2016/08/04 - 2016/08/05
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deracineさん
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海のそばで生まれ育った妻が「東京には海がない! 本当の海が見たい」という
うまい具合にHotels.Comの無料宿泊券が手に入ったのでこれを利用して1泊2日で横浜・城ケ島と海を見る旅を企画、実行しました
今回は横浜編です
なお使用したデジカメは特記なき場合すべて SONY DSC-RX10 です
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ホテルが元町・中華街にあるので我が家からは乗り換え回数が少なくて済むみなとみらい線を利用した
同路線は2004年2月1日開業
元町・中華街は終点だった -
ホームの天井には古い横浜の街並みや
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外国航路船など開港当時の様子が描かれている
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ホテルに荷物を預け、昼食をとるためすぐそばの中華街に行った
観光バス「あかいくつ」の説明によると中華街には600店あり、うち中華料理店は200店
しかし暑かったこともあり、中華街で「すし三昧」に入りすし丼を食べることにした -
まず観光バス「あかいくつ」に乗り「港の見える丘公園」に行った
しかし名前とは裏腹に港は見えても倉庫街ばかりだった -
北方向に目をやると高く茂った森に視界を遮られポートタワーや高層ビルの先端部分が見えるのみ
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次に歩いて近くの外国人墓地に行った
ここを訪れたことのある妻の話では「ラテン十字の墓標はすべて祖国に向けて建てられている」との由 -
道案内も整備され分かり易い
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外国人墓地のそばには教会があった(=横浜山手聖公会)
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山手資料館
横浜市内で唯一残る明治後期の木造洋館
館内には当時の外国人の暮らしや風俗を伝える資料を展示していた
大人200円、シニア65歳以上は無料
シニアの場合証明書が必要とのことだったが顔パスで入れた
喜ぶべきことか?複雑、、、 -
お嬢様校の横浜双葉中学校も近くにあった
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イチオシ
その向かいにはTV東京の「美の巨人たち」で紹介されたベーリック・ホールがあった
ベーリック・ホール(旧ベリック邸)はイギリス人貿易商B.Rベリックの邸宅として1930年(=昭和5年)アメリカ人建築家J.Hモーガンの設計
木造2階建て、地下1階
敷地面積:2,056平米、建築面積:283平米、延床面積:654平米 -
玄関の3連アーチやクローバー型の小窓などが美しい建築
この邸宅は第二次世界大戦前まで使用されたが1956年、氏の遺族によりカトリック・マリア会に寄付され2000年までセント・ジョセフ・インターナショナルスクールの寄宿舎として使用されていた
2001年になてマリア会が横浜市に寄付されたのを契機に復元・改修し公開することになった
なおうれしいことにここは無料で内部を公開している
豪邸にご興味ある方は是非ご覧ください
自分も内部の写真を撮りためたので適当な時期に本サイトにて公開したいと思います -
これ以外にもこの地域には多くの西洋館が点在するが時間の制約もあり割愛することにした
徒歩で観光バス「あかいくつ」の停留所がある横浜市イギリス館のところまで戻った
同館は港の見える公園に隣接する -
イギリスの国花であるバラが多く植えられたイングリッシュガーデン
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元英国総領事公邸として1937年(=昭和12年)に建設されたもの
