2016/04/28 - 2016/05/05
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八福神さん
7年ぶりのイタリアです。アマルフィからミラノまでを1週間強で移動するタイトなスケジュールでした。
2016年4月28日にミラノに到着
29日 ミラノ→ナポリ空港(イージージェット)→ナポリ中央駅(プルマン)→サレルノ(トレニタリア)→アマルフィ海岸(アマルフィ→ラヴェッロ→ポジターノ)@ポジターノで宿泊しました。
4月30日 ポジターノ→サレルノ(ジェットフォイル)→ナポリ(トレニタリア)、ナポリを観光しました。ナポリ→ローマ(トレニタリア)@テルミニ駅近くで宿泊しました。
5月1日 ローマ近郊のチボリ(エステ荘・ヴィッラ・アドリアーノ)を観光、ローマ→フィレンツェ(トレニタリア)@フィレンツェで宿泊しました。
5月2日 シエナ、サンジミニャーノを観光し@ヴェネツィアで宿泊しました。
5月3日 ヴェネツィアを観光し@ミラノで宿泊しました。
5月4日 午前中に『最後の晩餐』を見て、午後の飛行機で日本に帰国(翌5日到着)です。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 家族旅行
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 観光バス 徒歩 飛行機
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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4月28日
午後6時30分にミラノ・マルペンサ空港に到着、次の日は、朝早くに飛行機でナポリに移動するため、空港近くのホテルに宿泊することにしています。ターミナル間をつなぐシャトルバスに乗って、空港近くのホテルで宿泊です。
4月29日
午前8時30分発のミラノからイージージェットでナポリに移動です。乗務員は結構見た目が派手だったこと、到着の際に乗客のほとんどみんながパイロットの操縦を讃えてパチパチと拍手したり、ブラボーしたり、”南イタリアは陽気だな〜”という感じです。
ナポリ空港からバスでナポリ中央駅へ。ナポリ中央駅の前は工事をしているためか、停留所はナポリ中央駅の目の前ではなく、数百メーター前にあり、乗り過ごしてしまいました。車掌にナポリ中央駅に行くかを確認していたので、気を効かせて教えてくれるのでは、という甘えた気持ちもあったのです・・・。ナポリでは日本人の甘えの感覚は通用しません。バスは巡回しており、ナポリ港の次はまたナポリ中央駅なので、そのまま乗って、ナポリ中央駅に到着しました。空港でちょうど来たバスに乗れたのですが、乗り遅れてしまったので、結局、予定通りの時間になりました。
ナポリ中央駅からトレニタリアでサレルノに移動しました。トレニタリアの自動券売機では"Be aware of pickpockets. In case of needs, ask only Trenitalia staffs for more information.(スリに注意。必要ならトレニタリアのスタッフにだけ問い合わせてください(トレニタリアのスタッフ以外の人には聞かないようにしてね。))"というアナウンスが流れます。実際、ナポリではスリらしき人が近くに来て、親切そうに話しかけてきたので、スリが本当に多いのだろうなあと思いました。日本でこんなアナウンスをしたら、相当違和感があります。こんなアナウンスを必要としない日本はイタリアよりもスリが少ないと言っていいと思います。
列車がサレルノ駅らしきところで停まったのですが、車両の扉が開かないらしく、乗客が降りません。「サレルノ駅に到着したみたいのに、なかなか扉が開かないな〜。」と思っていると、掃除の係員が隣の車両から移動してきました。乗客みんな「あれっ、降りれるの?」って感じで、進行方向側の隣の車両に移動して列車を降りました。列車の長さの方がプラットホームの長さより長く、乗っていた車両は、プラットホームよりも後ろになっていて、扉の前にプラットホームがないために扉の前にいる人にとっては到着していないように見えていたのでした。5分くらいロスした感じです。プラットホームの長さが列車の長さに足りていないなんてあり得るの!? またもや日本の感覚との違いにビックリさせられました。
