2016/02/28 - 2016/02/28
763位(同エリア1776件中)
naoさん
大坂城築城に合せ、豊臣秀吉の命により呼び集められ商人達により形づくられた船場は、以来、大阪経済の中心地として豊かな文化を育んできました。
そんな商人達が築き上げてきた歴史や文化を一般の方々に触れてもらおうと、昨年初めて開催された「船場のおひなまつり」が、昨年に引き続き、今年も2月26日から3月3日まで開催されました。
昨年の別所家、新井家、芝川家に加え、今年は新たに鷹岡家と生駒家のお雛さまが仲間入りし、近代建築としても価値の高いビルをはじめ、次の4会場で公開されます。
○別所家のお雛さま : 少彦名神社(すくなひこなじんじゃ)
○新井家、鷹岡家のお雛さま : 伏見ビル1階「ギャラリーもず」
○芝川家のお雛さま : 芝川ビル4階「芝川ビルモダンテラス」
○生駒家のお雛さま : 生駒ビル「ショウウィンドウ」
かつて、船場の「こいさん」や「いとはん」を夢中にしたお雛さまが甦った「おひなまつり」には、船場商人の華やかな生活ぶりを一目見ようと、多くの方々が訪れていました。
今年は2回目ということもあって、ちょっと目先を変えてマクロレンズだけを携えて撮影してきました。
なお、少彦名神社と生駒ビル以外の会場では、昨年同様、お雛さまの写真撮影は禁止でした。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
PR
-
地下鉄堺筋線北浜駅で下車します。
-
堺筋の東側には、間口10間、奥行き22間の店舗と住居が渾然一体となった、小西儀助商店の巨大な木造建物があります。
-
小西儀助商店(現コニシ株式会社)は、安政3年(1856年)に京都の小西儀助が大阪道修町に出て創業した薬種商で、洋酒醸造業、化学製品業へと順次業態を拡大し、現在は「ボンド」でお馴染みのコニシ株式会社へと変貌しています。
-
では、先ずは今年新たに公開された生駒家のお雛さまが展示されている生駒ビルへ向かいます。
元々、中央区今橋(淀屋橋筋西側)に店舗を構えていた生駒商店は、昭和初期の御堂筋の拡張に伴い、現在地にアールデコ様式を取り入れた「生駒ビルヂング」を建設して移転してきたんだそうです。 -
外壁の手掻き線の入ったタイルや、屋上周りや窓の装飾に用いられたテラコッタが、アールデコ様式の建物をより強調しています。
また、入口やショーウインドウの上部に置かれた御影石の鷹の彫刻が、この建物を引きたてるもう一つの魅力になっています。 -
生駒家は、江戸時代後半から袋物や小物を商っていましたが、明治3年(1870年)に大阪屋権七が「大権堂・生駒商店」を創業したのが始まりで、現在は生駒時計店として営業しておられます。
生駒家のお雛さまの、何とかわいいこと・・・。 -
次に訪れたのは、「神農さん」と呼ばれる、薬業の神様として有名な少彦名神社(すくなひこなじんじゃ)です。
-
手水舎の注連縄。
-
おみくじ筒。
-
拝殿に吊り下げられている本坪鈴は・・・
-
参拝者が多いのか、こんなに用意されています。
-
少彦名神社の宮司を務めておられる別所家のお雛さま。
-
このお雛さまは、船場の道具商の娘さんが別所家に嫁ぐ際に嫁入り道具として持参したものだそうです。
-
愛らしいお人形の履物。
-
楠の根元に建てられた朱塗りの鳥居。
-
張子の虎が描かれた少彦名神社の絵馬。
江戸時代に疫病(コレラ)が大流行した際、道修町の薬種商が虎の頭の骨など10種類の和漢薬を配合して処方した「虎頭殺鬼雄黄圓」という丸薬とともに、張子の虎を作って施薬したところ、疫病除けとして顕著な効果を表したため、少彦名神社特有の魔よけやお守りとして、張子の虎が使われるようになったんだそうです。 -
紐にくくりつけられたおびただしい数のおみくじ。
-
薬の神様なればこその銘板ですね。
では、次に伏見ビルへ向かいます。 -
