ポロンナルワ旅行記(ブログ) 一覧に戻る
2015年夏休みのスリランカ旅行4日目後半。<br /><br />前半に引き続き、レンタサイクルでポロンナルワの遺跡地区巡りを続けます。<br /><br />ポロンナルワ仏教遺跡の最高傑作、3体の石仏のあるガル・ヴィハーラを見学した後は、ハスの池、ティワンカ・ピリマゲ寺院、キリ・ヴィハーラ、ランカティラカ、ランコトゥ・ヴィハーラと回っていきます。<br /><br />途中、この季節にお決まりのスコールに降られるも、今回はすぐに止んで遺跡巡りを続行。<br /><br />遺跡地区から少し離れたところにある、パラークラマ・バーフ1世の肖像といわれる石立像にも足を伸ばし、ポロンナルワの主要な遺跡はすべて制覇。<br /><br />遺跡群や広大な貯水池から、中世シンハラ王朝の“大王”パラークラマ・バーフ1世が築いたポロンナルワの当時の繁栄ぶりを感じることができ、サイクリングに歴史に、満足度の高い一日を過ごすことができたポロンナルワ観光となりました。<br /><br /><旅程表><br /> 2015年<br /> 8月14日(金) 成田→バンコク→コロンボ<br /> 8月15日(土) コロンボ→アヌラーダプラ<br /> 8月16日(日) アヌラーダプラ→ミヒンタレー→アヌラーダプラ<br />○8月17日(月) アヌラーダプラ→ポロンナルワ<br /> 8月18日(火) ポロンナルワ→ダンブッラ→シーギリヤ→ダンブッラ<br /> 8月19日(水) ダンブッラ→キャンディ<br /> 8月20日(木) キャンディ→ピンナワラ(象の孤児園)→キャンディ(ペラヘラ祭)<br /> 8月21日(金) キャンディ→コロンボ→ゴール<br /> 8月22日(土) ゴール→コロンボ<br /> 8月23日(日) コロンボ→バンコク→成田

灼熱と豪雨、そして笑顔のスリランカ(6) 寂しく佇むパラークラマ・バーフ王像とポロンナルワの夕べ

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2015/08/17 - 2015/08/17

5位(同エリア165件中)

2

58

エンリケ

エンリケさん

2015年夏休みのスリランカ旅行4日目後半。

前半に引き続き、レンタサイクルでポロンナルワの遺跡地区巡りを続けます。

ポロンナルワ仏教遺跡の最高傑作、3体の石仏のあるガル・ヴィハーラを見学した後は、ハスの池、ティワンカ・ピリマゲ寺院、キリ・ヴィハーラ、ランカティラカ、ランコトゥ・ヴィハーラと回っていきます。

途中、この季節にお決まりのスコールに降られるも、今回はすぐに止んで遺跡巡りを続行。

遺跡地区から少し離れたところにある、パラークラマ・バーフ1世の肖像といわれる石立像にも足を伸ばし、ポロンナルワの主要な遺跡はすべて制覇。

遺跡群や広大な貯水池から、中世シンハラ王朝の“大王”パラークラマ・バーフ1世が築いたポロンナルワの当時の繁栄ぶりを感じることができ、サイクリングに歴史に、満足度の高い一日を過ごすことができたポロンナルワ観光となりました。

<旅程表>
 2015年
 8月14日(金) 成田→バンコク→コロンボ
 8月15日(土) コロンボ→アヌラーダプラ
 8月16日(日) アヌラーダプラ→ミヒンタレー→アヌラーダプラ
○8月17日(月) アヌラーダプラ→ポロンナルワ
 8月18日(火) ポロンナルワ→ダンブッラ→シーギリヤ→ダンブッラ
 8月19日(水) ダンブッラ→キャンディ
 8月20日(木) キャンディ→ピンナワラ(象の孤児園)→キャンディ(ペラヘラ祭)
 8月21日(金) キャンディ→コロンボ→ゴール
 8月22日(土) ゴール→コロンボ
 8月23日(日) コロンボ→バンコク→成田

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
ホテル
3.0
グルメ
3.0
交通
3.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
10万円 - 15万円
交通手段
自転車 徒歩
航空会社
タイ国際航空
旅行の手配内容
個別手配
  • 8月17日(月)<br />11~13世紀に中世シンハラ王朝の都があったポロンナルワの遺跡地区巡りを続けます。<br /><br />13時10分、ポロンナルワの仏教遺跡の最高傑作との呼び声の高い3体の石仏遺跡“ガル・ヴィハーラ”の見学を終え、次の遺跡へ。

    8月17日(月)
    11~13世紀に中世シンハラ王朝の都があったポロンナルワの遺跡地区巡りを続けます。

    13時10分、ポロンナルワの仏教遺跡の最高傑作との呼び声の高い3体の石仏遺跡“ガル・ヴィハーラ”の見学を終え、次の遺跡へ。

    ガル ヴィハーラ 史跡・遺跡

  • ガル・ヴィハーラから駐輪場までの帰り道、欧米人の観光客が立ち止まって木の上の方を眺めています。<br /><br />“何が見えるの?”と尋ねたところ、“bird”とのこと。<br /><br />目を凝らしてよく見ると・・・。

    ガル・ヴィハーラから駐輪場までの帰り道、欧米人の観光客が立ち止まって木の上の方を眺めています。

    “何が見えるの?”と尋ねたところ、“bird”とのこと。

    目を凝らしてよく見ると・・・。

  • 見えました!<br /><br />南国っぽい鮮やかな色をしたオウムのような鳥が2羽。<br /><br />ポロンナルワは遺跡だけでなく動物ウォッチングも楽しめますね。

    見えました!

