モロッコ8日間全記録「QA便Eクラス(JAL FLY ON ポイント 17,528マイル)で往路・羽田空港→ドーハ→カサブランカ,復路・マラケシュ→ドーハ→羽田空港で行く、お一人様参加限定モロッコ8日間」
2016/10/07 - 2016/10/07
62位(同エリア418件中)
地中海人さん
本年末と来年2月のヨーロッパ行き特典航空券を予約したところで、10月と11月はどこへ行こうかとチェックしていたら、一人参加限定で格安の旅物語8日間モロッコツアーを見つけ、クリックしてしまった。
直前にスマホ・エクスペリアZ1をドコモでSIMフリー手続きをし、3年経過し急に落ちるようになったバッテリーを自分で交換したが、一人参加のツアー客15人を乗せた大型専用観光バス内は、WiFiが飛び、電源コンセント付きだった。
***********************
主な日程
[2016年10月8日(土)]
21時55分集合 羽田空港国際線旅客ターミナルJTB専用受付「Z」団体カウンター
カタール航空QR811便羽田空港発23.55→ (12時間05分)
[10月9日(日)]
ドーハ空港DOH着予定06.00 よりも早く到着 JAL fop 5,143
QR1395便 ドーハ発07.30→カサブランカ空港T2 JAL fop 3,564
(7時間55分)
カサブランカ観光(1時間)ムハンマド5世広場 ハッサン2世モスク
ラバトへ(90キロ)
ラバト リーベ ホテル
[10月10日(月)]
世界遺産首都ラバト観光(1時間) ウダイヤのカスバ ムハンマド5世廟
シャウエンへ(239キロ)メディナでランチ グランドモスク
フェズへ(225キロ)
フェズ アル バトハ ホテル
[10月11日(火)]
世界遺産フェズ旧市街観光(4時間)
ブージュルード門 ムーレイ・イドリス廟 カラウインモスク
午後 イフレン
エルフードへ(395キロ)
エルフード エル アティ ホテル
[10月12日(水)]
早朝暗闇の中 4WD車でメルズーガ大砂丘へ ご来光観賞
トドラ渓谷へ(146キロ)カスバ街道を行く
ワルザザードへ(169キロ)途中バラの香水店に立ち寄る
ワルザザード フィント ホテル
(WiFi無し カスバの前)
[10月13日(木)]
アイト・ベン・ハッドゥへ(33キロ)
世界遺産アイト・ベン・ハッドゥの集落観光(1時間)
マラケシュへ(204キロ)マラケシュ旧市街観光 クテュビアの塔
ジャマエルフナ広場
マラケシュ アグダル広場
[10月14日(金)]
バヒア宮殿 マジョレル庭園
マラケシュ空港RAK BOARDING TIME 15.40
「QR1395 Y 14OCT1640」便 16.40発 →(7時間15分)
[10月15日(土)]
ドーハ空港DOH着 01.55 JAL fop 3,676
ドーハ発 QR812便 07.05 →(9時間40分)→羽田空港着22.45 JALfop 5,143
天然温泉平和島行バス23.40発 天然温泉平和島で仮眠
[10月16日(日) ]
帰宅
**************
マイレージ (Eチケットには「クラスH」とある。)
カタール航空はワンワールド。JALのマイレージ積算次の通り。
成田←(5,143マイル)→ドーハ→(3,564マイル)→カサブランカ。
マラケシュ→(3,676マイル)→ドーハ→(5,143マイル)→羽田
計17,528マイル
添乗員さんは、カタール航空からJTBに対しオンラインで事前にチェックインしないよう要請を受けている、とのことだった。大量仕入れで格安?なので、座席指定を直接購入者優先とする趣旨かと思われるが、このマイルの取り扱いは? 申し込みが遅かったからか? ツアー客の中で異なる場合もあるようだ。
本年別の秘境ツアー専門の旅行社でレバノンへの成田→ドーハは同じQR便同コースなのに1,543マイル。同じエコノミーでも旅行社によりマイルの扱いの差が激しい。
で、今JALのHPを見ると、提携航空会社QRのマイル積算率は、エコノミーの場合、普通運賃100%でQR便クラスY,B、H、50%積算同K,M、30%積算同L,V,S,N,Q,Gとある。
何と、旅物語は普通運賃扱いのH、レバノン行の時は30%の特別運賃2のクラスであった。
*************************
写真は、キャノンM3(レンズ11-22ミリ)、スマホ・ソニーのエクスペリアZ1
