2016/05/19 - 2016/05/23
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ちゃおさん
今現在のタイの首都はバンコクである。「バンコク」は英語読みの地名で、タイの人々はこの街のことをクルンテープ(?????????????)と呼んでいる。その意味するところは、「天子の住まう大都会」であり、ここは今から200年ほど前、それ以前の王都アユタヤが、宿敵ビルマに焼き討ちに遭い、王族初め人々はアユタヤを逃れて、この地バンコクまで逃げて来て、ここに新たな王都を建築した。チャオプラヤー川沿いにオリーブ林の茂る湿地帯のような原野が、200年経った今は周辺人口まで含めた大バンコク都に発展し、人口も1000万人を超える東南アジア有数の首都となっている。
そのバンコク以前の首都がアユタヤで、ここ自体もそれ以前の王都スコータイが放棄された後に、この地に移転してきたもので、約200年ほど、王都として栄えていた。波静かなタイランド湾からチャオプラヤー川を100キロ程遡上した所にある河港で貿易港としても栄え、そこには日本人集落地もあれば、ポルトガル、オランダ、スペイン、イギリス等の居留民も住んでいた。しかし隣国ビルマとの戦いは長期間に渡り、勝ったり負けたりの争奪戦が繰り返されてきたが、200年ほど前の最後の戦いは徹底していた。ポルトガル人の傭兵や西洋式兵器武器で装備されたビルマ軍には、象軍団を主体とするタイに勝ち目は無く、この街は徹底的に破壊されつくされた。
今見ている大寺院の遺跡群は、当時の戦争により破壊された後の遺跡として残っているが、そこに散乱されていた石仏はすべて頭部が持ち去らていて、タイ人の帰依する仏教の精神的支柱、仏像を破壊することにより、タイ人の戦意を喪失させるものがあった。それから何年かして、ビルマ軍も引き上げ、人々も又徐々にアユタヤまで戻って来て、破壊された寺院群の修復に勤め、今あるように仏像も元の位置に再配置されたが、一度失われた頭部は戻らないままの状態だった。現在は首の欠けた仏像が整然と並んでいる。それがより一層戦争の無情さ、はかなさを今に伝えている。
アユタヤにはこうした破壊された大寺が何か所かあり、3年半前、自分が一人でやってきた時は、半日ツクツクを借り上げて、それ等の寺院群を回り、数年前の大洪水で水没した寺院遺跡も見ることが出来たが、今回は夕方までバンコクに戻らなければならないという制約もあり、ゆっくりする時間もなく、もう一か所、石仏がガジュマルの根に巻き取られた寺院、ワット・マハタートへ行くことにした。蠅ゴマのような雲助タクシーがうるさく、広大な公園を横切って歩いて行くことにしたが、案外距離があって、結構な歩きでもあった。
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