    南国っぽい鮮やかな色をしたオウムのような鳥が2羽。

    ポロンナルワは遺跡だけでなく動物ウォッチングも楽しめますね。

  • 駐輪場に戻り、再び自転車に乗って、遺跡地区のさらに奥となる北の方角へ。<br /><br />・・・とその前に、近くにあった売店で水分補給。<br /><br />ただの水(ペットボトルの大)が100ルピー(約95円)と、かなりの外国人価格でしたが、喉の渇きの前ではそんなこと言っていられません。<br /><br />20分ほど日陰で休憩した後、自転車での遺跡巡り再開。<br /><br />ここから先は道路が未舗装で、観光客も少なくなってきます。

    駐輪場に戻り、再び自転車に乗って、遺跡地区のさらに奥となる北の方角へ。

    ・・・とその前に、近くにあった売店で水分補給。

    ただの水(ペットボトルの大)が100ルピー(約95円)と、かなりの外国人価格でしたが、喉の渇きの前ではそんなこと言っていられません。

    20分ほど日陰で休憩した後、自転車での遺跡巡り再開。

    ここから先は道路が未舗装で、観光客も少なくなってきます。

  • 炎天下の中、10分近く自転車を走らせ、13時45分、レンガで囲まれた穴のような遺跡へ。<br /><br />何かと思い、近づいてみると・・・。

    炎天下の中、10分近く自転車を走らせ、13時45分、レンガで囲まれた穴のような遺跡へ。

    何かと思い、近づいてみると・・・。

  • 何かの花のかたちに石段が組まれた貯水池跡らしきものが。<br /><br />調べてみると、この石段はハスの花をかたどったもので、現在は“ハスの池”(Lotus Pond)と呼ばれており、貯水池ではなく僧の沐浴場として使われていたとのこと。

    何かの花のかたちに石段が組まれた貯水池跡らしきものが。

    調べてみると、この石段はハスの花をかたどったもので、現在は“ハスの池”(Lotus Pond)と呼ばれており、貯水池ではなく僧の沐浴場として使われていたとのこと。

    ハスの池 史跡・遺跡

  • このハスの池には外国人だけでなく現地の観光客も訪れており、子どもたちと目があったので、記念に写真を撮らせてもらうことに。<br /><br />いやあ、こちらで笑わせなくても自然と笑ってくれて、本当にスリランカの人々は笑顔が素敵ですね。

    このハスの池には外国人だけでなく現地の観光客も訪れており、子どもたちと目があったので、記念に写真を撮らせてもらうことに。

    いやあ、こちらで笑わせなくても自然と笑ってくれて、本当にスリランカの人々は笑顔が素敵ですね。

  • その様子を見ていたおサルさんもパチリ。<br /><br />残念ながら動物は笑ってくれませんね(笑)。

    その様子を見ていたおサルさんもパチリ。

    残念ながら動物は笑ってくれませんね(笑)。

  • こちらのおサルさんもパチリ。<br /><br />人間に慣れているのか、悠々と食事をしていて、逃げる様子も、人に危害を加える様子もありませんね。

    こちらのおサルさんもパチリ。

    人間に慣れているのか、悠々と食事をしていて、逃げる様子も、人に危害を加える様子もありませんね。

  • 14時、遺跡地区をさらに北上し、いちばん北側にある遺跡、“ティワンカ・ピリマゲ寺院”(Tivanka Image House)、別名“北院”までやってきました。<br /><br />この遺跡は修復中なのか、外側全体に足場が組まれていて、外壁の様子が見えづらくなっています。

    14時、遺跡地区をさらに北上し、いちばん北側にある遺跡、“ティワンカ・ピリマゲ寺院”(Tivanka Image House)、別名“北院”までやってきました。

    この遺跡は修復中なのか、外側全体に足場が組まれていて、外壁の様子が見えづらくなっています。

    ティワンカ ピリマゲ寺院 (北院) 寺院・教会

  • 足場の隙間から外壁の様子をパチリ。<br /><br />漆喰上に獅子の像など細かな彫刻が施されていますね。

    足場の隙間から外壁の様子をパチリ。

    漆喰上に獅子の像など細かな彫刻が施されていますね。

  • そしてこちらが寺院への入口。<br /><br />ハーフムーンストーンは失われてしまったようですが、ガードストーンはきちんと2つそろっていますね。<br /><br />こんな寺院でも単なる遺跡ではなく現役の扱いなのか、皆、靴を脱いで上がっています。

    そしてこちらが寺院への入口。

    ハーフムーンストーンは失われてしまったようですが、ガードストーンはきちんと2つそろっていますね。

    こんな寺院でも単なる遺跡ではなく現役の扱いなのか、皆、靴を脱いで上がっています。

  • 暗い通路をたどっていくと、奥には頭と腕が失われているこんな仏像が。<br /><br />実はこの仏像、“ティワンカ・ピリマゲ”というこの寺院の名前の由来となったもの。<br /><br />仏像が首と腰をひねることにより、頭部、上半身、下半身がそれぞれ異なった角度に表現されることを“三曲法”といいますが、仏像発祥の地インドではサンスクリット語(古代インド・アーリア語)で“トリヴァンガ”といい、これが“ティワンカ”という名前の語源になっているとのこと。

    暗い通路をたどっていくと、奥には頭と腕が失われているこんな仏像が。

    実はこの仏像、“ティワンカ・ピリマゲ”というこの寺院の名前の由来となったもの。

    仏像が首と腰をひねることにより、頭部、上半身、下半身がそれぞれ異なった角度に表現されることを“三曲法”といいますが、仏像発祥の地インドではサンスクリット語(古代インド・アーリア語)で“トリヴァンガ”といい、これが“ティワンカ”という名前の語源になっているとのこと。

  • このティワンカ・ピリマゲ寺院、三曲法の仏像以外にも、当時の色遣いが残る内部の壁画も見どころとなっています。<br /><br />薄暗い中ですが、カメラの感度を上げてなんとか撮影に成功。

    このティワンカ・ピリマゲ寺院、三曲法の仏像以外にも、当時の色遣いが残る内部の壁画も見どころとなっています。

    薄暗い中ですが、カメラの感度を上げてなんとか撮影に成功。

  • こちらは上下が崩れ落ちてしまったのか、中央部だけに壁画が。<br /><br />カンボジアのアンコール・ワットで見た“デヴァター”(女神)のような感じです。

    こちらは上下が崩れ落ちてしまったのか、中央部だけに壁画が。

    カンボジアのアンコール・ワットで見た“デヴァター”(女神)のような感じです。

  • こちらも赤や緑といった鮮やかな色遣いが残っていますね。<br /><br />これらの壁画が描かれたのは、実は中世シンハラ王朝が南インドのタミル系王朝であるパーンディヤ朝などの侵攻を受け、一旦ポロンナルワを放棄(1255年)した後のこと。<br /><br />その後に即位したパラークラマ・バーフ3世(在位:1287-93年)はポロンナルワを奪還し、再興のためこれらの壁画を残しますが、彼の死後、タミル人勢力の伸長により再びポロンナルワは衰退。<br /><br />シンハラ人の王朝はスリランカ島の南部に撤退し、ポロンナルワはジャングルに埋もれていくことになります・・・。