サレルノ駅前からプルマンに乗ってアマルフィへ。プルマンの停留所はサレルノ駅の南側出口のロータリーのところにあります。駅を出るとすぐにプルマンが来てしまいました。停留所のすぐ近くのタバッキでチケットを売っているようでしたが、このプルマンを逃すと次のプルマンまでかなり時間があるのがわかっていたので、「来たプルマンの中でチケットを買えるだろう、買えなくても罰金を払ってもいい」とエイヤッの気持ちで、タバッキでチケットを買わずにプルマンに乗りました。プルマンには車掌がおらず、プルマンの運転手もチケットを持っておらず、無賃乗車で強行してしまいました。プルマンの運転手にチケットを売ってくれと頼むと、両腕を抱えて腕をおでこにつけた(学校の授業で生徒が机に頭をつけて寝ているような)ジェスチャーで「俺はチケットを持っていない。」と教えてくれました。「チケットがないんだから降りろ。」とは言われませんでした。外国人だから見逃してくれたのでしょうか。運転手には運転する権限しかなく、乗客がチケットを持っているかどうかを確認する権限がないのかもしれません。
プルマンの中は東京の通勤時間帯の満員電車並みの込み具合で、まだ12時過ぎだというのに、中学生くらいの生徒が多く乗っていました。その中の一人に「次は、アマルフィ?」と聞いたら、「知らない。」とのこと。嫌われているわけではないだろうから、本当のことを言っているのでしょう。とすると、プルマンに乗っている生徒は通学ではないようです。観光だったのでしょうか。
アマルフィからプルマンでラヴェッロに移動し、観光しました。
写真は、プルマンの停留所から少し歩いたところにあるドゥオーモです。ドゥオーモ ラヴェッロ 寺院・教会
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ラヴェッロからアマルフィまでプルマンで移動しました。
プルマンが時刻表の予定から数十分遅れて到着したことから、満員状態でした。
プルマンの窓から道路を見ると、自動車がすれ違うのにギリギリの幅しかなく、下手に動くとぶつかるのでスピードを出せない状態で、時刻表通りにプルマンを運行できないのもムリはないなと思いました。
アマルフィの観光案内所で荷物を預かってくれるような記載がガイドブックにあったのですが、実際は断られてしまいました。大きな荷物を持ちながらの移動することになってしまい、ちょっと気持ちが荷物に行ってしまって残念ではありました。アマルフィ ドゥオーモ 寺院・教会
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アマルフィからポジターノへプルマンで移動しました。このプルマンも満員状態でした。
下車後、徒歩でホテルまで移動したのですが、地図で見るよりも道が長く、かつ高低差がかなりあるので、スーツケースを持って移動するのは大変でした。巡回バスに乗ればよかったとちょっと思いました。ポジターノ 散歩・街歩き
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宿泊したイル・ガッビアーノの近くのガブリーザというレストランで夕食です。
若いイタリア人は、赤ワインはあまり飲まない、レモンチェッロというアルコールを飲むと聞いていたので、アルコールは飲まない私ですが、一度飲んでみようと思いました。
レモン果汁とジンがミックスされたものらしく、ジュースっぽく感じますが、意外とアルコールは強い印象です。
レモンチェッロを食前酒として注文しましたが、食後に飲むことが一般的のようです。ポジターノ 散歩・街歩き
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中身をくり抜いたグレープフルーツの中にリゾットが詰め込まれています。オシャレに仕上がっています。
ポジターノ 散歩・街歩き
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4月30日
ポジターノはアマルフィよりも静かです。
早朝は鳥の声で目が覚めます。耳を澄ますと外でザーッという穏やかな波の音が聞こえます。
しばらく時間が経つと鳥の声が大きくなり、自動車のエンジン音で波の音が聞こえなくなりました。
早朝は、空と海の境界がわからないくらいにそれぞれの色が近く、時間が経つと海の色の青さが強くなって海の色と空の色のコントラストがはっきりしてきます。ポジターノ 散歩・街歩き
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朝10時発のジェットフォイルでサレルノまで移動します。
もう1泊したかった!
