2015/06/07 - 2015/06/07
16位(同エリア83件中)
クッキーさん
ナミュールからムーズ川をさらに上流へとさかのぼり、11世紀初めに築かれた城砦の下にこぢんまりとひらけた“絵のような街”ディナンを訪れました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ナミュールのホテルにチェックインした後、向かう先は アルデンヌ地方にある、河畔の美しい町 ディナンです。
翌日は ナミュールからデリュビュイに移動するので、ディナン訪問を先に。
ナミュール駅で買い求めたトレインチケットの使い始め。トレインチケットの詳細はナミュール編にて。
11:38発。 -
ICでナミュール~ディナン間は約30分の移動。
ナミュールーディナン間はムーズ川に沿う景勝ルートだそうです。 -
川べりだけでなく 丘の中腹にも大小さまざまな家々が立ち並びます。
それにもまして、ムーズ川の眺めが素敵です。 -
ディナン駅に着く直前に 車窓に現れたシタデル。
駅から出たら、その方向を目指せば簡単にシタデルに着くはずだというのに、駅の反対方向に歩く人に つい つられて歩いて行ってしまいました。 -
家々の間から目指すシタデルを見て ようやく間違いに気が付いて後戻りです。
駅を出て、電車の進行方向に見えた家並み。最初から こちらに歩けばよかったんです。 -
家並みを抜けると すぐに橋が現れます。
橋を渡る手前から見えるノートルダム教会と 背後に見えているのがシタデル。
独特な形の尖塔と背後にそびえる断崖の上の城砦の組み合わせが不思議な雰囲気を醸し出し、ディナンを代表する景色となっています。
このアングルがディナンの定番。ベタではあっても この写真だけは撮っておかなければ。
ノートルダム教会の 岩壁を背景にする外観は、想像以上のもの。 -
ノートルダム教会の尖塔は黒い玉ねぎ頭。
岸壁の上のシタデルにばかり気を取られていて はみ出し寸前ですが、右端にロープーウェイが見えます。
シタデルは1050年に築かれましたが、現在の姿は19世紀以来のものです。山の高さは100メートルあり、ロープウェーか、16世紀につくられた石段で登ります。 -
教会の隣にある 急勾配の階段。
当然ながら 計画段階からロープウェーで上がるつもりでしたから・・・
ロープウェーで上がっても、階段で上がっても同じ値段らしいです。 -
ロープウェイを下りると すぐにこんな光景が待っていました。
さきほど渡ってきた橋。
ノートルダム教会も真下に。 -
こんな塹壕のような空間が あちこちに見えます。
奥に見える入口を通ってきたんでしたっけ? -
要塞中央の中庭です。お土産物屋さんやカフェ、インフォメーションなどがある広いスペースです。
10分余りうろついていたら 見学ツアーが始まりました。約40分間のツアーです。申し込む必要はなく、ツアーの開始時刻になったら、希望者が一緒に歩くだけ、というものでした。
ツアーガイドは若い女性でした。 -
シタデルのパンフレットから。
ドローンで撮ったみたいな構図ですね。 -
見学ツアーの人達。
壁の厚みがすごいです。たぶん この辺りが大歩廊。
大歩廊は石畳の中庭に通じる通路の中ぼどにあり、長さ150メートル、壁の厚さは2メートルあります。左右の壁面に銃眼がありますが、これは、町(右側の銃眼)と城砦の正門正面にあった跳ね橋(現在は塗りこめられている左側の銃眼)を防護するためのものでした。 -
至る所に大砲が置かれています。
これらの大砲は1820年から1830年にかけて鋳造されたものだそうです。 -
そのたびに、ここに兵士が立てこもって、川を挟んで戦争が行われたわけです。
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1820年代の鍛冶屋。
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中庭の石畳を通り抜けると展望台に出ます。
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ミューズ川の水面から100メートル上にあるこの展望台は監視の目を光らせる場所として戦略的にとても重要な位置を占めていました。
上流方向のディナンの街を一望。
左手に見えるのが有名なバイヤールの岩(高さ33メートル)??。フランス国境はこの先12キロのところにあります。 -
右手、対岸には、ブーヴィーニュの古い町並みやクレーヴクール城の城趾などが見えます???。
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下流方向。
天気に恵まれて、空も山も川の色も鮮やか。 -
対岸にはディナン駅が見えています。
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展望台から中央の石畳に戻り、左手の壁沿いを進んでいくと・・・
こちらは 内部の見学入り口(だったかな)
装飾もなくて、そっけない感じ。
さきほどまでの のびやかな風光明美な光景とは打って変わって、ひんやりと、しん、として、もののふの「気」が漂っているような…。 -
これら それぞれの豪に大砲が置かれていたのでしょうか。
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1820年代に、この城砦の下で繰り広げられていた日々の暮らしを再現したコーナーがあります。
