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金もなく、車ではガソリン代がかかるので、バイク出撃なのだが雨が続き、ほぼ1か月作戦行動がとれず。ようやく梅雨の間隙をついて出撃する。<br /> 当日の状況は曇り。紫陽花の美しい岩船寺に行く。もともとこの地方当尾というのは、石仏が有名で秋から冬に行こうと思っていた。寒い季節なら雑草がなく石仏の写真が撮れると思っていたが、背に腹は代えられず出撃する。<br />日曜出撃なので阪奈道路(下道)をゆく。阪奈道路は、日祝日の深夜は、暴走族対策でバイク通行不可という殺生な道路である。7時以降しか通行はできない。<br />朝7時前に起き、とろとろ出撃する。日曜はガソリンスタンドが少ないので早めの給油となる。阪奈の登り口でガソリンを入れる。<br /><br />さて妄想へ 著者注)<br />本紀行は、写真撮影記に私の妄想が入り、過去の人物などが出る事があります。入江:入江泰吉 土門:土門拳 佐藤:佐藤義清 楠木:楠木正成<br /> ぼろバイクでとろとろ高度を上げてゆく。まるで太平洋戦争でB29を迎撃する戦闘機のようである。(当時日本のターボ技術は低く、高々度を飛ぶB29に達するまで戦闘機は、息絶え絶えになりながら上昇した)<br />左手に大阪平野が見える。かつて物部が支配していたこの地を通過し、バイクはようやく生駒頂上に差し掛かる。<br /> 心なしか温度が低いし雲もかかっている。優秀な読者ならもうお分かりであろう。私も「出てくるな」と思い、アクセルを入れ加速する。突然前の10mほどの高さの木立の上から、痩身の男が笑いながら体操の選手のように、一回転しながら飛び降りてくる。ストンとバイクのキャリアの上に降り立つ。<br /> 私はあまりの意表を突いた出現にパニックになる。<br />私「入江先生、キャリアには撮影機材が載っています!!」<br />入江「神のような私が踏んでも撮影機材は壊れんよ!!」<br />キャリア(荷台)に立ち、私のヘルメットをつかみ立っている姿は想像を絶するのである。<br />入江「ひさびさだな!!前回の能の撮影は、私はチョイ役だったので今回は主役を張らせてもらおう。ハッハッハッ」<br />まさにシュールな朝になってきた。<br />そのまま、富雄、平城京を越え奈良市中心部に入る。<br />当初考えた円城寺へ行く道のまま行く。<br />分岐点にでる。<br />私「先生どちらのほうに」<br />入江「右だ。奈良に入江のわからぬところはない」<br />しばらく走る・・・・<br />私「先生 柳生の看板が出ていますよ」<br />入江「・・・・・・・迷ったようだ」<br />道を戻り、山中に入ってゆく。<br />ようやく岩船寺へ<br />入江「開発が進んでわからなくなったようだ」<br />無料駐車場はなく、地元の連中がやっている1日1000円など大阪の中心地もびっくりの値段が並ぶ。<br />まあバイクなので無料だ<br /><br />岩船寺 <br />所在地<br />京都府木津川市加茂町岩船上ノ門43 <br />岩船寺(がんせんじ)は京都府木津川市加茂町にある真言律宗の寺院である。