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尾形光琳の流れをくむ琳派展が開催されていると知って京国立博物館に行ってきました。<br />桃山時代後期から江戸時代にかけの日本美術を支えた「琳派」。京都の地で生まれ、京都の地で育まれた琳派ですが、今まで京都で本格的な展覧会は1度も開催されたことはありませんでした。「琳派 京を彩る」展は、京都で初めて開かれる、大規模な琳派の展覧会として注目を集めています。<br /><br />日本を代表する流派「琳派」とは?<br />今から400年前の1615年に京都洛北・鷹峯の地に、京都の有力な町衆だった本阿弥光悦が徳川家康から土地を拝領し、工芸を家業とする親類縁者を集め芸術家の村「光悦村」を作ったことが「琳派」の始まりとされています。琳派を代表する画家・俵屋宗達は、光悦と共に草創期の琳派を盛り立てた人物です。<br />しかし琳派というのは組織の名称ではなく、宗達の死後、100年ほど後に絵師として活躍した尾形光琳の「琳」の字を取り、近代の研究者たちが作った名称です。尾方家は俵屋宗達と親類関係にあり、光琳の作品は宗達からの影響を強烈に受けています。そして、光琳のおよそ100年後は酒井抱一。このように世代を超えて脈々と受け継がれる芸術様式のことを「琳派」と総称します。

琳派誕生400年記念 古都の秋を彩る 絢爛豪華 " 琳派 " 展

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2015/11/21 - 2015/11/21

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この旅行記のスケジュール

2015/11/21

  • 淀屋橋から京阪電車七条まであとは徒歩で博物館へ

  • 京都駅まで歩く

この旅行記スケジュールを元に

尾形光琳の流れをくむ琳派展が開催されていると知って京国立博物館に行ってきました。
桃山時代後期から江戸時代にかけの日本美術を支えた「琳派」。京都の地で生まれ、京都の地で育まれた琳派ですが、今まで京都で本格的な展覧会は1度も開催されたことはありませんでした。「琳派 京を彩る」展は、京都で初めて開かれる、大規模な琳派の展覧会として注目を集めています。

日本を代表する流派「琳派」とは?
今から400年前の1615年に京都洛北・鷹峯の地に、京都の有力な町衆だった本阿弥光悦が徳川家康から土地を拝領し、工芸を家業とする親類縁者を集め芸術家の村「光悦村」を作ったことが「琳派」の始まりとされています。琳派を代表する画家・俵屋宗達は、光悦と共に草創期の琳派を盛り立てた人物です。
しかし琳派というのは組織の名称ではなく、宗達の死後、100年ほど後に絵師として活躍した尾形光琳の「琳」の字を取り、近代の研究者たちが作った名称です。尾方家は俵屋宗達と親類関係にあり、光琳の作品は宗達からの影響を強烈に受けています。そして、光琳のおよそ100年後は酒井抱一。このように世代を超えて脈々と受け継がれる芸術様式のことを「琳派」と総称します。

旅行の満足度
4.5
観光
4.0
グルメ
4.0
交通
4.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
JRローカル 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • マイカーで何度か来たことはありますが、電車でとなると京阪電車で七条まで来なければなりません。人気の琳派展は大変な人出で長いこと並びました。

    マイカーで何度か来たことはありますが、電車でとなると京阪電車で七条まで来なければなりません。人気の琳派展は大変な人出で長いこと並びました。

  • ポスターにはあの俵屋宗達画・風神雷神の力強い絵が描かれています。特別展「琳派 京都を彩る」では、宗達、光琳、抱一がそれぞれ描いた「風神雷神図屏風」が時空を超えて共演します。3作品を同時に鑑賞できるのは10月27日(火)~11月8日(日)の期間。<br />         レポートは手持ちの俳句大歳時記を活用しました。

    ポスターにはあの俵屋宗達画・風神雷神の力強い絵が描かれています。特別展「琳派 京都を彩る」では、宗達、光琳、抱一がそれぞれ描いた「風神雷神図屏風」が時空を超えて共演します。3作品を同時に鑑賞できるのは10月27日(火)~11月8日(日)の期間。
    レポートは手持ちの俳句大歳時記を活用しました。

  • 今回は琳派誕生400年の節目となる大規模な展覧会です。尾形光琳作、国宝「八橋蒔絵螺鈿硯箱」をはじめ、国宝5件、重文36件が並びます。絵画、書、陶芸、漆芸や染織など多彩なジャンルの琳派作品を鑑賞することができるまたとない機会でした。

