2015/12/13 - 2015/12/14
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河内温泉大学名誉教授さん
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本能寺の変で危機を感じた徳川家康は、周遊先の堺から僅かな手勢で、三河へ逃げるようにして帰ったという伊賀越えのお話しは有名です。特に、伊賀から加太峠通過の「段」は、服部半蔵一族の手によって、守られつつ相当な難儀をしたという。その象徴的な場所が「御斎峠(おとぎ)」、更に東に「加太峠(かぶと)」を超えると、領地は目前であります。この辺りの詳しいお話しは、諸先輩に譲るとして・・・。
まずは、堺からでは無く河内から木津川を越えて伊賀へ向かうことにします。途中には、聖武天皇の時代に僅かな期間都が設けられた「恭仁京」辺りで昼食。聖武天皇ならず、偐山頭火の昼の宴を「大極殿」で召す。世が世なら、打ち首獄門ですね。食後は例によって、トレンクルで散策。意外とフラットな都で大助かり、大凡な大きさは掴むことが出来ました。思いつきでは無いのでしょうが、斯様な大規模な宮を短時間で造らせて、直ぐに廃都とした権力にタダ驚く限り。
更に国道(163号)に戻り上野を目指します。家康の時と比べて雑兵が襲ってこない、気をつけるのは現在の兵器であります「ハイオービス」これにかかると、ひとたまりも無い。島ヶ原辺りで国道から逸れ御斎峠を目指します。急勾配を登りつつ何故か懐かしさも、少し先で原因は氷解した。昔良く通っていたゴルフ場の玄関前が御斎峠でありました。辺りを散策、色々見所もある。
同じ峠を下り、伊賀の町に。何時もの金谷で土産用の伊賀牛を求める。後刻お値段を家人に報告したら、愚妻曰く「産地は安いね」。車代、ガソリン代を入れて計算すると安いものでは無いが、なんだか褒められたようで嬉しい。お肉を仕入れ、また元の国道を榊原温泉へと向かう。翌日も伊勢まで一般道を使ったが、最近の国道は良く出来ていてあまり苦も無くはしれる、動線も短いし、料金も無料だと考えると、急かない旅は国道に限る。先の九州でも同じような経験をしました。
榊原温泉は「神湯館」。何時もの場所に車を置くと荷物を取りに来てくれる。夕食まではたっぷりと時間があり、何度も湯に浸かりビールを頂く。少し遅めの紅葉は、未練がましく枝にしがみついているが、逸れも又風情でしょう。
翌日は、早めに伊勢に入り外宮前の「喜多や」で鰻重をピックアップ。朝頼んで置いた、娘達との昼ご飯。弁当を届けた頃には愚妻も電車で娘の家に付いていて、なにやら家事サービスをしていた。K君には鰻はまだ早すぎる、匂いだけで辛抱頂いて親子三人で昼飯としました。K君とは二ヶ月ぶり、この短い期間で驚くほど成長している。後、好々爺となる。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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恭仁京跡(大極殿)国分寺跡でもある
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世が世なら「打ち首」間違い無しの狼藉です
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厄払いの「大根煮」のチラシが鄙びたお堂に。周りも全て恭仁京跡らしい
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興味のある方はご覧下さい
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恭仁京跡散策
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恭仁京全域を説明している
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御斎峠に入る
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信楽から入ると、斯様な看板に出迎えられる
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代官「多羅尾」家の仕置場とか
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名所旧跡にはよく絡んでくる「弘法大師」さま
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その井戸跡とか
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昔通った「タラオCC」には温泉も出来ている
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木立の隙間から見える下の町が伊賀上野市街
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伊賀上野市街の芭蕉生家近くの「金谷」で土産を買う
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榊原温泉「神湯館」の湯から紅葉を追っかける
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神湯館の裏
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神湯館の裏「貝石山」化石が多く採れるとか
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貝石山と榊原川
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昼ご飯は「喜多や」の鰻が多い。外宮前です
戦前の阪神の選手で野球殿堂入りしている中村幸生の実家とか -
喜多やのマスコット「のぼり鰻」
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