敷地面積:3778平米、延床面積:691平米
鉄筋コンクリート造、地下1階・地上2階、入母屋造瓦葺
長崎のグラバー邸(明治初期)、神戸の風見鶏の館(明治後期)に続く時代のコロニアルスタイル(植民地風)住宅だった -
観光バス「あかいくつ」停留所のそばだったのでバスが来るまで内部も見学した
ここも無料公開していた
神戸の異人館が今は大半が有料となったのに横浜はエライ! -
再びバスに乗って今度は赤レンガ倉庫まで行った
レトロなバスの内部は丸い電灯と高いところがよく見えるように窓があった -
横浜港を望むこのレトロな赤レンガ造りの倉庫は「新港埠頭保税倉庫」が正式名称
明治政府の命を受け建築家の妻木頼黄が設計、1911年(=明治44年)に2号倉庫、1913年(=大正13年)に1号倉庫が完成
1989年に倉庫としての役割を終了、保存・改修工事後2002年に文化・商業施設としてオープンした
現在はショッピング、食事がメインの観光施設
あまりその方面に興味がないので外観を見るだけでスルー -
大桟橋の付け根付近から「象の鼻」と呼ばれる防波堤、その背後に広がる赤レンガ倉庫などのパノラマ写真
中央の扇子のような形のビルはヨコハマ・インターコンチネンタルホテル
写真左端がヨコハマ・ランドマークタワー
いずれも30年前にはなかったもの -
同じ場所から撮った写真
左端に横浜三塔のうち最も高く(51m) Queen と呼ばれる横浜税関が写っていた -
イチオシ
大桟橋に行くと巨大なクルーズ船が見えた
目を凝らしてよく見ると「ダイヤモンド・プリンセス」との船名が見えた
そういえば「あかいくつ」バスの運転手兼ガイドが本日午後5時「東北三大祭り巡りクルーズ」に向け出航すると言っていたのを思いだした
なおこの船は三菱重工・長崎造船所にて2002年10月艤装中に火災事故を起こし納期が間に合わないため別に建造中の姉妹船サファイヤープリンセスを急きょダイヤモンド・プリンセスとして振替たもの
サファイヤーがダイヤに化けた?
なお同船の主な仕様は以下の通り
総トン数 :115,875
全長 :290m
全幅 :41.5m
高さ(水面上):54m
旅客定員 :2,674
乗員 :1,238 -
プリンセスという優雅な名前に似つかわしくない大きなお尻(=船尾)を振って離岸を始めた
右舷を見ると突き出た甲板に多くの人々が出て桟橋の人々と別れを惜しんでいた -
飽かずに大きな船体を眺めていると「ボー」と大きな汽笛がなった
出航の合図だろう
やがて大きな船体の割には案外軽やかに船体を大きく方向を変え、見送る人々を引き離すように出航して行った -
隣接する山下公園には日本郵船が所有し、北太平洋航路で活躍した氷川丸が貨客船としての使命を終え、ミュージアムとして係留されている
ダイヤモンドプリンセスを見た後では随分と小さく見えた -
ちなみに氷川丸は横浜船渠(のちに三菱重工・横浜造船所と合併)で建造され、仕様は以下の通り
おおざっぱに言えば約 1/10 の規模だ
総トン数 :11,622トン
全長 :163.3m
旅客定員 :331 -
今回利用した ホテル・モントレ横浜
ホテル予約サイトHotels.com で10泊予約する毎に1泊が無料宿泊用できる特典を初めて使った
モントレグループのホテルとして長崎、大阪を利用して感じが良く、朝食も美味しかったので横浜でも利用した
利用した感想は少しセコイ印象を持った(部屋のコーヒーが有料、ロビーの新聞も有料など)
また朝食も宿泊者割引で2,200円とは少し高く、ケチな二人は利用しなかった -
部屋は9階のハーバービュー付きツイン
到着時1,000円追加で更に上の12階が選べるとのお誘いがあったがこれで十分だった -
部屋からのハーバービュー、横浜港が一望できた
「港の見える丘公園」よりもよっぽどこちらの方がきれいだ
この素晴らしい眺めをデジカメのパノラマで撮ってみた -
何分暑いので観光もあまりやる気なし
もっぱら車窓観光に留めた
写真は横浜三塔のうち King と称される神奈川県庁本庁舎 -
これは Jack と呼ばれる横浜市開港記念会館
赤レンガ造りの塔が目立つ
Jack, Queen, King と一応すべての写真が撮れていた -