    今回は琳派誕生400年の節目となる大規模な展覧会です。尾形光琳作、国宝「八橋蒔絵螺鈿硯箱」をはじめ、国宝5件、重文36件が並びます。絵画、書、陶芸、漆芸や染織など多彩なジャンルの琳派作品を鑑賞することができるまたとない機会でした。

  • 特別展「琳派 京都を彩る」では、宗達、光琳、抱一がそれぞれ描いた「風神雷神図屏風」が時空を超えて共演します。3作品を同時に鑑賞できるのは10月27日(火)~11月8日(日)の期間だけで 残念ながらアウトでした。

    特別展「琳派 京都を彩る」では、宗達、光琳、抱一がそれぞれ描いた「風神雷神図屏風」が時空を超えて共演します。3作品を同時に鑑賞できるのは10月27日(火)~11月8日(日)の期間だけで 残念ながらアウトでした。

  • ポスターにはあの俵屋宗達画・風神雷神の力強い絵が描かれています。特別展「琳派 京都を彩る」では、宗達、光琳、抱一がそれぞれ描いた「風神雷神図屏風」が時空を超えて共演します。3作品を同時に鑑賞できるのは10月27日(火)~11月8日(日)の期間。残念ながら関連する講演会などは間に合いませんでした。<br />

    ポスターにはあの俵屋宗達画・風神雷神の力強い絵が描かれています。特別展「琳派 京都を彩る」では、宗達、光琳、抱一がそれぞれ描いた「風神雷神図屏風」が時空を超えて共演します。3作品を同時に鑑賞できるのは10月27日(火)~11月8日(日)の期間。残念ながら関連する講演会などは間に合いませんでした。

  • 舟橋蒔絵硯箱」本阿弥光悦作 国宝<br /><br />数年前北山の 花見の帰り光悦村と言われる郷のリゾートに立ち寄ったことがありますが、今から400年前の1615年に京都洛北・鷹峯の地に、京都の有力な町衆だった本阿弥光悦が徳川家康から土地を拝領し、工芸を家業とする親類縁者を集め芸術家の村「光悦村」を作ったことが「琳派」の始まりとされています。

    舟橋蒔絵硯箱」本阿弥光悦作 国宝

    数年前北山の 花見の帰り光悦村と言われる郷のリゾートに立ち寄ったことがありますが、今から400年前の1615年に京都洛北・鷹峯の地に、京都の有力な町衆だった本阿弥光悦が徳川家康から土地を拝領し、工芸を家業とする親類縁者を集め芸術家の村「光悦村」を作ったことが「琳派」の始まりとされています。

  • 重文鶴下絵三十六歌仙和歌巻 左隻 本阿弥光悦書・俵屋宗達下絵 京都国立博物館  <br />         宗達、光悦共演―光と歌のシンフォニー <br />全期間、全巻、全長13.56メートル初公開!<br />海上を飛翔し、地上で羽を休める鶴が金銀泥で描かれ、その上に三十六歌仙の和歌が書かれいます。緩急自在に展開する宗達の下絵と光悦の書は、観る者に息をもつかせぬ圧倒的なもの。かつてこの作品を入手した陶芸家・荒川豊蔵は、箱蓋裏に「天恵」と大書したそうです。<br />

    重文鶴下絵三十六歌仙和歌巻 左隻 本阿弥光悦書・俵屋宗達下絵 京都国立博物館
    宗達、光悦共演―光と歌のシンフォニー
    全期間、全巻、全長13.56メートル初公開!
    海上を飛翔し、地上で羽を休める鶴が金銀泥で描かれ、その上に三十六歌仙の和歌が書かれいます。緩急自在に展開する宗達の下絵と光悦の書は、観る者に息をもつかせぬ圧倒的なもの。かつてこの作品を入手した陶芸家・荒川豊蔵は、箱蓋裏に「天恵」と大書したそうです。

  • 重文 鶴下絵三十六歌仙和歌巻 右隻 本阿弥光悦書・俵屋宗達下絵 京都国立博物館  <br /><br />信長、秀吉、家康―天下の覇者がめまぐるしく入れ替わり、世情不安定な時代の都に、光悦と宗達は生まれました。刀剣の手入れや鑑定に携わる家に生まれ、錚々たる武将たちと交わり、書家として、また陶芸家や漆芸のディレクターとして活躍した光悦。俵屋という絵屋を経営し、公家や社寺、上層町衆のために扇絵や障壁画などを描いて名を知られたという宗達。二人の交流は、美麗な料紙装飾と豊麗な書の競作によって、現代に伝えられています。<br />