    こちらも赤や緑といった鮮やかな色遣いが残っていますね。

    これらの壁画が描かれたのは、実は中世シンハラ王朝が南インドのタミル系王朝であるパーンディヤ朝などの侵攻を受け、一旦ポロンナルワを放棄(1255年)した後のこと。

    その後に即位したパラークラマ・バーフ3世(在位:1287-93年)はポロンナルワを奪還し、再興のためこれらの壁画を残しますが、彼の死後、タミル人勢力の伸長により再びポロンナルワは衰退。

    シンハラ人の王朝はスリランカ島の南部に撤退し、ポロンナルワはジャングルに埋もれていくことになります・・・。

  • ティワンカ・ピリマゲ寺院、中世シンハラ王朝の終わりを象徴する寂しい遺跡でした。<br /><br />これで遺跡地区の北の端まで行ったので、あとは残った南の遺跡を見て回ります。<br /><br />14時20分、戻る途中で見つけたのが、足場が組まれた発掘中の遺跡のようなもの。<br /><br />調べてみると、どうやら“デマラ・マハー・サーヤ”(Demala Maha Seya)というレンガでできた遺跡のようで、“大王”と称されるパラークラマ・バーフ1世(在位:1153-86年)が南インド軍との戦いで獲得した捕虜を使って仏塔を建設しようとした跡とのこと。<br /><br />残念ながら工事は未完に終わったとのことですが、このように足場が組まれているところを見ると、タミル人独立勢力との内戦(1983-2009年)を終結させた現スリランカ政府が、彼の意志を引き継いで仏塔を完成させようということなのでしょうか??

    ティワンカ・ピリマゲ寺院、中世シンハラ王朝の終わりを象徴する寂しい遺跡でした。

    これで遺跡地区の北の端まで行ったので、あとは残った南の遺跡を見て回ります。

    14時20分、戻る途中で見つけたのが、足場が組まれた発掘中の遺跡のようなもの。

    調べてみると、どうやら“デマラ・マハー・サーヤ”(Demala Maha Seya)というレンガでできた遺跡のようで、“大王”と称されるパラークラマ・バーフ1世(在位:1153-86年)が南インド軍との戦いで獲得した捕虜を使って仏塔を建設しようとした跡とのこと。

    残念ながら工事は未完に終わったとのことですが、このように足場が組まれているところを見ると、タミル人独立勢力との内戦(1983-2009年)を終結させた現スリランカ政府が、彼の意志を引き継いで仏塔を完成させようということなのでしょうか??

    デマラ マハー サーヤ 史跡・遺跡

  • 14時30分、先ほど見た、3体の石仏が並ぶガル・ヴィハーラ近くの売店まで戻ってきました。<br /><br />ここで再度水分を補給し、自転車を置いて南に見えるあの白い仏塔まで行ってみることにします。

    14時30分、先ほど見た、3体の石仏が並ぶガル・ヴィハーラ近くの売店まで戻ってきました。

    ここで再度水分を補給し、自転車を置いて南に見えるあの白い仏塔まで行ってみることにします。

  • 白い仏塔までの道はこんなふうに街路が整備されており、まさに広大な中世の都市遺跡という感じ。

    白い仏塔までの道はこんなふうに街路が整備されており、まさに広大な中世の都市遺跡という感じ。

  • 5分ほど歩いて、遠くからも見えていた白い仏塔に到着。<br /><br />“キリ・ヴィハーラ”(Kiri Vihara)です。<br /><br />この仏塔、“地球の歩き方”によると、“大王”パラークラマ・バーフ1世の王妃の一人、サバドラ(Subhadra)が建てたものとされ、“キリ・ヴィハーラ”という名称は、シンハラ語で“ミルク”を意味する“キリ”から来ているとか。<br /><br />一方、遺跡近くの解説板には、パラークラマ・バーフ1世の後を継いだニッサンカ・マーラ1世(在位:1187-96年)が南インドのタミル系王朝に勝利した際、それを記念して建てたものとの記述が。<br /><br />一体どちらが本当なんでしょう??<br /><br />躯体の方は少々でこぼこ感はありますが、800年以上昔に建てられた原型のままだそうで、近年になって真っ白に塗り直される前にも、中世シンハラ王朝時代の漆喰の白い色が残っていたそうです。

    5分ほど歩いて、遠くからも見えていた白い仏塔に到着。

    “キリ・ヴィハーラ”(Kiri Vihara)です。

    この仏塔、“地球の歩き方”によると、“大王”パラークラマ・バーフ1世の王妃の一人、サバドラ(Subhadra)が建てたものとされ、“キリ・ヴィハーラ”という名称は、シンハラ語で“ミルク”を意味する“キリ”から来ているとか。

    一方、遺跡近くの解説板には、パラークラマ・バーフ1世の後を継いだニッサンカ・マーラ1世(在位:1187-96年)が南インドのタミル系王朝に勝利した際、それを記念して建てたものとの記述が。

    一体どちらが本当なんでしょう??

    躯体の方は少々でこぼこ感はありますが、800年以上昔に建てられた原型のままだそうで、近年になって真っ白に塗り直される前にも、中世シンハラ王朝時代の漆喰の白い色が残っていたそうです。

    キリ ヴィハーラ 寺院・教会

  • そしてキリ・ヴィハーラの隣には、これまた巨大なエジプトのスフィンクスのような建造物が。<br /><br />壁には建物などのレリーフが施され、何やら壮麗な様子が伝わってきます。

    そしてキリ・ヴィハーラの隣には、これまた巨大なエジプトのスフィンクスのような建造物が。

    壁には建物などのレリーフが施され、何やら壮麗な様子が伝わってきます。

  • スフィンクスに似た巨大建造物の正面に回ってパチリ。<br /><br />この建物、高さ17.5m、奥行52m、幅18mもある巨大な仏殿で、“ランカティラカ”(Lankatilaka)といい、12世紀に“大王”パラークラマ・バーフ1世が建造し、13世紀にヴィジャヤバーフ4世(在位:1270-72年)がリフォームしたもの。<br /><br />前方のガードストーンの部分がスフィンクスの前足のように突き出ているので、横から見ると、あたかも獅子が腰を下ろしているように見えます。

    スフィンクスに似た巨大建造物の正面に回ってパチリ。

    この建物、高さ17.5m、奥行52m、幅18mもある巨大な仏殿で、“ランカティラカ”(Lankatilaka)といい、12世紀に“大王”パラークラマ・バーフ1世が建造し、13世紀にヴィジャヤバーフ4世(在位:1270-72年)がリフォームしたもの。