伏見ビルの1階にある「ギャラリーもず」では、新井家、鷹岡家のお雛さまが公開されていますが、写真撮影出来ないので建物のスナップを・・・。
エントランスホールには、春を告げるぜんまいが飾られています。 -
エントランスホールの一角に設けられていた、かつての事務所。
-
伏見ビルのお隣にある青山ビルは、スパニッシュ風の外壁が甲子園球場から株分けしてもらった蔦に覆わ、素晴らしい雰囲気をたたえています。
ステンドグラスの窓。 -
玄関上部のバルコニー。
-
玄関灯。
では次に、芝川ビルへ向かいます。 -
芝川ビルへやってきました。
-
このビル4階の「芝川ビルモダンテラス」で、芝川家のお雛さまが公開されています。
-
独特の雰囲気をたたえる中南米風の装飾を身にまとった玄関上部のファサード。
-
中南米風の外壁に、モダンな覆いが連なっています。
-
テナントのベトナム料理店の灯りが壁に映し出す幻想的な影絵。
-
玄関のガラス扉に書かれた文字。
-
芝川家のお雛さまが公開されている「芝川ビルモダンテラス」です。
-
こちらも写真撮影出来ないので、その雰囲気をガラス越しに・・・。
-
テラス外壁のアーチの壁が、床におもしろい影を落としています。
-
窓の引き手金物。
-
アーチの向こうには、新しい大阪の息吹きが感じられます。
-
ここからは、芝川ビルテナントのロゴを集めてみました。
こちらはジュエリーショップ。 -
こちらはウェディングドレスのお店。
-
こちらはヘアメイクサロン。
-
こちらはハンドメイドのガラス作品のセレクトショップ。
-
こちらはブティック。
-
こちらはカフェ。
-
こちらはショコラティエ。
-
1階エントランスホールのマーブル模様のガラス窓。
お雛さま巡りでいい加減お腹が減ってきたので、この辺りで中之島の中央公会堂へ昼食に向かいます。 -
ビルのガラスに姿を映すタワーマンション。
-
歩道に立てられた、鉄製の樹木のオブジェ。
-
こんな風に、鉄板を切り抜いたリングをつなぎ合わせて作られています。
-
こちらは、明治13年(1880年)創立の大阪市立愛珠幼稚園です。
何と、この幼稚園を創設したのは船場北部の連合町会なんだそうです。 -
明治22年(1889年)に連合町会から大阪市に移管され、明治34年(1901年)に現在地へ移転されました。
なお、現在木造の園舎は耐震改修工事されています。 -
愛珠幼稚園の正門前に、 「銅座の跡」の石碑が立っています。
大阪で精練された銅は、明和3年(1766年)に設置された銅座から長崎会所を経て、オランダや中国へ輸出されていました。 -
こちらは、蘭学の第一人者といわれた蘭方医、緒方洪庵が天保9年(1838年)に開いた適塾です。
-
明治維新の激動の中、適塾で教えを受けた福沢諭吉、橋本左内、大村益次郎など、日本の近代化に大きく貢献した多くの人材を輩出しています。
-
では、土佐堀川を渡って中之島へ。
見えているのは淀屋橋です。 -
中央公会堂が見えてきました。
-
地下1階のレストランの席が空くのを待っている間、中央公会堂を見て廻っていると、こんなものを発見しました。
中央公会堂はいろいろ改修工事がされていますが、古い煉瓦壁を鉄筋コンクリートで補強して使っているんですね。 -
席が空いたので、いざレストランへ・・・。
-
洗練されたデザインの照明器具。
-
玉虫色に発色するガラスで作られています。
さて、お腹も満たされたところで、お雛さま巡りの後は船場の町歩きに向かいます。 -
こちらは賃貸のデザイナーズマンションです。
-
旧大阪農工銀行の外壁の一部を保存する形で建てられています。
-
この煉瓦造の建物は、明治45年(1912年)に「旧大阪教育生命保険ビル」として建てられたもので、現在は結婚式場として使われています。
-
この教会は、ウィリアム・メレル・ヴォーリズが設計指導にあたった、昭和5年(1930年)完成の日本基督教団浪花教会です。
-
