中、汗を拭いながら階段を登り続けると、20分ほどでこんな見晴らしのいいところに。 -
遥かジャングルの向こうにはシーギリヤ・ロックも見えます。
-
参道にはスリランカの観光地では毎度お馴染みのサルの姿も。
赤ちゃんザルがかわいらしいですね。 -
奥の赤ちゃんザルはいじめられてお母さんの胸に避難、といったところでしょうか。
他の外国人観光客も興味深そうにサルたちの写真を撮りまくっていました。 -
そして13時50分、目的の石窟寺院入口に到着。
左に見える靴預り所に靴を預けて、靴下一枚になって入口の門をくぐります。
*スリランカの寺院では靴を脱がなければなりませんが、靴下の着用は認められています。
灼熱の日射しで熱くなった地面に直に触れて火傷しないよう、裸足よりもむしろ靴下を着用していた方が安全です。 -
門をくぐった先には、巨大な岩に押しつぶされそうになっているように見える、コロニアル風の石窟寺院の建物群が。
ダンブッラ石窟寺院 史跡・遺跡
-
横に長い建物群は、こんなふうに岩に沿って奥まで続いています。
この建物の中に、有名な世界遺産の石窟があるわけね。 -
ここにある石窟の数は全部で5つ。
まずは入口の門近くにある第一の窟から見ていきますが、そのすぐそばには、この石窟寺院にたくさんの仏像を納めたり、窟内を金箔で飾ったりするなどの多大な寄進をしたポロンナルワのニッサンカ・マーラ王(在位:1187-96年)の石碑が。
このダンブッラの石窟寺院、寺院としての創建は紀元前1世紀、アヌラーダプラのワッタガーマニー・アバヤ王(在位:BC89-BC77年)の時代まで遡ります。
アヌラーダプラの古代シンハラ王朝が滅びた後も、新しい時代のポロンナルワやキャンディの王朝により増改築が施され続け、現代ではスリランカを代表する寺院として世界遺産に登録されるまでになっています。 -
そしてこちらが第一の窟、“神々の王の寺”という意味の“デーワ・ラージャ・ヴィハーラ”(Deva Raja Vihara)への入口。
石窟を覆う建物は最近造られたものなのか、妙に新しさを感じますね。 -
早速入ってみると、入口からしか光が差し込まない暗く狭い空間の中に、所狭しと横たわる巨大な涅槃仏が。
全体を撮るにはあまりにもスペースがなさすぎるため、こういった写真しか撮れません・・・。 -
この涅槃仏は全長14mもあるのだそう・・・。
狭い窟内を横に移動し、横たわる仏陀の足の裏をパチリ。
部屋が暗いためその場では気付きにくいですが、撮った写真をよく見ると、仏陀の足の裏は真っ赤。
これは、スリランカの大地を覆う赤土を表しているとのこと。
また、足の裏には曼陀羅のような模様はあるものの、ミャンマーやタイの寝仏と違って、宇宙観図は描かれていないようですね。
【ミャンマー紀行(10) ヤンゴンのチャウッタージー・パヤーの寝仏】
http://4travel.jp/travelogue/10646249#photo_link_24599275
【酷暑のバンコク(6) バンコクのワット・ポーの寝仏】
http://4travel.jp/travelogue/10908303#photo_link_34459128 -
そして天井には、赤や黄などの目立つ色彩をふんだんに使ったフレスコ画が。
ところどころデコボコしているところを見ると、削った岩山に直接絵が描かれているようです。 -
涅槃仏の頭の脇には、立像と座像が。
涅槃像と立像、座像の3点を組み合わせるのは、スリランカの寺院の伝統様式のようですね。
【灼熱と豪雨、そして笑顔のスリランカ(5) ポロンナルワのガル・ヴィハーラの仏像群】
http://4travel.jp/travelogue/11188291#photo_link_46642517 -
続いて隣にある第二窟、“偉大な王の寺”という意味の“マハー・ラージャ・ヴィハーラ”(Maha Raja Vihara)へ。
ここは5つの石窟のうち内部が最も広く、安置されている仏像の数、フレスコ画の出来ともに断トツです。
石窟内にライトも設置されているため、天井画も鮮やかに浮かび上がります。
ちなみに石窟の名前になっている“偉大な王”とは、前出のこの寺院を建立したワッタガーマニー・アバヤ王とのこと。 -
