2015/11/22 - 2015/11/22
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morino296さん
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以前から一度行きたいと思っていた山梨県大月市にある猿橋は、日本三奇橋のひとつといわれ、桂川の渓谷にかかる風情ある橋で、紅葉の眺めも素晴らしいとのことで出掛けてみました。
事前の調査不足でしたが行ってみてビックリ!
大月には、桃太郎伝説にゆかりのある地名や物的証拠が揃っているのです。
全国にある桃太郎伝説の地の中でも、これだけ具体的なものが揃っている所は他にないそうです。
(大月の桃太郎伝説に関する情報は、大月桃太郎研究会のFacebookを参照させていただいています。)
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JR中央線 猿橋駅 11:16到着
連休中、この日が一番天気が良さそうなので出掛けました。
車中では、高尾山へ向かう人を多く見掛けましたが、私は更に先まで。
JR高尾駅で中央線の小淵沢行きの各駅停車に乗り換え40分ほどで猿橋駅(大月駅のひとつ手前)に到着。
我が家の最寄駅からは電車を乗り継ぎ2時間あまり。
中央線には、大月から富士山を目指すのであろう外国人観光客も大勢乗っていました。猿橋駅 駅
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猿橋駅で駅員さんに観光マップをいただき出発です。
赤鉛筆でコースを説明していただきました。
観光案内所はありませんので、駅員さんに教えてもらうと良いです。 -
猿橋駅北口 11:24頃
思ったよりも(失礼)、立派な駅です。
開業は、中央線が大月まで開通した明治35年だそうですから、歴史のある駅ですね。
タクシーも停まっていましたので、お急ぎの方はご利用ください。猿橋駅 駅
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駅前の道を進むと国道20号線に出ます。
三嶋大明神の横にある案内板では猿橋まで1.3Kmですから、20分ほどで歩けそうです。三嶋神社 (大月市猿橋町) 寺・神社・教会
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国道20号線 宮下橋西詰
食事処が少なさそうので、この手前にあるコンビニでお握りをゲット。
中央自動車道の奥に見えるのは百蔵山(標高1003m)でしょうか。
百蔵山トレッキングコースは約5時間だそうです。 -
紅葉を眺めながら国道20号線を進みます。
結構、交通量が多いので気を付けて歩きます。 -
国道20号線にある駐在所 11:40頃
ここまで来れば、猿橋まではもう少しです。 -
国道20号線 猿橋の案内板があります。
(ガソリンスタンドを左折) -
猿橋の入り口に到着 11:44頃
ここの住所は山梨県大月市猿橋町猿橋になります。猿橋 名所・史跡
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猿橋の畔にある猿王を祭る山王宮の小祠と紅葉
紅葉が綺麗です。猿橋 名所・史跡
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猿橋
山王宮のすぐ横が猿橋です。猿橋 名所・史跡
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猿橋
幅3.3m、長さ31mの橋。
ここから見ると何の変哲もない橋ですが。猿橋 名所・史跡
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猿橋
その昔、猿が枝伝いに川を渡るのを見たところから、橋脚を使わずに両脇から梁(はね木)を伸ばして橋をつないだといわれます。
この猿橋は、岩国の錦帯橋、木曽の桟(かけはし)とともに日本三奇橋といわれ、周辺は国の名勝指定にもされています。猿橋 名所・史跡
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猿橋の解説
猿橋架橋の始期については定かでないが、諸書によれば「昔、推古帝の頃(600年頃)、百済の人・志羅呼(しらこ)がこの所に至り、猿王の藤蔓をよじ、断崖を渡るを見て橋を造る」とあるそうです。