炉端焼屋さんの窓の竹格子の間から活きた竹の葉が出ています。
よく見ると、竹格子の中に竹が植えられていたからでした。 -
このタイル張りの建物は、昭和6年(1931年)に完成した綿業会館です。
-
繊維をはじめ、塗料、製薬、造船などの近代産業が集積し、かつて「東洋のマンチェスター」と呼ばれた大阪の中でも、とりわけ目覚ましい発展を見せたのが繊維産業でした。
-
日本の繊維産業のメッカ大阪が、綿製品で世界を席巻した当時の栄華をとどめるべく、昭和3年(1928年)、東洋紡績の専務だった岡常夫氏から「綿業発展のために」と寄付された100万円を基金に日本綿業倶楽部が創設され、そのクラブハウスとして綿業会館が建てられました。
-
ちなみに、綿業会館の設計には、若き日の村野藤吾氏も参画していたそうです。
-
道路沿いに巡らされた鉄柵。
-
鉄柵の支柱の頭部に付けられた飾。
確かなところは判りませんが、綿花をモチーフにしているんでしょうか・・・。 -
クラシックな外観は言うに及ばず、内部には目を見張るように豪華な内装が散りばめられています。
イタリア、イギリス、フランスなどの様式が見られるかと思えば、京都泉涌寺の窯場で焼き上げたタイルタペストリーなど、部屋ごとに多彩な装飾が施されています。 -
さらに、床材にアンモナイトの化石が浮き出た大理石も使われており、これを探すのも一興かも知れません。
いずれにしても、綿業会館は名実ともに日本の近代建築の傑作の一つと、高く評価されています。 -
昼食を食べたところだというのに、「美味しそ〜!、食べた〜い!」。
-
明かり取りを兼ねてガラスブロックを外壁に使った建物のバルコニーの手すりは・・・
-
芸術的であり、エロティックでもありといった雰囲気を放っています。
-
赤い縁取りが印象的な某家具メーカーの建物。
-
小西儀助商店の建物の前に、赤いオブジェが立っているので、ちょっと行ってみます。
-
このオブジェは、京焼の陶芸家であり、また彫刻家でもある清水九兵衛氏の作品で、「MANEKI」と名付けられています。
-
清水九兵衛氏は、アルミやステンレスなどの素材を使って抽象的な造形作品を多数生み出しておられます。
-
氏のダイナミックな作品は、日本各地の建物の公開空地や広場など、公共的な空間を飾っています。
-
こちらは、かつての野村財閥が建てた高麗橋野村ビルディングです。
-
和風建築の聚楽壁を連想させる薄茶色の外壁は、非常に奥行の浅い建物にヴォリューム感を与えるため、各階ごとに瓦形タイルの載った腰壁天端を外に傾斜させた、特異なフォルムをしています。
-
大正11年(1922年)に完成した旧報徳銀行大阪支店。
現在は賃貸ビルとして使われています。 -
旧報徳銀行大阪支店の玄関階段の手すり。
-
旧報徳銀行大阪支店の現ビルの銘板です。
個性的なロゴがデザインされています。 -
某証券会社の個性的な外観の建物。
-
土佐堀川に面して椅子を並べた人気のオープンカフェです。
-
中之島を挟んで流れる土佐堀川と堂島川を渡って、北浜と西天満を結ぶ堺筋には難波橋が架かっています。
その欄干に精悍なライオンの石像が置かれていることから、「ライオン橋」の愛称で親しまれています。 -
そんなライオンの石像をじっくり眺めていると、ヒョンなことに気づきました。
神社の狛犬に見られる、阿形と吽形の表情をしているんです。 -
何回もこのライオンの前を歩いているのに、もっと早く「阿吽の呼吸」で気づくべきですね!
-
この日昼食に立ち寄った中央公会堂が見えています。
-
市章を組み込んだ、装飾的な高欄。
-
そんな橋のたたずまいを照らすクラシックな街灯。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
心斎橋・淀屋橋(大阪) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
90