こちらはお馴染みの涅槃像、立像、座像の3点セットの仏様。
天井や壁のフレスコ画の書き込みもびっしりで素晴らしいですね。 -
石窟の奥には横一列にびしっと並んだ仏陀の座像が。
この第二窟に納められている仏像は全部で56体。
石窟の大きさは幅約52m、奥行き約25m、高さ約6mとのことですが、写真でお分かりのとおり、奥に進むにしたがって天井が低くなっていく構造となっています。 -
こちらの囲いがなされている場所に安置されている壷は、天井から滴り落ちる聖なる湧き水を受け止めているもの。
この水は重要な儀式の際に僧が飲むのだそうですが、普段はここに置かれたまま。
絶えず天井から水が滴り落ちているにもかかわらず、水の量は一定を保っているのだとか。
(若干壷の下が濡れているようにも見えますが・・・。)
ちなみに“ダンブッラ”とは“水の湧き出る岩”という意味で、ここが町の名前の元となった、由緒ある場所とのこと。 -
第二窟の中にはこんなミニサイズの仏塔(ダーガバ)も。
この位置から見ると、奥に向かって天井が下がっていくのがはっきりと見て取れますね。 -
こちらの天井画のバックに描かれている女性たちは、どこかで見たことがあると思ったら、なんとシーギリヤ・レディ。
父殺しの狂った王の遺作ですが、後世になればこれも一芸術として仏画の中にとりこんでしまうのですね。
【灼熱と豪雨、そして笑顔のスリランカ(7) シーギリヤ・レディ】
http://4travel.jp/travelogue/11204382#photo_link_47008688 -
こちらの天井画でも仏陀の周りにたくさんの人々が描かれています。
しかしよく見ると・・・。 -
片側にはひげを生やした狂暴そうな男たちの集団が。
中にはヘビの化け物らしき姿の者も描かれています。 -
もうひとつの側にはそれを弓矢で狙う兵士のような一団が。
このフレスコ画、もともとは“仏陀の瞑想を邪魔する悪魔”を描いたものだったようですが、修復を繰り返すうちに右下に兵士の一団が加わって、“タミル人(ヒンドゥー教徒)とシンハラ人(仏教徒)の争いを描いたもの”というように、解釈が変わっていった模様・・・。
(兵士の一団の中に、第二窟が造られた当時は存在していなかった“鉄砲”をもった人物がいるのも、後世の付け足しを表していると言えます。)
“石窟寺院”という信仰の場、それも仏陀の像の周りの絵をそんな血生臭い解釈にしてしまうとは・・・それほどまでに深い、両民族の争いということなのでしょうね。
2009年に内戦が終わったとはいえ、二千年以上前から争いを続けていた両民族、共存への道は一筋縄ではいかないのでしょうね。 -
こちらの天井画には列ごとに人物像がびっしり。
シュメール人の描いた人類最古級の美術品“ウルのスタンダード”(Standard of Ur)を思い起こさせますね。
【ウルのスタンダード(wikipediaより)】
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%AB%E3%81%AE%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%BC%E3%83%89
人間が造るものは古今東西を問わず、結局どこかで似通ってしまうのか・・・。 -
続いて第三窟、“偉大な新しい寺”という意味の“マハー・アルト・ヴィハーラ”(Maha Alut Vihara)へ。
“新しい”という名のとおり、こちらは18世紀後半のキャンディ王国の時代にキルティ・スリ・ラージャハー王によって建設されたもの。 -
第二窟ほどではないですが、こちらも内部は案外と広く、50体以上もの仏像が納められているとのことで、こんなふうに壁に沿ってズラリ。
ちなみに仏像は皆、黄色い肌をしていますが、本当は金色にしたかったのでしょうかね・・・。
気候や費用の問題でできなかったのか・・・日本人的にはド派手じゃないこちらの方が馴染みやすい気がしますが。 -
そして第四窟、“3人の王の寺”という意味の“パッツィーマ・ヴィハーラ”(Pachima Vihara)。