**************
ガイドブック
地球の歩き方([旅のしおり]に「@**頁」と出発当日 記載した通り、引用します。)
ウイキペディアから訪問都市を検索し、該当ページをプリントして利用。
次の2旅行の計画に着手するため、「8日間全記録」となった。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- カタール航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- JTB
-
[2016年10月8日(土)]
はやぶさ108号で東京駅19.56着
同駅発20.05 浜松町駅着20.11
同駅発20.21のモノレールで羽田空港へ。20.35着
実に久しぶりです。仙台羽田間にYS11が飛んでいた頃以来かな。
東北新幹線開通後は仙台羽田間の航空便はなく、仙台成田間にANAが飛ばしているので。 -
羽田国際線ビルで降り、国際線ターミナルへ徒歩4分。
-
国際線出発階ロビー。
Eチケットやホテル予約書も持たずに出発ロビーに到着するとなんか緊張してしまいますね。心なしかこじんまりして見える。
JTB団体受付カウンターで21.55集合とあったが、係員は21.25頃から待機しているという。
カタール航空は大体2時間半前頃からチェックインカウンターを開いているので早めに受付し添乗員さんから挨拶を受け、Eチケット(発券旅行会社 JTB CORP./PV96 発券日16SEP16 発行日16SEP16)を受け取る。 -
羽田空港JALのラウンジに初めて入りました。。
-
成田でおなじみのカレーとしました。
-
ドーハまで、北京、ダッカ、ムンバイ上空を通過していく。、
今年GWにレバノン行の際は同じQR便で、成田発、羽田着だったが、どこを通過したのだったかな。 -
[2016年10月9日(日)]
ドーハ空港のカタール航空ラウンジ。 -
カサブランカ空港に到着。
ドーハからカサブランカは7時間を超える。
ビジネスクラスのパリ経由が楽でしょうが。 -
カサブランカというと、真っ先に思い浮かぶのはあのイングリッド・バーグマンですが。
@196頁 -
カサブランカ空港正面
空港内銀行で両替(11円22銭/1DH)
おひとり様限定ツアー客は15人。大型観光バスはWiFiが飛び、最後列には充電用のコンセント(5個)があった。 -
ムハンマド5世広場で。 @199頁
紀元前10世紀にベルベル人がアンファという地域に定住したのが、カサブランカの始まりだといわれており、紀元前7世紀頃にフェニキア人、紀元前5世紀頃にはローマ人と交易が行われていたというから、アフリカでも歴史の古い町である。 -
ムハンマド5世広場で。
カサブランカとはスペイン語で「白い家」の意味だが、白色のビルが多かったかな?
モロッコはスン二派で、トルコと同様に一時はEU加盟も目指したこともある国情からか、中には気軽に写真撮影に応じる女性も。 -
ハッサン2世モスク @199頁
7世紀、アンファを中心とした独立国家が形成されたが、1188年にイスラムのムワッヒド朝に支配を受けることとなる。14世紀にはマリーン朝によって大規模なイスラムへの改宗が行われた、という。 -
ハッサン2世モスク
15世紀になってアンファは再び独立を果たし、アンファの港を拠点とする海賊船がポルトガルやスペインを襲い、1468年にそれに怒ったポルトガル人によって焼き払われてしまった。
1515年に、ポルトガル人によって町の再建が行われ、町を"Casablanca"(ポルトガル語で「白い家」)と名付けたが、1755年に起こったリスボン大地震によってカサブランカも甚大な被害を受け、ポルトガル人はカサブランカを去った。 -
ハッサン2世モスク
カサブランカはアラウィー朝モロッコに統合され、1770年からムハンマド3世によって町の再建工事が行われ、町は要塞化された。
18世紀からはスペインと、19世紀に入るとそれに目を付けたヨーロッパの列強諸国との間で交易が始まり、主にウールの積出港として発展した。 -
ハッサン2世モスク
世界第三位の10万人収容である。モロッコ内のモスクには異教徒は入れない。
観光名所となっているモスクには、同じスン二派でも異教徒でも入れるトルコとは大きく異なる。
ハッサン2世は、父王ムハンマド5世とともに、フランス軍と戦い、独立を果たした