史実の中では、文明19年(1486)、聖護院の門跡道輿がこの地を過ぎ、猿橋の高く危うく渓谷の絶佳なるを賞して詩文を残し、過去の架け替えや伝説にも触れているそうです。
江戸時代に入ってからは甲州道中の要衝として御普請所工事(直轄工事)で9回の架け替えと、十数回に及ぶ修理が行われてきたそうです。
昭和7年には、付近の大断崖と植生を含めて、猿橋は国の名勝指定を受け今に至っています。
昭和9年、西側に新猿橋が完成し、この橋の官道としての役割を終えましたが、その後も名勝として生き続けています。
現在の橋は、昭和58年着工、昭和59年完成、総工費3.83億円。
嘉永4年(1851)の出来形帳により架け替えられたものでそうです。猿橋 名所・史跡
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猿橋の上から覗きこむ紅葉に彩られた渓谷
橋から桂川の水面までは30mあるそうです。
この断崖絶壁に橋を架けるのは大変だったことでしょうね。八ツ沢発電所 一号水路橋 名所・史跡
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猿橋の上から覗きこむ渓谷
猿橋の東側(下流)にあるのは八ツ沢発電所一号水路橋
(長さ63.63m、幅5.45mの鉄筋コンクリート製)
明治45年、上野原町八ツ沢に発電所建設が計画され、その中で、駒橋発電所で使用した水を有効に利用し、桂川左岸の支流の水を合流させるため、桂川を横断するかたちで水路が架けられたそうです。
現在も、桂川本流に沿って8箇所の発電所が稼働していて、使用した水を下流の発電所にリレー形式で送る形で結ばれているそうです。
更に下流にあるのは新猿橋(1973年完成)で国道20号線が通ります。八ツ沢発電所 一号水路橋 名所・史跡
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猿橋の西側(上流)に架けられた新猿橋と渓谷
昭和9年完成、現在は山梨県道505号が通っています。
国道20号線が通る橋とこの橋と、新猿橋が2つあるのも珍しいですね。桂川渓谷 自然・景勝地
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新猿橋から見た猿橋
新猿橋に移動して猿橋を眺めます。猿橋 名所・史跡
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猿橋の梁(はね木)
両岸から「はね木」が4層にせり出し、橋を支える構造になっており、それそれのはね木に屋根がつけられています。
現在の橋は、鉄骨を木で覆ったはね木を使っているので、頻繁に架け替える必要がなくなったそうです。 -
新猿橋に飾られた「猿が手をつなぐ図」
猿がこの渓谷を渡る姿を見てみたいものですね。猿橋 名所・史跡
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猿橋の袂にある大黒屋
猿橋の近くで飲食できるのはここくらいのようでした。
名物の「忠治そば」は、その昔大黒屋が旅館だった頃に、国定忠治が逗留したところから名付けられたそうです。大黒屋 グルメ・レストラン
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猿橋の袂の紅葉
コンビニのお握りがあるので、大黒屋の前の椅子に座って紅葉を眺めながらいただきました。猿橋 名所・史跡
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猿橋の下から
橋の構造がよく分かります。
更に桂川まで階段を下りると猿橋をしたから眺められる展望台がありますが、木が茂っていてほとんど見えませんでした。猿橋 名所・史跡
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桂川沿いの遊歩道の紅葉
猿橋 名所・史跡
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桂川沿いの遊歩道の紅葉
猿橋 名所・史跡
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桂川沿いの遊歩道
落葉に飾られた階段を下ります。 -
桂川沿いの遊歩道
イチョウの落葉で飾られたベンチもあります。
この先へ進むと猿橋公園や郷土資料館があり、国道20号線に出て猿橋駅方面へ行けますが、私は、もう少し散策をしたいのでもう猿橋へ戻ります。 -