山号は高雄山(こうゆうざん)。院号は報恩院。本尊は阿弥陀如来。開基(創立者)は行基と伝える。アジサイの名所として知られ「アジサイ寺」とも呼ばれる。<br /><br />歴史<br />岩船寺は京都府の南端、奈良県境に近い当尾(とうの)の里に位置する。この地区は行政的には京都府に属するが、地理的には奈良に近く、文化的にも南都の影響が強い。近くには九体阿弥陀仏で知られる浄瑠璃寺がある。岩船寺、浄瑠璃寺付近には当尾石仏群と称される鎌倉時代を中心とした石仏や石塔が多数残り、その中には鎌倉時代の銘記を有するものも多い。当地は中世には、南都(奈良)の寺院の世俗化を厭う僧たちの修行の場となっていた。<br /><br />岩船寺の創建事情は明らかでないが、行基による創立を伝え、前身寺院は現在地の南方の鳴川(現・奈良市東鳴川町)にあったという。近世の縁起によれば、岩船寺は奈良時代、聖武天皇の発願により行基が鳴川の地に建立した阿弥陀堂がその前身であるという。創建年次については天平元年(729年)とも天平勝宝元年(749年)ともいう。鳴川にはその後空海(弘法大師)が善根寺(鳴河寺)を建立。空海の甥であり弟子でもあった智泉が、嵯峨天皇の皇子誕生を祈願して、善根寺の東禅院灌頂堂に報恩院を建立したという。その報恩院を弘安2年(1279年)に現在地に移し、同8年(1285年)に落慶供養を行ったのが岩船寺であるという。以上の伝承はそのまま史実とは考えがたいが、『弘法大師弟子伝』(貞享元年・1684年成立)には、大同年間(806 - 810年)、嵯峨天皇の皇后橘嘉智子が皇子の誕生を祈願して報恩院を建立し、智泉が呪願(願文を読む僧)を務めたとある。<br /><br />岩船寺本尊阿弥陀如来坐像の像内には天慶9年(946年)の銘があるが、この像が当初から岩船寺の本尊であったという確証はない。「岩船寺」の寺号の存在を示す最も古い記録は、寺の西方にある岩船不動明王磨崖仏(通称一願不動)の銘記で、そこには弘安10年(1287年)の年記とともに「於岩船寺僧」の文字がみえる。この年号は、上記寺伝にいう岩船寺落慶供養の年(弘安8年・1285年)に近く、鳴川にあった「報恩院」がこの頃現在地に移った可能性を示唆している。<br /><br />現存する三重塔は室町時代の嘉吉2年(1442年)の建立である。江戸時代には浄瑠璃寺と同様、興福寺の末寺であった。<br /><br />建築物<br />本堂 - 昭和63年(1988年)に再建された建物で、平安時代の阿弥陀如来坐像が安置されている。<br />三重塔(重要文化財) - 室町時代の嘉吉2年(1442年)に建立された三重塔で、初重の内部には来迎柱を立て、須弥壇と来迎壁を設ける。<br />十三重石塔(重要文化財) - 13個の笠石を積み重ねた高さ6.3mの十三重塔。鎌倉時代。<br />五輪塔(重要文化財) - 鎌倉時代<br />石室(重要文化財) - 花崗岩製。奥壁には不動明王像を刻み、手前左右に2本の角柱を立て、これらで寄棟屋根を支える。応長2年(1312年)の銘がある。<br /><br />なお、境内の裏山には白山神社と春日神社の社殿が並んで建ち、向かって左の白山神社本殿は重要文化財である(室町時代建立)。<br />