(フェリーの時刻表)
http://www.travelmar.it/en/hoursポジターノ 散歩・街歩き
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ジェットフォイルがポジターノを出発したところです。
ポジターノ 散歩・街歩き
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ジェットフォイルがアマルフィに到着します。
ジェットフォイルからの景色はとてもきれいで、乗客も写真を撮っています。
海からの風があり外のデッキに出ると涼しく、乗客が多すぎて座れないということもありません。5月の時期にプルマンとジェットフォイルの両方で移動した経験から言って、満員状態(プルマンの窓からの眺めはいいのですが、満員状態だとあまり見ることができない)のプルマンで移動するよりジェットフォイルで移動する方が利点が多いように感じます。アマルフィ 散歩・街歩き
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サレルノのジェットフォイルの乗り場からトレタニアの駅までは徒歩5分ほどです。サレルノからナポリまで列車で移動し、ナポリ駅構内の荷物預かりで荷物を預けて、ナポリの旧市街を観光しました。
写真に写っている店は、ソルビッロという名前のピッツェリアです。入り口に人だかりができています。入り口にいる女性にあらかじめ名前を告げておくと、順番になったら名前を呼んで教えてくれます。30分くらい待ちました。スパッカ ナポリ 旧市街・古い町並み
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シンプルなマルゲリータ。10ユーロもしませんでした。店の中に窯があってカウンター越しに見ることができます。
パン生地の外側はフワフワしていて、香ばしい。チーズとバジルが効いていておいしかったです。
ナポリの旧市街やナポリ中央駅の近くは、人がいっぱいで、掃除が行き届いておらず、騒々しいところでした。ナポリで宿泊してゆっくりしたいとはあまり思いません。
食事の後は、ナポリ中央駅からローマ・テルミニ駅までトレニタリアで移動しました。スパッカ ナポリ 旧市街・古い町並み
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ローマテルミニ駅から15分ほどバス(多分、916番だったと思いますが記憶が定かでないです)に乗るとオーディトリアムが見えてきます。関西国際空港の設計で日本でも名の高いレンゾ・ピアノ氏です。コンサート会場内は、楕円形で宇宙船の中にいるような形になっていて、かっこいいです。
今夜は、オーディトリアムでコンサートです。
開演は午後6時から、休憩なしで1時間30分のそれほど長くないコンサートでした。
どの曲も私の好きな文学や映画に関係する演目で、ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番はライブでは聴いたことがなかったのと、聖チェチーリア音楽院管弦楽団の生の演奏をぜひ聴いてみたいと思い、日本で事前にインターネット(classictic)で予約していました。建物の入り口に入ってすぐのカウンターでチケットを受け取り、コンサート会場に入場しました。インターネットが普及して、海外のコンサートを日本で予約できるようになり、前回にイタリアを旅行した7年前とは隔世の感があります。
指揮:ユライ・ヴァルチュハ
ピアノ:フェデリコ・コッリ
(前半)
ヤナーチェック:シンフォニエッタ
グラズノフ:カンタータ・フォー・プーシキン
(後半)
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番
(アンコール)
ヘンデル:私を泣かせてください
J.S.バッハ:主よ、人の望みの喜びよ
ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番は大変高い技術と気力を要求される曲ですが、それだけでなく、この曲がロシア特有の土臭さと情感にあふれていることに気づかされました。オーケストラの演奏は結構抑えているなという印象でしたが、やっぱり迫力がありました。若いピアニストが真摯に曲と向き合い、世界屈指の実力を誇る聖チェチーリア音楽院管弦楽団と臆することなく渡り合っているのを見て、その度胸と勇気に感動しました。
ラフマニノフのピアノ協奏曲で高ぶった精神を自ら落ち着かせたいと思ったのでしょうか、アンコールはヘンデルとバッハのゆったりした曲で、瞑想しているの?と思わせるような演奏でした。もしかすると、ヘンデルの私を泣かせてくださいを選んだのは、泣きたくなるほど練習したからかもしれません。オーディトリアム音楽公園 劇場・ホール・ショー
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コンサートの後は、バスでテルミニ駅付近に戻ってきました。
イーターリー・ローマ・リパブリカで食事です。