桂川沿いの遊歩道からの眺め
中央自動車道や岩殿山が望めます。
この岩殿山は、桃太郎伝説に伝わる赤鬼が住んでいたそうです。
さて、この後は、大月の桃太郎伝説ゆかりの地を訪ねます。 -
猿橋に戻りました。
この時は、外国人観光客も見掛けました。猿橋 名所・史跡
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JR東日本が提供している「えきぽ」(駅から歩くウォークラリー)の情報で猿橋駅から大月駅までのコースがあったので参考にさせてもらいました。
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猿橋から山梨県道505号を進みます。 12:45頃
左手は新猿橋。 -
県道505号沿いの黄葉と山並み
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中央自動車道まで歩いてきました。 12:58頃
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森武七墓碑
中央自動車道の直ぐ下にありました。
森武七は、天保7年(1836)、郡内の農民により端を発し、甲斐一国規模の農民一揆となった天保騒動の中心的人物。
武七は、郡内の農民たちと国中の米穀商へ交渉に行く時に頭取に選ばれ、農民を率いて笹子峠を越えたが、人数が増えて暴徒と化し頭取の指揮に従わなくなった一揆勢に見切りをつけ、途中で引き返した。
その後、武七は罪をかぶって役人のもとに出頭し、天保7年11月166日、石和牢舎に送られて同日牢死したそうです。 -
県道505号に戻り
この立派なお宅の横を左折します。 -
百蔵橋を渡り、中央自動車道に沿って進みます。
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百瀬橋を渡り右側に進みます。
中央自動車道を左手に見て。
「えきぽ」の地図を参考にしていますが、この辺りの道案内が少しわかり難いです。 -
百蔵山(ももくらやま)を右手に眺めながら道なりに進みます。
この百蔵山の麓に立つ桃の木から大きな桃の実が桂川に落ちて、川に洗濯に来ていたおばあさんに拾われたそうです。
家に持ち帰った大きな桃を切ると、中から男の子が出てきたので桃太郎と名付けて大切に育てたそうです。
岩殿山には赤鬼が住んでいて、里の動物を食ったり、女子供をさらったり、悪さばかりするので里の人々はたいそう恐れていました。
優しい心をもった立派な青年になった桃太郎は、村人たちの願いを聞いてよう、岩殿山の赤鬼を退治に行く事になりました。
途中で犬、キジ、猿があらわれて、桃太郎と一緒に鬼退治に向かいました。 -
石動の原にある「鬼の杖」の案内
ちょっと分かり難いのですが。矢印の方向へ歩いて行くと少し窪んだところに鬼の杖があります。 -
「鬼の杖」の前にある桃太郎伝説の解説模型
桃太郎は、大声で「おーい、日本一の挑太郎が悪い鬼めを退治に来たぞ。覚悟しろ。」と叫ぶと、鬼は両手に石杖を持って岩の上に立ち、挑太郎を睨みつけ、左手に持った石杖を投げつけたそうです。
その石杖が地面に突き刺さったとき、大きな石が動くほどの地響きがしたそうです。
右手に持った石杖を投げつけ、それが勢い余って笹子まで飛んで行ったといわれます。 -
地面に突き刺さる「鬼の杖」(高さ約125cm、幅約40cm、厚さ約25cm)
桃太郎たちの総攻撃に慌てた鬼は逃げようと、徳巌山に足を掛けたところで股が裂け、死んでしまったそうです。
やっとのことで鬼を退治した挑太郎たちは、鬼が嫌う桃をおみやげにして、船で桂川を下っておじいさんとおばあさんのもとへ帰りました。
桃を食べたおじいさんとおぱあさんは、鶴のように長生きしたことから、そのあたりを鶴島と呼ぶようになったそうです。
鬼がいなくなって里の人々も平和に暮らせるようになったとさ。めでたしめでたし。
以来、桃太郎のお供をした犬がいた辺りを犬目、キジがいた辺りを鳥沢、猿がいた辺りを猿橋と呼ぶようになったそうです。
笹子に飛んでいった石は立石と呼ばれ、線路のそばに立っています。
神倉入口の子神神社辺りに、鬼の血で染まった赤い土を見ることができます。 -
「えきぽ」の地図を頼りに暫くある来ます。
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広大な寺域を誇った円通寺の伽藍でしょうか?
