2016/03/31 - 2016/04/03
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ソウルの旅人さん
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4月2日の御柱祭は御柱街道を行進する御柱行列を見ることだった。テレビニュースで流される坂落としは、4月3日に行列行進のハイライトとして行われることになっている。その内容を詳細に記録した。
『御柱』
御柱とは何かは、種々の憶測が出来るが、諏訪大社が由緒不明としているなら、素人がかってな案を出しても許されるであろう。
「木を立て、その根もとに石を積む。こういう形式の聖所は中国・東北(満州)にもあるし、シベリア・新疆、西はペルシャまで見られる。それは朝鮮半島にも痕跡をのこしているはずだ。」
岡本太郎−岡本太郎が愛した韓国ー より
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 4.5
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
2日の夕食
茅野市内にあるレストランピーターで食べた。
櫻井有吉のあぶない夜会で紹介されたそうだが、美味しかった。
友達がお土産として包んでくれたここのベーコンは、家に帰って食べたが、絶品である。ベーコンは好きでなかったのに、こんなに美味しいとは。レストランピーター グルメ・レストラン
-
2日夜
お祭り用に作られたお酒を、友人が御柱街道の側にあった辻屋という酒屋さんで購入して、深夜まで飲んでいた。老境に近いとはいえ、話し出すと意見の一致はみない。 -
4月3日(日)
午前5時30分にバーンバーンバーンと花火があがった。これで私は目覚めたが、友人は4時30分に鳴ったバーンバーンで起きたとのことであった。しかも、19発も鳴ったという。市内全域に響く轟音であるからさぞ迷惑であっただろうが、諏訪地方の人々にとっては清々しいファンファーレであったか。
友人宅の2階から昨日みた御柱が目視できた。中央レンガ色のビルとその右の白いビルの間である。 -
拡大写真
御柱はここで仮の一夜を過ごしたようだ。この横に“木落し”が行われる坂がある。
「オボ、
蒙古の広々とした草原。また丘の上とか峠とか、人々の生活の目印になるような場所、そこに石積みをつくり、中心に高々と一本の棒を建てる。」
岡本太郎 前掲書に同じ
[オボ]と呼ばれた高々と建てられた一本の棒は御柱のイメージにぴったりである。 ユーラシヤ大陸に起源を持つ聖なる木=御柱 -
至誠通神
友人が前回の御柱祭(平成22年)時に購入した{護符}。
御柱になる木を切り出す時にはその枝が切り落とされるが、その枝にて作られた{護符}。サイドボード上に飾っておくわけにもいかず、即席の神棚に安置されていた。
そこで気がついたのだが、今回御柱が取り替えられると、外された御柱はどうなるのであろうか?17mの長い棒であってみれば、保管するのも大変である。調べてみた。後述。 -
8時30分頃出発。
友人宅から歩いて木落し坂まで行くのだが、途中にJR茅野駅がある。この列車からは観光客が大勢降りてきた。駅の周りは人で溢れている。観光客と一緒に坂へ向かう。 -
坂は茅野駅から近い。
最初に着いた見学場所はこのようにJR中央線を挟んでおり、かなり遠くになる。最早、一番の御柱は坂上にスタンバイしていた。 -
かなり頻繁に電車が通る。写真でわかるように電車は見学の特等席である。この日だけはこの橋梁を渡るときは減速するそうである。ゆっくり走っているように見えた。
この見学場所は遠すぎて、何が行われているかも判然としない。 -
この川の名称は「上川」とのこと。
河川敷にハッピを来て集合しているのはツアーの有料見学者である。この青いハッピが目印も、他に黄色・オレンジ色など各色あった。
手前の女性は木遣り歌を歌っていた。 -
花火の煙
最初の御柱が坂道を下っていくと、大歓声が上がると同時にバーンバーンバーンとお馴染みの花火があがった。押し合いへし合いの中で、遠方過ぎて坂道を滑る御柱を見ることもできず、写真を写すことも出来ず、空にあがった煙だけが視野に入った。煙はすぐに消えた。 -
友人の案内で最初の場所からJRのガードを潜り、坂に近い場所に移動してきた。地元を知らないと、ここに来ることは困難であろう。無料の絶好見学席である。
二番目の御柱の旗持ちが既に坂上に整列している。坂下に歩いて降りていくのは、昨日御柱街道でみた旗持ちに続いて行進してきた、子供と親類縁者の行列参加者である。今日は先に坂下に移動している。旗持ちは誇らしげに旗を高々と持ち上げているのが見える。旗持ちはこれからどうするのか? -
子供・親類縁者は手前の階段をおりているが、なんと旗持ちはそのまま坂を砂塵をあげながら下っていった。
細かく実況することでもないだろうが、旗持ちはお祭りの重要メンバーなのか。 -
旗持ちがすべて下まで降りてしまうと、綱を引いた本体が現れる。
