2016/07/16 - 2016/07/16
51位(同エリア230件中)
naoさん
京都府南丹市園部町は、元和5年(1619年)に但馬の国出石から移封された初代園部藩主小出吉親が、明智光秀の丹波攻めによって落城した薗部城跡に、天守閣を持たない陣屋型の園部城を築いたところで、口丹波地方の政治、経済、文化の中心地として、また山陰街道の要衝として重要な役割を果たすことになります。
元和7年(1621年)からの園部城築城に併せ、城下町の整備にも力を注いだ小出吉親は、豊富な水量から永く水運に利用されてきた園部川を、町域拡大のため北側に半円形に迂回させる工事を行い、下級武家屋敷77戸、町家430戸余りの規模を擁する城下町を完成させます。
また、山陰街道の要衝に位置していたことから、本陣や脇本陣を備えた宿場町としての機能も併せ持ち、明治4年(1871年)の廃藩置県までの250余年に亘って繁栄します。
明治32年(1899年)に京都鉄道(現在のJR山陰本線)が京都〜園部間に開通、さらに明治43年(1910年)には綾部まで延伸されますが、城下町の東の端をかすめるように線路や駅が造られたこともあって、風情ある町並みがそのままの姿で残ることとなりました。
山陰街道沿いに連なる現在の園部の町並みには、兵庫県篠山市の河原町妻入り商家群とよく似た、妻入りの伝統的な町家が数多く点在しており、城下町の風情をたたえる落ち着いた町並みを見ることができます。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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南丹市園部町へやって来ました。
先ずは南丹市役所の駐車場に車を停めさせてもらって、町歩きを始めます。 -
国道9号線沿いにある家具のディスカウントショップ。
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では、国道9号線の北側を並行する山陰街道を歩きます。
ちなみに、この辺りは初代園部藩主小出吉親元が、園部川を付け替え城下町として整備した地区になります。 -
1階はほとんど改修されていますが、虫籠窓が存在感を放っています。
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運転代行サービスの会社が伝統的な町家を事務所にしています。
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朱塗りの柱が鮮やかな町家。
お隣の和菓子屋さんには、煙出しの越屋根が見えます。 -
間口の狭い小さな町家ですが、漆喰で塗籠めたうり瓜型の虫籠窓と袖卯建がしつらえられています。
「これぞ正統派」というべき伝統的な町家です。 -
ここからは山陰街道を外れて、脇道を歩きます。
こちらの町家も虫籠窓が存在感を示しています。 -
こちらの棟割り長屋は、虫籠窓の真ん中が戸境になっているようです。
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虫籠窓を黒く塗籠めた町家。
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ここまでの脇道を振り返った光景です。
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ここからは山陰街道の北側を並行して延びる脇道を歩きます。
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旧園部町の汚水枡の蓋。
旧園部町の町章の中に、町の木「イチョウ」と、町の花「ウメ」が描かれています。 -
趣きを感じさせる、レトロな町家が並んでいます。
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かつての虫籠窓の名残りが残っています。
同じ改修するにしても、木製建具に改修されているのが良いですね。 -
荒壁が良い風情を漂わせています。
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レトロな散髪屋さんが、古き佳き郷愁を感じさせてくれます。
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年期の入った三色のサインポールにも、惹きつけられるものがあります。
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散髪屋さんは、お店だけじゃなく母屋も良い感じです。
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散髪屋さんのお向かいの伝統的な町家は・・・
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ベンガラ塗りの格子をめぐらせています。
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こちらの格子のベンガラ塗りは、色鮮やかです。
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山陰街道北側の脇道もこの辺りまでで、この先で南北方向の広い通りに繋がっています。
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南北方向の広い通りから脇道を振り返った光景です。
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南北方向の通りを南に歩いて、山陰街道に戻って来ました。
この先の、山陰街道の東側にも風情ある町並みが続いています。 -
では、東側の町並みに移動するため、南丹市役所の駐車場へ車を取りに戻ります。
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この辺りから南丹市役所へ向かう通りにかけて、山陰街道が拡幅されたようですが・・・
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街道の北側には、所々伝統的な町家が残されています。
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南丹市役所へ向かう通りの角にあるカフェ。
こちらのカフェは、美味しいコーヒーを飲みながらゆっくり寛いでもらおうと、地元の金物店が開いたもので、商売柄こんな看板ができあがりました。 -
さて、山陰街道東側の風情ある町並みにやって来ました。
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東側の町並みは、本陣や脇本陣が置かれた山陰街道園部宿の中心地で、今も江戸時代から続く旅籠などを見ることができます。
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こちらの町家は、虫籠窓に白黒の鏝細工が施されています。
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こちらが江戸時代から続く旅籠の「合羽屋」さんです。
ちなみに、「合羽屋」さんが所蔵する天保15年(1844年)に描かれた図面に見られる主屋は、今も全く同じ間取りで残っているそうです。 -
天保に建てられて以来、大切に使ってこられた証ですね。
ちなみに、園部宿の脇本陣は、山陰街道を隔てた「合羽家」さんの前にあったそうです。 -
こちらは、風情ある町家を改装した障害者福祉施設です。
