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第6日目  8月29日(土)モスタルMostarへの旅→ビハッチへ<br />            《約140kmのバスの旅》《約380kmのバスの旅》<br /><br /><br /> ボスニア・ヘルツェゴビナ <br />*1998年2月長野五輪の開会式で初めて披露された国旗<br />*面積 51126km2   *人口 約450万人   <br />*首都 サラエボ  <br />*元首 3民族の代表から構成される最高意思決定機関、<br />    大統領議会議長。<br />*民族構成 ムスリム人約44%・セルビア人31% <br />      クロアチア人(カトリック教徒)約17%<br />*言語 ボスニア語、セルビア語(表記はキリル文字)<br />    クロアチア語、<br />*通貨 コンベルティベルナ・マルカ(KM) <br />    1KM=約70円 *1ユーロ=約2KM<br /><br /> <br />ドブロブニグ8:10出発→9:07~(クロアチア)国境(ボスニア・ヘルツェゴビナ)<br />ネウム9:15トイレ休憩<br /> <br />9:42→9:48(ボスニア・ヘルツェゴビナ)国境(クロアチア)→10:20~10:34(クロアチア)国境(ボスニア・ヘルツェゴビナ)→11:20 モスタルへ到着<br />           《約140kmのバスの旅》<br />11:30~12:15 昼食レストランHINDIN HAN<br />            サラダ・ケバブ《串焼き》・デザート<br />モスタルMostar<br />12:20~14:10モスタル旧市街地観光<br />モスタル→ビハッチ <br />14:20モスタル出発→20:15今夜の宿泊地ビハッチ到着<br />       《約380kmのバスの旅》 <br /><br />

クロアチア・スロベニア・モンテネグロ・ボスニアヘルツェゴビナ 4カ国周遊9日間⑥モスタルからビハッチへ

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2009/08/30 - 2009/08/30

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よっちゃん

よっちゃんさん

第6日目  8月29日(土)モスタルMostarへの旅→ビハッチへ
            《約140kmのバスの旅》《約380kmのバスの旅》


ボスニア・ヘルツェゴビナ
*1998年2月長野五輪の開会式で初めて披露された国旗
*面積 51126km2   *人口 約450万人   
*首都 サラエボ  
*元首 3民族の代表から構成される最高意思決定機関、
    大統領議会議長。
*民族構成 ムスリム人約44%・セルビア人31% 
      クロアチア人(カトリック教徒)約17%
*言語 ボスニア語、セルビア語(表記はキリル文字)
    クロアチア語、
*通貨 コンベルティベルナ・マルカ(KM) 
    1KM=約70円 *1ユーロ=約2KM


ドブロブニグ8:10出発→9:07~(クロアチア)国境(ボスニア・ヘルツェゴビナ)
ネウム9:15トイレ休憩

9:42→9:48(ボスニア・ヘルツェゴビナ)国境(クロアチア)→10:20~10:34(クロアチア)国境(ボスニア・ヘルツェゴビナ)→11:20 モスタルへ到着
           《約140kmのバスの旅》
11:30~12:15 昼食レストランHINDIN HAN
            サラダ・ケバブ《串焼き》・デザート
モスタルMostar
12:20~14:10モスタル旧市街地観光
モスタル→ビハッチ
14:20モスタル出発→20:15今夜の宿泊地ビハッチ到着
       《約380kmのバスの旅》 

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
ホテル
3.5
交通
3.5
同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
観光バス
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)
  • ドブログニブからモスタル・ビハッチまでのバスの旅の地図<br />ドブロブニグ8:10出発→9:07〜(クロアチア)国境(ボスニア・ヘルツェゴビナ)<br />ネウム9:15トイレ休憩<br />

    ドブログニブからモスタル・ビハッチまでのバスの旅の地図
    ドブロブニグ8:10出発→9:07〜(クロアチア)国境(ボスニア・ヘルツェゴビナ)
    ネウム9:15トイレ休憩

  • ドブログニクの港に来ていた豪華なクルーズ客船

    ドブログニクの港に来ていた豪華なクルーズ客船

  • ドブログニクの港の朝

    ドブログニクの港の朝

  • 朝のドブロブニグの海

    朝のドブロブニグの海

  • クロアチアのブドウ畑

    クロアチアのブドウ畑

  • ネウム(国境の町)にて休憩<br />9:48(ボスニア・ヘルツェゴビナ)国境(クロアチア)→10:20〜10:34(クロアチア)国境(ボスニア・ヘルツェゴビナ<br /><br />

    ネウム(国境の町)にて休憩
    9:48(ボスニア・ヘルツェゴビナ)国境(クロアチア)→10:20〜10:34(クロアチア)国境(ボスニア・ヘルツェゴビナ

  • ボスニアとクロアチアの国境

    ボスニアとクロアチアの国境

  • ブドウ畑(ボスニア側)

    ブドウ畑(ボスニア側)