キャンディ王国末期に造られたもので、ポルトガルやオランダの侵攻を受けて弱体化しつつあった当時の王国の力が反映されているのか、第二窟、第三窟に比べて奥行きがあまりなく、やや小さめの石窟になっています。 -
最後の“デワナ・アルト・ヴィハーラ”(Devana Alut Vihara)という名の第五窟は英国統治時代の1915年に造られたもの。
写真に見えるとおり第四窟よりもさらに小さく、天井の低い空間に座像、立像、涅槃像の仏像3点セットがようやく収まっている状態。
ここまで来ると観光客も疲れているのか、さっと見てはすぐに石窟を去っていきます。
以上でこの寺院の5つの石窟の見学をひととおり終了。 -
14時30分、石窟の見学を終えて外に出ると、敷地の一角にはこんなハスの池が。
空も少し雲が多くなって陰ってきたようで、見た目的には暑さも少し和らいだ感じ。
この日も一雨来るかな・・・。 -
もう一度印象的な第二窟を見学し直したりして14時55分、今度は本当に石窟の見学を終了。
ダンブッラ石窟寺院、海外だけでなく、スリランカ国内からの観光客もそこそこいて、賑やかさだけでなく、パワースポット的な厳かさも感じることのできる観光スポットでした。 -
門を出て、暑い中苦労して登ってきた階段の道を今度は降っていきます。
途中、すれ違った子ども連れのスリランカ人らしき観光客たちに“アーユボーワン”(こんにちは)とシンハラ語であいさつすると、どういうわけか相手は返事もせずにニヤニヤ・・・。
アヌラーダプラやミヒンタレーではちゃんと“アーユボーワン”と返してくれたのに。
こちらの発音がおかしかったのか、それとも彼らはスリランカ人ではなくインド人だったりして・・・。 -
金ピカの大仏の背中が見えてきました。
中国製らしく後ろは手抜きっぽいですが・・・。
麓までもう少しです。 -
15時10分、帰りは15分ほどで麓まで到着。
この日はもうほかに行くべきところがなく、せっかくなので目の前の奇妙な建物に入ってみることにします。 -
金ピカの大仏の手前の建物は博物館になっていて、広々としたスペースの中に世界各地から贈られた仏像などがこんなふうに展示されています。
まあ、展示品よりも冷房がガンガンに効いていて、いいクールダウンになったことの方が印象に残っていますが(笑)。 -
こちらのスペースの奥には何やら民族衣装を着た人形の展示が。
-
こちらは金ピカの装身具をまとった象の行列。
先ほどの人形とあわせて、どうやらこの年も開催時期の迫ったキャンディのエサラ・ペラヘラ祭(*)の様子を展示しているようです。
*エサラ・ペラヘラ祭
スリランカの古都キャンディで毎年エサラ月(7~8月)に行われるお祭り。
“ペラヘラ”とは“行列”という意味で、炎を操るダンサーや100頭もの着飾ったゾウの行進が大迫力で有名。
2015年は8月20日から29日(最終日は満月)まで開催。 -
こちらはペラヘラ祭でメインの象に載せられるキャンディ一の宝物、仏歯の容器のレプリカでしょうか。
-
こちらはペラヘラ祭のパレードの様子を表したミニチュア模型。
今回のスリランカの旅は、キャンディ滞在時がちょうどペラヘラ祭の開催日にあたっているので、このお祭りの様子を是非とも見学したいものです。 -
出口付近の壁にはシーギリヤ・レディのアレンジ画。
シーギリヤ・レディはこんなアイコンにもなるスリランカにとっての貴重な観光資源なのですね。
【灼熱と豪雨、そして笑顔のスリランカ(7) シーギリヤ・レディ】
http://4travel.jp/travelogue/11204382#photo_link_47008689 -
15時30分、博物館の見学を終え、今度こそ昼食をとろうと黄金寺院の周辺を散策しますが、お店はどこも閉まっている状態・・・。
“election day”(選挙日)だからなのか、普段からこんな感じなのか、スリランカの旅で唯一残念なところは、こんなふうに手頃なお店が見つからなかったり、アルコールが自由に飲めなかったりして、“食に困る”ところでしょうかね・・・。 -
仕方ないので、寺院に入る前にも立ち寄った、寺院併設の食堂(といっても飲み物以外の提供なし)で、150ルピー(約140円)とぼったくり価格のペットボトルの水を飲んでなんとか腹を満たします。