モロッコ王国の前国王である。
ラバトでは、リーベホテル(四つ星)に1泊。 -
[2016年10月10日(月)] ラバト @185頁
ムハンマド5世廟にローマ遺跡から持ち込んだ円柱が並んでいる。
前3世紀頃のシェラ( Chellah)というネクロポリスがブー・レグレグ川の両岸に残っているというから、この頃には既に定住が行われていたのでしょう。
ローマ帝国は紀元40年に現在のモロッコにあたるこの地域をマウレタニア・ティンギタナ属州として帝国内に組み込み、シェラをローマ人の定住地に変え、サラ・コロニアと呼ぶようになり、250年まではローマの植民市の状態が続き、その後この地を放棄した、という。 -
ラバト市街
17世紀、スペインからラバトに追放されたモリスコたちによる「ブー・レグレグ共和国」は、コルセア(海賊)の国。ラバトとサレは海賊行為の出撃拠点となり、この国は1818年まで存続した。
1912年、フランス保護領モロッコとなり、フェズからラバトに遷都され、現在のラバトの市街地の都市設計は1913年フランス人による。 -
ラバト市街
モロッコが独立を成し遂げると1956年、スルターンのムハンマド5世は都をそのままラバトとし、スルタンではなく国王を名乗ることとなった。 -
ラバト ウダイヤのカスバ @187頁
ラバトの旧市街 -
ラバト ウダイヤのカスバ
-
ラバト→(239キロ)→シャウエン @269頁
-
シャウエン
この都市の名前は、町から見える2つの山の頂きから来ており、それは、ヤギの2つの「つの」のように見える。
シャウエンは、 リーフ地方の山中にあり、タンジェとテトゥアンから内陸に入ったところに位置する。
スペインによるレコンキスタの後、この地域のGhomara部族とともに、多くのモリスコとユダヤ人が、ここに定住したと言われている。
1920年に、スペインは、この地をスペイン領モロッコとして1956年まで占領した。 -
シャウエン
シャウエンはタンジェとスペインの飛地であるセウタに近いため人気の観光地である。スペイン人の観光客が多い。 -
シャウエン メディナ(旧市街)
シャウエン地域は、モロッコにおいて大麻の主要な生産地の一つであり、ハシシは、町中で販売されていて、現地ガイドが匂いを探知して教えてくれる。 -
シャウエン
-
シャウエン
-
シャウエンは観光の街。
観光産業は、特にスペインの観光客向けに伸びており、クリスマスのようなカトリックの祭りの期間は、多数の観光客が訪れる、という。 -
シャウエン
-
シャウエン
約200件のホテルが、夏にヨーロッパから訪れた観光客に食事を提供する。
シャウエンには、ウールの衣服、毛織物など、モロッコの他の場所で手に入れることのできない現地の手工芸品が数多く売られ、当地原産のヤギのチーズも観光客に人気がある、という。 -
シャウエン
-
シャウエン
-
シャウエン
-
シャウエン
この後、シャウエンからフェズへ225キロ。
フェズのHOTEL アル バトハで1泊 -
2016年10月11日(火) フェズ 旧市街へ @131頁
ラバトの前の首都。
アトラス山脈の北西にあり、サハラ交易の隊商の拠点、カサブランカ、ラバト、メクネスなどとの交易路に当たり、古くからの要衝の地だ。 -
フェズ
数世代前から居住しているフェズの住民はファシ(ファーシー)と呼ばれ、旧市街では北部方言、新市街では南部方言が話されている、という。 -
フェズ 旧市街
フェズはラバト、マラケシュ、メクネス、カサブランカといった都市と共にモロッコの観光資源となっている。
複雑な構造の迷路に巡らされた「フェズ旧市街」は、1981年にユネスコの世界遺産(文化遺産)にが登録された。 -
フェズ 旧市街
-
フェズ 旧市街
-
フェズ 旧市街
ブーイナニア神学校 -
フェズ 旧市街
-
フェズ 旧市街
-
フェズ 旧市街 サボテンの実
フェズは亜熱帯気候に属しており、街の周辺では小麦、オリーブ、豆類が栽培され、家畜の放牧ができるほど冬に降雨が集中するという。
水と農産物に恵まれ、さらに交易で富が集まったので、歴代のイスラム王朝がここを本拠としたのでしょう。 -
フェズ 旧市街にある保育園
-
フェズ 旧市街
-
フェズ 旧市街
-
フェズ 旧市街
-
フェズ 旧市街
ここでラクダの皮で作った帽子を購入。夏用であるが熱を通さない。 -
フェズ 旧市街
