2016/06/02 - 2016/06/02
3位(同エリア14件中)
ベームさん
6月2日、9日目。
ジルス・マリアからサン・モリッツに戻り鉄道とバスを乗り継いでミュスタイアに向かいました。
ミュスタイア:スイス最東部、イタリアと国境を接する人口800人ほどの小さな村。この村が有名になるのはそこにあるザンクト・ヨハン修道院が1983年に世界遺産に登録されてからです。ロマンシュ語が公用語ですがドイツ語も通じます。
St.ヨハン修道院は775年頃カール大帝により創設され、そのカロリング様式の建物の保存状態が極めて良いこと、聖堂内を埋め尽くした8世紀ころのフレスコ画、1200年頃のロマネスク様式のフレスコ画が世界遺産登録の要因となりました。
今も10人ほどの修道女が生活しています。
辺境の修道院の町ということで陰鬱な山間の風景を想像していましたが、天気が良いせいもあって明るくのびやかな風景が広がっていました。
写真はSt.ヨハン修道院。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 船
- 航空会社
- スイスインターナショナルエアラインズ
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
地図右端。⑪。
-
-
サン・モリッツ9:57のREに乗りミュスタイアに向かいました。
-
ツェルマット行グレッシャー・エクスプレス/氷河特急となっています。
-
私はこの車両には乗りません。これに乗るのには高い座席指定料を払わなければなりません。。
-
増結された普通車両に乗ります。でも景色は同じです。
-
車内はこの通り綺麗で、自由にどこにでも座れます。
-
サメーダン発10:13の普通列車に乗換え。。
-
車窓。
-
車内の次の駅を知らせる電光表示に「リクエスト・ストップ」というのが時々でます。要求があれば停まります、なければ通過します、ということだとは思う。
バスなどにある停車ボタンがどこかにあるのかと座席の周りを見回すが無い。気になるので乗降ドアの所かと見に行くがそれらしきものは無い。
座席に戻ろうと車室のドアを開けるとそこにありました。一番下のバツのボタン、求めにより停車、とあります。ドイツ語、英語、イタリア語、フランス語で表示されています。
日本のローカル線こういう仕組みがあるのかどうか、最近乗ったことが無いので分かりません。 -
今度はツェルネッツでバスに乗換えます。
-
ツェルネッツ駅。10:45着。
-
11:15発のポストバスに乗りました。1時間に1本しかありません。
ポストバスは初めは郵便物配達用でついでに人を乗せましたが、今は人を乗せるのが主でスイス中を走っています。 -
この通り、最前席は私の指定席みたいなものです。
-
ツェルネッツはスイス唯一の国立公園の入り口です。
-
バスは国立公園内を走ります。
-
-
サンタ・マリアの街を通り過ぎました。
バスの本数が多ければここに途中下車したいのですが。 -
目的地バス停クロストラ・ソン・ジョン/聖ヨハン修道院。
ツェルネッツから1時間ちょっと。
この一つ先はもうイタリアになります。 -
バス停の看板。
早速修道院のフレスコ画の絵です。 -
バス停周辺の風景。標高1200mほどです。
-
こういう広々とした風景は想像していませんでした。
-
この先はイタリア。
-
バス停の目の前にミュスタイアの修道院がありました。
-
これも山間の薄暗い灰色の修道院を想像していました。
-
世界遺産、ザンクト・ヨハン修道院/Kloater St. Johann。
1983年に登録されました。 -
780年頃、カロリング朝カール大帝の命によりクールの司教が建てたとされます。1167年以降ベネディクト会女子修道院となり今でも修道女たちが隠遁生活を送っています。
-
-
-
-
9世紀カロリング期のフレスコ画、その上を覆っていた1160年代以降の後期ロマネスク期のフレスコ画が保存されています。
-
修道院入口。
-
-
聖堂の前室。
-
前室のフレスコ画。
-
聖堂のなかに入りました。
-
入った途端押し寄せてくる重苦しい色彩に包まれました。
-
-
主祭壇。
-
-
堂内一面フレスコ画で覆われています。
-
-
-
-
私以外に一人だけ人がいました。
-
-
柱、壁、天井までびっしりと描かれています。
-
-
-
パイプオルガン。
-
-
-
身廊の天井。
-
-
色をぼかしたような古いフレスコ画のなかにこのような色鮮やかな祭壇は何か違和感がありました。
-
-
堂内が暗いのと壁画が薄れているので綺麗な写真が撮れません。
-
聖堂建設当時、800年頃のフレスコ画。
-
旧約、新約聖書から82の場面が描かれています。
-
-
-
-
絵葉書を借りてきます。少しは鮮明になります。
左後陣のフレスコ画。ペトロとパウロ。9世紀カロリング期。
12世紀のフレスコ画の下に隠れていました。 -
キリスト。
同上9世紀のもの。 -
ヘロデの饗宴、サロメの踊り、ヨハネの頭。
1200年頃。
9世紀のものと線描を用いた1200年頃のものとははっきり違いが分かります。 -
上:ペテロとパウロの殉教。
下:ステファヌスの石打の刑。
1200年頃。 -
ステファヌスの聖別。
1200年頃。 -