    前方のガードストーンの部分がスフィンクスの前足のように突き出ているので、横から見ると、あたかも獅子が腰を下ろしているように見えます。

    ランカティラカ 寺院・教会

  • そして中央の通路の奥には頭や腕が失われた巨大な仏陀の立像が。<br /><br />この壁に囲まれた空間の中で、一人、巨大な仏像と対峙していると、何やら遥か中世へとタイムスリップしてしまいそうな感じです・・・。<br /><br />ちなみに、このランカティラカから出る際に、年配の方が中心の日本人の団体客と遭遇。<br /><br />このスリランカ旅行で初めて日本人に会いましたが、皆この暑さに耐えきれず、見学よりも早くバスに戻りたがっているようでした。

    そして中央の通路の奥には頭や腕が失われた巨大な仏陀の立像が。

    この壁に囲まれた空間の中で、一人、巨大な仏像と対峙していると、何やら遥か中世へとタイムスリップしてしまいそうな感じです・・・。

    ちなみに、このランカティラカから出る際に、年配の方が中心の日本人の団体客と遭遇。

    このスリランカ旅行で初めて日本人に会いましたが、皆この暑さに耐えきれず、見学よりも早くバスに戻りたがっているようでした。

  • このランカティラカとキリ・ヴィハーラの周りには、中世シンハラ王朝時代の名もない遺跡がわんさか。<br /><br />2日前にアヌラーダプラの遺跡地区を回った際にもその奥行きの深さを感じましたが、ここポロンナルワの遺跡地区もそれに劣らぬ広大さです。

    このランカティラカとキリ・ヴィハーラの周りには、中世シンハラ王朝時代の名もない遺跡がわんさか。

    2日前にアヌラーダプラの遺跡地区を回った際にもその奥行きの深さを感じましたが、ここポロンナルワの遺跡地区もそれに劣らぬ広大さです。

  • こんな僧院らしきものの跡や・・・。

    こんな僧院らしきものの跡や・・・。

  • こんな祭壇らしきものの跡。

    こんな祭壇らしきものの跡。

  • ハーフムーンストーンもかなり保存状態がいいものまで残っています。<br /><br />しかし、やはりアヌラーダプラのものと違ってヒンドゥー教の神である牛はいませんね。<br /><br />【灼熱と豪雨、そして笑顔のスリランカ(5) ポロンナルワのワタダーゲのハーフムーンストーン】<br />http://4travel.jp/travelogue/11188291#photo_link_46641442

    ハーフムーンストーンもかなり保存状態がいいものまで残っています。

    しかし、やはりアヌラーダプラのものと違ってヒンドゥー教の神である牛はいませんね。

    【灼熱と豪雨、そして笑顔のスリランカ(5) ポロンナルワのワタダーゲのハーフムーンストーン】
    http://4travel.jp/travelogue/11188291#photo_link_46641442

  • この貯水池跡はほとんど崩壊していなくて、今でも使えそうですね。

    この貯水池跡はほとんど崩壊していなくて、今でも使えそうですね。

  • 一方、遺跡から生え出している木からは、これらの遺跡がジャングルに埋もれていた長い年月を感じさせます。

    一方、遺跡から生え出している木からは、これらの遺跡がジャングルに埋もれていた長い年月を感じさせます。

  • こんなきちんと区画された都市遺跡が遥か彼方まで。<br /><br />あまりの広大さと相変わらずの灼熱の気候に途中から気が遠くなってきて、このあたりで見学を切り上げ。<br /><br />遺跡好きとしてはたいへん興味深い地区なのですが、とても全部は見て回れませんね。<br /><br />このあたりを回っていた他の外国人観光客も、見学を適当に切り上げている様子です。<br /><br />時刻は15時、売店に戻って再び自転車に乗り、南下を続けていきます。

    こんなきちんと区画された都市遺跡が遥か彼方まで。

    あまりの広大さと相変わらずの灼熱の気候に途中から気が遠くなってきて、このあたりで見学を切り上げ。

    遺跡好きとしてはたいへん興味深い地区なのですが、とても全部は見て回れませんね。

    このあたりを回っていた他の外国人観光客も、見学を適当に切り上げている様子です。

    時刻は15時、売店に戻って再び自転車に乗り、南下を続けていきます。

  • 15時20分、遺跡地区の園路を南下し、今度はレンガ色のままの巨大な仏塔を発見。<br /><br />“黄金仏塔”という意味の“ランコトゥ・ヴィハーラ”(Rankot Vihara)という仏塔で、12世紀後半、ニッサンカ・マーラ1世により建てられたもの。<br /><br />高さ、直径ともに55mで、そのデザインは、アヌラーダプラのルワンウェリ・サーヤ大塔をモデルにしたものとのこと。<br /><br />【灼熱と豪雨、そして笑顔のスリランカ(1) アヌラーダプラのルワンウェリ・サーヤ大塔】<br />http://4travel.jp/travelogue/11108026#photo_link_42779418<br /><br />ちなみに“黄金仏塔”という名前の由来は、かつて尖塔の部分が金で覆われていたからとか。

    15時20分、遺跡地区の園路を南下し、今度はレンガ色のままの巨大な仏塔を発見。

    “黄金仏塔”という意味の“ランコトゥ・ヴィハーラ”(Rankot Vihara)という仏塔で、12世紀後半、ニッサンカ・マーラ1世により建てられたもの。

    高さ、直径ともに55mで、そのデザインは、アヌラーダプラのルワンウェリ・サーヤ大塔をモデルにしたものとのこと。

    【灼熱と豪雨、そして笑顔のスリランカ(1) アヌラーダプラのルワンウェリ・サーヤ大塔】
    http://4travel.jp/travelogue/11108026#photo_link_42779418

    ちなみに“黄金仏塔”という名前の由来は、かつて尖塔の部分が金で覆われていたからとか。

    ランコトゥ ヴィハーラ 寺院・教会

  • 少し日が陰ってきましたが、遺跡地区一帯は相変わらずの灼熱の気候。<br /><br />ワンコも活動意欲を失ってそのまま地べたでお昼寝です。

    少し日が陰ってきましたが、遺跡地区一帯は相変わらずの灼熱の気候。

    ワンコも活動意欲を失ってそのまま地べたでお昼寝です。

  • 15時30分、自転車を駆ってさらに遺跡地区を南下。<br /><br />自転車をこいでいるときは風が当たって気持ちがいいのだけれども・・・。

    15時30分、自転車を駆ってさらに遺跡地区を南下。

    自転車をこいでいるときは風が当たって気持ちがいいのだけれども・・・。

  • 15時40分、少し横道に入ったところに後ろ向きの遺跡を発見。<br /><br />地図を見ると、“シヴァ・デーヴァーラヤNo.2”(Siva Devalaya No.2)というシヴァ神を祀ったヒンドゥー寺院で、南インドのタミル系王朝であるチョーラ朝が11世紀にポロンナルワを征服した際に建てたという説と、シンハラ王朝の王がヒンドゥー教徒であった王妃のために建てたという説の2通りがあるとのこと。<br /><br />訪れる人も少ない寂しい遺跡も気になりますが、向こうの空には暗い雲が広がっており、これからの天気が心配・・・。