紫陽花の極楽浄土 京都 木津川市 岩船寺 (京奈良方面 その1)

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2016/06/26 - 2016/06/26

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bakaneko

bakanekoさん

金もなく、車ではガソリン代がかかるので、バイク出撃なのだが雨が続き、ほぼ1か月作戦行動がとれず。ようやく梅雨の間隙をついて出撃する。
 当日の状況は曇り。紫陽花の美しい岩船寺に行く。もともとこの地方当尾というのは、石仏が有名で秋から冬に行こうと思っていた。寒い季節なら雑草がなく石仏の写真が撮れると思っていたが、背に腹は代えられず出撃する。
日曜出撃なので阪奈道路(下道)をゆく。阪奈道路は、日祝日の深夜は、暴走族対策でバイク通行不可という殺生な道路である。7時以降しか通行はできない。
朝7時前に起き、とろとろ出撃する。日曜はガソリンスタンドが少ないので早めの給油となる。阪奈の登り口でガソリンを入れる。

さて妄想へ 著者注)
本紀行は、写真撮影記に私の妄想が入り、過去の人物などが出る事があります。入江:入江泰吉 土門:土門拳 佐藤:佐藤義清 楠木:楠木正成
 ぼろバイクでとろとろ高度を上げてゆく。まるで太平洋戦争でB29を迎撃する戦闘機のようである。(当時日本のターボ技術は低く、高々度を飛ぶB29に達するまで戦闘機は、息絶え絶えになりながら上昇した)
左手に大阪平野が見える。かつて物部が支配していたこの地を通過し、バイクはようやく生駒頂上に差し掛かる。
 心なしか温度が低いし雲もかかっている。優秀な読者ならもうお分かりであろう。私も「出てくるな」と思い、アクセルを入れ加速する。突然前の10mほどの高さの木立の上から、痩身の男が笑いながら体操の選手のように、一回転しながら飛び降りてくる。ストンとバイクのキャリアの上に降り立つ。
 私はあまりの意表を突いた出現にパニックになる。
私「入江先生、キャリアには撮影機材が載っています!!」
入江「神のような私が踏んでも撮影機材は壊れんよ!!」
キャリア(荷台)に立ち、私のヘルメットをつかみ立っている姿は想像を絶するのである。
入江「ひさびさだな!!前回の能の撮影は、私はチョイ役だったので今回は主役を張らせてもらおう。ハッハッハッ」
まさにシュールな朝になってきた。
そのまま、富雄、平城京を越え奈良市中心部に入る。
当初考えた円城寺へ行く道のまま行く。
分岐点にでる。
私「先生どちらのほうに」
入江「右だ。奈良に入江のわからぬところはない」
しばらく走る・・・・
私「先生 柳生の看板が出ていますよ」
入江「・・・・・・・迷ったようだ」
道を戻り、山中に入ってゆく。
ようやく岩船寺へ
入江「開発が進んでわからなくなったようだ」
無料駐車場はなく、地元の連中がやっている1日1000円など大阪の中心地もびっくりの値段が並ぶ。
まあバイクなので無料だ

岩船寺 
所在地
京都府木津川市加茂町岩船上ノ門43
岩船寺(がんせんじ)は京都府木津川市加茂町にある真言律宗の寺院である。山号は高雄山(こうゆうざん)。院号は報恩院。本尊は阿弥陀如来。開基(創立者)は行基と伝える。アジサイの名所として知られ「アジサイ寺」とも呼ばれる。

歴史
岩船寺は京都府の南端、奈良県境に近い当尾(とうの)の里に位置する。この地区は行政的には京都府に属するが、地理的には奈良に近く、文化的にも南都の影響が強い。近くには九体阿弥陀仏で知られる浄瑠璃寺がある。岩船寺、浄瑠璃寺付近には当尾石仏群と称される鎌倉時代を中心とした石仏や石塔が多数残り、その中には鎌倉時代の銘記を有するものも多い。当地は中世には、南都(奈良)の寺院の世俗化を厭う僧たちの修行の場となっていた。

岩船寺の創建事情は明らかでないが、行基による創立を伝え、前身寺院は現在地の南方の鳴川(現・奈良市東鳴川町)にあったという。近世の縁起によれば、岩船寺は奈良時代、聖武天皇の発願により行基が鳴川の地に建立した阿弥陀堂がその前身であるという。創建年次については天平元年(729年)とも天平勝宝元年(749年)ともいう。鳴川にはその後空海(弘法大師)が善根寺(鳴河寺)を建立。空海の甥であり弟子でもあった智泉が、嵯峨天皇の皇子誕生を祈願して、善根寺の東禅院灌頂堂に報恩院を建立したという。その報恩院を弘安2年(1279年)に現在地に移し、同8年(1285年)に落慶供養を行ったのが岩船寺であるという。以上の伝承はそのまま史実とは考えがたいが、『弘法大師弟子伝』(貞享元年・1684年成立)には、大同年間(806 - 810年)、嵯峨天皇の皇后橘嘉智子が皇子の誕生を祈願して報恩院を建立し、智泉が呪願(願文を読む僧)を務めたとある。

岩船寺本尊阿弥陀如来坐像の像内には天慶9年(946年)の銘があるが、この像が当初から岩船寺の本尊であったという確証はない。「岩船寺」の寺号の存在を示す最も古い記録は、寺の西方にある岩船不動明王磨崖仏(通称一願不動)の銘記で、そこには弘安10年(1287年)の年記とともに「於岩船寺僧」の文字がみえる。この年号は、上記寺伝にいう岩船寺落慶供養の年(弘安8年・1285年)に近く、鳴川にあった「報恩院」がこの頃現在地に移った可能性を示唆している。