イーターリーでは、イタリアの食材をお土産として買うことができます。インスタントのリゾットを買って帰国後に作りました。現地で食べたリゾットと同じとは言えないけれどかなり近いものができます。イタリアの記憶を思い出せたり、イタリアの本場のリゾットを紹介できたりと、よいお土産になりました。 -
5月1日
この日は、チヴォリ(ヴィラ・デステとヴィラ・アドリアーノ)を観光しました。
ローマ・テルミニ駅から地下鉄でポンテ・マンモーロへ行って、駅前のバス停からバスでヴィッラ・デステまで移動しました。地下鉄は途中から地上に出て、下車するホームは2階にあるのですが、バスのチケットは、駅の1階にあるカフェで買えます。
バス停は、バスが山を登り始めてしばらくすると車線が広くなるところ付近にあります。行きは乗り過ごして、降りたバス停から15分くらい歩くこと羽目になりました。
バスの運転手にチボリ行かどうか聞いていたのですが、チボリはかなり広い範囲を指すので、ヴィラ・デステで降りたいという意向がうまく伝わっていなかったようです。
5月1日はメーデーで、ヴィラ・デステとヴィラ・アドリアーノはいずれも無料で入場することができました。ヴィッラ デステ (エステ家の別荘) 建造物
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バーンという音がしたので、音の方を見てみると、煙が上がっていました。メーデーを祝うための爆竹の煙だと思います。
ヴィッラ デステ (エステ家の別荘) 建造物
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ヴィッラ・デステからヴィッラ・アドリアーナまでプルマンと徒歩(バス停から15分強)で移動します。
ヴィッラ・アドリアーナは、ハドリアヌス帝が各地を旅した記憶をもとに作ったという壮大な別荘です。完成した当時から時間を経た今でもこの地でハドリアヌス帝の思索は生き続けているように思います。ヴィッラ アドリアーナ (ハドリアヌスの別荘) 史跡・遺跡
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ヴィッラ・アドリアーノから15分くらい歩いてバス停に向かい、プルマンと地下鉄でローマ・テルミニ駅へ。
ヴィッラ アドリアーナ (ハドリアヌスの別荘) 史跡・遺跡
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ローマ・テルミニ駅近くのパスタリート・ピッツァリートで昼食です。
この日は、2時過ぎのトレニタリアでスペッロに行ってアッシジで宿泊する予定だったのですが、なんと数分で乗り過ごしてしまいました。”が〜ん!”です。しかし、時すでに遅し。出発まであと数分あったのですが、チケットは買えないようになっていたのです。
そこで、スペッロ・アッシジに行くのは次の機会にすることにして、フィレンツェに行くことにしました。テルミニ駅 駅
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フィレンツェからプルマンでシエナに行こうとしたところ、バスターミナルでいくら待っても空港行以外のプルマンが全く来ないのでおかしいなと思っていたところ、現地中国人が、「プルマン、没有(メイヨー)(プルマンは、ない)。ショーペロ(ストライキ)」と教えてくれました。メイデーでバスの運行を全面的に休止していたようです。いかにも貧しそうな地方出身と思われる中国人で、イタリアのトスカーナ地方には、中国人のコミュニティがあるらしいのですが、本当だなと思いました。
この日にシエナに行くことはあきらめて、フィレンツェで宿を探して宿泊しました。
ジェラテリア「ヴィヴォリ」でジェラートを食べました。口の中で色んな味が調和して、とってもおいしいです。ヴィーヴォリ スイーツ
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5月2日
前日が祝日だった影響で交通量が多かったことと、朝からの強い雨で、1時間以上遅れてポッジボンシに到着したため、接続便まで約1時間待ち(あと20分ほど早ければ、10分足らずで接続できたみたいです。)。サンジミニャーノに到着したのは、予定よりも2時間くらい遅れました。朝から降った雨がかなり強烈で、雑貨屋で傘を買って観光しました。1時間足らずで雨は嘘のように上がりました。サン ジミニャーノ歴史地区 旧市街・古い町並み
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正午にプルマンでシエナへ。
もっとゆっくりとサンジミニャーノを見たかったです。サン ジミニャーノ歴史地区 旧市街・古い町並み
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プルマンのターミナルから10分くらい歩くとシエナの中心であるカンポ広場に到着します。使い古された表現ですが、中世にタイムトリップした気分になります。