    15時40分、少し横道に入ったところに後ろ向きの遺跡を発見。

    地図を見ると、“シヴァ・デーヴァーラヤNo.2”(Siva Devalaya No.2)というシヴァ神を祀ったヒンドゥー寺院で、南インドのタミル系王朝であるチョーラ朝が11世紀にポロンナルワを征服した際に建てたという説と、シンハラ王朝の王がヒンドゥー教徒であった王妃のために建てたという説の2通りがあるとのこと。

    訪れる人も少ない寂しい遺跡も気になりますが、向こうの空には暗い雲が広がっており、これからの天気が心配・・・。

    シヴァ デーワーラヤ NO 2 史跡・遺跡

  • シヴァ神の乗り物、ナンディー(聖牛)の像でしょうか。<br /><br />首がないのはポロンナルワからチョーラ朝を追い出した仏教徒のシンハラ人に切られたためか??

    シヴァ神の乗り物、ナンディー(聖牛)の像でしょうか。

    首がないのはポロンナルワからチョーラ朝を追い出した仏教徒のシンハラ人に切られたためか??

  • シヴァ・デーヴァーラヤNo.2の正面に回ってパチリ。<br /><br />寺院の中の鍵のついた扉の向こうには、ちゃんとシヴァ神の化身、リンガが祀られていました。

    シヴァ・デーヴァーラヤNo.2の正面に回ってパチリ。

    寺院の中の鍵のついた扉の向こうには、ちゃんとシヴァ神の化身、リンガが祀られていました。

  • 続いて15時50分、すぐ隣の広大な敷地にある“パバル・ヴィハーラ”(Pabalu Vihara)へ。<br /><br />こちらも先ほど見た乳白色の仏塔“キリ・ヴィハーラ”と同じく、12世紀に“大王”パラークラマ・バーフ1世の王妃の一人によって建てられたもの。<br /><br />仏塔の前にむき出しのかたちで仏像があるのは、これまで見てきた仏塔の中でも珍しいスタイルですね。<br /><br />きっとかつては仏像の頭が屋根で覆われていたのでしょうね。

    続いて15時50分、すぐ隣の広大な敷地にある“パバル・ヴィハーラ”(Pabalu Vihara)へ。

    こちらも先ほど見た乳白色の仏塔“キリ・ヴィハーラ”と同じく、12世紀に“大王”パラークラマ・バーフ1世の王妃の一人によって建てられたもの。

    仏塔の前にむき出しのかたちで仏像があるのは、これまで見てきた仏塔の中でも珍しいスタイルですね。

    きっとかつては仏像の頭が屋根で覆われていたのでしょうね。

    パバル ヴィハーラ 史跡・遺跡

  • このパバル・ヴィハーラの周囲を回っている最中にぽつぽつと雨粒が落ち出し、少しして一気に土砂降りの雨に。<br /><br />周りには屋根のついた建物もないため、とりあえずこの大きな木の下に入って雨宿りです。

    このパバル・ヴィハーラの周囲を回っている最中にぽつぽつと雨粒が落ち出し、少しして一気に土砂降りの雨に。

    周りには屋根のついた建物もないため、とりあえずこの大きな木の下に入って雨宿りです。

  • この木の下には欧米人の観光客も何人か入って一緒に雨宿り。<br /><br />しかし前日のミヒンタレー観光では雨が止むのに1時間半近くかかったので、今回も同じくらい降り続くのか心配です。<br /><br />木の下にはサルも避難してきて、観光客の目を少しは楽しませてくれますが。

    この木の下には欧米人の観光客も何人か入って一緒に雨宿り。

    しかし前日のミヒンタレー観光では雨が止むのに1時間半近くかかったので、今回も同じくらい降り続くのか心配です。

    木の下にはサルも避難してきて、観光客の目を少しは楽しませてくれますが。

  • 遺跡地区の南側の少し離れたところには、これまで見てきたものとは違う独特の遺跡である石立像があることから、雨が降り止むのを待っていたら開館時間に間に合わなくなると思い、雨が弱まってきたところで意を決し、合羽を羽織って出発。<br /><br />一旦遺跡地区を出て、広大な貯水池、パラークラマ・サムドラ沿いの道を自転車で駆けていきます。<br /><br />・・・懸命に自転車をこいでいる間に雨はいつしか止み、雲間から明るい光が。

    遺跡地区の南側の少し離れたところには、これまで見てきたものとは違う独特の遺跡である石立像があることから、雨が降り止むのを待っていたら開館時間に間に合わなくなると思い、雨が弱まってきたところで意を決し、合羽を羽織って出発。

    一旦遺跡地区を出て、広大な貯水池、パラークラマ・サムドラ沿いの道を自転車で駆けていきます。

    ・・・懸命に自転車をこいでいる間に雨はいつしか止み、雲間から明るい光が。

  • そして16時30分、少し迷いましたが、巨大な像の見える遺跡公園らしきところに到着。<br /><br />敷地の扉はまだ開いており、なんとか間に合った模様です。<br /><br />ちなみにこの石立像のある公園、“地球の歩き方”を参考にすると、わたしのように入口がどこにあるのか分からず迷うことになります。<br /><br />時計塔の南側の大通りを道に沿って行けば着くように見えますが、実は入口はそちら側(東側)にはありません。<br /><br />広大な貯水池“パラークラマ・サムドラ”を右手に眺めながら南下し、そのまま素直に真っ直ぐ行けば、左手に遺跡のある公園らしきものが見え、その一角に入口がありますので、石立像を自転車で訪れたい方は、こちらのルートをとるようにしてください。