    重文 鶴下絵三十六歌仙和歌巻 右隻 本阿弥光悦書・俵屋宗達下絵 京都国立博物館

    信長、秀吉、家康―天下の覇者がめまぐるしく入れ替わり、世情不安定な時代の都に、光悦と宗達は生まれました。刀剣の手入れや鑑定に携わる家に生まれ、錚々たる武将たちと交わり、書家として、また陶芸家や漆芸のディレクターとして活躍した光悦。俵屋という絵屋を経営し、公家や社寺、上層町衆のために扇絵や障壁画などを描いて名を知られたという宗達。二人の交流は、美麗な料紙装飾と豊麗な書の競作によって、現代に伝えられています。

  • 舞楽図?風 俵屋宗達筆 重要文化材<br /><br />舞楽の調べが聞こえてきそうな躍動感があります・<br />

    舞楽図?風 俵屋宗達筆 重要文化材

    舞楽の調べが聞こえてきそうな躍動感があります・

  • 唐獅子図杉戸 俵屋宗達筆 重要文化財<br /><br />唐獅子の躍動感あふれるリアルな形相に気圧されました。

    唐獅子図杉戸 俵屋宗達筆 重要文化財

    唐獅子の躍動感あふれるリアルな形相に気圧されました。

  • 国宝 俵屋宗達 「風神雷神図」建仁寺蔵<br /><br />風神雷神はこのように一対になっているのですが、光琳、抱一等 何人もの画家がこのモチーフを好んで描いたと言われています。屏風を立てたときに真ん中の空間が巧みに工夫されているかとがよくわかります。

    国宝 俵屋宗達 「風神雷神図」建仁寺蔵

    風神雷神はこのように一対になっているのですが、光琳、抱一等 何人もの画家がこのモチーフを好んで描いたと言われています。屏風を立てたときに真ん中の空間が巧みに工夫されているかとがよくわかります。

  • 「風神、雷神 」 尾形光琳 重要文化財<br /><br />力漲るダイナミックな動きの雷神の足元の雲がたらし込みの技法で描かれていて画面に立体感が出ています。

    「風神、雷神 」 尾形光琳 重要文化財

    力漲るダイナミックな動きの雷神の足元の雲がたらし込みの技法で描かれていて画面に立体感が出ています。

  • 「琳派」を代表する尾形光琳の代表作は国の重要文化財「風神雷神図屏風」。<br /><br />雷神と視線を合わせ受けて立つ風神の緊迫した構えが工夫されています。<br />これは宗達の「風神雷神図屏風」を見た光琳が深い感銘を受け、模写したものだそうです。琳派の画家たちは、図様を模写という経験に基づいて継承していきました。

    「琳派」を代表する尾形光琳の代表作は国の重要文化財「風神雷神図屏風」。

    雷神と視線を合わせ受けて立つ風神の緊迫した構えが工夫されています。
    これは宗達の「風神雷神図屏風」を見た光琳が深い感銘を受け、模写したものだそうです。琳派の画家たちは、図様を模写という経験に基づいて継承していきました。

  • 紅梅白梅図屏風図  尾形光琳<br /><br />大胆な構図とデフォルメされた意匠がモダンです。

    紅梅白梅図屏風図 尾形光琳

    大胆な構図とデフォルメされた意匠がモダンです。

  • 燕子屏風図   尾形光琳筆 <br /><br />優れたデザイン性が横溢しています。大阪のどこかのホテルの2階のロビーを飾っていた記憶がよみがえってきました。

    燕子屏風図 尾形光琳筆

    優れたデザイン性が横溢しています。大阪のどこかのホテルの2階のロビーを飾っていた記憶がよみがえってきました。

  • 孔雀立葵図 尾形光琳筆 重要文化財<br /><br />金箔が品の良い華やかさを感じさせます。

    孔雀立葵図 尾形光琳筆 重要文化財

    金箔が品の良い華やかさを感じさせます。

  • 「八橋蒔絵螺鈿硯箱」尾形光琳作品<br /><br />硯箱というよりは文箱の感じです。<br />大切な物を収めたくなります。

    「八橋蒔絵螺鈿硯箱」尾形光琳作品

    硯箱というよりは文箱の感じです。
    大切な物を収めたくなります。

  • 重要文化財 松波文蓋物 尾形乾山作 出光美術館<br /><br />京を象る夢幻とロマン 尾形乾山、銀彩や銹絵や染付、白泥を用い、まるで蒔絵や金銀泥絵などを想わせる蓋物です。蓋を開けると、内側に打ち寄せる波が描かれており、蓋上の松と合わせ、海辺の様子を表していて、漆器や絵画の手法をやきものに用いるという意表性は、乾山ならではと言われます。兄の画才を尊敬していたとつたわります。食器の意匠にも合作したものが少なからずありました。<br />

