2016/02/23 - 2016/02/23
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ペコちゃんさん
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国道299号線は、長野県茅野市から埼玉県入間市までの約200kmの道路で、そのほとんどが山間部を抜けるルートになっています。
西武池袋線の高麗駅から正丸駅まで並行して走る299号線に連なる山々の稜線を、何回かに分けて走破しようというロングトレイルの話が持ち上がり、今回は第1回のスタート。
8時10分に高麗駅から歩き始め、日和田山 ⇒ 物見山 ⇒ スカリ山 ⇒ 越上山 ⇒ 顔振峠 と稜線中心に歩き、吾野駅に着いたのが15時50分。
約7時間半のコースは結構疲れましたが、途中の里山の風景などを楽しみながらの山行でした。
写真は、高麗駅のロータリーにある高麗郷の案内板。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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今回の参加者は7名。
ライオンズの広告で飾られた電車を飯能駅で降りて乗り換え。 -
西武秩父行の電車は、キティちゃん・・・西武鉄道の冬のキャンペーンです。
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8時に高麗駅に到着。
駅前広場にある「天下大将軍」「地下女将軍」の「将軍標」は朝鮮半島の古い風習で、村の入り口に魔除けのために建てられた境界標(道祖神)です。 -
朝鮮半島の北部を中心に朝鮮半島の大半を支配した高句麗が668年に唐・新羅に滅ぼされると、多くの人が日本に渡来してきました。
朝廷は、関東各地に住んでいた高句麗からの帰化人をこの地に移住させ、716年に現在の日高市と飯能市にまたがる地域に武蔵国・高麗郡を設置しました。
帰化人は大陸の技術を伝え、円満な交流があったようです。
今年は高麗郡が設置されて1300年に当たるので、「高麗郡建郡1300年記念事業」の各種イベントが計画されています。 -
8時10分にスタートし、高麗の街を歩いて日和田山に向かいます。
これは「水天の碑」。
天保年代(1830~1844)に頻発した干ばつや大洪水などの天災や水難事故を鎮めるために、天保10年に村の人が建立したものです。 -
日和田山の登山道入り口にある案内板。
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道端の仏像。
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高麗駅から15分ほど歩いて登山口の広場に到着。
トイレもあります。 -
日和田山への道案内・・・男坂と女坂の分岐になっていますが、我々は当然「男坂」を進みます。
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男坂の途中にある滝不動尊。
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男坂らしい岩場が続きます。
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男坂と女坂が合流する所にある金刀比羅神社の「二の鳥居」。
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眼下に曼珠沙華で有名な「巾着田」や、天気が良ければ遠くに富士山やスカイツリーも見えますが、今日は霞んでいるので無理ですね。
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標識をみると、 ” 男坂は岩場で危険! 女坂を歩こう ”
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金刀比羅神社。
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金刀比羅神社の右横を巻いて、山肌が剥き出た裸地を登ると日和田山の山頂に出ます。
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標高305.1mの「日和田山」・・・ゆっくり歩いても50分位なので、小学生の遠足地としても人気があります。
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山頂にある宝篋印塔(ほうきょういんとう)は、1725年に建立されたもの。
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山頂北斜面を下りて高指山の方に進み・・・
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ヒノキ林を20分ほど進むと・・・
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舗装道路に出ます。
右手にあるのはNTT無線中継所・・・ここが「高指山」のようです。 -
のどかな駒高の集落を進みます。
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蝋梅の実・・・種子などに有毒成分が含まれているので、要注意!