    そして16時30分、少し迷いましたが、巨大な像の見える遺跡公園らしきところに到着。

    敷地の扉はまだ開いており、なんとか間に合った模様です。

    ちなみにこの石立像のある公園、“地球の歩き方”を参考にすると、わたしのように入口がどこにあるのか分からず迷うことになります。

    時計塔の南側の大通りを道に沿って行けば着くように見えますが、実は入口はそちら側(東側)にはありません。

    広大な貯水池“パラークラマ・サムドラ”を右手に眺めながら南下し、そのまま素直に真っ直ぐ行けば、左手に遺跡のある公園らしきものが見え、その一角に入口がありますので、石立像を自転車で訪れたい方は、こちらのルートをとるようにしてください。

  • 入口から少し歩いて、“地球の歩き方”で見て以来、気になっていた石立像に到着。<br /><br />ガル・ヴィハーラと同じく、一枚岩から掘り出された人物像で、三曲法が用いられてはいますが、これまで見てきた仏像とは違う、生身の人間の姿をしています。<br /><br />やや仙人ぽいところはありますが・・・。

    入口から少し歩いて、“地球の歩き方”で見て以来、気になっていた石立像に到着。

    ガル・ヴィハーラと同じく、一枚岩から掘り出された人物像で、三曲法が用いられてはいますが、これまで見てきた仏像とは違う、生身の人間の姿をしています。

    やや仙人ぽいところはありますが・・・。

    石立像 建造物

  • この、先ほどの遺跡地区からは離れたところにポツンと立つ人物像、両手に“貝葉”(ばいよう)というヤシの葉に書かれた仏典を持っていることから、その正体を巡って仏教にまつわる偉人が何人か候補に挙がっているところですが、一般には中世シンハラ王朝最盛期の王、パラークラマ・バーフ1世と言われています。<br /><br />これまで見てきたように、スリランカでは仏像以外の人物像は珍しく、しかも、こんなに巨大であることから、南インドのタミル系王朝を撃退し、この地に広大な貯水池を作り上げて住民の生活を安定させたパラークラマ・バーフ1世が、いかに当時の人々から崇められていたか、そして現在も国民から尊敬されているかが分かろうというものです。<br /><br />・・・それにしては周りが少し寂しいですけどね。<br /><br />せめて自分の作り上げた貯水池くらい見える位置にしてあげればよかったのに。

    この、先ほどの遺跡地区からは離れたところにポツンと立つ人物像、両手に“貝葉”(ばいよう)というヤシの葉に書かれた仏典を持っていることから、その正体を巡って仏教にまつわる偉人が何人か候補に挙がっているところですが、一般には中世シンハラ王朝最盛期の王、パラークラマ・バーフ1世と言われています。

    これまで見てきたように、スリランカでは仏像以外の人物像は珍しく、しかも、こんなに巨大であることから、南インドのタミル系王朝を撃退し、この地に広大な貯水池を作り上げて住民の生活を安定させたパラークラマ・バーフ1世が、いかに当時の人々から崇められていたか、そして現在も国民から尊敬されているかが分かろうというものです。

    ・・・それにしては周りが少し寂しいですけどね。

    せめて自分の作り上げた貯水池くらい見える位置にしてあげればよかったのに。

  • その推定パラークラマ・バーフ1世像が目を向けているのがこちら。<br /><br />こちらも公園の中にひっそり佇む寂しい遺跡といった感です。

    その推定パラークラマ・バーフ1世像が目を向けているのがこちら。

    こちらも公園の中にひっそり佇む寂しい遺跡といった感です。

  • この複合体的な遺跡の名前は“ポトグル・ヴィハーラ”(Potgul Vihara)。<br /><br />4つのお椀状の小さな仏塔に囲まれた四角い敷地の中にあり、仏教の経典などを保管する図書館だったとのこと。<br /><br />なるほど、それで先ほどの像はヤシの葉の仏典を持っていたわけか・・・。<br /><br />タイやビルマからも留学生が来ていたという中世シンハラ王朝の文化度の高さが伝わってきますね。

    この複合体的な遺跡の名前は“ポトグル・ヴィハーラ”(Potgul Vihara)。

    4つのお椀状の小さな仏塔に囲まれた四角い敷地の中にあり、仏教の経典などを保管する図書館だったとのこと。

    なるほど、それで先ほどの像はヤシの葉の仏典を持っていたわけか・・・。

    タイやビルマからも留学生が来ていたという中世シンハラ王朝の文化度の高さが伝わってきますね。

    ポトグル ヴィハーラ 史跡・遺跡

  • 石立像とポトグル・ヴィハーラの見学を終え、16時50分、遺跡地区に戻るべく、パラークラマ・サムドラ沿いの舗装された道路を北上していきます。<br /><br />上空にはすっかり青空が戻り、先ほどの豪雨はどこへ行ったのやらという感じです。<br /><br />少し気温が下がって過ごしやすくなったので、まあ、よかったかな。

    石立像とポトグル・ヴィハーラの見学を終え、16時50分、遺跡地区に戻るべく、パラークラマ・サムドラ沿いの舗装された道路を北上していきます。

    上空にはすっかり青空が戻り、先ほどの豪雨はどこへ行ったのやらという感じです。

    少し気温が下がって過ごしやすくなったので、まあ、よかったかな。

  • この広大な貯水池の中に入って水浴びをしている人も。<br /><br />遥か中世の昔から続く伝統の風景なのでしょうね。

    この広大な貯水池の中に入って水浴びをしている人も。

    遥か中世の昔から続く伝統の風景なのでしょうね。

  • 17時20分、閉園間際ですが、先ほど回れなかった遺跡を見るべく、時計塔の北側の遺跡地区に戻ってきました。<br /><br />入口の係員からは、チケットの使いまわしではなく再入場であることを確認するため、最初の入場時間やチケット番号の照合などを求められましたが、記録がないとのこと・・・。<br /><br />最終的には宮殿地区を見るだけだからとお願いし、何とか通してもらえました。<br /><br />・・・そんなこんなでやってきた、遺跡地区の最南端に位置する宮殿地区。<br /><br />このあたりは先ほど石像を見た、12世紀後半の中世シンハラ王朝最盛期の“大王”パラークラマ・バーフ1世の政治と生活の拠点だった地区で、当時7階建だったとされる重厚なレンガ造りの宮殿の遺構が、圧倒的な存在感をもって目の前に迫ってきます。<br /><br />この宮殿跡、3階部分の壁までしか残っていませんが、それでも現在のポロンナルワにも並ぶ建物はないほどの高さ・・・それを12世紀に7階建とは、パラークラマ・バーフ1世はやはり恐るべき力をもっていた“大王”だったのですね。