この辺りは 牢獄だそうで、囚人房、看守部屋、ギロチンもある拷問部屋が目の前に現れます。 -
1820年代の台所。
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1820年代のパン屋。
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兵士たちの寝室。
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ディナン史上の大事件を物語る立体模型だそうです。銅細工職人への貴金属細工許可状の賦与(1255年)、豪胆公シャルルによる略奪(1466年)、司教大公バイエルン公エルネストの来訪(1582年)です。
右にある 〔1466年〕の表示は、ブルゴーニュ公フィリップ善良公(リエージュ司教公ルイ・ド・ブルボンの叔父)と、フィリップの嫡子シャルル勇胆公が、ディナンで起こった反乱を、800人の市民をムーズ川へ投げ込むことで懲らしめ、市に火を放った事件でしょうか。〈ウィキペディアより〉 -
司教大公バイエルン公エルネストの来訪(1582年)?。
シタデルは、ムーズ川の渓谷を監視するため11世紀に初めて建てられたものだそうです。リエージュ司教公が再建し、1530年にはさらに拡大させたそうで、これはその頃のものでしょうか。 -
交通の要所にあるディナンは16世紀と17世紀にはフランスとスペインの戦争に巻き込まれました(中立を保ったにもかかわらずディナンは破壊され、あげくに飢饉、疫病流行に苛まれた)。
わずか12キロ先のフランスですからね。ルクセンブルクと同様、小国の悲哀です。 -
サーベルや銃剣、ラッパ銃、中世から第2次大戦時まで、時代とともに変遷した各種の小銃などが展示してあります。
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次にはフランスに占領され、18世紀の終わりにはオーストリアに支配され、
第一次世界大戦ではドイツに攻撃され…と、苦難の連続のような歴史が続きました。 -
これらの展示品を見学した後、階段を下りた先に案内された部屋は・・・
第1次大戦中に、イゼール川沿岸で繰り広げられたいくつもの戦闘の現場となった塹壕の中を模したものです。塹壕は、爆撃で崩れ落ちた防空壕に通じています。
爆撃によって防空壕ごと傾いてしまったものを再現したものでした。
床も天井も壁も全て傾いて造られていて(30~40度ぐらい傾いた部屋)、平衡感覚がおかしくなり、真っ直ぐ歩くどころか立っていることさえも困難になりました。 -
気を抜いたら、壁に倒れこむ感じです。
下に水溜りも出来ているのせいか、コインが何枚も投げ入れてあったり・・やめてほしいな、こんなところでは。
写真が1枚もないのは、歩くことさえやっとだったせいもありますが・・あまりの迫真に満ちた部屋の再現に圧倒されたから。これが戦争の現実なんだと。 -
見学中は、この部屋は ここディナンでの戦闘光景を再現したものかと思っていたのですが、ディナンとは何の関係もないんだとか。
でもディナンの歴史を考えると、いずれかの戦闘時には 何処かの塹壕で こんな経験をした兵士が多く居たんだろうと思います。
こんな大砲の展示が、単なる 観光向けであり続けてほしいと、しみじみと思いました。 -
見学ツアーが終わった後、あちこちの展示物を見て回ります。
おそらくディナンの歴史の変遷。
この土地に最初の城砦が築かれたのは1040年前後、初代の橋がかけられたのは1080年前後のことです。当時のディナンはごく小規模な城砦都市で、銅細工を主な産業としていました。
この絵では 橋を建造中の様子。
砦というのは、どこにでも作るものではなくて、橋のあるところに築かれるそうです。 -
敵が攻め入ってくるのをここでたたくためです。
ところが昔は橋って簡単には造れなかったそうで、ムーズ川にあった橋はリエージュ、ユイ、ディナン、ナミュールの4箇所のみだそうです。
なので、砦もこの4箇所にのみ造られました。
ちょっと気になって調べてみたら、ユイはリエージュとナミュールの中間あたりにある街で、ディナンのシタデルにもまして いかつい堅固な造りの様相のシタデルがありました。 -
橋を守るためだから、シタデルから大砲がちゃんと橋まで届くようにつくってあるそうです。
こちらの絵では シタデルの麓の街が燃え上っているようにも見えますね。 -
一時の平穏を取り戻した街。
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この通路の途中には、色々と展示されてる部屋がありました。
入って進んでみると、外からは見えなかった所に通路があり、奥の方まで色々な仕掛けや展示が続く、意外と広い空間でした。 -
それらの仕掛けのうちの一つが これ。
床に記された15-8-1818(1815)の年号。
第一次大戦中の日付ですね。
ここディナンにドイツ軍が攻め入った日付じゃないかな・・・?と勝手に想像しています。
兵士たちの呻き声まで聞こえてきます。 -
通路の一部。
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廃墟感が漂っています。