この後は何もすることがなくなって、スリーウィーラー(オート三輪車)で時計塔の北側にあるこの日の宿へ。
ちなみに運賃は150ルピーと、ペットボトルの水と同額! -
16時過ぎ、この日の朝にも立ち寄ったゲストハウス“Sujatha Tourist Rest”に到着。
ゲストハウスを経営するご家族に預かってもらっていた荷物を引き取り、1階の自分の部屋へ。
案内された部屋はテレビもなく、こんなふうにシンプル。
エアコンはなくファンのみでしたが、動かすと思ったより風がきて涼しいものです。 -
部屋の外の通路はこんなふうに広い庭に面していて、のんびりできそうな感じ。
ちなみに客室からは行けない反対側の庭はプライベート空間になっているようで、経営者のご家族らしき人が行水などをしていました。
わたしもほとんど水のシャワー(慣れると気持ちいいです。)を浴びてクールダウンし、今度こそ食べ物屋を見つけようと外出の準備をしていたところ、やはりというかなんというか、4日連続の強烈なスコール。
仕方なくベッドの上で横になっていたら、いつの間にか眠ってしまいました・・・。 -
そして目が覚めると20時近くなっており、辺りはすでに真っ暗。
食いっぱぐれるわけにもいかなかったので、慌ただしく外へ出ようとすると、ロビーから宿の関係者らしき若い男性が出てきて、今夜は選挙で店はどこもやっていないから自分のところの食堂へ案内するとのこと。
よく話を聞いてみると、今夜は84歳で亡くなられたおばあさんのお通夜があって、そのための食事を用意しているとか・・・。
言われるままにその男性についていき、宿の隣にある式場(?)でまずは横たえられたおばあさんを目の前にしてご冥福をお祈りした後(海外でお通夜に参加するのは当然ながら初めて)、用意されていた食堂へ。 -
食堂はバイキング形式となっており、その男性に促されるまま、料理を紙皿にとっていきます。
その適当に選んだ料理がこちら。
箸やスプーンは用意されていないので、地元の人々と同様、手づかみでの食事です。
食べてみると、ピリッとスパイスが効いていてイケる感じ。
今回の旅で味わった食事の中では、食べ方も含めて、いちばんスリランカのイメージに近くてよかったかも。
なんてったって観光客用のレストランではなく、地元の人しか食べないお通夜の食事ですから・・・。
一時は食いっぱぐれるかと思いましたが、海外でのお通夜参加といい、何とも貴重な機会に巡り会ったものです。 -
目の前に座っているお兄さんと目が合い、微笑んでくれたので、記念に一枚パチリ。
相変わらずスリランカの人々は笑顔が素敵で人懐こい感じです。
そういえばこの食堂、たくさんの机やホワイトボードがあるところを見ると、本来は学校の教室として使っている場所でしょうか。
なんだかディープな旅をしている気分です。 -
食事を終えると、ちゃんと手洗い用の水汲み場まで案内されます。
案内してくれたお兄さんに食事代はいくらかと聞くと、いらないとのこと。
いやあ、ここまで至れり尽くせりのことをしてくれてタダとは、何とも申し訳ない気持ち。
本当はシンハラ語ができればいいのだけれども、英語で最大限の感謝の言葉を述べて、そのお兄さんとはお別れ。
お兄さんは笑顔で宿の建物の中に去っていきました。
スリランカの旅、毎日が想定外の出来事でいっぱいですね。
さて、翌日はスリランカ最後の王朝の都があった聖地キャンディへ。
今度は遺跡巡りも岩登りもなく、普通の(?)都市観光になりますが、どんなことが待ち受けているやら・・・。
(灼熱と豪雨、そして笑顔のスリランカ旅行6日目~聖地キャンディ観光に続く。)
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この旅行記へのコメント (2)
-
- 川岸 町子さん 2017/02/11 22:47:21
- ダンブッラのおもてなし
- エンリケさん、おばんでした☆
貴重な経験をなさいましたね。
夕食の心配をして頂き、お通夜に参加、お食事を振舞って頂く。
このような体験談は初めて聞きました。
うれしいですね、この様に大変な時に、気を配って下さるなんて!