さすがに中華街のそばのホテルに泊まって一回も中華料理を食べないのもどうかと思うので夕食は中華にすることに、、
東門(=朝暘門)から入ってすぐ近くの店前に行列ができているのを見つけた
今話題の小龍包がテイクアウトできるらしく、その行列だった
帰ってから調べると「るるぶ」にも紹介されている有名店だった
2階に上がり妻はサラダ風冷やし中華、自分は小龍包付きエビチリを注文
初めて小龍包なるものを食したがスープ入りシューマイのようなものだった -
夜になった
部屋からのハーバービューが素晴らしかったので夜景も期待した
しかし泊まったホテル・モントレは山下公園に面して建っているので海はよく見えるが新しいヨコハマ、MM21地区の夜景は見えにくかった
大観覧車「コスモクロック21」が辛うじて窓の端ギリギリに見えた
この観覧車のイルミは時々花火のように放射状に虹色の光を放つ
*以下の夜景写真はすべて三脚を持参しなかったのでデジカメの手持ち夜景モードで撮影、手振れもせず写っているのに驚いた -
大桟橋付近をクローズアップ
ブルーライト・ヨコハマといういしだあゆみさんの大ヒット曲があるが、自分が見た範囲ではブルーライトは少なくオレンジが多かった
作詞した橋本淳氏によれば「港の見える丘公園」と川崎の工業地帯の夜景とフランスのカンヌの夜景のイメージをうたったものらしい -
イチオシ
これは長崎・グラバースカイロードからの雨にくすぶる長崎港の夜景(2011年5月23日 Nikon D80 にて撮影)
こちらの方がブルーライトが多い
♪長崎は今日も雨だった、、、、 -
こちらは窓の右(=南東方向)
氷川丸やベイブリッジがライトアップされて闇に浮き出ていた -
イチオシ
翌朝、5時頃妻が「見て、朝日が綺麗、、、」と言って起こしてくれた
眠気眼をこすって見るとベイブリッジの橋げたを丁度太陽が丁度乗り越えていくところだった -
5時と早朝だったがベイブリッジには忙しそうに行き交うトラックの列があった
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清々しい朝だったのでホテル前の山下公園を散歩した
朝日はすっかり上がり今やベイブリッジの高い橋脚の上にあった
太陽の影がヨコハマ・ベイの穏やかな水面に長いオレンジの尾となってたなびいていた -
街はまだ眠っているかのようだったが既に早起きの人たちがジョギングや散歩に精を出していた
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もうひとつ見忘れていたものがあった
横浜といえば自分たちが利用した観光バスにも使われている「あかいくつ」人形
自分の子供や孫たちの世代は「暗い」とか言っても歌われることも少ないが「昔の子供」にとっては懐かしい「赤い靴」の歌
その「赤い靴はいてた女の子」像が山下公園内にある
なお目障りだが芝生の養生中で緑の防護柵が張り巡らされていた -
その像はひっそりと遠くの海を眺めていた
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像の横には「赤い靴」の歌詞が書かれたパネルが展示されていた
その後ろには昭和の時代、異国アメリカに旅立った多くの日本人を運んだ氷川丸が物憂げに係留されていた -
「赤い靴」の歌詞ではこの女の子は異人さんの国に連れられて行ったことになっている
しかし実際はアメリカに渡る前に日本国内で病死したらしい
戦後まだ間もない頃、日本は貧しくアメリカに移民として旅立っていく日本人もまれではなかった
妻の幼いころの友達にもアメリカに渡った女の子がおり、妻はこの像と同じ年頃だった彼女を想いだしたそうだ
明治維新後は西洋に追いつけ、追い越せとひたすら経済成長に励んだ日本
ミナト・ヨコハマは西洋文化の玄関口として多くの異人館が建ち、大量の物流をさばくため埠頭には赤レンガ倉庫ができた
そして輸出入する物資の運搬船を建造するため造船所ができ多くの雇用を生み街はどんどん発展した
経済成長を成し遂げた現在では多くの人々がクルーズ船に乗り旅行を楽しむ余裕ができた
今回の横浜レトロ旅は明治以降の日本の歩みを改めて知る旅となったようだ
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