この辺りは、かつて山伏の里だったそうです。 -
ここにも大月桃太郎話の説明がありました。
大月桃太郎伝説によれば、大月市七保町下和田にある百蔵(ももくら)山南麓で実った桃から生まれた子が桃太郎。
桃太郎は大月市猿橋町で猿を、富浜町鳥沢でキジを、上野原市犬目で犬を家来にし、談合坂で鬼退治の作戦を相談(談合)して、岩殿山に向かったそうです。
桃太郎伝説のある地(岡山市、高松市、犬山市、奈良県田原本町など)の中でも、これだけ桃太郎伝説の物的証拠が多い場所は他にないそうです。 -
ちょっと分かり難い道
ここを右に進むと真蔵院へ行けたのです、「岩殿山」の案内に従い左に行ったので、ちょっと道が分からなくなってしまいました。 -
円通寺跡
円通寺は、平安時代前期9世紀頃、天台宗岩殿山円通寺として開かれたと伝えられる。
平安時代中期(10世紀の初め)には、寺の建物が建ち並び、岩殿は門前町を形作り、鎌倉時代には修験道の中心地として栄えたそうです。
明治時代初め、一部が残っていた円通寺は、廃仏毀釈により廃寺されました。
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歴史散歩マップ
円通寺跡の近くにありました。
この中で「馬頭観音石仏群」とあるのが気になりました。 -
円通寺跡の近くの紅葉
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円通寺跡の近くの紅葉
真蔵院へ行くつもりが、ちょっと道を迷ったお蔭で紅葉も楽しめました。 -
円通寺跡の近くの紅葉
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円通寺跡の近くの紅葉
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真蔵院
ここには、16世紀頃に造られた木造七社権現立像(伊豆権現、箱根権現、日光権現、白山権現、熊野権現、蔵王権現、山王権現)七体(ヒノキ材の一木造りで、像高の平均200cm)が安置されています。
事前に連絡をしておけば見せていただけるそうですが、お願いしてありませんでしたので、大月市観光協会のHPで拝ませてもらいました。
http://otsuki-kanko.info/see/272.html -
子神(ねのかみ)神社
見逃してしまったのですが、この神社には、桃太郎伝説で桃太郎に切られて流れた鬼の血で染まったといわれる赤い土があったのです。
鬼は岩殿山と徳厳山に足をかけたところを切られたので、血は中ほどの子神神社に流れ落ちたと伝わります。 -
子神神社からの眺め
中央自動車道から猿橋駅方面 -
石動の原「鬼の杖」の前まで戻ってきました。
鬼の杖が地中にどれくらい刺さっているのかを謎だそうです。
昔、調べようと掘り返した人が病にたたられて亡くなったことから、それ以後、掘り返す人はいなくなり、謎は解明されないままだそうです。 -
ここで中央自動車道を潜ります。
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中央自動車道を潜ると桂川に沿った細い道にでます。
左に行けば猿橋駅ですが、「歴史散策マップ」に載っていた馬頭観音石仏群が気になるので右へ進んでみます。(この道で良いのか不安ですが) -
馬頭観音石仏群
何の案内もなく不安げに数分歩くと石仏群がありました。
ここの並ぶ石仏は、道路工事などでここに移されてきたものではないでしょうか? -
馬頭観音石仏群
詳しいことはよく分かりませんでしたが、石仏群に会えてよかったです。 -
岩殿山を目の前に
桃太郎伝説で、鬼が住んでいたといわれる岩殿山。
標高634mは、東京スカイツリーと同じ高さとPRしているそうです。
山頂には、戦国期の築城とみられる岩殿城跡もあるようですが、登る元気はないので、この後は猿橋駅に戻ります。 -
中央自動車道と桂川の間の細い道を進みます。
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中央自動車道と百蔵山
この山の麓でなった桃から桃太郎が生まれたと思うと、ちょっと行ってみたくなりませんか。(5時間ほどのトレッキングコースがあります。) -
桂川に架かる宮下橋を渡ります。
猿橋駅ももう直ぐです。 -
宮下橋の上から眺める桂川
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国道20号の三嶋大明神まで戻ってきました。
三嶋神社 (大月市猿橋町) 寺・神社・教会
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突当りが猿橋駅です。
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猿橋駅 15:20頃到着
猿橋駅 駅
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猿橋駅構内にあった秀麗富岳十二景の登山口案内
大月市にある山頂から望む富士山の絶景を「秀麗富嶽十二景」として制定したものだそうです。
大月市観光協会のHPでも紹介されています。
http://otsuki-kanko.info/category/12k
「日本一の富士山に、日本一の桃太郎。ゆくゆくは岡山に並ぶくらい有名な桃太郎伝説の地にしたいね」と大月桃太郎研究会の会長さんは、地元に残る伝説を発信しようとされているそうです。
日本三奇橋の猿橋と紅葉を楽しみに出掛けたのですが、思いがけぬ桃太郎伝説にも触れることが出来ました。
大月市には、まだまだ興味深いことが多くありそうなので、また訪ねてみたいと思います。
(おしまい)猿橋駅 駅
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