    17時20分、閉園間際ですが、先ほど回れなかった遺跡を見るべく、時計塔の北側の遺跡地区に戻ってきました。

    入口の係員からは、チケットの使いまわしではなく再入場であることを確認するため、最初の入場時間やチケット番号の照合などを求められましたが、記録がないとのこと・・・。

    最終的には宮殿地区を見るだけだからとお願いし、何とか通してもらえました。

    ・・・そんなこんなでやってきた、遺跡地区の最南端に位置する宮殿地区。

    このあたりは先ほど石像を見た、12世紀後半の中世シンハラ王朝最盛期の“大王”パラークラマ・バーフ1世の政治と生活の拠点だった地区で、当時7階建だったとされる重厚なレンガ造りの宮殿の遺構が、圧倒的な存在感をもって目の前に迫ってきます。

    この宮殿跡、3階部分の壁までしか残っていませんが、それでも現在のポロンナルワにも並ぶ建物はないほどの高さ・・・それを12世紀に7階建とは、パラークラマ・バーフ1世はやはり恐るべき力をもっていた“大王”だったのですね。

    宮殿跡 史跡・遺跡

  • 宮殿跡から少し東に歩いていき、林の先の階段で降りたところに位置するのが、“地球の歩き方”では“ニッサンカ・マーラ王子の沐浴場”と紹介されているもの。<br /><br />実際には“Kumara Pokuna”という名前で、先ほどの宮殿と同様、パラークラマ・バーフ1世が造ったものとされ、ニッサンカ・マーラ王子だけでなく、王室全体の沐浴場として使われていたそうです。

    宮殿跡から少し東に歩いていき、林の先の階段で降りたところに位置するのが、“地球の歩き方”では“ニッサンカ・マーラ王子の沐浴場”と紹介されているもの。

    実際には“Kumara Pokuna”という名前で、先ほどの宮殿と同様、パラークラマ・バーフ1世が造ったものとされ、ニッサンカ・マーラ王子だけでなく、王室全体の沐浴場として使われていたそうです。

  • 沐浴場の一角にある台座の前にはきれいなハーフムーンストーンが残っていますね。

    沐浴場の一角にある台座の前にはきれいなハーフムーンストーンが残っていますね。

  • 階段を昇ってきてこちらが最後の遺跡、パラークラマ・バーフ1世が大臣たちと閣議を行ったとされる閣議場(King&#39;s Council Chamber)の跡。<br /><br />数多く残っている石柱には、各大臣の名前が彫られており、大臣たちはその場所に座って会議を行ったとのことですが、日暮れのこの時間帯、遺跡の周辺には多数の野犬がたむろしていて近づきがたい状態にあり、実際に閣議場に登って石柱を確認することはできませんでした・・・。

    階段を昇ってきてこちらが最後の遺跡、パラークラマ・バーフ1世が大臣たちと閣議を行ったとされる閣議場(King's Council Chamber)の跡。

    数多く残っている石柱には、各大臣の名前が彫られており、大臣たちはその場所に座って会議を行ったとのことですが、日暮れのこの時間帯、遺跡の周辺には多数の野犬がたむろしていて近づきがたい状態にあり、実際に閣議場に登って石柱を確認することはできませんでした・・・。

  • 時刻は17時35分、灼熱の気候を演出していた太陽はすっかり西に傾き、いつの間にか遺跡地区の開園時間を過ぎてしまっていたので、係員に怒られないよう、急いで入口に戻ります。<br /><br />しかし、なんだかんだで遺跡地区内の主だった遺跡はこれで全部見て回れました。<br /><br />多少急ぎ足になりましたが、こんなふうにポロンナルワの遺跡地区は一日で見て回れないこともないかな。<br /><br />灼熱の気候と突然のスコールという不確定要素があるので、すべての人にとってうまくいくとは限りませんが・・・。

    時刻は17時35分、灼熱の気候を演出していた太陽はすっかり西に傾き、いつの間にか遺跡地区の開園時間を過ぎてしまっていたので、係員に怒られないよう、急いで入口に戻ります。

    しかし、なんだかんだで遺跡地区内の主だった遺跡はこれで全部見て回れました。

    多少急ぎ足になりましたが、こんなふうにポロンナルワの遺跡地区は一日で見て回れないこともないかな。

    灼熱の気候と突然のスコールという不確定要素があるので、すべての人にとってうまくいくとは限りませんが・・・。

  • 遺跡地区を出ようとしたところ、すれ違いざまに牛たちが中へ。<br /><br />遺跡地区で飼われているのか?それとも野良牛??

    遺跡地区を出ようとしたところ、すれ違いざまに牛たちが中へ。

    遺跡地区で飼われているのか?それとも野良牛??

  • 遺跡地区入口の道路を挟んで向こう側には“大王”パラークラマ・バーフ1世が建造した貯水池パラークラマ・サムドラ。<br /><br />あまりにも広大すぎて海のようですね。

    遺跡地区入口の道路を挟んで向こう側には“大王”パラークラマ・バーフ1世が建造した貯水池パラークラマ・サムドラ。

    あまりにも広大すぎて海のようですね。

  • ちょうど夕暮れの時間だし、これまでスコールに邪魔されてスリランカに来て以来見ていない夕焼けがこの日は見られるかなと思ってしばらく待ってみましたが、結局太陽は雲の中に隠れていってしまいました・・・。<br /><br />今回のスリランカの旅は人との出会いはそこそこあるのですが、マジックアワーにはなかなか巡り会えませんね。

    ちょうど夕暮れの時間だし、これまでスコールに邪魔されてスリランカに来て以来見ていない夕焼けがこの日は見られるかなと思ってしばらく待ってみましたが、結局太陽は雲の中に隠れていってしまいました・・・。

    今回のスリランカの旅は人との出会いはそこそこあるのですが、マジックアワーにはなかなか巡り会えませんね。

  • 17時50分、時計塔の北側にあるレンタサイクル店に自転車を返して、この日の観光は終了。<br /><br />レンタサイクル店のご主人はなかなか陽気なおじさんで、記念撮影を頼んだら、サムズアップして要求に応じてくれました。<br /><br />決まってますよ(笑)。