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カンポ広場に面した市庁舎には美術館が入っていて、イタリアの中世絵画の傑作が多く所蔵されています。作品の多くは色彩豊かで、見ていて穏やかな気持ちになります。色鮮やかな絵画は見ていて落ち着かない気分になるものも多いですが、イタリアの中世絵画を見ていて穏やかな気持ちになれるのは、色彩が調和しているのからなのでしょう。歴史的な建物の内部を見れるのも素敵です。
私が行ったときは風が強くて入場不可でしたが、天候に恵まれれば塔の上に上ることができます。市庁舎 (プッブリコ宮) 城・宮殿
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シエナのバスターミナルから急行バス(rapidia)でフィレンツェに戻ります。フィレンツェの宿泊先で荷物をピックアップし、トレニタリアに乗って、フィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ駅からヴェネツィアのサンタ・ルチア駅に向かいます。
サンタ・ルチア駅からサンマルコ広場近くの宿泊先までは徒歩で移動しましたが、結構時間がかかる(20分強)のでヴァポレットに乗ってもよかったかなと感じました。
夜はサン・ヴィダル教会でヴェネツィア室内合奏団が演奏するコンサートに行きました。ヴェネツィアでヴィヴァルディやコレッリを聴くのもなかなかよいです。ドゥオーモ (カテドラーレ) 寺院・教会
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5月3日
この日はサンマルコ広場を中心にヴェネツィアをぶらぶら歩きます。ヴェネツィアは歩いている人のほとんどがウキウキした観光客であるせいか、歩いているだけでウキウキした気分になります。ヴェネツィアとその潟 旧市街・古い町並み
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観光客がいっぱいのサンマルコ広場も早朝だととても静かです。
ランニングしている人を見かけました。ヴェネツィアでランニングするのは気持ちがいいだろうなあ。サン マルコ広場 広場・公園
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海の幸のランチです。
ヴェネツィアとその潟 旧市街・古い町並み
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夕方に、ヴェネツィアからミラノまでトレニタリアで移動です。
ヴェネツィアとその潟 旧市街・古い町並み
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5月4日
チケット予約が解禁された初日にもうほとんど予約で埋まってしまっていて、諦めかけていたのですが、日本を出国する前日まで毎日しぶとくネットで予約状況をチェックしていました。出国日前日までずっと満席だったのですが、出国前日に突如空席が出て、日本からネットで予約し、入場することができました。出発日の前日まで諦めすにネットの予約状況をチェックしていてよかったと本当に思いました。予約日に旅行会社がまとめて予約して、直前に必要のなくなった分をキャンセルするのかもしれません。もし、訪問予定日に予約でいっぱいでも諦めずに定期的にチェックしていると空きが出るのではないでしょうか。サンタ マリア デッレ グラツィエ教会 寺院・教会
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サンタ・マリア・デッレ・グラッツェ教会の前の広場にいたハトです。
見学の予約の時間まで教会の中を見学しました。教会内は、この教会に集まる人々の真剣な祈りから生み出される厳かな雰囲気が充満していて、感動しました。サンタ マリア デッレ グラツィエ教会 寺院・教会
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サンタ・マリア・デレ・グラツィエ教会にあるレオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐(Last Supper)』です。英語表記は、Last dinnerではなく、Last supperです。dinnerとsupperの使い分けは、十分にわからないのですが、dinnerはちゃんとした晩御飯で、supperは簡単な晩御飯、という意味なのでしょうか。絵を見ても、食卓に出ているものは、パンなどあまり質素なものばかりです。
予約したのはイタリア語によるツアーだったのですが、グループの中にイタリア人は1人もいなかったので、ガイドさんは英語で説明してくださいました。
英語よりも日本語の方が詳細を理解できるので、日本語のオーディオガイドを借りて説明を聴きました。
フラッシュ撮影は禁止ですが、フラッシュを使わなければ写真撮影することができます。
最後の晩餐を見学した後は、ホテルで荷物をピックアップして、午後のミラノ発の飛行機で帰国しました(翌5月5日到着)。サンタ マリア デッレ グラツィエ教会 寺院・教会
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