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満開の椿の木。
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北向地蔵・物見山方面へ進みます。
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日和田山から約45分、ヒノキの植林帯を進んで行くと、ベンチが置かれた「物見山」の山頂に出ました。
山頂は細長く広く、眺望は南側の景色が少し見えるだけです。 -
標高375.4mの物見山・・・一息入れて、北向地蔵に向かいます。
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少し歩くと、野菜などの無人販売所が登山道の途中に・・・近くの農家が売っているようです。
でも、荷物が増えるので、皆さんパス。 -
「クマ注意」の貼り紙。
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30分ほどで北向地蔵に到着。
全国にある約2万体のお地蔵様のうち、北を向いているのは1,000体ほどあり、その多くは「北向地蔵」として祀られています。 -
ここの北向地蔵は、1786年に流行した悪疫を防ぐために、野州岩舟地蔵尊(栃木県)より3体の地蔵を分身として譲り受け、北の方(岩舟地蔵尊)に向かい合わせ守護神にしたと伝えられています。
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舗装道路を10分ほど歩いてスカリ山の登山道を登ります。
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15分ほどで「スカリ山」(435m)に到着・・・見晴らしが良く、武甲山など秩父の山々が望めます。
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スカリ山の急な岩場を下り、15分ほどで鞍部へ・・・鎌北湖や東吾野駅の分岐がありますが、一本杉を目指して尾根伝いに足を進めます。
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スカリ山鞍部から3分も登ると「エビガ坂」の道標が立っています。
ここから今日の最終目的地の顔振峠まで3.4km。 -
444m地点の標識・・・この辺りは毛呂山町で、案内板の真ん中に描かれた毛呂山町のマスコットキャラクター「もろ丸くん」が何とも可愛い。
もろ丸くんの顔は毛呂山町特産品の柚子で、流鏑馬のスタイルをし、顔の葉っぱと弓矢も柚子の葉っぱになっています。 -
ここは十二曲。
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送電線の鉄塔をくぐって尾根を進みます。
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一本杉峠の分岐まで来ました。
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ここから越上山(おがみやま)を目指します。
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ヒノキ林の中にある大きな岩。
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左の登山道を登って越上山に向かいます。
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山腹の急斜面を登り、最後に岩場を越えて・・・
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13時40分に「越上山」(標高:566m)に到着。
山頂からの展望はありませんが、なかなか雰囲気があります。 -
小休止の後、来た道を戻ります。
山頂の手前にある露岩は結構なもので、登る時は写真を撮る余裕がなかったので下山の際に撮りました。 -
滑らないように気を付けて・・・
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先ほどの分岐に戻り、顔振峠に向かいます。
これは、途中にある金毘羅神社の鳥居。 -
ここからスカイツリーが見えるようですが、今日は見えません。
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飯能の阿寺集落にある諏訪神社でトイレストップ。
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諏訪神社は「お諏訪さま」と親しまれ、10月の例大祭には獅子舞も奉納されます。
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諏訪神社は1668年に古諏訪山から当地に遷座しました。
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明治23年に本殿・拝殿を再建。
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ここから顔振峠はもうすぐです。
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この下に越辺川(おっぺがわ)の源流があります。
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14時半に標高574mの顔振峠展望台「雨乞い塚」に到着・・・昔はここまで登って雨乞いをしたんでしょうね。
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雨乞い塚は展望が開けて周りの山々もよく見えるのですが、今日は霞んでいるので、越生の街もハッキリと見えません。
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左が先ほど登った越上山。
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雨乞い塚にある小さな祠。
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雨乞い塚から顔振峠に下りてきました。
顔振峠は飯能市と越生町の境界にある標高500mの峠です。
道路の北側には越生町の観光案内板が設置されています。 -
鎌倉時代、弁慶以下義経主従がその景観のあまりの美しさに何度も振り返ったことから、その名前がついた顔振峠。
ほとんどの人「こうぶり」と呼びますが、村では昔から「かあぶり」と呼んでいます。 -
顔振峠には平九郎茶屋・顔振茶屋・富士見茶屋がありますが、今回は弁当持参だったのでパスして次回の楽しみにします。
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ここから吾野駅までは、ゆっくり歩いて1時間。
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300年の歴史を持つ平九郎茶屋の横から下ります。
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少し下ると二重塔のような建物があり、扁額には「摩利支天」と書かれています。
摩利支天は、もともとはヒンドゥー教の神でしたが、のちに仏教の守護神にもなり、この神を念じれば、すべての災厄を免れることが出来るとされています。 -
のどかな里山の風景が広がります。
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吾野駅まで15分・・・ここは辰巳街道。
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農家の庭先に福寿草が咲いていました。
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春の訪れを感じた山行でした。
次のロングトレイルは、顔振峠~関八州を歩きます。
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