    17時50分、時計塔の北側にあるレンタサイクル店に自転車を返して、この日の観光は終了。

    レンタサイクル店のご主人はなかなか陽気なおじさんで、記念撮影を頼んだら、サムズアップして要求に応じてくれました。

    決まってますよ(笑)。

  • この後は時計塔の南側にあるゲストハウス“Rock Cascade Home Stay”に戻り、ぬるいシャワーを浴びてクールダウン。<br /><br />ここポロンナルワのオールドタウンはアヌラーダプラ以上に外食できる店がないため、このままゲストハウスで夕食。<br /><br />おかみさんには遺跡巡りに出発する前にオーダーをしておいたところですが、こんなチャーハンのようなものを作ってくれました(宿泊料とは別に450ルピー=約420円)。<br /><br />左上に辛いタレのようなものがあるから一応“カリー”なのかな。<br /><br />特段の感動はありませんでしたが、普通に完食できるほどの味でした。

    この後は時計塔の南側にあるゲストハウス“Rock Cascade Home Stay”に戻り、ぬるいシャワーを浴びてクールダウン。

    ここポロンナルワのオールドタウンはアヌラーダプラ以上に外食できる店がないため、このままゲストハウスで夕食。

    おかみさんには遺跡巡りに出発する前にオーダーをしておいたところですが、こんなチャーハンのようなものを作ってくれました(宿泊料とは別に450ルピー=約420円)。

    左上に辛いタレのようなものがあるから一応“カリー”なのかな。

    特段の感動はありませんでしたが、普通に完食できるほどの味でした。

  • 料理と一緒におかみさんは街なかではなかなか買えないビール(LION BEER)も出してくれ(350ルピー=約330円)、この日もひと観光した後のいい気持ちに浸ることができました。<br /><br />スリランカではアルコール類を扱うには特別のライセンスが必要で、このあたりの普通の店では売っていないんだとか。<br /><br />さて、夕食後喉の渇きを覚え、真っ暗で周囲に野良犬がうろつく中、水を求めてメインストリート沿いに繰り出すも、ポロンナルワの夜は早く、どの店も閉まっていて買えず・・・。<br /><br />唯一開いていた雑貨屋のような店に入ったところ、女主人から“うちは飲み物は売っていない”と言われますが、わたしが困っているのを見兼ねたのか、なんと自宅用のペットボトルの水を分けてくれました。<br /><br />こんな買い物事情が悪い中で、自分たちにとっても大切な水のはずなのに。<br /><br />お金を渡そうとしても受け取ってくれず・・・なんだか仏教の説話にも出てきそうな出来事にえらく感動してしまいました。<br /><br />そんなこんなでこの日は終了。<br /><br />スリランカの旅、並みの国では味わえない出来事が多くて本当に楽しいですね。<br /><br />さて、いよいよ次回はスリランカの旅のハイライト、シーギリヤ・ロック登頂に挑戦です!<br /><br />(灼熱と豪雨、そして笑顔のスリランカ旅行5日目~シーギリヤ・ロック観光に続く。)

    料理と一緒におかみさんは街なかではなかなか買えないビール(LION BEER)も出してくれ(350ルピー=約330円)、この日もひと観光した後のいい気持ちに浸ることができました。

    スリランカではアルコール類を扱うには特別のライセンスが必要で、このあたりの普通の店では売っていないんだとか。

    さて、夕食後喉の渇きを覚え、真っ暗で周囲に野良犬がうろつく中、水を求めてメインストリート沿いに繰り出すも、ポロンナルワの夜は早く、どの店も閉まっていて買えず・・・。

    唯一開いていた雑貨屋のような店に入ったところ、女主人から“うちは飲み物は売っていない”と言われますが、わたしが困っているのを見兼ねたのか、なんと自宅用のペットボトルの水を分けてくれました。

    こんな買い物事情が悪い中で、自分たちにとっても大切な水のはずなのに。

    お金を渡そうとしても受け取ってくれず・・・なんだか仏教の説話にも出てきそうな出来事にえらく感動してしまいました。

    そんなこんなでこの日は終了。

    スリランカの旅、並みの国では味わえない出来事が多くて本当に楽しいですね。

    さて、いよいよ次回はスリランカの旅のハイライト、シーギリヤ・ロック登頂に挑戦です!

    (灼熱と豪雨、そして笑顔のスリランカ旅行5日目~シーギリヤ・ロック観光に続く。)

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この旅行記へのコメント (2)

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  • 川岸 町子さん 2016/12/26 23:45:20
    素晴らしい体力ですね!
    エンリケさん、おばんでした☆

     灼熱とスコールのなか、よく自転車で周られたと驚いています(@_@)
     途中野犬の恐怖もおありでしたし、未舗装の道路まであるほどの状況の中、頑張られましたね〜!

     大きな木の下での欧米人観光k客との雨宿り、いいなぁ〜、旅って感じがします。
     道中の目がキラキラしている子ども達も、レンタサイクルのおじさんも、やっぱりスリランカ人の輝く目が伝わって来ます。
     猿まで穏やかで、やっぱりインドの猿とは違うな(笑)
     人が穏やかだと、動物も穏やかになると聞いたことあります。

     今は3階の高さになったけど、元々は7階の高さだった遺跡も、見事ですね。
     おっしゃるように、どうやって造ったんだろう?
     地味な(笑)人物の石像もです。

     夜に水を買いに行かれて、自宅用のを分けて下さったお話、ほっこりしました。
     簡単なようで、なかなかできない事ですよね。
     う〜〜ん、やっぱりスリランカ好きだなぁ(@^▽^@)

                          町子

    エンリケ

    エンリケさん からの返信 2016/12/27 01:53:41
    旅行のときは不思議な力が出るものですね。
    川岸 町子さん

    こんばんは。ポロンナルワ旅行記後編に早速ご訪問いただきありがとうございます。

    ポロンナルワの遺跡巡りはあまりの暑さに熱中症で倒れるかと思いましたが、何とか完遂することができました。

    このところ、ラオス(シーパンドン)、アイルランド(イニシュモア島)と、レンタサイクルを使う旅が続いていたので、慣れもあったのかなと思います。

    確かに、ポロンナルワでは遺跡地区だけでなく、ゲストハウスの周辺にも野良犬が多く、気温が下がる夜になると活動しだすので、夜間の散歩は用心しましたね。

    > 大きな木の下での欧米人観光客との雨宿り、いいなぁ〜、旅って感じがします。
    > 道中の目がキラキラしている子ども達も、レンタサイクルのおじさんも、やっぱりスリランカ人の輝く目が伝わって来ます。

    本当にスリランカでは他の国では味わえない素晴らしい体験ができますよね。

    わたしが訪れた8月は日本人観光客がほとんどいなかったのですが、もっとこの国の素晴らしさを広めて、より多くの日本人にスリランカを訪れてもらいたいものですね。

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