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上段の黄色いハッピを着て、綱をひっぱているのは実際に御柱を曳いている人々であり、下段は昨日の前座集団である。前に200m以上と書いたが、もっと長いかもしれない。一つの御柱に莫大な人員が関わっている。
-
縄を引いて坂上に引上げている。御柱の2番目であるから、昨日、大曲で見たのと同じ御柱である。
御柱街道の進行は八ヶ岳の山麓から諏訪盆地の里へ引いてくるのだから、かなりの降りになっている。それなりに引っ張りやすい地形になっていた。
このような坂上に引上げるのは大変であろう。 -
御柱を坂上に引上げている。
坂上まで引上げなくても、平地を直ぐに神社まで曳くことは出来るようだ。しかし、なんの変哲もなく、御柱を奉納しては面白くもなんともない。山あり谷ありのお話が必要になる。「命までかける危険な坂落とし」こそ絶好の演出になる。 -
御柱が見えてきた。
祭りには見せ場が必要である。
これからお祭りの頂点をなす《木落し》が始まる。 -
御柱を引上げるにはこれだけ膨大な人員が必要であった。
昨日の大曲と同様にトランペットの吹奏、ドラムの乱打、歌声などが入り乱れて、賑やかである。 -
少しずつ坂上に引上げられる
殆ど動いていないように見えるが、時間は経過している。遅いのだ。
スーと引上げられるのではない。少し進むとちょっと休憩し、また引上げる。そして、また少し休憩する。徐々に上がっていく。 -
めどでこの若者達は黄色いボンボン(おんべ?)を振って「前へ前へ」叫んでいるように見えるが、見学席までは声は届かない。参加者は危険を喜んでいるように見える。
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めどでこの若者達はこのように昨日同様の“演技”を行っているが、見学席からは見えない。何を叫んでいるかも聞こえない。しかし、全体に漲るパワーは感じられる。
-
坂の上まで引上げられた。
ここまで30分位だったろうか。御柱の据え付けが完了したといった感じであった。 -
周辺はトランペットの音が鳴り響き、騒ゞしい。
それらと離れてめどでこ上では伝統に従い古式に則り“演技”が続けられる。大きな声は出されているが、聞こえないので、これだけ見ると無言劇のように見える。 -
ぼけているが、御柱の先端はこんな感じ。
もちろんその日にこのような景色が見えた訳ではない。写っている写真を確認していたら出てきた1枚である。 -
先頭からの縄が何本も出ているが、左右からも多数の縄が渡されている。先頭に座っているハンドマイクを持っている人が指示をしているそうであるが、これから坂を下る準備が入念に行われる。
『木落し』の途中に御柱が横倒しになったら、めどでこに乗っている人々は空中に放り出され、大怪我をするであろう。丸木の御柱で、真すっぐこの坂を下るのは容易ではないと見えた。 -
観客
目線は坂上の御柱である。熱心に見つめている。 -
『木落し』の準備が進められると同時にめどでこ上ではお祭りが演じられている。
何度も書くが、内容は判らない。 -
御柱の全体像
少しずつ少しずつ前に出てくる。
引っ張っては止まり、引っ張っては止まる。決して急がない。 -
少しだけ前に進んだ。
-
僅かに進んだ。
御柱の先端に座っている人がリーダーか。 -
かなり前進した。御柱の後ろが浮き上がってきた。
一生懸命に綱を引く人、めどでこでボンボンをひっしに振る人、トランペットをふく人、歌を歌う人、が渾然となる。
しかし、所作はゆっくりである。決して一気に進まない。 -
少し進んだ。
隣で見ていた家内が「辛気くさいわネ。もっと早くやればよいのに。テレビなら10秒で終わるのに」と言い、テレビの映像に較べ余りに遅い進行に苦情を申し立てる。テレビ画面を【本当のこと】と見る習性ができあがっていると、何百年の伝統に従って眼前に展開する本当のお祭りを【現実】として捉えられない。テレビとの相違に苛立つ。 -
また少し前進した。
坂上から坂にかけてはこのような景観である。太い綱が中央に伸ばされ、両横には人々が佇立している。左右からの綱が安定性を確保しているか。 -
かなり進んだ。
前方部は相当空中にせり出している。
恐らく御柱が見えてからここまで45分以上経っている。 -
進んだ。少しだが。
周辺の人達が減ったり増えたりする。 -
後で聞いたことことだが、右側に赤い旗が写っているが、この旗が合図になってるとのことである。即ち、赤旗はまだ準備中、白旗に変ったら「木落し」開始である。
-
坂下の状態
左の坂上から落ちてくる御柱を受け止める坂下はこのような状態である。大勢の人々が待っている。その向こうに写っているのは有料観覧席。三方がこのような足場を組んだ観客席になっており、超満員であった。私の見ている場所は前述のように無料の特等席。しかし、さすがに人混みであり、写真を撮るのも難しい状態になった。 -
御柱の前方半分近くが坂上に迫り出した。
もう落ちる、もう落ちる、といった感じであったが、そう簡単には落ちない。めどでこ上では相変わらず“演技”を続け、時々拍手が起こったりする。トランペットは吹き鳴らされている。 -
休憩
一息いれる。確かに見ている方が疲れる。観客を意識した“じらし”なのか?