現存する三重塔は室町時代の嘉吉2年(1442年)の建立である。江戸時代には浄瑠璃寺と同様、興福寺の末寺であった。

建築物
本堂 - 昭和63年(1988年)に再建された建物で、平安時代の阿弥陀如来坐像が安置されている。
三重塔(重要文化財) - 室町時代の嘉吉2年(1442年)に建立された三重塔で、初重の内部には来迎柱を立て、須弥壇と来迎壁を設ける。
十三重石塔(重要文化財) - 13個の笠石を積み重ねた高さ6.3mの十三重塔。鎌倉時代。
五輪塔(重要文化財) - 鎌倉時代
石室(重要文化財) - 花崗岩製。奥壁には不動明王像を刻み、手前左右に2本の角柱を立て、これらで寄棟屋根を支える。応長2年(1312年)の銘がある。

なお、境内の裏山には白山神社と春日神社の社殿が並んで建ち、向かって左の白山神社本殿は重要文化財である(室町時代建立)。

旅行の満足度
4.5
  • 岩船寺そばの摂社春日神社のアジサイ

    岩船寺そばの摂社春日神社のアジサイ

  • 9時開門で9時半現地到着。<br />私としたことが・・・<br />入江「早く家を出ることだ・・・・・」

    9時開門で9時半現地到着。
    私としたことが・・・
    入江「早く家を出ることだ・・・・・」

  • もう三脚を持ったじじばばがいっぱい。動かん・・・・<br />思わず「みんなくたばってしまえ・・」

    もう三脚を持ったじじばばがいっぱい。動かん・・・・
    思わず「みんなくたばってしまえ・・」

  • 年寄りは、三脚を使えば何分でも時間を過ごします。<br />しかしアジサイは見事なもの。

    年寄りは、三脚を使えば何分でも時間を過ごします。
    しかしアジサイは見事なもの。

  • 三重塔を入れて

    三重塔を入れて

  • 秋も美しいそうです。

    秋も美しいそうです。

  • 入江「同じアングルが続くな」

    入江「同じアングルが続くな」

  • しかし、人ごみがあってもこの美しさは消えません。<br />先日、テレビの撮影があったようでこれで人が増えたのでしょう。

    しかし、人ごみがあってもこの美しさは消えません。
    先日、テレビの撮影があったようでこれで人が増えたのでしょう。

  • 山門より

    山門より

  • 睡蓮も蓮も葉は円形です。でもよく見るとちょっとちがいます。睡蓮は基本的に葉に切り込みが入りますが、蓮には入りません。

    睡蓮も蓮も葉は円形です。でもよく見るとちょっとちがいます。睡蓮は基本的に葉に切り込みが入りますが、蓮には入りません。

  • 写り込み

    写り込み

  • 入江「なかなかいい感じだ」<br />私「先生 ガメて家に持って帰ったらだめですよ」<br />入江「ばかもの」

    入江「なかなかいい感じだ」
    私「先生 ガメて家に持って帰ったらだめですよ」
    入江「ばかもの」

  • 入江「これを大阪に持っていけばどうかね」<br />私「トラックいりまっせ」<br />

    入江「これを大阪に持っていけばどうかね」
    私「トラックいりまっせ」

  • 本堂を入れた

    本堂を入れた

  • ここでも人はウジャウジャ<br />入江「邪魔だどけい」<br />私「ジキルとハイドとはこのことよ」

    ここでも人はウジャウジャ
    入江「邪魔だどけい」
    私「ジキルとハイドとはこのことよ」

  • 本堂内部より

    本堂内部より

  • ここからは、50−500の50を使ってみました

    ここからは、50−500の50を使ってみました

  • いがいにシグマの50−500は使いよい。<br />入江「邪道だよ」

    いがいにシグマの50−500は使いよい。
    入江「邪道だよ」

  • ええ風景です

    ええ風景です

  • 屋根の上ににも風情があります

    屋根の上ににも風情があります

  • 山門まで戻りました。<br />入江「人がいっぱいだなあ。移動だ」<br />私「先生 どこに」<br />入江「浄瑠璃寺だ」

    山門まで戻りました。
    入江「人がいっぱいだなあ。移動だ」
    私「先生 どこに」
    入江「浄瑠璃寺だ」

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