館内では、カフェ営業や焼き物のアクセサリー「京のつちたま」の販売などが行われています。 -
こちらは建具屋さんです。
もちろん、自作の建具を使っておられるんでしょうね・・・。 -
こちらは園部宿の本陣を務めた「小林家」です。
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本陣時代は、「新屋」という屋号で呼ばれていたそうです。
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「桔梗湯」という看板が上がっているので、以前は銭湯だったんでしょうね。
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東側に延びる町並みです。
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この辺りの町並みは、兵庫県篠山市の河原町妻入り商家群とよく似た・・・
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妻入りの伝統的な町家が軒を連ねています。
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西側の町並みを振り返って見た光景です。
こうして見ると、初代園部藩主によって付け替えられた園部川に沿って、弧を描くように町並みが延びているのがよくわかります。 -
商売柄、1階は綺麗に改装されていますが、往時のまま虫籠窓が残されています。
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浅黄色に塗られた外壁が個性的です。
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ツバメさんが慌ただしく羽ばたいています。
どうやら軒裏に巣があるようです。 -
建物の半分くらいはあろうかという、幅の広い虫籠窓のある町家です。
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2階の簾が趣を添えるこちらの町家は・・・
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内部を改装した、いわゆる町家カフェです。
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西側の町並みの光景です。
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駒寄を巡らせた町家。
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小さな虫籠窓が口を開ける、妻入りの町家。
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2階の虫籠窓もそうなんですが・・・
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1階の格子にも、デザイン上いろんなバリエーションが見られます。
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『東側の町並み』というより、町並みは弧を描いているので、この辺りは「南東の町並み」ですね・・・。
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木部にベンガラを塗った名残のある町家。
さて、町並みを外れた先にカトリック丹波教会があるので行ってみます。 -
町並みを外れて、園部川に架かる園正橋の方に向かって歩いて行くと、広々とした前庭を持つ、中世ヨーロッパ風の立派なたたずまいのカトリック丹波教会の園部聖堂が現われます。
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この聖堂は、第2次世界大戦により焦土と化した我が国の惨状を救うため、アメリカのメリノール宣教会の尽力により京都を中心に造られた教会の一つで、昭和25年(1950年)に建てられました。
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3連アーチの上部に大きな円窓を開けた正面ファサードは、中世ヨーロッパの教会の雰囲気を漂わせています。
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園正橋を渡った、園部川の対岸から見た光景です。
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裏側のファサードにも3連アーチのデザインが踏襲されています。
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では、天高くそびえる鐘楼に別れを告げて、町並みに戻ります。
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町並みに戻って来ました。
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モダンなコンクリートの建物に挟まれた町家は、中庭のある風情豊かな建物です。
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そろそろ町並みの外れが見えてきました。
町歩きも、もう一息です。 -
南丹市のコミュニティバスの路線の中に、カトリック丹波教会の最寄りとして「カトリック前」と名付けられたバス停があります。
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この町家から後ろを振り返ると・・・
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高くそびえるカトリック丹波教会の鐘楼が見えています。
教会の鐘楼は、町のランドマークなんですね・・・。 -
2階の妻側に取り付けられた小さな扉は、何のために付いているんでしょうか・・・。
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「控えめな町家」対「黄色い看板」。
果たしてその勝敗は、黄色の勝ち〜! -
2階の荒壁が、荒々しい中にも落ち着いた風情を感じさせてくれます。
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現在シャッターの付いているところには、左手の出格子の様なしつらえがされていたんでしょうね。
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こちらは現役の旅館です。
それらしい雰囲気をたたえる冠木門には・・・ -
梅鉢形や瓢形をモチーフにした・・・
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下地窓が開けられています。
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これは北西の町並みを振り返った光景ですが、風情ある町並みはいよいよこの辺りで終わります。
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では車をピックアップして、そろそろ家路につくことにします。
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