    重要文化財 松波文蓋物 尾形乾山作 出光美術館

    京を象る夢幻とロマン 尾形乾山、銀彩や銹絵や染付、白泥を用い、まるで蒔絵や金銀泥絵などを想わせる蓋物です。蓋を開けると、内側に打ち寄せる波が描かれており、蓋上の松と合わせ、海辺の様子を表していて、漆器や絵画の手法をやきものに用いるという意表性は、乾山ならではと言われます。兄の画才を尊敬していたとつたわります。食器の意匠にも合作したものが少なからずありました。

  • 江戸に幕府が開かれておよそ200年。それまで京大坂の文化に追随してきた江戸は都市としての成熟を迎え、戯作や浮世絵版画に代表される洒脱な世界が、武士や富裕な町人によって生み出されました。その中から登場した酒井抱一は、江戸文化を謳歌する粋人でした。<br />抱一が成し遂げた重要な事業が、文化12年(1815)の光琳百年忌にあたって出版した『光琳百図』と『尾形流略印譜』。光琳の作品をまとめるとともに、これまで流派として意識されていなかった芸術家たちを尾形流として整理し、現在の琳派研究の礎を築いたのでした。<br /><br />悠々たる情趣 酒井抱一画<br />背面全体を花咲く紅梅一樹で覆う描絵の小袖。立木文様と通称され因州池田家伝来。類型的な意匠構成に基ずきながらも抱一の筆力により格別の印象に仕上がっていて写実的な画風。日々の暮らしを彩るという琳派のDNAが抱一にも確実に受け継がれていたことを示すものでしょう。

    江戸に幕府が開かれておよそ200年。それまで京大坂の文化に追随してきた江戸は都市としての成熟を迎え、戯作や浮世絵版画に代表される洒脱な世界が、武士や富裕な町人によって生み出されました。その中から登場した酒井抱一は、江戸文化を謳歌する粋人でした。
    抱一が成し遂げた重要な事業が、文化12年(1815)の光琳百年忌にあたって出版した『光琳百図』と『尾形流略印譜』。光琳の作品をまとめるとともに、これまで流派として意識されていなかった芸術家たちを尾形流として整理し、現在の琳派研究の礎を築いたのでした。

    悠々たる情趣 酒井抱一画
    背面全体を花咲く紅梅一樹で覆う描絵の小袖。立木文様と通称され因州池田家伝来。類型的な意匠構成に基ずきながらも抱一の筆力により格別の印象に仕上がっていて写実的な画風。日々の暮らしを彩るという琳派のDNAが抱一にも確実に受け継がれていたことを示すものでしょう。

  • 酒井抱一 「秋草 鶉図」重要美術品<br /><br />酒井抱一(さかいほういつ)は、姫路城主の孫として江戸に生まれました。暮らしの中で書画や俳諧(はいかい)、諸芸の才能を開花。花街でもその名を馳せていました。それが、諸事情により37歳で出家。抱一は、尾形光琳の作品に強烈に惹かれて絵師となったのです。模写のみならず、光琳百回忌をもプロデュース。遺作を調べ上げ、版画図版「光琳百図」を刊行しました。<br /><br />

    酒井抱一 「秋草 鶉図」重要美術品

    酒井抱一(さかいほういつ)は、姫路城主の孫として江戸に生まれました。暮らしの中で書画や俳諧(はいかい)、諸芸の才能を開花。花街でもその名を馳せていました。それが、諸事情により37歳で出家。抱一は、尾形光琳の作品に強烈に惹かれて絵師となったのです。模写のみならず、光琳百回忌をもプロデュース。遺作を調べ上げ、版画図版「光琳百図」を刊行しました。