地元の方がその土地の料理を作って、故人を送る夜。
亡くなった方が好きだったお料理かもしれません(@⌒ー⌒@)
そう思うと、一層素晴らしい体験をなさいましたね。
私はシーギリヤの博物館も、石窟寺院の建物に入られることも知りませんでした。
私が訪れた時、おそらく外国人は私一人だったようです。
ダンブッラ石窟寺院の狭い空間の中の仏様への想いが、改めて深いものだと感じます。
私は、ダンブッラのバス停から石窟寺院までどうやって行ったのかな?と思い出すと・・・
ダンブッラに着いた日は乾季なのにスコールで、高額な傘を買う羽目になり、オートリキシャ―に乗りました。
やはり周辺は選挙でなくても、レストランらしきものが無かったです。
ようやく入った店は、イマイチなので、店を出ようとしたら腕をつかまれた(*_*;
GHでも、ぼったくり価格の夕食を勧められたり、Hな話をしてくるのを交わさなければいけなかったし(*_*;
シーギリヤからダンブッラまでは、知り合った日本人女性とオートリキシャ―に乗りました。
シーギリヤ周辺は、ダンブッラよりも欧米人向けの宿やカフェがあるね〜と話しながら。
その後、彼女が予定を変更し、その日のうちに私と同じバスでキャンディまで行こうかなと。
彼女がキャンセルしようとしたら、キャンセル料が約1泊分で、泣く泣く泊まることに。
ダンブッラでは、もう何もすることなくて、その後寝ていたそうです。
ダンブッラでは道を尋ねれば、たまたまでしょうが反対方向を教えられ道に迷ったり。
そんなこともあり、ダンブッラは石窟寺院は良かったけど、街の印象はあまり良くなかったです。
その分キャンディやゴールの印象が良かったのかもしれません。
この日のご様子を拝見しながら、自分はどうしていたのかな?と忘れていたことを思い出させて頂き、ありがとうございます!
おかげで細かい事まで振り返り、自分の話を長々としてしまい、失礼しました。
タクシー代わりをした男性、お金を手にして何を思ったのでしょうね?
スリランカの旅は、中盤にして予期せぬ出来事の連続ですね!
この先もとっても楽しみにしています(*^▽^*)
町子
- エンリケさん からの返信 2017/02/12 23:11:19
- 予想の斜め上を行くことばかり。
- 川岸 町子さん
こんばんは。ダンブッラ旅行記にご訪問ありがとうございます。
本当にスリランカの旅は予想の斜め上を行くことばかりで、本来的な意味での旅の楽しさを味わうことができる貴重な国ですよね。
シーギリヤからダンブッラまで送ってくれた男性も、最後はお金を請求されましたが、地元の人の考え方を知る上でいい経験になりました。
スリランカじゃなかったら誘拐されてたかもしれないと思うと、ちょっぴりコワい経験でしたが。
その一方で、夕飯の面倒を見てくれた宿の男性のように、お金はいらないと言ってくれる人もいて。
そういう悪い人良い人いろんな人と出会えることも旅の魅力のひとつですよね。
> やはり周辺は選挙でなくても、レストランらしきものが無かったです。
> ようやく入った店は、イマイチなので、店を出ようとしたら腕をつかまれた(*_*;
> GHでも、ぼったくり価格の夕食を勧められたり、Hな話をしてくるのを交わさなければいけなかったし(*_*;
町子さんもダンブッラでは石窟寺院以外はあまりいい経験をされなかったのですね。
ダンブッラはやはり海外からの旅行者の誰もが訪れるシーギリヤ・ロックの入口にあたるせいか、旅行者から金を巻き上げようとする輩がほかよりも多い気がしますね。
もっと奥地にあるアヌラーダプラやポロンナルワではそんなことはほとんど感じなかったのですが、外国人観光客の増加に伴い、やがてはダンブッラのようになってしまうとしたら残念ですね・・・。
次回はスリランカに来て初めての都市らしい都市、キャンディの観光になります。
教科書どおりの観光になってしまって面白くないかもしれませんが、よろしかったらまた覗いてみてください!
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