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1時間余りのシタデル見学を終えて外へ。
やっと現実世界へ戻れた気分。 -
シタデルに入る時には通らなかった道を抜けると、
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こんな光景。
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険しい断崖にある石段は こんな感じ。
中央の入口から中に入れるようですね。 -
ノートルダム教会の黒い玉ねぎ頭も入れて。
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たぶん、右がロープーウェイ乗り場。
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ロープーウェイ乗り場の壁面。
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この位置からだと、教会の全景がよく分かりますね。
こんなに崖が近くて大丈夫なのかなあ、と思ったら、やっぱり大丈夫じゃないみたいで、1227年に建てられたロマネスク様式の教会が、近くの崖からの落石で一部が破損したのち、古い基礎の上にゴシック様式で再建されたそうです。 -
川向こうの山並みに並ぶ家。
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展望スペースにも、戦闘機や砲台が置かれており、その奥には、売店やカフェ、そして子供用の遊具もありました。
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でも、生垣で遮られたその奥にあったのは たくさんの十字架です。
さきほど見てきた 傾いた塹壕の再現部屋の様子が 脳裏によみがえります。
「アンの娘リラ」を ふと読み返していたら、第一次大戦中の戦時下の様子が描かれており、ナミュール、リエージュ、アントワープなどなどベルギーの地名がいっぱい出てきていました・・・ -
ロープーウェイで下りた後、ノートルダム教会へ。
とても重厚な雰囲気です。 -
鮮やかなステンドグラス。
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シンプル。
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ひっそりと。
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ノートルダム教会正面の聖母子像。
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街角歩き。ノートルダム教会に向かって左手方向、川沿いに続く通りは、この町で生まれたサクソフォンの発明者の名を冠した通りです。特産の真鍮細工(ディナンドリー)を売る店が軒を並べています。
近くにはディナンドリーで作られた巨大なサクソフォンのモニュメントがあり、通りのイルミネーションもサクソフォン。ディナンでは4年に一度、秋に国際サックス・コンクールが開かれるそうです。
ディナンは、楽器のサックスを発明したアドルフ・サックス氏が生誕した町としても有名で、町の至る所でサックスのオブジェなんかを見ることが出来ます。 -
アドルフさんの銅像にはお目にかからないまま 通りを戻って。
ノートルダム教会の前に架かっている橋には、カラフルにペイントされた大きなサックスのオブジェと、色んな国の国旗が並んでいました。 -
ムーズ川での川遊びを待つボートがいっぱい。
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教会の右側。
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教会前の広場は観光客で賑わっています。
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教会の右方向に延びる家並み。
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日曜日だからなのか 川沿いのオープンカフェは賑わいを見せています。
この 色鮮やかな家並みが素敵。 -
教会の右方向に延びる家並み。黒い玉ねぎ頭のお家が見えます。
こちら側は 若干 渋めの色合い。 -
頂上に見える塔も シタデルの一部でしょうか?
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シタデルとノートルダム教会とサキソフォン。
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駅へ戻る途中の街角。
2時間半の滞在。
14:40の列車でナミュールへ戻ります。 -
車窓から。
途中、列車が 訳もなく停まって、ちょっと焦りましたが。 -
ナミュール駅に到着前に 車窓から見えた城壁?
どこかの町のお城だったらうれしいけど、時間的にはナミュールのシタデルだったのかしら?
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