  • 酒井抱一「夏秋草図屏風」重要文化財 二曲一双 紙本銀地着色 江戸時代・文政4(1821)年 <br />依頼を受けて憧れの光琳筆「風神雷神図」の裏に描いた渾身の作だそうです。<br />11代将軍徳川家斉(いえなり)の父・一橋治済(ひとつばしはるさだ)へ贈るため、生家の酒井家より注文を受けた作品は、なんと憧れの光琳作「風神雷神図屏風」の裏側でした。待望の機会を得た抱一は、地色に銀を用い、雷神の裏に雨に濡れた夏草、風神の裏に風になびく秋草を、光琳よりもリアルに描写。天空の神に対し地面の草花を選んだ点も含め、光琳への敬愛ぶりを数々の趣向に込めて表現し、みずからの画業の集大成としました。<br />

    酒井抱一「夏秋草図屏風」重要文化財 二曲一双 紙本銀地着色 江戸時代・文政4(1821)年
    依頼を受けて憧れの光琳筆「風神雷神図」の裏に描いた渾身の作だそうです。
    11代将軍徳川家斉(いえなり)の父・一橋治済(ひとつばしはるさだ)へ贈るため、生家の酒井家より注文を受けた作品は、なんと憧れの光琳作「風神雷神図屏風」の裏側でした。待望の機会を得た抱一は、地色に銀を用い、雷神の裏に雨に濡れた夏草、風神の裏に風になびく秋草を、光琳よりもリアルに描写。天空の神に対し地面の草花を選んだ点も含め、光琳への敬愛ぶりを数々の趣向に込めて表現し、みずからの画業の集大成としました。

  • 八橋図屏風 右隻    酒井抱一筆 重要文化財<br /><br />大胆な構図ときらびやかなデザインで人々を魅了し続けてきた琳派。現在も工芸品や団扇や和菓子など、様々なところで琳派の意匠は使われています。京の町をそぞろ歩きしながら土産物屋、老舗の室禮などから琳派の面影を探してみたいと思います。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />

    八橋図屏風 右隻 酒井抱一筆 重要文化財

    大胆な構図ときらびやかなデザインで人々を魅了し続けてきた琳派。現在も工芸品や団扇や和菓子など、様々なところで琳派の意匠は使われています。京の町をそぞろ歩きしながら土産物屋、老舗の室禮などから琳派の面影を探してみたいと思います。









  • 八橋図屏風 左隻  酒井抱一筆 重要文化財<br /><br />酒井抱一(さかいほういつ)は、姫路城主の孫として江戸に生まれました。暮らしの中で書画や俳諧(はいかい)、諸芸の才能を開花。花街でもその名を馳せていました。それが、諸事情により37歳で出家。抱一は、尾形光琳の作品に強烈に惹かれて絵師となったのです。<br /><br />

    八橋図屏風 左隻 酒井抱一筆 重要文化財

    酒井抱一(さかいほういつ)は、姫路城主の孫として江戸に生まれました。暮らしの中で書画や俳諧(はいかい)、諸芸の才能を開花。花街でもその名を馳せていました。それが、諸事情により37歳で出家。抱一は、尾形光琳の作品に強烈に惹かれて絵師となったのです。

  • 朝顔図 鈴木基一筆 2曲1双<br />迫力ある大画面に躍動する朝顔の蔓が伸びて行く様の生き物としての凄さに圧倒されます。其一は江戸琳派を開いた酒井抱一(1761~1828)の一番弟子です。抱一は、宗達、光琳による京都の琳派様式を、江戸の地でさらに写実的で洗練された画風に磨き上げ2双一対の妖しいまでの生命の漲りは不穏な幕末の鬱屈を思わせます。<br /> 抱一の没後、其一の作風は次第に師風を超え、「噲々(かいかい)」と号した30代後半からはダイナミックな構成や明快な色彩を特徴とする新たな様式を築きます。<br /><br />

    朝顔図 鈴木基一筆 2曲1双
    迫力ある大画面に躍動する朝顔の蔓が伸びて行く様の生き物としての凄さに圧倒されます。其一は江戸琳派を開いた酒井抱一(1761~1828)の一番弟子です。抱一は、宗達、光琳による京都の琳派様式を、江戸の地でさらに写実的で洗練された画風に磨き上げ2双一対の妖しいまでの生命の漲りは不穏な幕末の鬱屈を思わせます。
     抱一の没後、其一の作風は次第に師風を超え、「噲々(かいかい)」と号した30代後半からはダイナミックな構成や明快な色彩を特徴とする新たな様式を築きます。