  • ボスニアヘルツェゴビナの風景

    ボスニアヘルツェゴビナの風景

  • 激しい内戦の銃弾のあとが残るビル

    激しい内戦の銃弾のあとが残るビル

  • 銃弾のあとが残るビル

    銃弾のあとが残るビル

  • 銃弾のあとが残るビル

    銃弾のあとが残るビル

  • ミナレットとイスラム寺院

    ミナレットとイスラム寺院

  • モスタル<br /> ネレトバ川が中央を流れ、その両岸を美しいアーチを描いた橋スターリ・モストによってつながれている。ボスニア語でモスタルとは「橋の守り人」という意味である。モスタルはこの橋を中心に発展してきた町である。しかし、この橋も1993年11月に紛争のために破壊された。その後ユネスコの協力で2004年に復元された。<br /> この町にはオスマントルコ朝時代の影響が色濃く残っており、オリエントの香りが漂っている。<br /> スターリ・モストは1566年オスマン朝支配下の時代に建造されたものである。橋台を用いずに両岸からアーチ状にかかっている。橋の両端には塔がそびえており東岸の塔はスターリ・モスト博物館になっている。町ははネレトバ川を挟んで東側はムスリム人、西側はクロアチア人と住み分けがされている。<br /> また町のあちこちに紛争の銃弾の跡が残ったままのビルがみられ、紛争がひどかったことを思い知らされる。<br />

    モスタル
     ネレトバ川が中央を流れ、その両岸を美しいアーチを描いた橋スターリ・モストによってつながれている。ボスニア語でモスタルとは「橋の守り人」という意味である。モスタルはこの橋を中心に発展してきた町である。しかし、この橋も1993年11月に紛争のために破壊された。その後ユネスコの協力で2004年に復元された。
     この町にはオスマントルコ朝時代の影響が色濃く残っており、オリエントの香りが漂っている。
     スターリ・モストは1566年オスマン朝支配下の時代に建造されたものである。橋台を用いずに両岸からアーチ状にかかっている。橋の両端には塔がそびえており東岸の塔はスターリ・モスト博物館になっている。町ははネレトバ川を挟んで東側はムスリム人、西側はクロアチア人と住み分けがされている。
     また町のあちこちに紛争の銃弾の跡が残ったままのビルがみられ、紛争がひどかったことを思い知らされる。

  • モスタルの象徴<br />ネレトバ川が中央を流れ、その両岸を美しいアーチを描いた橋スターリ・モスト

    モスタルの象徴
    ネレトバ川が中央を流れ、その両岸を美しいアーチを描いた橋スターリ・モスト

  • モスタル<br /> ネレトバ川が中央を流れ、その両岸を美しいアーチを描いた橋スターリ・モストによってつながれている。ボスニア語でモスタルとは「橋の守り人」という意味である。モスタルはこの橋を中心に発展してきた町である。しかし、この橋も1993年11月に紛争のために破壊された。その後ユネスコの協力で2004年に復元された。<br /> この町にはオスマントルコ朝時代の影響が色濃く残っており、オリエントの香りが漂っている。<br /> スターリ・モストは1566年オスマン朝支配下の時代に建造されたものである。橋台を用いずに両岸からアーチ状にかかっている。橋の両端には塔がそびえており東岸の塔はスターリ・モスト博物館になっている。町ははネレトバ川を挟んで東側はムスリム人、西側はクロアチア人と住み分けがされている。<br /> また町のあちこちに紛争の銃弾の跡が残ったままのビルがみられ、紛争がひどかったことを思い知らされる。<br />

    モスタル
     ネレトバ川が中央を流れ、その両岸を美しいアーチを描いた橋スターリ・モストによってつながれている。ボスニア語でモスタルとは「橋の守り人」という意味である。モスタルはこの橋を中心に発展してきた町である。しかし、この橋も1993年11月に紛争のために破壊された。その後ユネスコの協力で2004年に復元された。
     この町にはオスマントルコ朝時代の影響が色濃く残っており、オリエントの香りが漂っている。
     スターリ・モストは1566年オスマン朝支配下の時代に建造されたものである。橋台を用いずに両岸からアーチ状にかかっている。橋の両端には塔がそびえており東岸の塔はスターリ・モスト博物館になっている。町ははネレトバ川を挟んで東側はムスリム人、西側はクロアチア人と住み分けがされている。
     また町のあちこちに紛争の銃弾の跡が残ったままのビルがみられ、紛争がひどかったことを思い知らされる。

  • モスタルの町の風景<br />モスクがあちこちに見られる<br />この町にはオスマントルコ朝時代の影響が色濃く残っており、オリエントの香りが漂っている。<br />

    モスタルの町の風景
    モスクがあちこちに見られる
    この町にはオスマントルコ朝時代の影響が色濃く残っており、オリエントの香りが漂っている。

  • この町にはオスマントルコ朝時代の影響が色濃く残っており、オリエントの香りが漂っている。<br />

    この町にはオスマントルコ朝時代の影響が色濃く残っており、オリエントの香りが漂っている。

  • 14:20モスタル出発<br /><br />途中の村落

    14:20モスタル出発

    途中の村落

  • トイレ休憩のレストラン

    トイレ休憩のレストラン

  • 途中のトイレ休憩の場所でくつろぐ<br />長いバスの旅

    途中のトイレ休憩の場所でくつろぐ
    長いバスの旅

  • 糸車のような水辺にあったもの<br />トイレ休憩のレストラン

    糸車のような水辺にあったもの
    トイレ休憩のレストラン

  • 夕方についた今日のホテル

    夕方についた今日のホテル

  • ビハッチの食堂の裏の川

    ビハッチの食堂の裏の川

  • 夕食を食べたビハッチの食堂の裏の川

    夕食を食べたビハッチの食堂の裏の川

  • 20:15<br />ビハッチのホテルに到着

    20:15
    ビハッチのホテルに到着

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