安全確保のための準備なのか?
その時は知らなかったが、まだ赤旗である。 -
落下準備完了
どのように坂を下るのか?
写真のように前方に迫り出していき、前方の重心が重くなって地面に着地し、そのまま滑り落ちることになる。自然な成り行きで、当たり前のことだが、見るまでは判らなかった。 -
前方が迫り出し、後方が高く持ち上げられる。
もちろん正面から綱を引っ張って進んでいるが、前と後に繋がれた左右の綱を強く左右に引っ張っているのが見られる。 -
ここからも一気には進行しない。
観客側はまだかまだかと気を揉む。この間合いがお祭りだ!!!! -
重心が前方にかかり、前方が下がってゆく。後方はおしりをあげる。「木落し」に入った。
-
前方が地面に叩きつけられる。後方のめどでこは空中高く舞い上がる。今までのゆっくりした進行が一気に早くなる。あっという間である。
瞬間的時間の切り替えが古来からの演出であったのか。 -
御柱が砂塵をあげながら大地を走ってゆく。瞬く間に滑ってゆく。真っ直ぐ正面を向いて滑り落ちる。
遅緩から一瞬にして急速に切り替わる。静から動へ!驚嘆する場面転換。 -
御柱が滑り落ち来る時の坂下の写真
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御柱が下まで滑り落ちてきた。きっちり止まった。
砂塵舞う坂下でもめどでこの若者達は両手を広げて“演技”を繰り広げ、花火がバーンバーンと打ち上がり、トランペットが吹かれ、ドラムスが叩かれ、観客席からは絶大な拍手が送られる。盛り上がるクライマックス。
素朴なお祭りではない。長い歴史を通じて確立された伝統なのであろう。演じる側は見られることを意識し、徹底的に趣向を凝らし、見る側はそれを楽しんでいた。 -
ハイライトの「木落し」が終了した。十分満足したが、まだ「川越し」がある。それを見る為に移動をする。
木落し坂周辺に組まれている有料観覧席の入れ替え風景。ツーリストの担当者が「○○ツアーの方はこちらに並んでください」と声を張り上げていた。これだけの足場を作るのだから相当な費用であろうが、大切な観光資源になっているようだった。 -
移動中に通ったJRのガード
御柱も中央線を越えなければならないが、坂下から少しで、御柱を搬出出来るガードが作ってあるとのことだった。 -
上川の河川敷から上川橋
午前中とは異なる黄色のハッピであった。 -
上川橋より見る八ヶ岳
天候は曇りであったが、視界は良好で、八ヶ岳がきれいに見えていた。 -
お祭りのメイン通りは道幅いっぱいに人であった。
御柱祭で取り替えられる古い御柱はどうなるのか?
○調べてみた結果
今年は本宮が4月23・24日、前宮が4月16日に御柱休めという儀式を行い、古い御柱を倒す。担当は諏訪市にある八立神社の氏子であり、倒した本宮の4本の御柱は八立神社に曳行して、その神社に払い下げられる。払い下げられたあとがどうなるかは記載されていない。また、前宮の4本の御柱もどうなるのか記載されていない。 -
その通りに面して諏訪信用金庫があり、その前で踊りを披露していた。踊っているお嬢さんがどこの所属かは聞けなかった。
古くなった御柱はどうなるのか?