  • 「群鶴図屏風」重要文化財   基一による光琳模写作品<br /><br />光琳に私淑し、江戸琳派を開いた酒井抱一(1761~1828)の一番弟子が其一です。抱一は、宗達、光琳による京都の琳派様式を、江戸の地でさらに写実的で洗練された画風に磨き上げました。<br /> 抱一の没後、其一の作風は次第に師風を超え、「噲々(かいかい)」と号した30代後半からはダイナミックな構成や明快な色彩を特徴とする新たな様式を築きます。さらに「菁々(せいせい)」と称した晩年にはより挑戦的で自由な作風を追及し、近代を先取りするような清新な作品も少なくありません。また其一は「描表装(かきびょうそう)」など趣向に富んだ作品を多く手掛け、クリエーターとして広く活躍しました

    「群鶴図屏風」重要文化財 基一による光琳模写作品

    光琳に私淑し、江戸琳派を開いた酒井抱一(1761~1828)の一番弟子が其一です。抱一は、宗達、光琳による京都の琳派様式を、江戸の地でさらに写実的で洗練された画風に磨き上げました。
     抱一の没後、其一の作風は次第に師風を超え、「噲々(かいかい)」と号した30代後半からはダイナミックな構成や明快な色彩を特徴とする新たな様式を築きます。さらに「菁々(せいせい)」と称した晩年にはより挑戦的で自由な作風を追及し、近代を先取りするような清新な作品も少なくありません。また其一は「描表装(かきびょうそう)」など趣向に富んだ作品を多く手掛け、クリエーターとして広く活躍しました

  • 鈴木其一筆 四季草花 重要美術品<br /><br />抱一亡き後工房から独立した基一は師匠を敬愛しつつも独自の画風を追求したようで、常に意表をつく企みが隠されていたと評されています。

    鈴木其一筆 四季草花 重要美術品

    抱一亡き後工房から独立した基一は師匠を敬愛しつつも独自の画風を追求したようで、常に意表をつく企みが隠されていたと評されています。

  • 琳派の題材は花木・草花などたくさんありますが、物語絵を中心とする人物画や鳥獣、山水、風月に若干の仏画を扱った作品もあります。<br />琳派は春秋草花図に見られるように背景に金銀箔を用いたり、大胆な構図、型紙のパターンを用いた繰り返し、たらしこみの技法などに特色が見られます。<br /><br />だからこそ琳派はヨーロッパの印象派や現代の日本画、デザインにも大きな影響を与えているのですね。

    琳派の題材は花木・草花などたくさんありますが、物語絵を中心とする人物画や鳥獣、山水、風月に若干の仏画を扱った作品もあります。
    琳派は春秋草花図に見られるように背景に金銀箔を用いたり、大胆な構図、型紙のパターンを用いた繰り返し、たらしこみの技法などに特色が見られます。

    だからこそ琳派はヨーロッパの印象派や現代の日本画、デザインにも大きな影響を与えているのですね。

  • 題材は花木・草花多いが、物語絵を中心とする人物画や鳥獣、山水、風月に若干の仏画を扱った作品もあります。<br />この他にも野々村仁清の陶芸など琳派は工芸でも国宝が目白押しで濃密な2時間あまりを過ごしました。

    題材は花木・草花多いが、物語絵を中心とする人物画や鳥獣、山水、風月に若干の仏画を扱った作品もあります。
    この他にも野々村仁清の陶芸など琳派は工芸でも国宝が目白押しで濃密な2時間あまりを過ごしました。

  • 琳派はヨーロッパの印象派や現代の日本画だけでなく私達が日常生活の中でふと手にしたくなるデザインの衣類、雑貨、暦、文房具をはじめ様々な場面で目にするデザインに生きており日本人の美意識にも大きな影響を与えてきていることを実感した展覧会でした。 <br />七条通りを西にあるき京都駅近辺のカフェで充実したアートの興奮を冷ましてから帰阪しました。<br />

    琳派はヨーロッパの印象派や現代の日本画だけでなく私達が日常生活の中でふと手にしたくなるデザインの衣類、雑貨、暦、文房具をはじめ様々な場面で目にするデザインに生きており日本人の美意識にも大きな影響を与えてきていることを実感した展覧会でした。
    七条通りを西にあるき京都駅近辺のカフェで充実したアートの興奮を冷ましてから帰阪しました。

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