-
フェズ 旧市街
-
フェズ 旧市街への門
-
-
-
-
ランチ
-
旧市街にある元宮殿レストラン。
-
旧市街から出てきたところ。
-
フェズからエルフードへの途中立ち寄った高原の避暑地イフレンのホテル シャモニー。
-
2016年10月12日(水)
早朝4WD車2台に分乗し、サハラ砂漠のメルズーガ大砂丘へ。
ラクダに乗る人と歩く人に別れて、 -
ライトを照らしながら、
-
-
朝日観賞
-
ラクダ引きの青年
-
どこから水分をとるのでしょうね。
-
メルズーガ大砂丘
-
メルズーガ大砂丘
ラクダには今年、敦煌で乗ったので、私は歩きです。 -
大砂丘からホテルに戻り、カスバ街道(p111頁)を146キロ走りトドラ渓谷へ2時間半。 @114頁
-
トドラ渓谷
-
ランチ
-
キョフテ(肉団子)タジン料理だったっかな。
-
トドラ渓谷からワルザザードの途中旧水道溝「カッターラ」の入り口が並んで見えます。
中近東から北アフリカにかけ見かけますね。
これを見ると、何と日本は水に恵まれていることか、と思いますね。 -
カッターラ内部
-
カッターラ内部
-
オアシス
-
オアシス
-
砦が見えます。交通の要衝だったのでしょうね。税金徴収ポイントも兼ねたのでしょう。
-
現代のオアシス。
-
2016年10月13日(木)
ワルザザードのホテルから33キロのアイト・ベン・ハッドゥの途中に映画撮影所がある。 -
アイト・ベン・ハッドゥを遠望
-
アイト・ベン・ハッドゥ
-
アイト ベン ハッドゥ
-
アイト・ベン・ハッドゥ
-
アイト・ベン・ハッドゥ
小山の下に見える空き地でセットが組まれ様々な映画が撮影された。 -
ここで撮影された映画のリスト
-
ティフィナグ文字(ベルベル文字)
ベルベル語(モロッコ)・トゥアレグ語(トゥアレグ族)(ニジェール、マリ、アルジェリア他)をあらわす文字。
本来のティフィナグ文字は、アラビア文字やヘブライ文字のように基本的には母音を書かない文字であったが、 20世紀になりアルファベットとしての新ティフィナグ文字が提案されたという。 -
-
アイト・ベン・ハッドゥ
-
アイト・ベン・ハッドゥ
-
アイト・ベン・ハッドゥ
-
アイト・ベン・ハッドゥ
-
アイト・ベン・ハッドゥ
-
アイト・ベン・ハッドゥからマラケシュへ向け、アトラス山脈越えの道。
-
アイト・ベン・ハッドゥからマラケシュへ向け、アトラス山脈越えの道。
-
アイト・ベン・ハッドゥからマラケシュへ向け、アトラス山脈、ティシュカ峠(2,200m)
風が強く寒かった記憶がある。 -
アイト・ベン・ハッドゥからマラケシュへ向け、アトラス山脈越えの道。
-
アイト・ベン・ハッドゥからマラケシュへ向け、アトラス山脈越えの道。
-
ここでアルゴンオイルを購入しました。
-
マラケシュ @51頁
クテュビアの塔
マラケシュはアトラス山脈のうち最も険しいい大アトラス山脈の北にあり、南45キロには標高4165mのトゥブカル山が聳え、ステップ気候で、東側をイシル川が流れ、郊外にはオアシスが点在する豊かな、モロッコ第四の都市で、国際空港もある。 -
東西2キロ南北3キロの城壁に囲まれた旧市街入り口
-
ジャマエルフナ広場
-
ジャマエルフナ広場
-
-
ジャマエルフナ広場
-
ジャマエルフナ広場
-
ジャマエルフナ広場
-
2016年10月14日(金)
バヒア宮殿 -
バヒア宮殿
-
バヒア宮殿
-
バヒア宮殿
-
バヒア宮殿
-
バヒア宮殿
-
バヒア宮殿
-
バヒア宮殿
-
マジョレル庭園入り口
-
マジョレル庭園
-
マジョレル庭園
-
マジョレル庭園
-
マジョレル庭園内、ノスノスで休憩
-
マジョレル庭園
-
マジョレル庭園
-
マジョレル庭園
-
マラケシュ鉄道駅
カサブランカから鉄道で次回は? -
夕食
-
ビーフのタジン料理で、皆さんお代わり。
-
マラケシュ空港発16.40QR1395便でドーハへ。
-
2016年10月15日(土)
ドーハへは7時間ちょいかかり、1.55着
ドーハ空港からQR812便は7.05発
9時間40分かかり羽田空港着22.45(より若干早かった)
その晩天然温泉平和島(QR便利用者は事前に予約し、空港バスも含め無料)を利用した同行ツアー客が4名。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
126