上記説明は信濃毎日新聞からであるが、肝心の部分が記載されていない。
払い下げられた後、御柱はどうなるのかを知りたい。
上社である本宮・前宮の例ではないが、下社の春宮・秋宮の御柱は諏訪大社のお守りやお札になる場合もあると書かれています。
友人の家にあった護符も諏訪大社で買ったとのことなので、御柱の枝ではなく、どこかの御柱から作られた可能性もある。
払い下げの後、何に使用されるのかは興味津々だが、追求するのは困難かも・・・。 -
舞台裏
御柱行列の後ろには必ずこのようなクレーン付きトラックが随行していた。行列の進む道は車両通行止めになっているが、その行列の最後にトラックが現れると、若干違和感がある。荷台には綱や水タンクが積まれていた。 -
通りに面してあった味噌製造所の煙突。
町中で煙突をみることは少なくなった。何となく風情のある景色だった。 -
昼食はスーパーの食品売り場で買った巻き寿司を路傍に座って食べた。
まわりはお祭りに参加している人々が歩いているが、気にすることはなかった。道端で食べたのは何十年振りか。
「川越し」が行われる宮川。先ほどの上川とは異なる川であるが、このあたりは川筋が何本もあり、入り組んでいる。 -
「川越し」の舞台
偶然であるが、また2番目の御柱に当たった。最早、お馴染みになった旗持ちが到着している。神戸の文字が見える。名称はコウベかカンベかカンドかあるいはコウドか?
後ろの白いボード壁は中央自動車道の防音壁である。
木落しが鉄道のそば、川越しが高速道のそば、1200年前の神様はこれらを見て何を思っているのであろう。 -
御柱がすぐ後ろに到着している。その周辺に集まっているのが、子供・親類縁者たちか。
-
同じように進行は遅い。
まず旗持ちが水の中に入って川を渡る。4月初めの川の水は冷たい。冷たいことを嫌がる素振りはまったく無く、堂々と渡っていった。
進行してきた道を直進すれば橋があるので、それを渡ればよいのだが、わざわざ右折して橋のない所を選んで川越えする。 -
今までに無かった集団の登場
お祭りにはアカフン。盛り上がる。観客から笑いと拍手。
御柱を川の水を潜らすのは禊ぎの為だとか、身を清める為だとか色々書いてあったが、やはりお祭りは[ショウ]であり、見世物であり、川を越す労苦を演出する為であろう。 -
進行は同じく遅い。
めどでこ上では“演技”が繰り返されている。
朝から立ちっぱなしでお祭りを見学していたので、さすがに疲れた。 -
川岸に近づいてくるが進行は遅々としている。
ここも満員で、押し合いへし合いしながらの見学である。 -
縄が渡されて、御柱が引き摺られるも、少し動くだけ。
40分以上は経過した。 -
正面の綱以外に何本もの紐が結ばれている。それらの人々も川の水に浸かっているが、冷たいといった所作は一切無かった。水の中に入ることを喜んでいるように見えた。7年目に巡ってくるお祭りだから、そんなに慣れているとは思われないが、参加者はすべて熟練者のように振る舞っていた。
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御柱本体が見えてきた。全員が生き生き動いているように見える。
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めどでこは元気一杯。
観客は疲労困憊も出演者は疲れ知らず。 -
川の上に迫り出してくる。引っ張るには相当な力が必要そうに見える。
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川に落ちる直前。
ここまで1時間ぐらいだろう。次の写真を撮ろうとしたら、電池切れの表示が現れた。朝から写真を撮り過ぎた。そんなことも予測して、電池の予備も準備していたが、祭りの進行のほうが早かった。この後すぐ、水中にダイブして、大きな水しぶきが上がった。
予備は間に合わず。写真が撮れなかった。
2日に渡って『御柱祭』を見学してきた。十分過ぎるほど満足した。 -
これは中央道諏訪パーキングからの諏訪湖。
3日の午後3時頃茅野を出発し自宅にお帰り着いたのは10時頃であった。富士山から始まって御柱祭見物まで3泊4日の充実した旅であった。 -
おまけ
帰った時は夜だったのでわからなかったが、朝起きてベランダから見ると、旅行に行く前には咲いていなかった、自宅前の公園の桜が満開であった。富士山をバックにしていないが、「富士と桜とお祭り」の最後を自宅が飾ってくれた。
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この旅行記へのコメント (1)
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- 熟年ドラゴンさん 2016/04/19 14:49:16
- 実際はゆっくりなのですね。
- 奥様の感想「さっさとやればいいのに、辛気臭いわね。」というのが実感でしょうか?
どんな行事もテレビでハイライト見慣れているのでじれったい気持ちわかります。
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