修道院の守護聖人洗礼者聖ヨハネと修道院の創設者カール大帝。1394年。
カール大帝は聖堂創設者として聖堂を両腕に抱えています。
これはフレスコ画ではなく古文書の一部です。 -
左:嘆きの聖母/ピエタ。
右:カール大帝像。 -
聖堂の隣の修道院博物館に行きました。
聖堂と修道院の遺物が納められています。 -
-
絵葉書にもある9世紀のキリストのフレスコ画。
-
絵葉書で示した洗礼者聖ヨハネとカール大帝、その古文書。
-
カール大帝が持っていた皇帝の印、十字架の付いた宝珠。
-
8世紀ころの骨で作られた笛。
羊か山羊の骨です。 -
9世紀のフレスコ画。
-
同。
-
同。
-
同。
-
ペテロとパウロ。
-
展示の状況。
-
-
ピエタ。14世紀後半。
なんとなくユーモラスです。 -
板絵、受胎告知。1520年頃。
-
マリアの帰郷、エリーザベトとの再会。1520年頃。
-
これは恐ろしい。
-
-
-
博物館からの眺め。
-
山の向うはもうイタリアです。
-
墓地。
-
プランタの塔。
司教の住居と防塞を兼ねて960年頃建設されたヨーロッパで最も古い要塞塔の一つ。
修道女の居住部分になっています。 -
修道女たちの居住部分。
現在も何人かのベネディクト派の修道女が修道院生活を送っているそうです。 -
修道女たちの個室です。見物用のモデルルームだと思います。
-
-
転げ落ちる心配のない寝台。
-
廊下の左右に個室が並んでいます。
-
食堂の壁に架けられたキリスト磔刑像。
チロルの彫刻家の作。 -
-
厨房。
-
聖堂と博物館に堪能しました。
-
中庭の入り口。
-
-
修道院の中庭。
-
ミュスタイアの街なかに行きます。修道院から村の中を東西に1本の街道が走っています・
-
-
壁に彫られた文様はスグラフィットという技法で造られたものと思われます。
スグラフィットはエンガディン地方でよく見られます。 -
-
村一番のホテル、ミュンスターホーフ。
-
スイスの田舎、とにかく何処へ行っても人を見かけません。
-
-
-
スグラフィットの彫刻。
-
2006年改修。まだ新しいです。
-
-
-
街並み。
-
-
-
街道から路地を抜けるとこんな素晴らしい風景が広がっていました。修道院方面。
-
-
-
-
-
木彫り師の家。
人が居たと思ったら違いました。 -
ミュスタイア・ポスト。
ここら辺りが村の中心です。 -
このレストランで昼食。レストラン・バルクーン。
-
-
バス停ミュスタイア・ポスタ。左の屋根の下はスーパーマーケット。
やあ、買い物に来た人がいました。 -
バスは1時間に1本しかありません。
14:31のに乗りました。 -
行きも帰りも最前列。
-
帰りもツェルネッツで鉄道に乗換え。サン・モリッツ着17:09。
今日午前のジルス・マリアは曇りでしたがミュスタイアでは好天に恵まれ気持ちの良い時を過ごしました。 -
夜のテレビは相変わらず水害のニュース。
-
-
洪水はフランスにも及んだようです。
-
パリ。セーヌ河の水が溢れています。
2泊したサン・モリッツは今日で終わり、明日はベルニナ線でティラーノへ、さらにバスでルガーノに行きます。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (2)
-
- wiz さん 2017/09/01 21:56:31
- Loing
- ベームさん、ふたたびこんばんは~。
(先ほど、モレの旅行記で、去年の大雨の被害のことを書きましたが・・)
去年の旅行記・・ このミュスタイアは興味があって拝見していたようで「いいね済」になっていたのですが・・ 最後の方の写真に、フランスの水害のニュース、TVニュース画像にLoing(ロワン)と映っていましたね・・。 たしか6月1日頃モレ・シュル・ロワンあたりのロワン川の水位が上がってきて、その後TVニュース画像にもあるヌムールの方に被害が移動、その後パリのセーヌ川の水位もだいぶあがったと記憶しています。。
- ベームさん からの返信 2017/09/02 11:07:07
- RE: Loing
- wizさん、bonjour。
色々情報有難うございます。
去年のミュスタイアの旅行記見直してみると、確かにLoingって出ていますね。その時は翌年ここに来るなんて思ってもいなかったので、ああフランスも水害か程度の認識しかありませんでした。私が写真を撮ったあのロワン川の岸辺も水に覆われていたのですね。今思いだしても水害を思わせる痕跡は全くなかったと思います。
wizさんのモレ・シュル・ロワン訪問は天気がよくなくロワン川の岸には降りられなかったそうで心残りでしょうね。モレ・ヴニュー・レ・サブロンからの道、私は駅員に訊いてホームを真っすぐに行けと云われ結果オーライでした。もし駅正面から出ていたらwizさんと同じフォンテーヌブロー大通りを行っていたかもしれません。
wizさんのロマネスクや印象派の芸術に傾倒される意気込みに圧倒されます。2006年頃からの旅行記ゆっくり拝見していきたいと思います。
私の旅行記もあと1回で終わりです。今後ともよろしくお願い申し上げます。
ベーム
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
2
136